343話 この日常を守るため -3-

 ノーマの工房を後にした俺たちは、マグダと合流して狩猟ギルドへ向かった。

 なんでか当然のような顔でエステラがついてくる。

 働けよ、お前は。


 最近はめっきり来ることが減った狩猟ギルド四十二区支部。

 あれ? なんか小綺麗になってないか?


「……妹たちが定期的に掃除をしに来てくれている」

「あいつら、そんな仕事もしてんのか?」

「男所帯のギルドや支部では、非常に重宝されているらしいよ。仕事場も綺麗になるし、ロレッタの妹たちはみんな可愛いしね」

「ちゃんと別料金も請求してんだろうな?」

「長女を独占している君から徴収していない特別料金は取れないよ」


 誰がいつ独占したか。

 大工や木こりに愛嬌振りまいてるだろうが、ロレッタは。


「……ハビエル予備軍が増えつつある」

「よし、カンパニュラには近寄らないようにしっかり言い聞かせておこう」

「……それがいい」


 聞けば、年長から年少まで各年代の妹たちが班を作っていろいろなところを掃除して回っているらしい。

 清掃業者が金になるとはな。

 仕事場を他人にいじらせるってのは、相当な信頼がないとムリだよな。

 すっかり信頼を勝ち取ってるんだな、ハムっ子たちは。


「……ヤシロ、こっち」


 支部に入ろうとしたら、マグダが別の方向へと俺を誘う。

 こっちは解体所がある方だ。


「……切り分けた魔獣の肉に焼き印を捺す」

「あぁ、見たことあるな。『ボナコン』とか『ババゲルギ』とか書かれてる肉」


 解体すると、素人目には何の肉か分からなくなる。

 そこででっかい塊に焼き印を捺しているのだそうだ。

 でっかい肉のブロックは行商ギルドに卸されて、そこで小分けに切り分け商店や飲食店へ運ばれる。

 なので、陽だまり亭に入ってくる肉に焼き印は付いていないが、トムソン工房で焼肉を教えている時に何度か見たな。


「んじゃ、ちゃちゃっと借りて、さっさと帰るか」

「……一応、ウッセに話を通しておくべき」

「ウッセに?」

「……そう、ウッセに」

「ウッセのくせに?」

「……ウッセごときでも、一応はこの支部の代表。顔を立てておかないと後々面倒」

「じゃあしゃーないな」

「……非常に面倒だけれども」

「君たちは、本当に仲良しだよね」


 その『君たち』は俺とマグダだよな?

 まさか、俺たちとウッセじゃないよな?

 告訴するぞ?


