342話 丸裸にする -3-
「着色されている部分が確定している間取りで、白黒のところは予測して作った間取りでござる」
エントランスや応接室などは色が付けられ、調度品など細かい物まで丁寧に再現されている。
「裏口の方も、結構確定部分が多いんだな」
「保護した彼らが詳しく教えてくれたからね」
ウィシャートの子飼いで四十二区の偵察に来ていたジジイや獣人族たちからの情報か。
ゴッフレードにカエルにされかけ、全員心底ビビっちまったようだな。
「命の恩人のエステラに協力は惜しまないってか?」
「ううん。そこまで素直な連中じゃなかったよ」
「だとしたら、信用できないんじゃないのか、これ?」
「その点は大丈夫。ナタリアが聞き出した情報だから」
おぉう。
ゴッフレードとは方向性の異なる恐怖を与える人間が辣腕を振るったわけだ。
それじゃあ信頼してもいいかもな。
あいつ、エステラの害になる相手には容赦ないから。
デタラメ教えられてエステラの身に危機が迫る可能性を考えれば、相当強引な手段を使ってでも真実を聞き出すだろう。
「死者は?」
「奇跡的にゼロ人だね」
冗談めかして言うエステラ。
だが、ナタリアの尋問はかなり強烈なのだろうことが窺える。
「それでッスね、保護されてる連中の話が本当だとしたら、この部屋は倉庫になってるはずなんッス。ここ見てッス。柱の太さが他とは違うッスよね? おそらく、ここの屋根には相当な重量の『何か』を隠せるようになってるッスよ」
と、白黒で作られた仮定の部屋を指さして説明するウーマロ。
ベッコがその目で見た外観からの情報や、ドアの位置、水路の位置、動線や火を使える構造や薪のある位置などから、その内部構造がいくつか推測されている。
「あとここなんッスけど、ここだけ建物の壁が中庭側に張り出してるんッス」
ウーマロが指さした場所は、その場所だけがぷっくりと中庭側に膨らんだような構造をしていた。
そこの壁には窓もない。
「おそらく、ここだけ壁が二重になってるんッスよ。壁の外に人が一人通れるくらいの隙間をあけて、もう一枚壁で覆っているッスね」
「防音対策か?」
「おそらくは。なので、ここは会議室か寝室――もしくは、蓋を開けたわずかな間であっても中からの音が漏れるとまずい地下室への出入り口みたいな重要なものがあるはずッス」
なるほど。
怪しいのはこの場所か。
その怪しい部屋は、館の西側奥に位置していた。
もしそこに、北へまっすぐ延びる地下通路なんかが存在するなら、ウィシャートの館から誰にも見られることなく十一区領主の館へ行けそうだ。
やはり、この部屋は怪しいな。
「ゴッフレード曰く、館内には緊急脱出用の隠し通路が複数存在しているようだよ」
「まぁ、そうだろうな。何年にも亘って悪事を繰り返しているなら、いつか誰かに狙われると考えるのが普通だ。その緊急事態に備えておくのは当然だろう」
きっと、外からはなかなか入れないような館の奥の奥のさらに奥の方の部屋で寝ててよ、賊が侵入したらさっさと一人で館を抜け出すに違いないのだ。
寝室の掛け軸の裏から炭小屋に通じる抜け道とかがあるに違いない。
「こういう、炭小屋とか食料庫とか、母屋から離れた小屋への抜け道があると、賊が母屋を家探ししている間に外に逃げ出しやすいよな」
「なるほどッス。そういうところに出れば、外の様子を見ながら折を見て逃げ出せるッスね……では、逆にそこへ見張りを置けば捕らえられるかもしれないッスね」
「おや? いつの間に捕らえる算段を話し合う会になったでござるか? 討ち入るでござるか?」
あぁ、そうだった。
なんか、抜け道のことを考えてたら討ち入らなきゃって気になっちまった。
「けど、抜け道って、なんかわくわくするんッスよね」
「男子には共通する感情やもしれぬでござるな。かくいう拙者も、時間と費用さえあれば自室に秘密の抜け道の作成をお願いしたいと思っていたところでござる」
「俺なら秘密の小部屋がいいな」
「な、なんと!? 部屋の中に秘密の小部屋……それは、なんとも胸が高鳴る仕掛けでござるな!」
「ずらっと並んでる本の中の一つがスイッチになっててな? それを動かすと本棚がスライドしてよ」
「おぉっ、カッコいいッスね!? ちなみに、本棚をスライドさせる仕組みはどんな感じッスかね?」
「そうだなぁ、構造は簡単でいいんだが……歯車を使うとうるさいよなぁ」
「しからば、レーンに蝋を塗って摩擦を減らしてみてはいかがでござるか? あとは手動で――」
「いや、自動で開くからこそカッコいいのであってな!」
「いや待ってッス、ヤシロさん! むしろ本棚が扉になっているのはどうッスか? スライドではなく、回転して秘密の小部屋に行き来するんッス!」
「くっ、まさかノーヒントでそこに行き着くとは……やるな、ウーマロ! それは秘密の小部屋がある程度定着した後、第二弾として取っておこうと思ったギミックだ」
「しからば、その回転軸に蝋を――」
「蝋、売り込むッスね!? 余ってるッスか!?」
「あの……ヤシロさんたちは一体、何のお話をされているんでしょうか?」
「……メンズトーク」
「なんか、メンズにはメンズにしか分からない矜持とか感動があるみたいですよ。うちの弟たちも、弟だけで集まってくだらない話で盛り上がったりしてるです」
「なんにせよ、ヤーくんたちが楽しそうで、微笑ましいですね」
ついつい脱線してしまった。
でも、部屋に隠し部屋とか……素敵やん?
