342話 丸裸にする -1-

「……し、死ぬかと思ったでござる……」

「――というのが、ベッコの遺言だった」

「死んでないでござるよ!?」


 なんてことがありつつ、俺のお願いをきっちりと聞いてくれたベッコ。


 時刻は早朝。

 場所は三十区。


 マーゥルの許可を取り付け、早朝に二十九区で花火を打ち上げた。


 突然の爆音と光のシャワーに、近隣区はちょっとした騒動になっていた。

 まぁ、三十区以外の近隣区には前もって知らせておいたようだけどな。


『マーゥルに求婚した花火師が自分の腕前を見てほしいと言っているので、もしかしたら騒ぎが起こる可能性がある』――ってな。


 まぁ、全部仕込みだが。

 念のため、花火師のカブトムシ人族カブリエルには実際マーゥルに求婚してもらった。形だけだが。


 で、早朝。

 愛しのマーゥル様へのサプライズ。という名目で特大の花火を一発ぶっ放した。


 事前に知らせたのと、あとでお詫びの品を配る予定なのでこの件は「傍迷惑な」程度で済むだろう。

『BU』連中も話を聞いて協力をしてくれると言っていたし。


 まぁ、ドニスだけが鬼のような顔でカブリエルを睨んでいたけどな。

 求婚のフリをする時も、カブリエルにべったりとくっついて監視してたし、花火の打ち上げもきっと見張っていたことだろう。



 で、近隣の区で唯一話を聞かされていなかった三十区は、突然の爆音にちょっとした騒動になっていた。


「何事だ!?」

「見ろ! 北東の空が!」

「あれはなんだ!?」


 ウィシャート家の護衛たちも、花火が上がった北東の空を見上げて騒いでいた。


 その間に、檻に入れたベッコをベックマンにくくりつけて飛んでもらった。

 ウィシャートの館の南西で。



 ベックマンも頑張ったようだが、思ったほどは飛べていなかった。

 精々10メートルくらいか。


「ベッコ、ちゃんと見えたか?」

「その前に……労いの言葉をお願いしたいでござる」

「ん! 大義であった!」

「すっごい上から来たでござる!?」


 この大騒動は、みんな『ベッコにウィシャート家の館を見せる』ために実施されたものだ。

 ウィシャートの館には大勢の兵がいて、目を逸らしてやらないと見つかっちまう。

 かといって見つからないくらい遠くだと、細部まで見られない可能性が高い。


 というわけで、マーゥルの家の方へ視線を誘導したというわけだ。

 早朝なら、そこまで人数もいないし、通行人もいなかった。



 あとは、小一時間もすればゲラーシーが説明と謝罪に訪れるだろう。

 各方面へ謝罪回りをするということにしておけば、ウィシャート家で根掘り葉掘り追求されることもない。


 ……まぁ、実際各領主や貴族に謝罪行脚をしてもらうことになるんだけどな。


 協力を要請した時にすんなり賛同しなかったゲラーシーだ。それくらいの苦労はしてもらわなければ。

 ……だって、お友達じゃないんでしょう、ぼくたち?

 お友達なら、困っている時は何はなくても助けてくれなきゃいけないよねぇ?

 それなのに、お願いした時に顔逸らしたもんねぇ?


「苦しめ、ゲラーシー……」

「ギゾコウって、何気に根に持つタイプでありますか?」

「何気にも何も、果てしなく根に持ち続けるお方でござるよ」


 失敬だな、ベッコ。

 もう一回飛んでみるか?


