385話 勝算あり -2-

「よこちぃ、したちぃ!」


 カンパニュラがよこちぃに飛びつき、ぎゅっとしがみつく。

 するとすかさずしたちぃがカンパニュラを覆い隠すように抱きしめる。

 よこちぃも負けじと、したちぃごとカンパニュラを抱きしめる。


 娘を取り合うな、親バカ夫婦。


「わぁ、いいなぁ!」


 よこちぃにハグされるカンパニュラを見て、会場の女子から声が上がる。

 やっぱ、羨ましいものらしい。


 すると、したちぃはきょろきょろと辺りを見渡して、テレサを見つけると「おいでおいで」と手招きをする。

 呼ばれたテレサは「ぱぁっ」と顔を輝かせて、ダッシュでしたちぃへと飛びつく。


 ルピナスは、テレサのことも身内認定しているようだ。身内贔屓が相変わらずひどい。

 よこちぃにくっついていたカンパニュラが、したちぃの方へと移動し、テレサと並んでハグされる。

 なるほど。そこまで読んでテレサを招いたのか。独り占めだな。

 さすがルピナス。計算高い。


「あ、あのっ、私もっ! い、いいですかっ!?」


 ハグされるカンパニュラたちを見て、料理人女子が舞台下から声をかける。

 したちぃは幼女二人をハグしているので、手の空いているよこちぃに向かって。


 よこちぃは「もちろんだよ☆」とでも言うように両手を広げてみせる。

 それを見た料理人女子はぱっと顔を輝かせて舞台へと駆け上がってくる。

「いいなぁ!」「私も!」と、数人の女子が後に続く。


 駆けてくる女子に向かって、両腕を広げて受け入れ態勢を見せるよこちぃ――の、肩に「ぽん」っと、手が置かれる。

 いつの間にか背後に立っていたしたちぃの、重い、重ぉ~い、重圧のこもった手が。


 ぐぎぎ……と、寂びたブリキ人形のような動きで振り返るよこちぃを、笑顔のしたちぃが無言で見つめる。

 着ぐるみの中にいて直接見えないけれど……タイタの全身から汗が噴き出しているのが分かる。着ぐるみがぐっしょり濡れるくらいの発汗量だ。


 ズル、ズルっと、硬直した足を引きずるように、よこちぃことタイタが舞台奥へと移動する。

 壇上へ上がったお嬢様方の前を空け、したちぃに場所を譲る。


 そうだな。

 女子へのハグは、女性にやらせるべきだよな。

 あとで怖ぁ~いお仕置きを受けたくなければな。


「あ、あのっ、自分もいいっすか!?」

「オ、オレも、実はこういうの、めっちゃ好きで!」

「自分も、お願いしゃっす!」


 女子に釣られるように、男たちも舞台へと上がってきた。

 中には、休憩明けの大工も混ざっている。

 睡眠をとって元気百倍の、むっきむきメンズだ。


 そんな暑苦しい男の群れへと、よこちぃを突き出す非情なしたちぃ。

 背中を押されたよこちぃが男たちの群れへと放り込まれ、あっという間にもみくちゃにされる。


 浮気しようとした罰としては妥当……か?


