386話 担々麺は明日! -2-
早朝、俺の部屋に五つの気配が入ってくる。
入り口付近に整列する五つの気配。
「……ヤシロ」
マグダの囁きが聞こえ、しばし間が空く。
アイコンタクトでもしていたのであろう。合図をもらったと思しき人物が一人、その場でジャンプをした。
「……だ~れだ」
「デリア」
「すげぇ!? なんで分かったんだ、ヤシロ!?」
「お兄ちゃんは、朝からお兄ちゃん全開です……」
「もう、ヤシロさん、懺悔してください」
「あの、マグダ姉様。どうしてヤーくんにはジャンプした人が分かったのでしょうか?」
揺れる音がしたからさ☆
「素敵な目覚めをありがとよ」
むくっと起きると、全員しっかりとよそ行きの格好になっていた。
マグダもばっちりだ。
「俺、そんなに寝過ごしたか?」
「今日はマグダさんが早起きだったんですよ」
「店長さんに、お兄ちゃんより先に起こしてっておねだりしてたです」
「ロレッタ姉様、それはナイショのお話ですよ」
「……ロレッタは今朝起きたらお尻が半分出ていた」
「のぁぁあ!? それこそナイショの話ですよ、マグダっちょ!? あれはちょっと寝ぼけただけです!」
どんな夢を見たんだよ、ロレッタ。
「そういう時は呼んでくれないと」
「立ち入り禁止ですよ!?」
「で、半分って右? 左?」
「そんな出方はしないですよ!? ちょっと寝間着がズレてただけで……むぁああ! この話もうおしまいです!」
マグダが自分で早起きしたことにしたかったのに裏事情をバラしたロレッタは、マグダ以上に恥ずかしい秘密を暴露された。
こういうのが自業自得とか因果応報っていうんだろうなぁ、知らんけど。
「……人を笑わば穴二つ」
「それ、なんか違うですよ!?」
そんな賑やかな目覚めの後、厨房へ降りて本日の下拵えと同時進行で担々麺の試作を始める。
「担々麺は、少し甘めのクリーミーなスープに、ピリッと辛い肉味噌をトッピングしたラーメンでな、コクのあるスープの中に辛さが光って非常に美味い」
店によってはスープも辛いのだろうが、俺はほのかに甘いスープの方が好きだ。
「スープには鶏ガラと練りゴマを使う」
ゴマをすり鉢ですり潰し、少々油を足して練っていく。
こいつを鶏ガラのスープで溶けば、堪らない香りが生み出される。
「あとは、ショウガとおろしニンニクがいい味を出すんだ」
この辺の調整は、またジネットが個人的に楽しみながら検証するだろう。
「肉味噌にはミンチを使いたいんだが」
「では、わたしがミンチを作りますね」
二本の包丁を器用に使って、豚肉をみるみるミンチにしていくジネット。
おぉ~、すげぇ。ただ叩いてるだけじゃなくて、ちゃんと切ってる。
やっぱ、インテル入ってる?
「豚挽肉を炒め、そこにみじん切りしたショウガとネギを加えて、豆板醤を加える」
そこに、甘めの味噌を加える。
醤油だったり砂糖だったり甜麺醤だったりと、日本ではいろんな担々麺があったが、今回は味噌でコクを出す。
「ジネット、チンゲンサイを茹でてくれるか?」
「はい」
「マグダ、麺を頼む」
「……茹で、入りま~す」
「ロレッタ」
「はいです!」
「さっきのお尻の話なんだけどさ――」
「蒸し返さないでです、その話!? あたしにも何か仕事振ってほしいです!」
いや、もうないし。
「じゃあ、どんぶりにスープを注いで、麺、チンゲンサイを盛り付けてくれ」
「はいです!」
白っぽいクリーミーなスープが注がれる。
これ、豆乳を入れても美味いんだよな。
「麺とチンゲンサイが入ったら、最後にこの肉味噌をこれでもかと盛って――完成だ」
今回はスープと肉味噌を混ぜずに盛り付けるタイプにしてみた。
理由は単純。俺が好きだからだ。
「じゃあ、試食してみるか」
「はい」
「ヤシロ、あたいもいいか?」
「辛いぞ?」
「う…………どんくらい?」
「このロレッタ用のヤツ以外はピリッとくるくらいだ」
「何したです、あたしのヤツに!? あたしも普通のがいいです!」
「え、普通?」
「そこだけ抜き取って強調しないでです! 人を笑わば穴二つですよ!」
そんな言葉はねぇけどな。
「一口食って、もしダメそうなら俺が食ってやるよ」
「うん。じゃあ、試してみる」
「では、私もデリア姉様とご一緒します。辛いのは、そこまで得意ではありませんので」
一度フロアへ移動し、それぞれが担々麺を試食する。
「まずはスープを」
ジネットは、なんかラーメンマニアみたいな目つきだな。
「わぁ、甘いのに香ばしい香りがして、不思議なスープですね。では、肉味噌を崩して……麺を……」
肉味噌を崩すと、白っぽかったスープが赤く染まっていく。
赤いスープを麺に絡め、口へと運ぶ。
「んっ!? 辛ぁ~い、です。でも、あとを引く美味しさで、わっしょいわっしょいしています!」
舌をチロっと覗かせて手扇で風を送りつつ、二口目の麺を箸で摘まむジネット。
「辛ぁ~! あたい、無理だ!」
