385話 勝算あり -1-
「ヤ~シロ~!」
夕方。
講習会場に元気な声が響いた。
「おぉ、デリア」
デリアが手を振って駆けてくる。
その後ろから、巨大な木箱を台車に載せて押してくるハビエルとイメルダ。
あぁ、もちろん、イメルダは台車なんか押してない。
会場内だってのに、優雅に日傘をくるくる回して歩いてくる。
「応援に来たぞ。ようやく合格が出たんだ」
「合格?」
嬉しそうに声を弾ませるデリアだが、要領を得ない。
何の合格を……って、あぁ、アレか。
台車を押すハビエルとイメルダを見てピンときた。
そうか、合格が出たか。
「ハビエル、完成度はどのくらいだ?」
「あぁ、ばっちりだ。イメルダのOKが出たからな」
「まだまだ改善の余地はございますが、まぁとりあえず人前に出られる水準にはなりましたわ」
イメルダのOKが出たのなら大丈夫だろう。
すげぇこだわるんだよなぁ、こいつは、そーゆーの。
「まぁ、ちょっと縮んじまったけどな」
がははと豪快に笑うハビエル。
ハビエルの体に合わせて作った着ぐるみは、さすがに他の誰も着られない。
なので、少し小さく修正したようだ。
……たぶん、ウクリネスが。寝ろよ、マジで。
「しかし、あのファスナーってのはすごいな!」
「確かに、着脱の手間が一気に省かれましたわ。小休憩でも脱げるくらいでしたもの」
「あれが普及すりゃあ、服飾界に革命が起こるだろうな」
「ワタクシ、ファスナーをふんだんに使用したドレスを発注しましたの」
いやぁ、そのドレスはどうだろう!?
サイバーパンク系にならないか?
まぁ、イメルダは目新しいものをすぐさま取り入れて、独自のオシャレを発信するヤツだからな。
浴衣も、独自で超ミニに改造してたっけ。
で、四十区の女子たちがこぞって真似してたっけなぁ。
「ちょうどこっちも一段落したところだ、いいタイミングかもしれないな」
講習会も一通り終わり、現在は各キッチンで試行錯誤がなされている段階だ。
とりあえずレシピ通りに作ってみて、そこからアレンジをしてみる。
ジネットたちが会場中をめぐって、アドバイスを与えたり質問に答えたりしている。
会場内は、様々な香りが混ざって混沌としている。……が、活気と相まって割と悪くない。
「あっ、デリア姉様!」
デリアを見つけたカンパニュラが駆けてくる。
結構長い距離を、懸命にとことこと。
「よぉ、カンパニュラ。頑張ってたか?」
「はい。ジネット姉様たちのお手伝いをしていました」
「そうか。偉いな」
「えへへ……」
デリアに頭を撫でられて、嬉しそうに微笑むカンパニュラ。
いろんな大人に囲まれていても、やっぱりデリアとの間に流れる空気は格別だな。すごく懐いているのがよく分かる。
「デリア姉様。クッキーという新しいお菓子があるのですよ。さくさくして、甘くて、とっても美味しいんです」
「甘いのか!? ヤシロ、あたいにも分けてくれないかな!? なんでもする! どんな手伝いでもするから!」
「分かった、分かったから、そう安請け合いをするな」
これから領主になろうというカンパニュラの前で、「なんでもする」なんて言葉を気軽に使うな。
ないとは思うが、影響が出ると怖い。
「大丈夫ですよ、ヤーくん」
しかし、当のカンパニュラは訳知り顔で俺に微笑みかける。
「デリア姉様が無防備に信頼を表すのは、ヤーくんと身内に対してだけですから」
カンパニュラやルピナスにも「なんでもする」なんてことを言うらしいが、それ以外では気を付けているらしい。
……本当か?
デリアだぞ? その辺の使い分けとか、出来るタイプか?
