386話 担々麺は明日! -3-

「らーめん、かゃい、なぃ」


 遅く起きてきたテレサにも、担々麺は早かったらしい。

 一口で「ぃぎゅっ!」と顔をしかめていた。


 担々麺が食えなかった面々は、教会のお好み焼きパーティーで朝飯を食っていた。

 重いなぁ、今日の朝食は。



 朝食の後、ルピナスとタイタ夫婦、そしてデリアは片付けがあると家に帰った。

 今日はよこちぃとしたちぃの出番は予定していない。

 ゆっくり片付けをしてくれ。




 そして、再びの三十一区。

 講習会二日目の開始だ。


「……早くね?」


 会場に着くと、すでに多くの料理人が作業を始めていた。


「みんな、日の出前から会場に入って下拵えをしていたそうですよ」


 今日もばっちり眠ってきたのであろうオルフェンが、爽やかな顔でやって来る。

 料理人たちの熱の入りようがすごいな。


「じゃ、こっちも負けじと準備を始めるか」

「はい。ギリギリまで、担々麺の調整をしてみます。ヤシロさんは冷やし中華をお願いしてもいいですか?」

「おう。マグダ、ロレッタ、手伝ってくれるか?」

「……任せて」

「合点承知です!」

「私も、微力ながらお手伝いします」

「がばぅ!」

「お前らはジネットの方を頼む」

「はい」

「では、テレサさんはチンゲンサイを洗って、カンパニュラさんはそれを縦長で四つに切ってください」


 キッチンに着くなり、全員が一斉に動き出す。


「ぐっも~にん、マイベストフレンド・ヤシロ君! 新しいケーキを――」

「帰れ」


 ムカつくくらい爽やかな顔で現れたポンペーオを追い返す。

 こっちはそれどころじゃねぇんだよ。

 と、そこへリカルドがやって来る。


「おぅ、オオバ! わざわざ挨拶に来てやったぞ! 今日もしっかり働けよ!」

「エステラはまだ来てねぇから、そんなそわそわしながら来んな。帰れ」

「ばっ!? だ、誰がエステラなんか待ってるか! 俺はお前に会いに来たんだよ!」

「誤魔化したかったんだろうが、発言のキモさが四倍増だよ。いいから帰れ」


 キモいのキモいの飛んでいけ~☆


 ウザ絡みしてくるポンペーオとリカルドをスルーして準備を進める。

 作ってみせなきゃいけないから調理の手前までで止めとかなきゃいけないんだよな。


「ヤシロさん。この味はどうでしょうか?」


 ジネットから小皿を渡される。

 肉味噌が載っている。味見だ。


「んっ! うまっ!?」

「では、ベースはこの方向で行きますね」


 今朝一回食った時に何かを掴んで、教会での朝食の間ずっと考えてたんだろうな。

 あ、そういえば一回厨房に行ってたな、ジネット。


 にしても、化けたなぁ、肉味噌。

 ジネットの鶏ガラスープによく合いそうだ。


「お~い、冷凍ヤシロよ~い!」

「あれ、疲れ目かな。デカいカリフラワーが歩いてくる」

「……ヤシロ、あれはカリフラワー人族」

「違うですよ、マグダっちょ!? ター爺ですよ! 突っ込むなら真っ当なツッコミにしてです!」


 ロレッタの言うとおり、その歩くカリフラワーは情報紙発行会会長のタートリオだった。

 毎日毎日現場の最前線にいるんじゃねぇよ、組織のトップが。


 ……あぁ、そういえばどこのギルドも、ギルド長ほど最前線にいるわぁ。

 変な街。


「ほれ。本日発行の情報紙を持ってきてやったぞい」

「えっ、昨日取材したヤツ、もう記事になってんのか!?」

「情報は早さが命じゃぞい。無論、正確さも折り紙付きじゃぞいっと」


 またしても分厚い特大号。


 来年完成予定のテーマパークに関して書かれた記事があり、その予定地で現在行われている講習会の特集が数ページにわたって掲載されている。

 うわ~、ラーメンだけで4ページもある。


 ……あ、ベッコのイラストだ。

 モコカのヤツ、結局うまく描けなかったのか。


 ……と思ったら、よこちぃとしたちぃのイラスト、これはモコカだな。雰囲気は似ているが微妙に違う。

 ベッコなら寸分違わぬ姿に描くはずだしな。


「クッキーのことも書いたのか」

「ふむ。四十区で出回っているクッキーとはまるで別次元の美味さじゃったからのぅ」


 俺がラグジュアリーでポンペーオと共演した際、プリンアラモードにクッキーを使用したのだが、それをポンペーオがマネして流行らせたっぽい。

 フライパンで焼く薄焼きクッキーだ。

 フライパンでもそこそこ美味いのが作れるが、やっぱりサクッとした歯ごたえはオーブンでこそ出せるものだ。


「そんな情報まで集めてるんだな」

「表に出しとらん情報なんぞ、いっくらでもあるんじゃぞい」

「ちなみにだが、見せブラや見せパンについて、何か情報はないか?」

「だから、下着は一つの例外もなく見えちゃダメなんですよ、お兄ちゃん! いい加減諦めてです!」


 見せパン反対派のロレッタが話の腰を折ってくる。

 そうまでして妨害したいか!?