「んっ! 私も、少し、無理そうです」
デリアとカンパニュラが一口目でリタイヤした。
ちょっと辛くし過ぎたか。
二人が箸を置いたどんぶりを手に取り、俺も一口食ってみる。
うん。担々麺。
なんなら、ちょっとパンチが弱いくらいだ。
「こいつは豆板醤の量をいじって辛さを五段階くらいにしてもいいかもな」
「それは楽しそうですが、ちなみにこれはどれくらいの辛さなんですか?」
「これだと、2くらいだな」
「これで2ですか!?」
ジネットは驚いたようだが、それでも三口四口と進むにつれて、「確かに、もう少し辛くても美味しいかもしれませんね」とか言い始めている。
「……無理」
「あたしは結構好きです。これくらいの辛さなら平気ですし」
マグダは残し、ロレッタはハイペースで食っている。
お子様には厳しいが、普通の人間なら楽しんで食えるレベルだ。激辛料理とは名乗れない。
「ちなみに、ロレッタ用にこっそり作ったのは『5辛』だ」
「恐ろしいの作ってたですね!? まず見た目からして赤さが他のと段違いですよ、これ!?」
まぁ、辛くすると赤くなるよね。
「ごめんくださ~い、親方、こちらにいますかねぇ?」
と、そこへ犠牲者――もとい、オメロがやって来た。
おあつらえ向きに、川漁ギルドのメンズを複数人引き連れて。
「ん? なんだ、オメロ?」
「あぁ、やっぱりここだったんですね。いや、タイタたちも帰ってないようだって聞いたんで、一応安否確認をと」
デリア一人なら、万が一にも危険はないだろうが、タイタやルピナスまで一緒に帰ってないということで、事故なんかを心配したらしい。
「私たちなら、ここにいるわよ」
「あぁ、ルピナス姉さん! タイタも無事だったか」
「なんだよ、朝から雁首揃えてよぉ」
「心配してくれたのよ。優しいわね、オメロのボウヤ」
「いや、姉さん。オレはタイタと同じ年齢ですよ?」
「なら、ボウヤじゃない」
だよなぁ。
ルピナスはタイタよりず~っと年上――
「ふんぬっ!」
「どふっ!」
「……なぁ~に、ヤーくん?」
「…………なんでも、ないです」
だから、いきなり殺気飛ばすのやめてくんない?
思うのも禁止とか、なんて厳しいルールだ。
こいつが近所に引っ越してくるのか……やっぱ、魔除けのお札が必要かもしれない。
「それで親方。今は何をしてるんです?」
「今日出す新しい料理の試食だ」
デリアは一口でギブアップしたけどな。
「そうなんですかぁ。へぇ~……いいなぁ~……美味しそうな匂いだなぁ~」
うっわ、あからさまなおねだり。
こいつ、普段からこんなおねだりしてんのか?
だからデリアの地雷を踏んで川底に沈められるんだぞ。
「お前らの分はないぞ。我慢しろ」
「いえ、デリアさん。わたしも作る練習をしたいですし、少し待っていただけるならご用意しますよ」
「「「ではお言葉に甘えて!」」」
オメロを押しのけて漁師たちが店内へ入ってきた。
図々しいな、ったく。
「あ、そうだ。オメロ。これ、誰も食わねぇんだけど、いるか?」
「え、いいのかい、兄ちゃん!?」
「あぁ。こいつらには辛くてな」
と、カンパニュラを指さして言う。
「辛いラーメンなのかぁ。美味しそうだなぁ。誰も食べないなら、いただきます!」
「ずるいっす、副ギルド長!」
「うっせぇ! 序列があるんだよ、こーゆーのは! じゃ、兄ちゃん、ジネットちゃん、いただきます!」
デカい体で器用に箸を握り、5辛の担々麺を一気に頬張るオメロ。
次の瞬間――
「痛ぁぁぁぁああああい!」
――天に顔を向けて絶叫した。
「と、これくらい辛い」
「お兄ちゃん、こんなの食べられる人いるですか!?」
「根性のあるヤツなら余裕だ。まぁ、オメロ程度じゃ無理だろうけどな」
「はっはっはっ、オメロは昔っから度胸と根性がなかったからなぁ」
「タイタなら平気か?」
「もちろんだぜ!」
「じゃ、作ってくる」
「お、お兄ちゃんが邪悪に嬉しそうな顔をしてるです……」
「……面白さと儲けが同時にやって来た☆ ……みたいな顔」
「じゃあ、ジネットはルピナスとヘタレな漁師の分を頼む」
「「「ちょっと待ってくださいよ、ヤシロさーん! オレら根性ありまくりっすから! 副ギルド長と同じのでいいっすよ!」」」
「え、大丈夫? やめといた方がいいんじゃにゃ~い?」
「「「いいえ、同じヤツで!」」」
「お、お兄ちゃんがお誕生日席に座っている魔王のような笑顔を!」
「……拭いきれない邪悪さが祝い事の雰囲気にアクセントを与えている」
「ヤーくんと変わらず、とても楽しそうなお顔をされていますよ、マグダ姉様もロレッタ姉様も」
で、ジネットは担々麺を、俺は5辛担々麺を作り、川漁ギルドご一行に試食をさせた。
5辛はキツいが、それでも食べれば食べるほどクセになり、美味いと感じるようになるらしく、ほとんどの者が完食していた。
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