343話 この日常を守るため -4-
焼き印を捺した布袋に、フロッセの種をザラザラと入れる。
口を縛ってぽんぽんと手の上で弾ませてみれば、あずき袋のお手玉のような重さを感じる。
もっとも、粒の大きさはあずきの三分の一程度だけれど。
朝顔の種くらいの大きさだろうか。形状は真ん丸の球体。表面はデコボコしていて、さながら潰す前の黒コショウのような外観だ。
そんなフロッセの種が入った『パイクリエア』の紋章入りの布袋をゴッフレードに差し出す。
「時間は今指定した通り。合図は出せないから、頃合いを見計らって『窓口』に接触してくれ」
「ちっ! 難しいことを簡単に要求してくれやがる」
それくらい出来るだろう?
まぁ、別に失敗したっていい。
失敗して窮地に追いやられるのは俺じゃなくてお前だけだしな。
「ビビって逃げてもいいぞ。別の手を考えるから」
「抜かせ。きっちりと揺さぶってやるよ」
布袋を受け取り、ゴッフレードは焼き印をまじまじと観察する。
「よくバオクリエアの紋章が手に入ったな」
『パイクリエア』だけどな。
「そこはまぁ、優秀な人材のおかげだな」
俺です、俺。
超優秀。
一回見て覚えたら、精巧な模造品を生み出せる贋作のプロ。それが俺だ。
何度もバオクリエアの紋章を見ているであろうゴッフレードが気付かないなら、ウィシャートも騙せるだろう。
「で、これを『香辛料だ』と言って渡せばいいのか?」
「お前はそんな正直者じゃないだろう?」
なんで馬鹿正直に嘘を吐こうとしてんだよ。
「それとも、フロッセではフロッセの種を香辛料として使用してるのか?」
「食うか、こんな危ねぇもん!」
やっぱ食うと危ないんだ、フロッセ。
「じゃあ、なんて言って渡すんだよ。不審物なんぞ受け取っちゃくれねぇぞ」
「使えるモノは最大限利用しろよ」
「使えるモノだぁ?」
俺の意図が汲み取れず、ゴッフレードがフロッセ入りの布袋をまじまじと見つめる。
そっちじゃねぇよ。
「コレだよ、コレ。この悪人面だよ」
言いながら、ゴッフレードの顔を指さす。
「到底まともな取引を持ち掛けるようなタイプではない、ノルベールと繋がりのあるバオクリエア側の人間。お前がそれっぽい言い方をすれば、どんな偽物でもそれっぽく見えるだろうが」
「ふん。テメェの言い草は気に入らねぇが……なるほどな。立場を利用すれば、なんとでもなるかもしれねぇな」
「ウィシャート的には、お前はノルベールの下っ端なんだろ?」
「あぁ、気に入らねぇがな」
「お前の気持ちなんぞどうでもいい。向こうがそう思い込んでいるなら、それをそのまんま利用してやればいいだけのことじゃねぇか」
「確かにな。ノルベールがいなくなりゃ、バオクリエアなら次の手を考えて動き始めるだろう。そこで、『ノルベール様の忠実な配下』である俺が次の駒になるわけか……くくっ、ハラワタが煮えくり返りそうで笑えてくるぜ」
邪悪な笑みを浮かべるゴッフレード。
よほど気に入らないんだろうなぁ、ノルベールの下っ端扱いが。
そんなしょーもないプライドなんか捨ててしまえ。
俺なら、利益のためだったらウッセの下僕と呼ばれることも甘んじて受けるぜ。
もっとも、ことが済んだ後できっちり報復はさせてもらうがな。ウッセのくせに調子乗ってんじゃねぇよ。
「連中には、香辛料だと思われようと、種だと思われようと、どっちでもいい。Mプラントの種を知ってるヤツがいるならその形状に見覚えがあるかもしれないし、別にソレだと思われてもいい」
中身が何であろうが構わないのだ。
「重要なのは、ノルベールに代わる駒が『仰々しい何か』を持って現れたという事実だ。使い物にならなくなったノルベールの代わりが出来、かつバオクリエアから献上品があれば自分たちがまだ切り捨てられるような段階にいないと悟るだろう」
まぁ、それら全部が俺たちのでっち上げなんだが。
「ウィシャートは、バオクリエアでのゴタゴタをまだ知らない」
今、バオクリエアはオールブルームに構っていられるような状況ではない。
実行に移せない計画の推移などを悠長に見守っている暇もないだろう。
現国王が死ねば、一気に形成が変わる。
それで有利になる者も不利になる者も、どちらも座してその時を待つわけがない。
不利になる者は死に物狂いで抵抗するだろうし、有利になる者もそれが分かるからこそいつも以上に警戒をするはずだ。
何年も前から種をまき、下準備をして、機を窺っている遠い他国への侵略は、足元の地盤をがっちり踏み固めてからでも十分に間に合う。
だからこそ、バオクリエアの名を騙りウィシャートにちょっかいをかけるのは、今のタイミングしかないのだ。
しばらく放置されていたところに、新たな動きを感じさせる使者が現れれば安心するし、歓迎もされるだろう。
付け入る隙はそこにある。
