343話 この日常を守るため -1-

「こ、これが、ツナマヨですかっ!」

「お、お兄ちゃん、大変です! 手が止まる気がしないです!」

「……半永久的に食べられもぐもぐ」

「はぁぁああん! しゃべり終わるのも待てずにツナマヨおにぎりを頬張るマグダたん、マジ天使ッス!」


 と、朝から騒がしい。

 時刻は日の出前。まだ教会への寄付へ出かける前だ。


 昨日、苦労して解体したマグロの残りを使いツナを作ってみた。

 少々コショウを強めに利かせて味にアクセントをつけてみたところ、いくら食べても食べ飽きないキレのあるツナになってくれた。

 まぁ、ジネットはまた「香草が」とか「オイルの種類を」とかぶつぶつ言っていたけれど。


「マグロの旨味と、マヨネーズのクリーミーな酸味、その奥にピリッとした香辛料の刺激が合わさって、口の中でわっしょいわっしょいしています!」

「すごくいっぱいしゃべったのに、着地点がいつも通りです!?」

「……安心の店長クオリティ」


 朝から賑やかだな、まったく。


 今日は、「ベルティーナが満足するまで新商品を食わせる」と宣言したので、早朝から陽だまり亭従業員全員集合である。


「おにぎりは、単純なようで難しいです。ジネット姉様のように上手に出来ません」

「おにににー!」

「お・に・ぎ・り、さよ。テレサ」

「おににぎー!」

「……まぁ、大分マシになったかぃね」

「ノーマ、あんま甘やかすとシスターに怒られるぞ。……ほい、おぎにり・・・・一丁出来上がり」

「いや、デリアさん! デリアさんが言えてないですよ!?」

「ほいじゃあ、甘やかさず厳しくしつけ直してやろうかぃねぇ」


 カンパニュラにテレサ、ノーマとデリアも手伝いに来てくれている。


「美味しいっ! ヤバい、美味しいよ、これ! ねぇ、これカンタルチカでも出したい! いいでしょ、ねぇ! 絶対人気商品になるから!」

「ツナマヨのマヨネーズ……に、使われている卵がいい味を出していると思うの、私は。ね、どう思う、ヤシロ!?」


 詰め寄ってくるパウラとネフェリー。

 知らん知らん。

 カンタルチカでも出せばいいし、どの食材のおかげで美味くなっていると思ってても個人の自由だ。


「ナタリア。今までボクを支えてきてくれてありがとう。君がいたからここまで頑張ってこられたし、ここまで頑張ってこられたからボクは今日、このツナマヨおにぎりに出会えたよ」

「あぁ、エステラ様。美味しさのあまりにアホの娘になり果てておられるのですね。分かります」

「きゅーじちょー、みななぅ!」

「いや、あれは見習うなテレサ」


 ツナマヨおにぎりに感動して世界のすべてに感謝をし始めているエステラと、ツナマヨおにぎりが美味し過ぎてそんな主をぞんざいに受け流すナタリア。

 二人ともめっちゃ頬っぺたぱんぱんになってるぞ。

 落ち着いて食え。

 で、今日は食う会じゃないから。ノーマやジネットがすごい速度で量産してるおにぎりが、その他の連中の手によってどんどんなくなっていってるから!

 自重しろ、お前ら!


