342話 丸裸にする -2-

 ハムっ子農場へ向かい、虫に食われた葉野菜を大量にもらってきた。

 かつての陽だまり亭なら、虫食いの部分を切り取ってクズ野菜の炒め物にしていただろうが、今はここまで酷い野菜は使わない。


 昼過ぎにその葉野菜の中にフロッセの種を二粒入れて、たっぷりの水をかけておいた。

 地面に種を落とすと厄介だということだったので大きめのたらいの中で実験を行う。

 デカいプランターみたいだな。


 そして、日が沈んで間もなく閉店という頃合い。


「おぉ、咲いたな」

「代わりに、白菜やキャベツがしおしおです」

「……養分を吸われた結果」

「でも、この辺はまだ食べられそうですね」


 ジネットが恐ろしいことを言っている。

 食うなよ?

 フロッセが食物にどんな影響を及ぼしているのか、どんなメカニズムで他の植物から養分を奪っているのかも分からないんだからな。

 一口食べたせいで、胃の中でフロッセの花が大繁殖~なんて、シャレにならないからな。


「でも、完全に枯らしてしまうわけではないんだね」

「それはたぶん、種を二つしか入れなかったからだよ~☆ 周りの養分を根こそぎ奪うワケじゃないからね」


 エステラとマーシャが実験結果を見てそんな話をしている。

 たらいいっぱいの葉野菜は、二粒のフロッセを開花させるには十分に有り余る栄養素を持っていたというわけだ。


「これで、明日の朝には枯れるんだよな」

「養分が余ってるから、もうちょっと持つかもしれないけどね☆」


 燃費の悪い花のようで、近くにある養分をどんどん吸い取っていくらしい。

 それでも、フロッセが枯れる速度は凄まじい。

 養分がある間中ずっと咲き続けるということは出来ないようだ。


「ヤシロ氏! 出来たでござる!」


 陽だまり亭の庭でたらいを囲んでいると、ベッコとウーマロがでっかい模型を持ってやって来た。

 ベッコにしては時間がかかった方だが、ウーマロや、その他少しでもウィシャート家の間取りを知っている大工たちの意見を聞いて検証しつつ模型を作っていたのだからそれも致し方なしだ。


「全員の情報を合わせても、内情の三割もはっきりしなかったッス」


 しかし、ウィシャート家の情報隠匿スキルは高いようで、ほとんど謎のままになっているようだ。

 まぁ、そう簡単にはいかないよな。


「とりあえず、中に運んでくれ。見せてもらう」

「あ、ボクも見たい」

「私も~☆」

「では、何か軽くつまめる物をお持ちしますね。ウーマロさんとベッコさん、お腹はすいていませんか?」

「え、えっと、あの、その……ちょこっと、空いてるッス」

「拙者もペコペコでござる」

「では、お食事を用意しますね」

「……マグダが手伝う」

「むはぁぁあああん! 急激に食欲が増進したッスー!」

「それじゃ、あたしも腕を振るっちゃうので、楽しみにしててです!」

「あ、は、はぁ、その、……どもッス」

「なんか期待されてない感が出てて悲しいです!?」


 いやいや、それはいつもの女子見知りだ。


「ジネット。模型を見ながら食えるものにしてくれるか? 片手でつまめるヤツがいいな。おにぎりとかタコスとかコーンポタージュスープとか」

「なに摘まませようとしてるッスか、ヤシロさん!?」

「……店長。あんかけチャーハンがお勧め」

「マグダ氏が悪魔のような選択肢を!?」

「なに言ってるッス、ベッコ! マグダたんは悪魔でも天使ッスよ!?」

「では、ウーマロ氏はあんかけチャーハンを片手で摘まむでござるか!?」

「そーゆーのはベッコの役割ッス!」

「おそらく、拙者ら二人は同じカテゴリーでござるよ!」

「んふふ。仲良しだねぇ~、四十二区のメンズたちは☆」


 騒ぎつつも、模型をそっと運んで店内へと入る。


「では、巻き寿司をお持ちしますね」

「手巻き寿司ッスか?」

「いいえ。細巻きと太巻きです」


 にっこりと笑って、ジネットが厨房へと入っていく。


 ……いや、そろそろラーメン飽きてきたんだよな、俺。

 寿司が食いたくなってな。

 なので、ジネットに細巻きと太巻きを教えた。

 太巻きはだし巻き卵とシイタケの甘煮、そして茹でた水菜を使用した。かんぴょうは作っている暇がなかったので入れていないが、桜でんぶは作った。

 マーシャがいたからタラを分けてもらってな。


 桜でんぶはタラの切り身を茹でて骨と皮を取り、砂糖や酒、塩などで味を付けながらフライパンでふんわりするまで炒めていけば出来る。

 割と簡単であり、だからこそ個性が出やすい。

 またジネットのやる気スイッチがオンになってたよ。


 細巻きは簡単に鉄火とカッパ。

 ……マーシャに「マグロってある?」って聞いたら持ってきてくれたよ。

 どどーんと一匹。

 ……解体すんの、しんどかったぁ。

 こんな大変なの、普段どうやってんだと思ったら、人魚は海の中で巨大な魚を自在にカット出来るらしい。水圧のカッター的な力で。……チートだ、チート。

 じゃあ『柵』にして持ってきてくれればいいものを。


 船上でも解体できるようにと海漁ギルドが保有しているマグロ解体用の長い包丁を借りて、陽だまり亭四人がかりでなんとか解体したよ。

 知識はあっても、俺一人ではムリだ。重いし硬いし、しんどいし!


