342話 丸裸にする -4-

 腕を組んで、改めてウィシャート家のミニチュアを観察する。

 ウィシャート家の館は『ロ』の字型になっており、中央には中庭がある。

 外から見える壁には窓がほとんどなく、中庭側に窓が設けられている。

 採光のために広い中庭を作ってあるのか。

 よっぽど外から館内を見られたくないようだ。

 デカい敷地の中央に館を建てているくせに、さらに外からの視線を遮断するなんて、『ここで悪事を働いてますよ』と宣伝しているようなもんだ。


「外から生活が窺えないと、普段ウィシャートがどこにいるか想像も出来ないな」

「……ッスね。そうなると、抜け道の予測も立てにくいッス」

「なるほどでござる。寝室の場所でも分かっていれば、夜明け前に突撃すれば、寝室から通じる抜け道を使うと予想が付くというわけでござるな。確かに、普段の行動が読めぬ限りは、先読みは困難でござろうな」

「なぁ、マグダ」


 マグダを呼んで、ミニチュアを見せる。


「マグダがこの館の主になったら、どこを寝室にしたい?」

「……中庭で、大の字で寝てみたい」

「屋根の下で寝てッス、マグダたん!? 危険ッス!」

「……室内なら、奥の方の、二階?」


 まぁ、大体館の主はそういうポジションに私室を持っている。


「で、敵が攻め込んできたら、どこに逃げる?」

「……玄関に出て、返り討ちにする。館の主の誇りにかけて」

「マグダたんは館の主になると危険ッス! 有能な給仕長を付けておかないと、オイラ不安で眠れないッス!」


 まぁ、マグダなら秘密の抜け道なんか使わなくても、正面突破で逃げ出せるだろう。


「ロレッタは?」

「あたしは、この玄関の真上を私室にするです! そうしたら、悪い人たちが来たらすぐに分かるです! 来た瞬間、バッチリ顔が見えるですからね!」

「ロレッタ氏。館の主がずっと玄関先を見張っている暇はないと思うでござるよ」


 敵が襲撃日時を予告してくれるなら、見張っていられるだろうがな。

 年がら年中、四六時中窓に張り付いて玄関を見張ってるのは主ではなく警備兵の仕事だ。


「ジネットは?」

「わたしは、みなさんのお部屋のそばがいいです」


 ジネットの中では、どんな豪邸に引っ越そうとも、俺たちと一緒に住むことに変わりはないらしい。

 ジネットらしい発想だ。


「で、敵が攻めてきたらどこへ逃げる?」

「わたしは、少々足が遅いので逃げてもきっと逃げ切れないと思うんです」


 ほほぅ、『少々』とな?

 何気にジネットは自分の運動能力を過信し過ぎる傾向にある。


「ですので、ヤシロさんが先ほど言っていたような、隠し部屋に隠れて息を潜めていようと思います」

「ジネットちゃんならその方がいいかもね。下手に動けば見つかりそうだし」

「揺れる音がするもんな」

「しませんよ! もう!」


 いや。

 お前が慌てて飛び起きれば、「ぶるぅ~ん!」って音が月夜に響いて、「あっちだ!」って敵がなだれ込んでくるに違いない。


「カンパニュラならどうする?」

「私がこの館の主となり、かつ、敵勢力に狙われているという条件ですよね……では、この裏口の上、ここの二階にします」


 他の連中は条件とか考えずに思いついたことを口にしていたが、カンパニュラはこちらの意図を汲んでシミュレーションを始める。


「裏口の上に私室があるとわざと情報を流しておけば、敵勢力は入り口を封鎖しつつ裏口から本隊を投入してくるでしょう。しかし、上り階段は入り口の側にだけ作っておくのです。こうすることで突入から私室へ到着するまでの時間を稼ぎます。入り口の方は、そうですね……エントランスに扉があるのでしたか。でしたら、その扉を施錠しておきましょう。その程度の鍵なら簡単に開けられるのでしょうが、それが二~三回続けば十分な時間稼ぎにはなるでしょう」


 ドアを開ければまたドア。

 なるほど、そうしておけば入り口から入ってくる者を減らせるな。


「そうして、時間を稼いでいる間に抜け道を使って脱出を試みます。敵勢力が二十未満であれば入り口側の敷地の外へ、それよりも数が多いようでしたら馬小屋の方へ逃げます」


 なるほど。二十程度なら突入してきた本体がいる裏口にほとんどの人員がいる。

 だから逆側の表口に逃げると。

 それ以上いるなら敷地は包囲されていると踏んで、馬を使って強行突破を図ると。


 ……なんか、めっちゃちゃんと考えてるな。

 え、家に乗り込まれたりしたこと、ないよね?