「したちぃ、ヤキモチ妬いてる~」

「かわいぃ~!」


 恋人同士という設定を説明しなくても、二人のやり取りでそれが十分伝わったらしい。

 ま、中身は本当の夫婦だからな。


「好感触だね」

「予想以上だけどな」


 エステラが、舞台上でもみくちゃにされているよこちぃを見て手応えを感じている。

 テーマパークでは、これを上回るマスコットキャラクターを生み出さなくてはいけない。

 まぁ、キャラ人気を出す秘策はいくつかあるんだが……


「初めてというインパクトを超えるマスコットキャラを頼むぞ、オルフェン」

「な、難易度が高過ぎです、英雄様……アレを超えるなんて、そんな」

「それをやらないと、このテーマパークは成功しないぞ」

「三十一区がやらないなら、四十二区に作ってしまいますよ? 表のアトラクションと、ウチのマスコットキャラを使って」


『ウチの』をことさら強調して、エステラがオルフェンに発破をかける。

 ちょっと見せただけで強奪の危機だもんな。しっかり所有権を表明しておかないと。


「アトラクションも、ですか」

「ふふ……心配しないでください。三十一区がやらないなら、ですよ」


 にこりと微笑むエステラだが、真剣に取り組まなければ手を退くぞという脅しにもなっている。

 死に物狂いで行動しろ、オルフェン。


「ちなみに、ミスター・オルフェンはどのアトラクションがお気に入りですか?」

「いや、実は……」

「え? もしかして、まだ体験してないんですか?」

「えぇ。今日は朝から何かと時間を取られまして」

「それはダメです、ミスター・オルフェン!」


 拳を握って、エステラがオルフェンに詰め寄る。


「テーマパークに取り入れる物は、すべてあなたが把握していなければ! 領主になったのなら、自ら進んで先頭に立ち、人々を導いてください! そうでなければ領民が可哀想です!」


 熱く語るエステラ。

 オルフェンの受け身な姿勢は、やっぱり気になるよな。

 その辺を、こいつなりの優しいやり方で矯正させようとしているようだ。

 これがウィシャートだったら、その詰めの甘さに付け込んで領地まるごと乗っ取られているところだってのに。


「まったく、おっしゃる通りです。……私は、領主になればなんとかなると、そんな甘い考えを持っていました。本来なら、このような力不足の者が領主になった途端、他の貴族に食い物にされていたことでしょう」


 そのことには気付いているようで、反省の色は見て取れる。

 だが、変わろうと思ってもどうすればいいのか分からないという、初心者特有の壁にぶち当たって悩んでいるようだ。


「このような甘えが通用しないことは重々承知しています。兄上にも『お前は考えが甘い』と何度も注意されました。ですが、いや、だからこそ! 微笑みの領主様、あなたのご厚意に、今は全力で甘えさせていただきます!」


 腰を九十度に折って深く頭を下げるオルフェン。


「三十一区がこの苦境を乗り切り、持ち直した暁には、四十二区へ出来得る限りのご恩返しをさせていただきます! もちろん、今回助力をいただいたすべての区にもです。ですが、四十二区には、特段の感謝を捧げます。ですから、何卒――」

「分かってますよ。未来の話よりも、今は現状に目を向けましょう」


 今の内に恩を売って、未来の利益を確保するのが領主だろうに。

 あとになって「そんなこと言ったっけ? 証拠は?」と言い逃れされないように、今の内に雁字搦めにするような契約を複数結んでおくのが貴族の常識だというのに――


「ここでの口約束を反故にすることはないと、ボクはあなたを信用していますから」


 ――そんな甘いことを言っちまうんだよな、微笑みの領主様はよ。


 ま~ぁ?

 これで数年後にオルフェンが四十二区を裏切ったり下に見たりと、鼻につくような態度を見せれば、『会話記録カンバセーション・レコード』と『精霊の審判』をフル活用して死地へ追い詰め追い落としてやるけどな?

 天狗になった瞬間、お前は地獄に落ちるのだ。努々ゆめゆめ、忘れるなよ?


「では、その信頼の証の一部を、今ここでお見せいただくというのは、どうでしょうか?」


 いつからいたのか、どこから生えてきたのか、俺たちの前にアッスントがブタ面全開で現れた。揉み手をして「んふふふ」と笑いながら。


「どうした、アッスント? ブタみたいな顔だな」

「生まれつきですよ!? ヤシロさん、ちょいちょいブタ人族のことをイジりますけれども! 割といますよ、私のような顔の人!」


 バカモノ!

 ブタ人族をイジっているのではない!

 お前をイジっているのだ!