「大丈夫だよぉ、ヤシロ。あたいだって、その辺のことはちゃんと考えてるんだからなぁ」
そんな、甘えた声で言われても……クッキーをチラつかされたら、知らないオジサンにほいほいついて行きそうなんだよなぁ、デリアは。
「じゃあ、クッキーをやるから、安請け合いはしないって誓えるか」
「誓う!」
してんじゃねぇか、安請け合い。
ちったぁ、考える素振りくらい見せろっつの。
「くすくす……」
単純なデリアを見て、カンパニュラが肩を揺らす。
「素直さは、デリア姉様の美徳です」
「まぁ、そりゃそうなんだけどさぁ……」
果たして、デリアは『素直』なのか『単純』なのか……意見が分かれるところだな。
クッキーに期待を寄せて瞳をキラキラ輝かせるデリアを見ている間に、カンパニュラはハビエルとイメルダに挨拶を済ませる。
もう完全に貴族の社交だな、この風景。
「またお目にかかれて光栄です」なんて、どこで教わってきたんだ、九歳女児。
「それで、その大きな箱には何が入っているのですか?」
「こいつか? いいもんだ」
ハビエルがにやりと笑って、イメルダも「革命の準備ですわ」と得意満面だ。
「お前が一番喜ぶもんだぞ」と、デリアがカンパニュラの頭を撫でる。
確かに、一番喜ぶかもな。中身はアノ二人だし。
「エステラー! 四十二区から届け物が来たぞー!」
「え?」
遠くで他区の領主と会話していたエステラを呼ぶ。
話していた相手はどこぞの領主だが、まぁ特に重用する必要はない相手だろう。
こっち優先で。
「何が届いたって……あぁ、なるほど。そういうことか」
メンバーと荷物の大きさを見て、エステラも中身を察したらしい。
「それじゃあ、もったいぶって大々的に発表と行こうか?」
きししっと、いたずら好きな妖精が見せそうな笑みを浮かべ、エステラが舞台へと向かう。
ハビエルとイメルダもそれに続き、デリアは「それよりクッキーは!?」と俺の袖を引っ張る。
……へいへい。もう好きなだけ食えよ。
チョコチップクッキーが残り少ないのはエステラのせいだから、クレームはエステラに言えな。
「みんな、少し注目してほしい!」
舞台上で、エステラが観衆の注目を集める。
エステラの横には、エステラよりも大きな木箱が置かれている。
……よく持ち運んだな、壇上に。ハビエルの規格外のパワフルさもさることながら、中の二人、大丈夫か?
「この会場にスペシャルゲストが来てくれたよ」
と、木箱の方へと手を向けるエステラ。
観衆は、その木箱の向こうにいるハビエル親子に視線を移す。
まぁ、木こりギルドのギルド長なら、スペシャルゲストと言えなくもないが、そいつらではない。
「あらかじめ言っておくけれど、彼らは四十二区からのゲストであって、このテーマパークの関係者ではないからね。あくまでゲストだから、その辺を間違いないように!」
めっちゃ念を押してるな。
どんだけ気に入ってんだよ、エステラ。
「ゲストに登場していただく前に、彼女たちの紹介をいたしますわ」
エステラを押しのけるように、イメルダが舞台中央へ進み出る。
そして、イメルダの合図によってぞろぞろと壇上へ上がってきた女性たちを紹介する。
「講習会が終わったら十連休だとうっきうきの、エステラさんのところの給仕たちですわ」
「なに勝手に連れ出してきてるのさ!?」
どうやら、エステラに無断で連れてきたようだ。
給仕たちは、手に楽器を携えている。
「さぁ、みなさん! 十連休の前に一仕事なさいまし!」
「「「はい!」」」
「待って! ボクを置いてけぼりにして話を進めないで! 君たちの主人はボクだからね!?」
主であるエステラを放置して、給仕たちが舞台上に散らばり楽器を構える。
ナタリアを見れば、……あ、笑ってる。めっちゃウケてるな、あいつ。
ナタリアの許可は取ってあるらしいな。
ホント、給仕長によく似た思考回路の給仕たちだこと。弄られてるエステラが大好きなんだろうな、どいつもこいつも。
不貞腐れ顔のエステラがイメルダに引きずられるように舞台袖へとはけ、給仕たちが楽器を演奏し始める。
それを待っていたとばかりに、ハビエルが木箱を開けた。
蓋を外すと、前後左右の木板がぱたりと倒れ、十字に開く。
そんな木箱の中から、とっても可愛いよこちぃとしたちぃが踊りながら登場した。
中に入っているのはルピナスとタイタだろう。
先日、俺とハビエルで踊ったダンスを、完璧にコピーしている。
右手~ひらひら♪
左手~ひらひら♪
ぐる~っと回って、拍手をぽんぽん♪
単純な振り付けながら可愛らしい。
料理人たちが手を止め、領主たちが瞳をぎらつかせ、我慢できなくなった者たちが舞台下に殺到する。
「「「かっ、かわえぇ~!」」」
可愛く陽気に踊るよこちぃとしたちぃに合わせて、見様見真似で踊り出す観衆。
一曲分踊り終わると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「ありがとうございます、微笑みの領主様! このような素晴らしいものまでご用意くださって!」
「違うよ、ミスター・オルフェン! この二人は四十二区のマスコットキャラクターだから! テーマパークのマスコットは、三十一区で新しく考えてくださいね!」
「では、アレの色違いを!」
「それもダメ!」
「「「よこちぃ、したちぃ! うちの区においでー!」」」
「あげないよ!? 四十二区のマスコットキャラだからね!」
事前にあれだけ釘を刺したというのに、物凄い勧誘を受けている。
うん。やっぱこの街の連中は単純だわ。
そして、強力なマスコットキャラさえ作れれば、テーマパークは成功する。
間違いない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます