386話 担々麺は明日! -1-

 四十二区に帰ってきたのは、夜も深い時間になってからだった。


 いつもとは違って、今日は最後まで付き合ってくれたベルティーナ。

 ガキの就寝に間に合わなかった代わりに、大量のお土産を抱えている。

 そんなベルティーナに夜道の一人歩きをさせるわけにもいかず、俺が教会まで送り届ける。


 陽だまり亭の前でジネットたちと一度別れる。


「お風呂を沸かして待っていますね。シスターをよろしくお願いします」


 そう言って、ジネットはベルティーナと挨拶を交わし俺たちを見送る。

 今から風呂を沸かして入浴をしてとなると、寝るのは遅くなりそうだ。

 担々麺は明日だな。


 担々麺は明日だからな!

 ――と、陽だまり亭へ振り返り念を飛ばしておく。

 届くといいんだが。


「明日の朝はお好み焼きなんですよ」

「朝から重いな、教会のメシは」

「マグダさんから特製ソースをいただいたんです。子供たちとみんなで焼いていただきますので、ヤシロさんたちはゆっくり休んでくださいね」


 講習会が夜遅くなることは予想されていたので、明日の寄付をせずに済むように気を配ってくれたらしい。

 ……が。


「ジネットは行くだろうから、俺らもついてくよ」

「うふふ。たぶんそうなるだろうとは思っていましたけれど」


 くすくすと笑って、「ありがとうございます」と何に対するものなのか分からない礼を寄越してくる。


「ジネットが大切にされていて、母として嬉しいです」

「働かせ過ぎてるけどな」

「ジネットが好きでやっていることですから」


 ホント、大好きだよな、お宅の娘さん。働くのと料理するのと人の笑顔を見るのが。


「けどまぁ、早朝の下拵えの分は寝坊させてもらうよ」

「ふふ……たぶん、担々麺があるので難しいと思いますよ」


 あぁ、そうか。

 下拵えの時間はそれに置き換わるのか。


「明日も来るのか?」

「はい。やはり、これだけの数のパンが作られるとなると、誰かが見ていた方が安心ですから」


 中には、問題のないことをさも大問題かのようにあげつらう者もいるという。

 噂の教会優位派の強硬派か?


「『私が見ていました』と証言することで防げるトラブルもありますから」

「じゃあ、ガキどもにはまた土産が必要になるな」

「うふふ。ヤシロさんからのお土産なら、みんな一層喜びますね」


 変わんねぇよ。

 ガキなんか、物がもらえればそれで喜ぶんだ。


「荷物、持とうか?」

「いいえ。これは、私が持っていたいんです」


 ベルティーナの金で買った、ベルティーナからのプレゼントだ。

 受け取ったガキどもの笑顔が一人一人鮮明に思い浮かんでいるのだろう。幸せそうな顔をしている。


「『僕、大きくなったらシスターのお婿さんになる』」

「へっ!?」

「――ってガキが多そうだな」

「え………………ぁ、あぁっ、そ、そうですね! はい、割と、そんなことを言ってもらっています。あの、えぇ、その、とても嬉しいですよ」


 うむ。

 どうやら、言葉を切るタイミングをマズったっぽい。

 盛大に慌てさせてしまった。


 一度深呼吸をして、ベルティーナは「うふふ」と笑う。


「でも、『大きくなったらヤシロさんのお嫁さんになりたい』――という女の子も多いですよ」

「じゃあ、『大きくなったらもう一回言ってくれ』と伝えといてくれ」

「ヤシロさん。お手々が悪い子でしたよ」


『大きくなったら』と言いながら、胸の前に大きなたわわを表現してみせたら叱られた。

 だって、大きくなったらって言うから。


「送ってくださってありがとうございます」

「おぅ。ベルティーナも早く寝ろよ」

「はい。おやすみさない。よい夢を」


 教会へ送り届けたらすぐさま陽だまり亭へ戻る。

 さっさと帰って風呂だの片付けだのしないと、最後まで寝ようとしないヤツがいるからな。



 陽だまり亭に戻ると、フロアにジネットがいた。



 玄関開けたら二分でぽぃん。



「おかえりなさい、ヤシロさん」

「ルピナスたちは?」

「先にお部屋に行ってもらいました。お荷物もありましたので」


 よこちぃたちの着ぐるみが入ったデッカいカバンを背負ってたんだよなぁ。


「あ、そういや、あいつらの寝間着どうする? タイタに俺の服はキツいだろうし……」

「着替えはお持ちのようですよ。着ていった服に万が一のことがあって着られなくなると困るからと」


 確かに。服が盗まれるとかドブに落ちるとか、何かで着られなくなった時、着ぐるみのまま家に帰るわけにはいかないもんな。


「でも、ルピナスさんにはわたしの寝間着をお貸しすることにしました」

「外行きの服じゃ落ち着いて眠れねぇもんな」

「タイタさんはシャツと下着で眠るそうです」


 少し困った様子で言うジネット。

 その格好、女子がしてこそだろうが! タイタ、分かってない!