「今度は裏側から見てみるか?」

「いいや! もう結構! 細部までしっかりと目に焼き付けたでござるから! 二回目などやってたまるかという鬼気迫る勢いで焼き付けたでござるから!」


 相当怖かったらしい。

 ベッコは檻の中で涙目になって訴えてくる。


 なんで檻に入れているかというと、ベックマンは両腕がツバサになっているため、荷物を持って飛ぶことが出来ない。

 だからといってベッコが足にしがみつくというやり方では、ビビリのベッコが手を離して飛ばない可能性もあった。

 チャンスは花火が上がる一瞬。

 ちょっとでも躊躇っている時間はないのだ。


 なので、檻に閉じ込め、その檻をベックマンの足に結びつけて、一気に飛んでもらった。


 檻に入れられ、泣きながら上昇していくベッコの顔と言ったら……


「めっちゃ面白かった」

「笑い事ではござらんぞ!?」


 けどまぁ、これで作れる。

 ウィシャートを丸裸にするための道具が。


「じゃあ、お前は見つからないようにさっさと帰れ」

「分かったであります。ギゾコウ、ノルベール様のこと、頼むであります」


 ウィシャート家の者にはチラリとも見つかるわけにはいかない。

 面の割れているベックマンをさっさと帰す。


「じゃあ、俺たちも帰るぞ、ベッコマン」

「拙者『マン』は付かないでござる! 混ざってるでござるぞ!」


 とかなんとか、よく分からないことを言うベッコの入った檻を、荷車に載せて俺も四十二区へと帰った。


「あの、拙者いつまでここに閉じ込められてるでござる? あのっ、ヤシロ氏? ちょっ、こっち見てくだされ! 質問に答えてくだ……ヤシロ氏っ!?」


 反応が面白いので檻に入れたまま四十二区まで運んでやった。

 ニューロードの下り坂が超面白かった。

「ぎゃぁああ! 怖い怖い怖いっ!」って言ってた。ぷぷぷー!


「コラ、いじめっ子」


 四十二区に戻ると、エステラが仁王立ちで待っていた。


「ベッコはこれから重要な任務があるんだから、あまりイジメないように」

「へいへい、分かったよ」

「エステラ氏……拙者のために……」

「いじめるなら、仕事が終わった後で!」

「そうでもなかったでござるなぁ! やはりヤシロ氏のそばにいる者ほど汚染が顕著でござる」


 な?

 こいつは結構失礼なこと言いまくってんだよ。

 誰が汚染だ、こら。


「ヤシぴっぴよ」


 エステラの後ろに、ドニスが控えていた。

 顔が怖いから見ないようにしてたのに、話しかけてきやがった。


「うまくいったのであろうな? 二度目はないぞ」


 なんでお前に許可取らなきゃいけないんだよ。


「いいだろうが。常識知らずの花火師の求婚はきっぱり断ったのでもう二度と今回のような騒ぎは起きませんって言って回るんだから」


 当然、この作戦のためにカブリエルとマーゥルが結婚するなんてことはない。

 カブリエルも独身だから、本人同士がいいなら問題はないんだが、ここに一人、自分は何も言わないくせに他人の行動には制限をかけたがる嫉妬深いジジイがいるからなぁ。


「もしもう一度必要になったら、今度は『とある大豆の区の領主が求婚の印にと花火を贈った』とでも言って打ち上げてもらうことにするよ」

「なっ!? ば、ばかな!? ワ、ワシが、そのような……っ!」


 と、否定しながらも、顔を真っ赤に染めて、嬉しそうににやにや口元を緩める一本毛ジジイ。

 軽く妄想して「んふー! んふんふー!」と身悶えている。


 興奮し過ぎて抜けろ、その頭頂部の一本毛。


「あ、それと。マーシャが戻ってきたよ」

「お、早いな」


 街門前広場での騒動から二日が経っていた。

 花火のための根回しに時間がかかって少し計画が遅れている。


 その間、領主たちで集まってバオクリエアとウィシャートに関する話し合いの場が設けられた。

 ドニスたち『BU』の連中もそこで事情を聞かされている。

 参加したのは『BU』と三十五区から四十二区までの全領主。


 三十区はもちろんだが、三十一区から三十四区の領主とはまだそこまで信頼関係が築けていないため情報は伏せさせてもらった。

 三十区に近ければ、こちらよりウィシャート側につく可能性が高いからな。


 とりあえず、ウィシャートは野放しに出来ないなということで意見は一致した。


「それじゃあベッコ、今日中になんとかなるかい?」

「任せてくだされ。完璧に再現してみせるでござる、『ウィシャート家の館のミニチュア』を!」


 見た物をそのまま作り出せるベッコの能力をフルに使って、ウィシャートの館のミニチュアを作る。

 それと、かつて修繕工事の依頼を受けたウーマロが保有している館内部の間取り図を組み合わせて、ウィシャートの館の内部構造を暴こうという算段だ。

 裏口を利用していたゴッフレードやベックマンの証言も得てある。


 あとは構造や水場の位置から推測をしていけば――

 ノルベールが隔離されていそうな場所に見当を付けられるってもんだ。



 さぁて、丸裸になってもらおうか、ウィシャート。






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