「けれど、おそらく私の浅知恵など軽く看破されてしまうでしょうけれど」

「いや、あたしだったらきっと逃げられちゃうです」

「……マグダでも危うい」

「カンパニュラさん、すごいですね。まるで鬼ごっこの達人のようです」


 いつも平和だな、ジネットの脳内世界は。

 鬼ごっこの達人って……


「いえ。この建物がそのような用途に向いた構造をしているので、それを使わせてもらっただけです」


 うん。

 それが考えられるのがすごいんだけどな。


「オイラも、大体カンパニュラちゃんと同じ意見ッス」

「では、拙者も便乗して」

「いや、ベッコは便乗すんなッス」


 ウーマロは建物の構造とかを見て似た意見にたどり着いていたのだろう。

 ベッコは正真正銘、ただの便乗だ。


「でもおそらく、オイラたちがが思いつく以上に巧妙な仕掛けがあると思うッス。あえてそう見えるように作ったもののそばに、そうは見えない仕掛けが隠されていると思うッス」


 そう。

 他の連中の意見を聞いたのは、俺が見落としていそうなところに気付いてくれるかもしれないと期待したからだ。

 素人の方が、意外な点に気付いたりすることがあるしな。


 まぁ、正直あまり参考になる意見はなかったが、みんなの話を聞くうちに自分の考えをまとめることが出来た。


「この館には、いくつもの抜け道がある可能性が高い」


 そして、まとまった考えを口に出して、共通認識としていく。


「なら、ノルベールはとっくに連れ出されている可能性があるな」

「連れ出す理由は?」


 エステラが問う。

 口に出すことの目的は、意見のすり合わせだ。

 こうして疑問点をぶつけてきてくれるのはありがたい。


「ずっと匿っていると、ベックマンが周りをうろついてうるさいからな」

「……それが理由だとすると、ちょっと弱いね」

「まぁ、いちいち騒がれると、いつどこで誰の耳に入るか分からないからな。それは大きなリスクとなる」

「なるほど。じゃあ、逆に連れ出さずに監禁し続けるとして、そのメリットは?」


 それはやはり、バオクリエアとの関係を維持することだろう。

 だが、その手駒は非常に使いにくい。


 俺がそのような解説をすると、エステラも概ね同じ意見だったようで首肯をくれる。


「けれど、その使いにくい『手駒』を、ウィシャートは手放せずにいる」


 そういうことだ。


「ざっと見ただけで、怪しい抜け道があっちこっちにありそうなこの館からノルベールがまだ連れ出されていないとしたら、……もし、それだけバオクリエアとの繋がりに固執しているとしたら……、その『代わり』になるヤツが現れたら歓迎されるだろうな」


 まぁ、最大限警戒はされるだろうが。

 それでも、多少は食いつくだろう。


 方向性が決まればやることも自ずと定まってくる。


「朝からノーマのところに行って金物加工をして……なぁ、焼き印ってどこに行ったらやってくれる?」

「えっと、そうだねぇ……」

「……それなら、狩猟ギルドの解体所で出来る」

「ホントか、マグダ?」

「……肯定」

「よし! じゃあ、明日の朝案内してくれ」

「……任せて」


 それが済めば、ゴッフレードとベックマンに今回の作戦を伝え、指示を出す。

 あとは、出たとこ勝負だ。

 ウィシャートがどんな反応を見せるのか、それを見極めて戦法を考える。


「明日は早朝から忙しくなりそうだね」

「そうだな」


 ウィシャートを説得するためには、ベルティーナの名前を出さなければいけなくなる。

 そうすれば、あいつなら確実にベルティーナに接触を図る。


 だからこそ。


「明日はベルティーナにたんまり美味いものを食わせてご機嫌取らなきゃなぁ」

「では、ツナマヨおにぎりを一緒に作りましょうね」


 にっこりと笑うジネット。

 きな臭い連中と泥臭い駆け引きをやらなきゃいけない時、こういう顔を見せてくれると心がほろっと解けていく感じがする。


 さっさとケリをつけて、日常に戻りたいもんだ。

 金儲けの種がいくつも保留になってるからな。

 まったく、やれやれだ。






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