「……では、マグダが一応の筋を通してくる」


 言って、マグダが解体所にいた狩人に歩み寄る。


「……うむ。ご苦労」

「ってオイ。大先輩に対する口の利き方か、それが?」

「……メドラママは器が大きいというのに……」

「あぁ、分かったよ、ったく!」


 アイツよりももっと偉いメドラが、マグダのアレを許しているのだ。

 メドラよりもずっと下っ端なアイツには逆らう権利はないだろう。

 マグダの方がずっと後輩でかなり年下といえども、だ。


「で、何の用だ?」

「……焼き印を捺したいので設備を借りたいと思っている。なので、ウッセを出せ」

「お前……仮にも支部の代表に向かってよぉ……ったく。呼んできてやるよ」

「……うむ」

「礼ぐらい言えよ! せめてよぉ!」


 狩人のオッサンが泣きそうになっている。

 それを見たマグダが「……やれやれ」と息を吐いて、狩人のオッサンに向かって無表情な笑顔を向ける。


「……ありがとう。最近掃除をしに来てくれるロレッタの妹たちにめろめろになってロリコンの世界に踏み込みかけている男性その1」

「テメェ、感謝する気ぃねぇだろ!?」

「……小柄でプリティなマグダのお願いを聞いてくれて感謝する。たとえ、そこに計り知れない下心があったとしても」

「ねぇーよ! 言っとくぞ! 俺ら狩猟ギルド四十二区支部の人間だけは、お前のその可愛こぶりっこには騙されねぇからな!?」

「…………」

「…………な、なんだよ?」

「…………にゃん?」

「ぐっ!」


 狩人は一瞬幻の吐血を撒き散らしつつも、なんとか今一歩のところで踏みとどまった様子だった。


「……代表を、呼んでくる」


 マグダに背を向けて足早に立ち去る狩人のオッサン。

 これ以上見ていると、思わずときめいてしまいかねないと判断したのだろう。


「……惜しい。逃げられた」

「君はどこを目指そうとしているんだい、マグダ?」


 なんにせよ、マグダはすっかり狩猟ギルド四十二区支部の連中と打ち解けたようだ。

 もう二度と、マグダに悪意を向けるヤツは出ないだろう。


 ……と、思ったのに。


「テメェ、こら、マグダ! 呼び出してんじゃねぇよ! テメェが俺の部屋まで足を運んで『設備を使わせてください』って頭を下げるんだよ!」


 ウッセがめっちゃ悪意を向けてきた。


「んだよ、ウッセ。大人げねぇなぁ。なぁ?」

「……うむ、ウッセは大人げない」

「うっせぇ、黙れ! テメェが甘やかすから、マグダがつけあがるんだぞ、ヤシロ!」

「……大人、け、ない」

「あるわ! まだまだふっさふさだよ、俺ぁ!」


 でも、十秒後にはマグダと戯れ始めるんだよなぁ。

 どっこにも需要のないツンデレなんだろうな、こいつ。


「んで、焼き印だっけ? 何に使うんだ」

「ちょっとウィシャートを引っかけてやろうかと思ってな」

「はーっはっはっ! そりゃあいい! 『ウィシャートのバーカ』ってこっそり書いといてやろうぜ」


 ガキか。


「……ヤシロ、ごめんね。こんなのが代表で」

「テメェ、マグダ!? 何目線だ、テメェは!?」


 ウッセたち狩人は、街門の外の警備もさることながら、街門前広場などで余所者が好き勝手しないかと目を光らせていた。

 ってことで、結構な頻度で衝突していたわけだ、ウィシャートの息がかかったゴロつきたちと。


 もしかしたら、四十二区でトップクラスにウィシャートを嫌っているのはこいつら狩人かもしれない。


「真正面から挑む勇気もないくせに、裏からこそこそコチョコチョ小賢しいったらねぇぜ、連中は!」

「……さながら、店長の胸元をチラ見するウッセの如く」

「ヴァッ、ばか、マグダ、この、お前、み、見てねぇよ……そんなには」

「ウッセ。『呼び捨てにするな』が抜けてるよ」

「動揺し過ぎて忘れたんだろうな。このムッツリ」

「誰がムッツリだ!?」


 ムッツリじゃねぇか!

 とにかく、お前はしばらく陽だまり亭に来るな。


「で、どの焼き印を捺したいって?」

「このパイクリエアの焼き印だ!」

「誰がムッツリか、もう一遍言って見ろ、おいこら、ヤシロ」

「ウッセ。言いたことは分かるけれど、彼は決して『ムッツリ』ではないよ」


 エステラが人のことを手遅れな重症患者を見るような目で見てくる。

 失敬な。

 俺は遊び心と少年のような無垢な心を忘れない男なのだ。

 毎日毎日おっぱいを吸っていた、あの幼き日をな!


「んじゃあ、単発の焼き印用の柄に取り付けろ。すぐにやってやるよ」


 たまに珍しい魔獣が取れた時には焼き印の先端だけを付け替えて捺すことが出来る取り外し可能な焼き印用の柄があるらしい。

 着脱式とはいえ、がっちりとホールドしてくれるので失敗することはないだろう。


 轟々とうなりを上げる窯の中に焼き印の先端を突っ込む。

 しばらく焼き印を熱し、頃合いに取り出す。

 加工された鉄板が赤く発光している。


「ほれ、そこにその袋を置け」

「革のところに頼むな」

「分かってるっての。俺を誰だと思ってんだ?」

「えっと……誰、だっけ?」

「テメェの額に押しつけるぞ、この焼き印……」


 邪悪な瞳が俺を睨む。

 軽いジョークなのに。

 そういえば、こいつは初めて会った時からシャレの通じないヤツだった。

 進歩のないヤツだ。


「ほら……っよ!」


『じゅぅううっ』だか『ぎゅむぅううっ』だか、とにかく革が激しく溶けるような音がして、独特の匂いが立ち昇る。

 革は、焼けてもさほど美味そうな匂いはしない。

 不思議なもんだ。


「おぉ、綺麗に出たな」

「本当に、バオクリエアの紋章に見えるね……」

「……でも、すべての柄が微妙に異なり、決定的に違うのがこの『パイクリエア』」

「けどよ、言われなきゃ気が付かねぇだろうな、こんなもん」


 気付かれないように作ったからな。


「よく、練習も下書きもなしでこんな物が作れるよね」

「バカヤロウ。練習なんかしたらそれだけ証拠が残るだろうが! ……贋作は手早く、正確に。証拠をなるべく残さないのが逃げ切るコツなんだよ……くっくっくっ」

「なぁ、エステラよぉ。こいつこそが倒すべき諸悪なんじゃねぇのか?」

「それに関しては、この件が片付いてからもう一度検討してみるよ」


 焼き印を水の入った鉄桶にぶち込むと、『じょぼじょばるぅ!』みたいな豪快な音がしてもうもうと水蒸気が立ち上る。


「そういや、ブロッケン現象だっけか? シスターが証言したから本当にあったんだろうが、実際にこの目で見てみないとにわかには信じられねぇ現象だよな。自分の影が空や遙か彼方に現れるなんてよ」


 そんなことを言って、ウッセは似合いもしない心配そうな顔をこちらへ向けた。


「そんなもんで、あのウィシャートを説得できるのか?」


 俺たちを心配してくれてるのかもしれんが、その弱々しい不安顔はウッセには似合っていなかった。


「お前に心配されると風邪を引きそうなんでやめてくれるか?」

「なんでだよ!? ったく、可愛くねぇヤロウだ!」

「今さら何を言っているんだい、ウッセ? ヤシロが可愛いわけないじゃないか」

「バカ、エステラ、バカ! 俺、めっちゃ可愛いわ!」

「どこから来るんだよ、テメェのその自信……」

「……店長がとことん甘やかしているせい」

「はぁ……。まずはあの店長をなんとかしないといけないのかもしれねぇなぁ、陽だまり亭は」


 ウッセが盛大にため息を吐き、「さっさと帰れ」と手を「しっしっ」と振る。

 別にウッセと長話がしたいわけじゃないので、用が終われば帰るさ。


「じゃあ、陽だまり亭に帰って、ジネットが握ったツナマヨっていう新しい具材のおにぎり食ぁ~べよ~っと」

「おい、なんだそのツナマヨってのは!? おい、ヤシロ! 教えろ! おい!」

「……君は、なんだかんだと、男友達のことが大好きだよね」


 叫ぶウッセの声を無視して、隣で呆れ顔をするエステラも無視して、マグダの耳をもふもふしながら帰路に就いた。


 さて、一休みしたらまたゴッフレードに会いに行かなきゃなぁ。






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