 俺は、差別が大嫌いな男だからな。うん。


「それで、君はここで何をしようというんだい?」


 エステラが胡散臭そうな顔でアッスントを見ている。

 こいつもアッスントの性格を知っているからな。


「悪い話ではありませんよ。そちらの領主様に、マスコットキャラクターに全力を注ぐことは、これだけの利益が見込めるのだということをお伝えする一助となりたいと、そういう申し出です。んふふ」


 その笑い方が胡散臭いんだっつーの。

 確実にぼろ儲けの種を見つけた目じゃねぇか。


「もしそれを教えてくれるというのであれば、私は是非とも聞いてみたい。微笑みの領主様、彼の提案を聴く許可をいただけますか?」

「……アッスント、分かってるよね?」

「大丈夫です。他区の領主様に被害が及ぶようなことは、もう辞めましたので」


 過去に何をやらかしたんだよ。

 こいつ、貴族への妬み嫉みがえげつないからなぁ。聞くのはやめておこう。


「少しの間、こちらで移動販売の許可をいただきたいのです。講習へ来られている皆様へのお土産になれば、自区へ戻った後も話題になるでしょう?」


 なんかを売りつけるつもりらしい。

 そんなにいい商品が手に入ったのか。……なんだ? 俺にも一枚噛ませろ。


「お土産、か……」


 エステラが腕を組んで考え込む。

 どーでもいいけど、胸の前で腕を組んでも乗っからねぇな、お前は。


「ヤシロ、うるさい」

「え? 今、英雄様は何もおっしゃっていませんでしたが?」

「まだまだですね、領主様。んふふ」


 オルフェンは戸惑っているが、アッスントには理解できたらしい。

 口を開いていない人間と会話するエステラの異常習性が。


「どうでしょう、ミスター・オルフェン。今日と明日、この会場内の一角で行商ギルドの販売所の設置を許可していただけませんか? 行商ギルドの了承はすでに得て……るよね? アッスント」

「抜かりはありません」

「ということですので」


 まぁ、間違いなく、アッスントなら根回しをしてきてるだろうなと分かってはいてもさ、順番が逆だろ、エステラ。


「微笑みの領主様は、領民のことをとても信頼されているのですね」

「えぇ~っと、まぁ……あはは。自分の仕事には前向きな者たちばかりですので」


 確かに。

 自分の仕事大好き人間ばっかりだ。

 アッスントにしたって、申し出ておいて、途中で味噌をつけられるようなヘマはしないだろう。


「どのようなものなのか、非常に興味があります。後程、私の方からも行商ギルドへ連絡をさせていただきますが、講習会の期間中、会場での販売を許可しましょう。パメラ!」


 書類の準備をするつもりなのだろうオルフェンが給仕長予定のパメラを呼ぶ。

 ……が、パメラは来ない。


「ケーキの試食コーナーにて捕獲してまいりました」

「ふりょ! ふりょ~!」


 と、思っていたら、ナタリアがパメラの首根っこを引っ掴んで連れてきてくれた。

 ケーキコーナーに向かって手を伸ばすな、パメラ!

「不了」じゃねぇんだよ。なんだ「ふりょ」って!?


 ちゃんと躾しろ、オルフェン。


「パメラ、至急販売許可証の手配を。それが済んだら、行商ギルドへ行って『領主が許諾した』と伝えてくれるかい? 私からも話を持っていかないと『あの領主は何をしてるんだ』と言われてしまうからね」

「りょ!」


 ケーキに後ろ髪を引かれながらも、パメラはきちっと仕事をこなす意思を見せる。

 まぁ、ちょっと足りないけれど、一応は給仕長候補なんだもんな。


「もう一人いた男の方にも仕事振ってやればよかったのに」


 そしたら、パメラがあちこち走り回る必要はなくなる。


「いえ、英雄様。スピロは人見知りが激しいので、知らない人が大勢いる場所へのお使いはちょっと……」

「ちゃんと躾しろ、オルフェン!」


 ダメダメだな、この区は。


 苦笑いを浮かべるエステラの隣で、アッスントは満面の笑みを浮かべている。


「では、場所をお借りして、こちらの販売を開始いたしますね」


 そう言って、アッスントが取り出したのは、よこちぃとしたちぃの、手のひらサイズのぬいぐるみだった。

 この肌触り――同じ生地を使っている!

 くっ、俺と同じことを考えやがったか、ウクリネス!


 つか――


「誰か、ウクリネスを寝かせてきて!」



 早く手を打たないと、寿命が「ぎゅんっ!」って縮んじゃうよ!






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る