 で、技術は一級品だが素行は三級品なナタリアからテレサを遠ざける。

 あんな給仕長が量産されたのではたまったものじゃない。


「お前ら、食ってないで握れ! ツナがなくなる!」

「それは大変だ! ナタリア、今すぐ港を完成させてマグロの漁獲量を確保して!」

「その工事を再開するための協力を要請するためのおにぎりなんだよ! もう食うな、このポンコツ領主!」


 まぁ、こんなもんがなくてもベルティーナなら協力してくれるのだろうが。


「ヤシロ。ラーメンはもう公言しちゃったから他所の区に広めてもいいけど、ツナマヨおにぎりは秘匿しよう。分け前が減る」

「お前は海のマグロを食い尽くす気か……」


 減らねぇよ、分け前。

 ま、どこぞの貴族様が買い占めでもしない限りはな。


「ウィシャート辺りがそのうま味を嗅ぎつけて市場を独占でもしない限りは大丈夫だろう」

「よし、事前に潰しておこう。ナタリア。イメルダからモーニングスターを借りてきて」

「そういうことでしたら、喜んで」

「止まれ、そこのバカ主従」


 ここまで地道に積み上げてきた下準備を一気にぶち壊す直接攻撃なんぞさせるかよ。

 それが出来るならとっくの昔に乗り込んどるわ。


「カンパニュラさん。すべての面を均一にしようとしなくても平気ですよ」

「ですが、ジネット姉様のおにぎりはとても綺麗ですので……」

「それは慣れです。形はそのうち整うようになります。最初は、食べた人が笑顔になるようなふわふわの食感を心がけましょう」

「はい。やってみます」


 ジネットがカンパニュラに手ほどきをしている。

 カンパニュラは意外と不器用なようで、不格好なおにぎりが皿に並んでいた。


 ま、カンパニュラなら、すぐにコツを掴んでうまくなるだろうよ。

 それまでは失敗作を量産することになるだろうが。

 失敗作は人には出せないし、かといって米を無駄にするのはあり得ない。

 というわけで、仕方なく俺が処分することとする。


「あ~、腹減った。一個もらうぞ」

「ではわたしも」

「……マグダも」

「あっ、あたしもも~らいです!」

「え!? あの、みなさん!」


 カンパニュラの作ったおにぎりがひょいひょいと強奪され、俺たちの口の中へと放り込まれていく。

 カンパニュラの小さな手で作られたおにぎりはどれも一口サイズで、あっという間に胃の中へと転がり落ちていった。


「うん。美味い。この調子で頼むな」

「ヤーくん……。はい。ありがとうございます」


 俺を始め、おにぎりを強奪した者たちに礼を言って回るカンパニュラ。

 礼を言われることじゃねぇよ。ただのつまみ食いだし。


「ヤシロは相変わらず、だね」

「そうそう。一個目を絶対食べてくれるんだよなぁ。あたいの時もそうだった」


 アホめ。ただのつまみ食いだ。


「その習慣が、陽だまり亭のみんなに感染したみたいさね」


 ころころとノドを鳴らして笑うノーマ。

 水のベールに包まれた細い指が「にちゃ、みちゃ」っと微かな音をさせながら美味そうなおにぎりを作っている。

 ノーマの作るおにぎりは普通に美味そうで、ジネットが作るおにぎりとは違って……少しエロい。なぜだろう。見てるとドキドキする。


「なんと言いますか」


 俺の隣に立ち、同じようにノーマの手元を見つめるナタリアが、自信を持って言う。


「ノーマさんのおにぎりはエロいですね」

「そんなことないさよ!?」

「いえいえ、ご謙遜を」

「謙遜じゃないさね!」

「……ノーマ。子供がいるから、ほどほどに」

「アタシじゃなくてナタリアに言いなね、マグダ!」


 うん。

 やっぱりみんな思っていたようだ。

「ちょっとエロいな~」って。


 俺だけじゃなかった。


「あの、ヤシロさん。このペースでいくと、ツナがなくなりそうです」

「しょうがねぇ。追加するか」

「はい! 実は、ちょっと試してみたいことがありまして」


 俺はローリエを使ったのだが、ジネットは別の香草を試してみたいらしい。

 どうぞどうぞ。

 閣下のお気に召すままに。


「では、少しの間、こちらをお願いしますね」


 断りを入れて、ジネットがその場を離れる。

 人数が多いので食堂フロアでおにぎりを作っているため、厨房に入るとちょっと寂しい感じがするかもしれないな。

 いや、まぁ、ツナの改良を一人で存分に堪能したいかもしれんが。


「カンパニュラ」

「はい、なんでしょうか?」


 声をかければ、わざわざ作業を止めてこちらを向く。

 相手をぞんざいに扱わないその態度は、まるでシスターのようだ。

 ベルティーナを彷彿とさせる。


 カンパニュラがその気になれば、精霊教会を乗っ取ることだって出来るだろう。

 やらないだろうけれど。


「ジネットが戻ってくるまでにおにぎりをマスターして、完璧な一個をご馳走してやろうぜ」

「それは素敵なサプライズですね。では、邁進いたします」

「小指のポジションを変えてみろ。ちょっと窮屈そうだぞ」

「小指、ですか? はい、やってみます」


 ちょっとしたコツを教えてやると、カンパニュラは見違えるほどに上達をした。

 こりゃ面白い。ここまで吸収が早いと、ついつい教えたくなってしまうな。


「大したもんさね。あっという間に上達しちまってさぁ」

「ヤーくんの教え方が上手なのだと思います。もちろん、ジネット姉様のご教示があってこその上達だとは思いますが」


 いないヤツのフォローまで欠かさない。気を遣い過ぎるなよ。疲れるぞ。


 ともかく、これでここにいる連中はおにぎりをマスターしたわけだ。……エステラを除いて。


「おいこら、そこの味見専門領主」

「なにさ。ボクだって作ったじゃないか」

「二個な」

「二個だって、おにぎりはおにぎりさ」


 エステラ曰く。

 折角美味しいツナマヨなのだから、美味しく作れる者が作るべきであり、その方がツナマヨも喜ぶ。だそうだ。


 ツナマヨにされたマグロが美味しくされて喜ぶかどうかは知らんけどな。

 俺なら「喜ぶとかのレベルか! こっちはツナマヨにされてんだよ!」ってキレるけどな。


「ところでノーマ。朝の寄付が終わったら、ちょっと工房を貸してくれないか?」

「何を作るさね!?」

「焼き印だ。大至急必要になってな」

「焼き印…………まぁ、楽しい仕事ではあるけれど……焼き印かぁ……」


 新商品じゃないと知り、明らかにがっかりするノーマ。

 従来の仕事も大切にしろよ。

 つか、今回の焼き印は俺が作るから、ノーマは別についてなくていいんだが。


「工房だけ貸してくれれば、勝手に作るからよ」

「そいつは出来ないさね! いくらヤシロといえど、素人を工房に一人で置いておけるもんかぃね。アタシがきっちり見張っててやるさね」


 頼れるお姉さんが胸をどんと叩く。

 そしてぷるんと揺れる。


「ありがとう、ノーマ!」

「そ、そんな全力で礼を言われることじゃないさね。と、当然のことさよ。……くふふ、ヤシロは大袈裟さねぇ」

「いや、ノーマさん、違うです。気付いてです」

「……ヤシロのお礼は、先のことではなく今起こった事象に対して」


 いいんだよ、気付いてないことは言わなくて。

 みんなが幸せな気分になれてハッピーじゃねぇか。


 その後、説明を受けたノーマに頬っぺたをつねられ、カンパニュラに「むぅむぅ!」と叱られ、ツナを作って戻ってきたジネットに「懺悔してください」と言われながらおにぎりを量産した。


 うん、至って普通の日常だ。


 この日常を守るため、今日は少々奔走するかね。






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