385話 勝算あり -3-

 うん。

 売れたよね、マスコット。


「見てです、お兄ちゃん! セットで買っちゃったです!」

「……マグダは枕元に置いておく所存」


 ロレッタとマグダまで、ちゃっかりと購入している。


「可愛いですね」

「子供たちへのお土産にします」


 ジネットとベルティーナもお買い上げだ。

 ベルティーナに至っては大量購入している。


「ヤシロさんも、早くしないと売り切れてしまいますよ!」

「いや、俺いらねぇから」


 俺がぬいぐるみを買う列に並ぶと思うか?

 それよりも俺が欲しいのは、制作者に当然入ってくるべき著作権料だよ。


「なぁ、エステラ。アレの権利ってさぁ」

「分かってる。ちゃんと使用料は設定して、非公式での販売には厳罰を科すように法整備するから、そんな魔王みたいな顔でこっち見ないで」


 うん。ならいいんだけどさ、それにしてもさ、事前に一言くらいさ?

 アッスント、潰す?


「も、ももも、もちろん、四十二区のマスコットですので、使用料は領主であるエステラさんにお収めしますし、その中からヤシロさんへお金が流れるような仕組みを考えてありますよ! 今回はサプライズということで、情報を伏せていましたけれども! 本当ですよ!? ほら、書類ももう作ってありますし!」


 アッスントが盛大に慌てている。

 うん。

 俺さぁ、別にさぁ、サプライズ? 好きじゃないんだよねぇ。

 驚きより、確約が欲しいタイプだし。


「へぇ~、事後報告、へぇ~」

「ウクリネスさんがおっしゃるには、よこちぃとしたちぃの顔を刺繍したハンカチやスカーフなども制作可能ではないかと。赤ちゃんのよだれかけなんか、とても可愛いと思いませんか? 是非ともヤシロさんにデザインをご相談させてほしいなぁ~なんて。ね! ね!」

「アッスントさんが必死です!」

「……嫁を顧みないダメ亭主が三行半を突きつけられてから盛大に慌てふためいている様子によく似ている」

「どこで見たですか、マグダっちょ、そんなド修羅場を!?」

「まぁまぁ、いいじゃないか、ヤシロ。ボクが領主としてよこちぃとしたちぃの権利をきちんと守るから」


 と、よこちぃとしたちぃのぬいぐるみを両手に持ってご満悦のエステラ。

 買収されてねぇか?

 俺がキレて販売中止になったら、ここにあるぬいぐるみ全部没収だもんな?


「あ~、陽だまり亭に氷室があればいいのになぁ~」

「えっ!? ここで氷室を持ち出しますか!?」

「そしたら、よこちぃとしたちぃの権利をエステラに譲渡してもいい」

「むむむ……エステラさんが全権を持っている方が、今後迅速に展開できるということですね……確かに、権利が二箇所にあるよりは何かと融通が利きそうではありますが…………ついでに、ヤシロさんより丸め込みやすそうではありますね……」

「聞こえてるよ、アッスント」

「もちろん、愛すべき我らの領主様に不利益をもたらすつもりは毛頭ありませんよ。それにエステラさんは、庇護対象ですから、絶対に逆らいません」


 と、俺をチラッと見るアッスント。

 ……ほぅ。


「よこちぃ関連でバカ売れしそうなネタがあったんだが……工場直売でいいか。エステラ、許可証くれ」

「待ってください、ヤシロさん! 分かりました! 氷室、プレゼントしますから! どうか機嫌を直してください! ……二棟! いや、三棟建てますから!」

「そんないらねぇわ」


 祖父さんの土地が氷室だらけになるっつの。


「可愛い器を作ってな、そこにしたちぃの顔を彫るか描くだろ? で、そこにハンドクリームを入れれば、『したちぃのハンドクリーム』の出来上がりだ」

「うわっ、それ欲しい!」

「したちぃとお揃いだと思うと、嬉しくなりますね」


 エステラとジネットが一瞬で食いついた。

 こういうキャラものはな、コスメにするだけでバカ売れするんだよ。



 したちぃは着ぐるみだから絶対ハンドクリームなんか使わないのにな。



 そんな夢のない話は考えてはいけない。

 さぁ、したちぃのコスメを使って、したちぃのように素敵な彼氏をゲッチュ☆


「なるほど……それで、そのハンドクリームというのは?」

「レジーナが」

「もう動き出しているんですね!? さすがです! では、早急に量産体制を整えますね!」


 こいつは得ばっかりしてやがる。


「今度、ノーマの仕事にめっっっっちゃくちゃ余裕が出来た時に作りたい物あるから、その時は材料の手配よろしく。え、お代はいらない? そっかぁ、そいつは助かる」

「いや、言ってませんけど!? ……ですが、非常に興味深いですね。ちなみに、何を作るおつもりですか?」

「それを今ここで聞き出すのは、ノーマに『死ね』と言っているようなものだ」


 ここで自転車の詳細は話せん。

 何かがどうにかなって、その結果ノーマの耳に入るかもしれない。

 そうなれば、あいつは、死ぬ!