秘密の抜け道も捨てがたいが、やはり隠し部屋は別格だ。
思いっきり趣味に傾倒して内装をごりごりにこだわったりすると、絶対楽しい。
「ちなみに、予算はどれくらい必要になりそうかな?」
真っ赤な瞳をきらっきらに輝かせて、エステラが前のめりになっている。
食いついてる食いついてる。
エステラはこーゆーの好きそうだもんな。
「執務室の本棚の向こうの隠し部屋に、壁一面にずらりとナイフを並べて――カッコいい!」
「闇の武器商人だな、それは」
「確実に裏社会の人ッスね」
「エステラ氏は、領主でなければ領主様にきつめの取り調べを受けるタイプの御仁でござる」
「失敬だよ、諸君! ボクの趣味は崇高な美学に基づいていてだね――!」
熱く語るエステラの声を右から左へ聞き流しつつ太巻きにかじりつく。
うまい! が、やっぱかんぴょうが欲しいなぁ。
ん? 鉄火巻き?
なんかもう、さばいてる途中からお腹いっぱいになったよ。
マグロは、しばらくいらん。
あ、でもあとでマグロのフレークを作ろう。
ぶつ切りにしたマグロを酒やみりん、醤油で味付けしてたっぷりの煮汁で炒めていく。
煮汁がなくなってぼそぼそしてきたらOKだ。
……あぁ、じゃあツナも作るか。
柵にしたマグロを香草やニンニク、香辛料と一緒にたっぷりの油で煮込んでいく。
ツナ缶よりも身がしっかりしているので、ツナマヨにしてもパンチが効いていてきっと美味い。
くっ……マグロめ、可能性が無限大でやがる!
「ロレッタ、マヨネーズの在庫はあるか?」
「まだまだあるですよ! 先日弟たちを大量招集して地獄の混ぜ混ぜタイムを慣行したですからね!」
マヨネーズは、卵と酢と油と少々の塩で作ることが出来る。
ハンドミキサーがないので腕がもげ落ちるかというほどかき混ぜる必要があるのだが……
そんな苦行を押しつけられたのは、長女には逆らえないヒューイット家年中組の弟たち。
ぎゃーぎゃー言いながらも、どこか楽しそうにマヨネーズを量産していた。
あれ、工場作って量産させるべきだと思うなぁ、そろそろ。
「じゃあ、明日はツナマヨおにぎりでも作るか」
「つなまよ、ですか!? それは一体どのような――!?」
「明日な! 明日!」
物凄い勢いで食いついてきたジネットに落ち着くように言う。
巻き寿司では、若干満足度が低いようだ。
まぁ、ラーメンに比べれば、以前作った物の亜種っぽいしな。
だが!
ツナマヨは……強ぇぞぉ。
はたして、「まぁ、おにぎりの一種ですしね」なんて澄まし顔でいられるかな?
男子中学生が好きそうな物はもれなく大好きな四十二区民が、ツナマヨを前に平静を保てるはずがない!
……こいつは波乱の予感だ。
「ヤシロ。美味しい料理が増えるのは嬉しいけれど、そんなことをしている暇はないんじゃないのかい? ウィシャートから催促の手紙が届いているんだよ」
街門前広場で説明会を行ったことは、ウィシャートも知っている。
あれから二日経った。
おまけに、ウィシャートが放った子飼いが全員帰ってきていない状況だ。
説明会の翌日には、早速エステラ宛にせっつくような手紙が届いていたらしい。
曰く「さっさと説明をしに来い」と。
「情報を知りたいんじゃなくて、難癖を付けて工事延期を要求するのが目的だろうから、納得させるだけじゃ弱いはずだ。何かもう一手打たないと」
まぁ、「大工の見間違いだった」って言って、「な~んだ、そっかー。じゃあ、工事再開しても平気だね☆」とはならないだろう。というか、なるわけがない。
ウィシャートを黙らせる必要がある。
そもそも、ブロッケン現象を知らないウィシャートが、俺の説明で納得するとも思えない。
だからこそ、ヤツを黙らせるためのもう一手が必要になるのだ。
それが、アメなのかムチなのかは、まだ決めかねているのだが。
「エステラ。ウィシャートの館に行くのはいつになった?」
「明後日だよ。今日はもう時間的に何も出来ないだろうから、猶予はあと一日だよ」
一日か……
こりゃあ、明日は、忙しい一日になりそうだな。
効率よく行動するために、今は頭を働かせるとしよう。
俺は、もう一度ウィシャート家の模型に視線を落とした。
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