384話 THE 講習会 -4-

 というわけでクッキーを焼いてみた。

 卵白が余っていたのでラングドシャもついでに。

 調子に乗ってフィナンシェも焼いてしまった俺を、一体誰が責められるだろう。


「美味しいです! 合格です!」


 お前はなんの審査をしてるんだ、ベルティーナ。


「うぅ……パンは、気軽には作れませんし……でも、新しい料理が……うぅ……っ!」


 で、お前は何を見悶えてるんだ、ジネット。


「教会からの提案です。こちらの焼き菓子を、量産しましょう!」

「それは名案だと思います! さすがシスターです!」


 職権乱用じゃねぇの、さすシス。

 まぁ、今回ここで使用した小麦の分の使用料は三十一区持ちだから、別にいいけどな。

 三十一区持ちということは、この場にいる領主たちからの投資金だ。


 折角なら、寄付させるか。


「あぁ、でもさすがに三十一区にこれ以上の負担を強いるのはなー」

「あぁ、分かった分かった。寄付金を出すからワシらの分も焼くのだ、ヤシぴっぴよ」


 ドニスが半ば呆れたように言って、その背後で他の領主たちも頷いている。

 甘いもの好きなオッサンが多いなぁ、この街は。


 あ、ドニスの後ろでマーゥルが小っちゃくガッツポーズしてる。

 それが目当てで名乗り出たな、こいつ。いいとこ取りしやがって。


「教会って、割と融通利くんだな」

「君の功績だよ。――それだけ、君のパンが与えた影響が大きいということさ」


 エステラがこっそりと耳打ちしてくる。

 新しいパンの発案者が俺だということは秘密になっているからな。

 ま、この辺にいるヤツらはもう気付いてるんだろうけど。


「ね? ボクが言ったとおり、恩を売っておいてよかっただろう?」

「言われた記憶がねぇな」

「教会とは良好な関係を築くようにと、出会ったころから何度も忠告してあげていたじゃないか」

「そーだったっけ?」

「まぁ、なんにせよ、ボクに感謝するといいよ」


 恩着せがましく俺の背を叩くエステラ。

 そんな姿を、ごく一部の濁った瞳の持ち主たちが微笑ましそうににまにましながら見つめている。


 外聞って言葉、こいつにも書き取りさせるべきだろう。

 スキンシップが過ぎるんだよ、貴族令嬢の端くれなのに。


「おい、貴族のささくれ」

「ささくれてないわ!」


 と、心をささくれさせるエステラ。

 自己矛盾発生のタイムラグがほぼゼロだな、お前は。


「これまでは、パンの生産量を絞って教会の権力を誇示しようとする教会優位派が力を持っていたんだけど、新しいパンが誕生してからは、もっと国民に寄り添おうという市民優位派が勢力を拡大してきているんだよ」

「そんな泥臭い争いしてんのか、教会は?」

「まぁ、大きな組織だからね」


 そんな連中にご加護なんてもんがあるのかねぇ。

 ちゃんと人を見て采配しろよ、精霊神。

 権力者は常に衆人環視の元にあると自覚しろ。

 ただでさえしょーもないんだから、お前は。


「権力争いはともかく、今は国民が欲するならば与えようという動きが強いんだよ。だから、クッキーも受け入れられると思うよ。新しいレシピは随時募集するってお触れも出てたしね」

「勝手にパンを焼くことを禁止しといて、新しいレシピもないだろうに」


 試行錯誤せずに新しいレシピなんか生み出せるか。


「でも、こうして新しいレシピが誕生したじゃないか」

「……それ、俺が狙い撃ちされてるってことじゃないだろうな?」

「さぁね。教会の意向は精霊神様の御心の元にあるからね」


 からからと笑って、俺の頭をぽんぽんと撫でるエステラ。

 そんなもんで慰めてるつもりか。

 俺を慰めたいなら、挟むくらいしてもらおうか! お前には無理だろうけどな!


「精霊神の御心のままにってことは、ろくでもない集団ってことだよなぁ」

「君は精霊神様に、随分と気に入られているようだからね」


 どこがだ!?

 嫌がらせしか受けてねぇわ!