「こそっとダメですか? 誰にも口外しないと誓いますので」

「うわ、殺人鬼がここにいる。どう思う、ロレッタ?」

「あたし、ノーマさんにちゃんと伝えておくです。アッスントさんがノーマさんを邪魔に思ってるって」

「思ってませんよ!?」

「……肌年齢の寿命が尽きればいいと思っていそうな顔をしていたと」

「そんな顔してませんよ、マグダさん!?」

「いき遅れろとか、酷いですよアッスントさん!?」

「言ってませんよね、ロレッタさん!? そのようなニュアンスのことも!」

「……では、アッスントはノーマのことをどう思っている?」

「それはもちろん、魅力的な女性だと思っておりますよ。お顔やスタイルはもちろん、料理上手なところも気配りの出来るところも」

「おっぱいも」

「うわ、アッスントさん、サイテーです!?」

「今のは明らかにヤシロさんの声でしたよね!? 分かりますよね!?」

「……マグダは明日の朝一で、アッスントの浮気願望を嫁に報告しに行かなければ」

「そんな願望は持っていませんよ!?」

「……ノーマの顔やスタイルが魅力的だと」

「主におっぱいが最高」

「うわ、アッスントさん、サイテーです!?」

「ですから、ロレッタさん!? 耳を一回指でぐりんってしてください! たぶん何か詰まってますから!」

「――と、このように、ほんの些細な『これくらい許されるだろう』という気の緩みが大変な事態を引き起こすから、権利関係には十分気を付けるようにしてくださいね、ミスター・オルフェン」

「は、はい……。今、肝に銘じました」


 イジり倒されるアッスントを教訓に、エステラによる権利の重要性講座が開かれていた。

 お前も勝手に俺を利用するんじゃねぇっつの。


「しかし……すごいですね。本当に」


 ぬいぐるみ販売所に群がる人々を見て、オルフェンが畏怖の念を感じさせる表情で呟く。

 頬には汗が一筋垂れていく。


「料理にしても、お土産にしても、この短い時間でここまで人の心を掴むことが出来るものなのですね。正直、驚きを隠せません」


 テーマパークを作ることにはなったが、本当に成功するのか、そこには不安が付き纏っていたのだろう。

 だが、ほんの一日で、この場所にいる者たちの心は完全に『好意』へ向いている。

 もし、テーマパークが完成すれば、ここにいる連中はリピーターとして再びやって来るだろう。


 ……ま、ここにいるのは出店側なんだけどな。


「これだけの大きな力を、私が制御できるのか、少し自信がなくなってきました」

「まぁ、お前じゃ無理だろうな」


 優柔不断で経験の浅い大雑把な新米領主じゃな。


「だから、アヒムや他の領主を頼れ。散々頼って、利用して、で、いつか恩返しでもして回れ」

「はい! 勉強させていただきます!」


 一般人である俺に頭を下げる領主オルフェン。

 学ぶ姿勢はあるようだ。

 大雑把な性格の矯正が出来れば、なんとかなるかもな。


「では、これからアトラクションを見に行きましょう」


 エステラがオルフェンを誘う。


「料理やぬいぐるみを超える衝撃を受けるかもしれませんよ」

「これ以上ですか……それは、少し怖くもありますね」

「午前中はプレゼンをしていたのでしょう?」

「はい。こちらは、微笑みの領主様が提案されたアトラクションであるということを伝えました」

「……その前に自分で体験していれば、もっと深いプレゼンが出来たと思いますよ」

「まったくですね。準備に追われて優先順位を見誤ってしまったようです」


 そういうのも経験だもんな。

 ……特に、ここは給仕長のサポートが期待できないし。


「お前は、アヒムを執事にして、アヒムのサポートをパメラとスピロにさせるのが一番安定しそうだな」

「そうですね。私もヤシロ様と同意見です」


 オルフェンに言えば、ナタリアから賛同が得られた。

 給仕長の目から見て、アヒムを中心に身体面で秀でているパメラとスピロを二人付けて、ようやく形になるという判断らしい。


「検討してみます。貴重な意見、感謝します、給仕長殿」

「いえ。差し出がましい真似を致しました」

「とんでもない」


 ぺこりと頭を下げ、エステラの背後へ控えるナタリア。

 こいつらって、本当にすごいことを要求されて、それをやり遂げてるんだよなぁ。

 超人だな、マジで。


「じゃ、アトラクションでも見に行くか」

「あ、ヤシロ!」


 両手にケーキを持ったデリアが駆けてくる。

 ぬいぐるみより甘い物か。デリアらしい。


「あたいも一緒に行っていいか? あたい、アトラクション何も見てないんだ」


 そういえば、お披露目会には来てなかったな。


「アンチャンとオッカサンと一緒に大掃除してたからさぁ」

「そっか。もう片付いたのか?」

「全然。アンチャンが父ちゃんの私物を見つけると一個一個思い出話始めてさぁ。オッカサンと一緒になって昔を懐かしむんだよなぁ。だから全然片付かないんだ」


 大掃除あるあるだな。

 俺は、アルバムや思い出の品は、大掃除の足を引っ張るために存在していると思っている。

 大掃除の時にしか見返さなかったもんな。


「オルフェンさんと一緒に、オジ様やトレーシーさん、他一名も案内するからデリアも一緒に行こうよ」

「あぁ! よろしくな、おっちゃん!」

「領主だよ!」

「エステラと一緒か! やったな!」


 何がやったのか。

 デリアの屈託ない笑顔に、オルフェンは笑みを浮かべる。


「あぁ。よろしくね。元気なお嬢さん」


 こういうところは、いい領主になりそうなんだよなぁ。

 アヒムはこういう時顔を引きつらせそうだし。


「それじゃ、ジネットたちも見に行ってみるか、ビックリハウス」

「はい。みんなで行きましょうね」


 というわけで、キッチンをさらっと片付けて、会場の外にあるアトラクションへと向かった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る