 オシャレは女子の命でしょ!?


「オシャレ女子の権利を奪うな!」

「お兄ちゃんが守ろうとしてるのはスケベ男子の権利ですよ!」

「それも守りたい!」

「阻止するです!」


 うぬぅ……小癪な。

 いつか認めさせてやる!


「ジネット、読むか?」

「すみません、あとで見せていただきます!」


 今はギリギリまで担々麺を突き詰めたいようだ。


「陽だまり亭の記事はあるのか?」

「真ん中の方にどどーんと載せとるぞい。大活躍じゃからのぅ」

「ふみゅっ!?」


 手を動かしながらも、ジネットの視線がこちらへ向く。


「ほ~ぅれ、ベッコ氏が描いたイラストなんじゃが、いい味が出とるじゃろ?」


 そこには、講習会前半戦で海鮮あんかけかた焼きそばを作る俺と、その俺を取り囲む陽だまり亭メンバーのイラストが載っていた。

 無許可で、なに載せてんだよ……週刊誌にパパラッチされた気分だわ。


「見てみぃ。この一際楽しそうに笑う少女を」


 と、タートリオはカンパニュラのイラストを指さす。


「この娘が、後の三十区を支え発展させていくんじゃぞい? こうして印象のいい姿を事前にバンバン売り込んでおけば、受け入れられやすくなるというもんじゃ」


 名や顔を知られるというのは、それだけで相手の警戒心や不信感を一定数払拭してくれるからな。

 こういう仕込みは、正直、ちょっとありがたい。


「ワシらもの、三十区が生まれ変わるのは大歓迎なんじゃぞい」


 ウィシャートのせいで散々な目に遭った情報紙発行会。

 こいつらは全力でカンパニュラを応援してくれるようだ。

 二度と、三十区がウィシャートの手に渡らないように。


「ぅはぁ~! あたし、可愛く描いてもらってるです!」

「……マグダの良さがちゃんと出ている。ベッコはまた腕をあげた模様」

「あの、私のイラストは、少し可愛く描き過ぎではないでしょうか? テレサさんはとても可愛くてよいと思いますが」

「かにぱんしゃ、かぁいぃ、ょ! いらしゅとも、かぁーいぃ!」

「うぅ……、あ、あのっ! わたしも見たいです!」


 肉味噌を置いて、ついにジネットが食いついた。

 じっくり読むのは後にして、とりあえずイラストだけでも見とけ。


「わぁ。本当に、素敵なイラストですね」


 見開きにドーンと載った陽だまり亭一行のイラスト。

 ジネットはそのイラストをそっと指でなぞり――



「とっても素敵です」



 ――と、瞳を潤ませる。

「素敵」と言った時に、ジネットの指が俺のイラストの頬を撫でていたのは、たまたま偶然だとは思うが。


 ……こほん。



「アトラクションについてもばっちりリポートしてあるぞい」

「乗ったのかよ?」

「無論じゃぞい! 愚問じゃぞい! モチのロンじゃぞい!」


 おぉう、情報古いな。モチのロンときたか。


「どれもこれも素晴らしくて……お化け屋敷はふざけるなと思ったぞい」


 タートリオも、お化けは怖いらしい。


「講習会が終われば、四十二区でアトラクションを体験できるんじゃろ?」

「期間限定だけどな」

「そのことも、ちゃ~んと書いといたぞい」

「マジでか!?」


 ぱらぱらと情報紙をめくり、該当ページを見る。


 ……マジで書いてある。

 講習会終了後、四十二区東側運動場でアトラクションを体験できるって。


 情報紙は、体制が変わってからその人気を取り戻している。

 つまり、これが発行されたら、『BU』っ子が一斉に食いつくわけだ。


「うわぁ……絶対、人が押し寄せてくる」

「エステラさんのところの給仕さんたち、大丈夫でしょうか?」

「……死人が出る危険性」

「これは、あたしたちも元気の出るお料理で応援しなくちゃですね!」

「それは素晴らしい案だと思います、ロレッタ姉様! 私もお手伝いします!」

「おてちゅらいー!」



 講習会が終わればのんびりできるかと思ったんだが……世の中ってのは、そんなに甘くはないようだ。






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