 というわけで、散々苦労させられたマグロがあるので鉄火とネギトロ巻きを用意した。


 残りのマグロは、刺身にして今日の日替わり定食にした。

 一部は炙って、一部は漬け込んで。


 概ね好評だったので、いつか漬け丼とか鉄火丼とか海鮮丼なんかをやってもいいだろう。



 っと。

 話が逸れたが、今は飯よりも模型だ。


「なぁ、ベッコ。この模型、屋根は――」

「ななななっ、なんでござるか、この美味しい料理は!?」

「手巻き寿司とは違った美味しさがあって、これはクセになるッス!」


 おぉーっと、逸れっぱなしになっちまったな。

 まぁ、夕飯も抜いて作っていたようなので、しばらくは食わせてやるか。


「……ラーメンを手放すと決めた直後に海鮮丼を持ち込む」

「お兄ちゃんは話題を独占し続けたい系男子なんです、きっと!」


 ……別にそういうわけではないのだが、なんかそんな風に思われてしまった。


「わたし、でんぶを頑張ります!」


 妙な意欲に燃えるジネット。

 臀部ではない。

 お尻を頑張るわけではないが、お尻で頑張ってくれてもこちらは一向に構わない。むしろウェルカム。

 手始めに、お尻のラインが綺麗に見えるTバックとか、どうかな? ねぇ? ねぇ!


「ネギトロ巻き、これは危険ッスね!? 美味し過ぎるッス!」

「むむむ……これは、明日明後日中には食品サンプルの依頼が来そうでござる……!」


 イメルダが食べたら、間違いなく依頼が行くな。

 あいつ、これまで集めた食品サンプル、どこに保管してんだろ? ちょっとしたミュージアムが出来るくらい所有してんじゃねぇか?


「陽だまり亭にお魚持ってくると、お魚料理がどんどん増えて嬉し~なぁ~☆」

「こちらも、とても助かっています。ありがとうございます、マーシャさん」

「ん~ん☆ いっつも試食させてもらってるし、こっちこそ感謝だよ~☆」


 えへへ~っと笑い合うジネットとマーシャ。

 二組のたわわが向かい合い、笑い声に合わせて細かくぷるぷる揺れている!

 いい!

 すごくいいよ、YOUたち!


「海鮮といえば……踊り食いだよな!」

「……と、乳に視線を固定して言うヤシロ」

「お兄ちゃん、何を踊り食うつもりですか……」


 踊ってくれるなら食べますが!?

 喜んで!


「喜んでー!」

「何を喜んだです!?」

「……ヤシロは、本音と建前の垣根がない男」


 とまぁ、そんな感じで海産物はこの街の人間にも受け入れられると分かった。

 港が完成すれば、海鮮丼を検討してもいいだろう。

 そもそも、三十五区に海鮮丼屋がないこと自体、俺には信じられない。

 朝市とかやれよ。函館みたいにさぁ。


 とりあえず、外門広場には江戸前寿司ならぬ門前寿司の店でも置いておくか。

 海産物の加工品は三十四~三十八区付近で盛んに行われているし、四十二区では加工までする必要はないだろう。

 折角新鮮な魚が手に入るなら生食に特化するのもいい。

 いや、干物くらいは作りたいが。


 ん~、夢が膨らむ!


「膨らむなぁ!」

「またおっぱいの話です」

「……ヤシロはいい加減、そうそう簡単に膨らまないということを学習すべき」

「いや待って、マグダ。そうと決まったわけではないと思うよ!」

「エステラさんが残念な会話に自ら飛び込んできたです!?」

「……おっぱいに反応する三大残念人間の一角。ちなみにあとの二人はヤシロとレジーナ」


 まったく。

 夢が膨らむのであって、胸が膨らむなんて思ってないってのに。

 ……でもまぁ、どうせ膨らむなら夢より胸がいいけどな☆


「――ってわけで、さっさと港を完成させるぞ」


 そんな宣言と共に、ベッコが作ってきた模型の屋根を持ち上げる。

 発注通り、屋根は取り外しが可能で、館内のレイアウトが分かる範囲で細かく造られている。

 謎な部分は多いが、そこはこれからウーマロと話を詰めていく。


「さぁ~て、邪魔なウィシャートを黙らせる作戦を練るとするか」


 巻き寿司をつまみながら、俺は模型を覗き込んだ。






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