「ヤシロさん、まずはクッキー生地を作りましょう!」

「そうだね! 生地を寝かせる時間が必要だし、その時間を使って他のレシピを教えてもらおうじゃないか」

「おいこら、講師ども」


 餃子の講師とケーキの講師が揃って学ぶ姿勢を見せている。

 講習会の最中に講師が講習受けるって、どういう状況だよ、それ。


「ポンペーオ様があんなに熱心に……あの男、何者なの?」

「ラーメンの講師をしていたあの凄腕料理人が、あれほど夢中になるとは……あの男は一体……?」


 こらこら。

 勝手に不穏な空気を醸し出すな。

 俺の株なんか上げなくていいから、お前らは黙って講師を手本にしてろ。


 ……と、その講師がまさに今ポンコツ化しちまってるんだよな。

 しょうがない。さっさと教えて、講師の仕事に戻すとするか。


「じゃあ、まずクッキーの分量は――」

「おいもっと詰めろ! 絶対覚えて帰る!」

「ちょっと、見えないわよ! 前の人はしゃがんで!」

「もっと大きな声でお願いしまーす!」

「だぁ! うっせぇな! タートリオ! ちょっとこっちきてレシピ書き取ってくれ」

「ほいほい。任せるんじゃぞい」

「えっ、あの人情報紙発行会のコーリン様じゃない?」

「貴族を呼びつけて命令するなんて……あの人、マジで何者なんだ?」


 あぁ、もう!

 いいんだよ、俺に大物感とか感じなくて!

 俺以外を見てろ、お前らは!

 俺は今回裏方なの! 主役は講師!


 ……くっそ、その講師が二人とも俺のことガン見してやがる!


「自分で目立つことをやり始めて、何を文句言っておるのだ、カタクチイワシは」

「案外シャイなんですよ、あれで。照れ隠しだと思いますよ」

「ふふん、似合わぬな」

「ですよねぇ」


 くすくすと、領主二人が俺を見て笑う。


「よし、お前らの分はなしだ」

「冗談だよヤシロ、めっちゃ可愛い!」

「うむ。照れてる顔は存外悪くないぞ、カタクチイワシ!」

「そーゆーことじゃねぇんだよ、俺が欲してるのは!」


 褒めてほしいわけじゃねぇわ!

 つか、お世辞がお世辞だと丸分かり過ぎるぞ、領主二人!

 そんな分かりやすくて大丈夫なのか、お前らは。


「バターがたくさん入って、いい香りですね」

「これにチョコチップを入れても美味いぞ」

「チョコチップですか? それは美味しそうですね」

「よし任せたまえ! チョコケーキに使うチョコレートがある。これでチョコチップを作っておこう」


 チョコチップは、チョコを湯煎で溶かして絞り口で小さく絞り出すだけで簡単に出来る。

 ポンペーオなら、うまくやるだろう。


「じゃあ、ジネットはその間にフィナンシェを――」

「待ちたまえーぃ! 私も見たいぞ、フィナンシェ!」

「情報紙に載るから、それを見ろよ」

「ダイレクトで! 今この場で見たぁーい!」

「大丈夫ですよ、ポンペーオさん。お気持ちは分かりますから、ポンペーオさんの作業が終わるまでちゃんと待っていますよ」


 なんか、奇妙なところでジネットがポンペーオにシンパシーを感じているようだ。

 ポンペーオなんか、適当にあしらっておけばいいのに。


 そうして、絞り出しクッキーと型抜きクッキーを教え、合間にラングドシャとフィナンシェも伝授した。


「あぁ、まさか今日新しい料理を教えていただけるなんて思いませんでした。感激です」

「私も、新しい味に出会えて感激です」


 似たような顔でジネットとベルティーナがクッキーを頬張る。

 ポンペーオはさっそく自分流のアレンジを考え始めている。


「まったく、大盤振る舞いだね、今日は。そろそろ秘匿している知識が枯渇するんじゃないかい?」


 チョコチップクッキーばかりを選んで食っているエステラ。

 好き嫌いすんな。

 好き嫌いの『好き』は別にいいだろうと、昔は思っていたものだが……エステラを見て分かったよ。

 好きなもんばっか食ってんじゃねぇよ! 満遍なく食え! 減りが早ぇんだよ、チョコチップクッキーだけ!


「あのぉ! 餃子の講習は?」

「ケーキの講習、再開してくださ~い!」

「あっ、はい! ただいま!」

「よぉし! 今日はとても気分がいい。私も、自分の技術を惜しみなく伝授してあげようじゃないか!」


 新しいレシピを覚え、上機嫌な講師が講習を再開する。

 再開後の講習では、様々な意見が飛び交い次々にアイデアが生まれていった。


 ほんと、仕事が好き過ぎだろ、この街の職人。






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