「『とても貴重な物だ』とでも言っておけ。それを見て『どこからだ?』なんて寝ぼけたことを抜かすような下っ端には渡すなよ? お前なら、そこそこの人間に接触できるだろう? なんだっけ? ほら、リカちゃん二世みたいな名前の……」
「ドールマンジュニアか?」
「そうそう、そいつ」
「全然違うじゃねぇか!」
「とにかく、そういうヤツを相手に、多くを語らないことですべてを悟らせるように仕向けてくれ」
「つくづく要求の高ぇ野郎だ」
「出来るだろ? 俺やエステラ相手に、さんざんイキり散らしてたんだからよ」
あれだけ威勢よく他人を煽っておいて、テメェの仕事も満足に出来ませんじゃあまりにお粗末過ぎるぜ。
きっちり仕事をこなせよ。でなきゃ、テメェは口先だけのヘタレ野郎だ。
「『口から屁こき男』と呼ばれたくなければ、死ぬ気で遂行するんだな」
「どんな悪口だ、それは。テメェの頭ん中は一体どうなってやがる……ったく」
俺の頭を開いて見せたところで、到底お前には理解できないさ。
俺はお前より、三つ四つ先を考えているからな。
「そいつを渡している途中に別の場所でベックマンが騒ぎ出す。それに乗じて俺がウィシャートに揺さぶりをかける。その騒動を聞きつけ、お前は『詳細を話そうとしたが今は日和が悪いと判断して』出直すんだ」
「そこまで計算して演じろってのか?」
「出来るだろ? ベックマンじゃねぇんだから」
「まぁ、出来るがな」
脳筋ぶりを周りに見せつけ、実は陰でこっそり情報収集をするような狡猾な男だ。
演技くらいはお手の物だろう。タイミングをミスるんじゃねぇぞ。
「騒ぎが起こる直前に、その袋が相手の手に渡るようにしておけ。そうすりゃ、話が中断された時そいつは相手の手の中にある」
言って、ゴッフレードから布袋を奪い取る。
「さぁ、話し合いは中断だ。――となったら、お前はどうする?」
「そりゃ当然」
と、ゴッフレードが布袋をひったくろうと手を伸ばしてくる。
なので、俺は体をひねり布袋を死守する。
「……なるほど。一度手中に収めた物を簡単に手放すような連中じゃねぇよな、確かに」
「あぁ。ウィシャート家の『デキる』人間なら、その一瞬で奪い取られるなんてことはない。まぁ、多少はハンデをくれてやってもいいが、今くらいの絶妙な間で『奪い返せない』状況を作ってくれ」
「それで? 袋を相手にくれてやるだけでいいのか?」
「あぁ。負け惜しみのように『詳細は十日後だ』って吐き捨ててさっさと帰ってこい」
「こっちから言った日程を、あいつらが飲むかよ」
「なら、会合はなしだ。連中は、自らバオクリエアとの関係を断ち切ることになる。……バオクリエアからの献上品を強奪したうえでな」
「なるほどな。そんなことになれば、第一王子なら確実にウィシャートを個人攻撃してくるだろう。ノルベールがしくじりやがった香辛料作戦のやり直しってわけだ」
「連中も、そのことに気が付くだろうから、会合は開かれる。奪い返せなかった腹いせに、こっちの要求をごり押しして強引に飲ませる。それでチャラってわけだ」
俺の説明を聞き終え、ゴッフレードが口元を隠して笑う。
「くくっ。テメェは実に面白ぇな。何度頭ん中でシミュレーションしても、相手が誰であろうと、テメェの目論見通りに事が進みやがる。よくウィシャート家の習性を理解してるじゃねぇか」
「そりゃ、こんだけ連日嫌がらせを受けりゃあな」
連中が何を嫌い、何で自尊心を満たしているのか。それくらいは手に取るように分かる。
だからこそ、それを利用することも容易い。
「あとはお前の腕次第だ。抜かればこっちはすっぱり見捨てさせてもらうからな」
「ふん! 上等だ。その代わり、手に入れられそうなお零れは問答無用でいただくからな」
ドールマンジュニアのような幹部クラスに会うなら、それなりにうま味もあるのだろう。
好きにしろ。
日陰でごそごそしているような連中の好物になんぞ、こっちは興味がない。
「いいな。『成功しない』をうまく成功させろよ」
「あぁ。絶妙に『成功しなかった』を演出してやるぜ」
それで、文字通り種を仕込むことが出来る。
「で? フロッセの種を連中の屋敷の中に持ち込ませることに意味があるのか?」
「マーシャが言ってたんだが、フロッセの種は海路で持ち運ぶのは相当難しいらしいな」
「あん? ……あぁ、まぁそうだろうな。あの性質ならな」
「ま、そういうことだ」
「どういうことだよ? ……ちっ、まぁいい。こっちは言われたことを完遂してやる。あとはうまくやれよ」
「おう。ノルベールが生きているなら、早々に会わせてやるよ」
「ふん。……まぁ、期待してるぜ」
俺が奪い取った布袋を奪い返し、ゴッフレードが踵を返す。
作戦決行まで姿をくらませておけ。お前は目立つからな。
「さて。あとはもう一ヶ所、遠出をするかな」
ニューロードのある方角を見つめ、俺はもうひと頑張りするため気合いを入れ直した。
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