「じゃあ、その格好で部屋から出ないように釘を刺しておかないとな」

「ルピナスさんが見張ってくださるそうです」


 なら、安心か。


「俺は今日もフロアかな」


 デリアがいるし、明日の朝も早いということで今日はロレッタも泊まる予定になっていた。

 そこにルピナスが増えたのだから、俺は二階へ上がらない方がいい。


 ――と、思ったのだが。


「あの……決して、タイタさんを信用していないというわけではないのですが……」


 控えめにそんなことを言って、ジネットが手を伸ばしてくる。


「ヤシロさんが自室にいてくださると、その……とても心強いな、と」


 伸びてきた手がそっと俺の袖を摘まむ。

 娘も嫁もいるオッサンで、今日は家族三人一つの部屋で眠るのだから、万が一にも間違いは起こらないであろうが、それでも、不安がなくなるわけではない。


 ジネットにも、一応、警戒心のようなものがあったんだな。

 もしかしたら、最近になってようやく芽生えてきたのかもしれないけれど。


「なら、部屋で寝るよ。なぁに、今日いるのはデリアとルピナスだし、気にする必要もないだろう」


 俺は人のものに手を出さないし、ロレッタやデリアとは豪雪期の日に何度も寝泊まりしている。

 夜明けまでフロアで過ごしたこともある。


「はい。……ありがとうございます」


 心底ほっとしたような顔で笑うジネット。

 なら泊めなきゃいいのにとは思うが、ジネットはカンパニュラとルピナスのために提案したんだろうな。特にカンパニュラのために。

 親子三人で風呂に入って並んで眠れるってのは、きっと嬉しいことだろうから。


「テレサはどうするって? マグダの部屋か?」


 明日の講習会二日目に備えて、テレサも最初から宿泊予定だった。


「今晩はルピナスさんたちと眠るそうですよ」

「さらば、タイタ。お前のことは三日ほど忘れない」


 他所の女と並んで寝るとか、きっと嫁にアレされてアレされるだろう。

 怖いので一応伏せとくけども、きっとアレされるに違いない。つーか、アレされろ。


「ルピナスさんがどうしてもとおっしゃったんですよ」

「めっちゃ気に入ってるみたいだな、テレサのことが」

「はい。もう一人の娘だとおっしゃってました」


 人気者だな、この街のちびっ子どもは。


「それから……ふふ」


 口元を押さえて肩を揺らすジネット。

 よほど面白いことがあったらしい。


「テレサさんが、大きくなったらカンパニュラさんのお嫁さんになるって」

「じゃあウェディングドレスが二着いるな」

「それは、とても綺麗でしょうね。うふふ」


 教会では、やはりよくあることらしい。

 ジネットは愛おしげに笑っている。


「ジネットも言われたことあるのか? 『大きくなったらジネットと結婚する』って」

「わたしはないですね。教会では、シスターがモテモテでしたから」


 男も女も、みんなベルティーナと結婚したがったらしい。

 まぁ、分かる。

 隠れ巨乳だしな。


「ヤシロさん。お手々が悪い子ですよ」


 おっと、いかん。

 隠れ巨乳と考えた時に、つい手が動いてしまった。


「あ、でも、シスターにたまに言われますね。『お嫁に欲しい』って」


 それは、確実に飯目当てだな。

 独占しようと目論んでるのか。注視しておかねば。


「お風呂が沸いたら、先にルピナスさんたちに入っていただく予定なんですが、ヤシロさん、その次に入りますか?」

「いや、マグダとロレッタもいるし、お前たちが先に入ってくれ」

「では、ヤシロさんは明日お寝坊しても大丈夫ですよ。明日は寄付の下拵えもありませんし」


 とはいえ、朝早く会場入りしようと思えばそこまで寝てられないけどな。


「余裕があったら起こしてくれ。担々麺を作らなきゃいけないしな」

「はい! では、みなさんで起こしに行きますね」

「……朝一で騒がしいのは勘弁してくれ」


 二度寝は防げても直後にふて寝しそうだ。


「では、お風呂まで、ゆっくり休んでくださいね」


 そう言って、ジネットは厨房へと入っていった。

 風呂の準備だろう。



 その後、全員の入浴が終わるまで自室で休み、俺も風呂に入って早々に眠った。


 そして、夢うつつの中で切実に思った。



 ビックリハウス……ジネットの隣でもう一回乗ればよかった!






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る