341話 結論を下す時 -4-
「お、いたいた」
ジネットたちと別れて、俺は目当ての男を見つける。
「よう、お荷物」
「誰がお荷物でござるか!?」
身長は俺とほぼ同じで、最近は肉付きも多少よくなっているとはいえ筋肉はさほどなく、太っているわけでもない。というかこの身長なら痩せ過ぎか。
「ベッコ。お前の体重って60キロくらいか?」
「さすが、慧眼でござるな。まさしくピタリでござる」
標準体重よりは少ないが、予想通りの体重か。
「そういえばお前、以前『めちゃくちゃ高いところに強引に連れ去られて遙か上空から街の景色を見てみたい』とか言ってなかった?」
「言ってないでござるよ!? えっ!? 拙者何かさせられるでござるか!?」
「ちなみにさぁ、お前ってさぁ、20メートルくらいの高さから落ちたらさぁ、死ぬ?」
「死ぬでござるよ!? ごく普通に死ぬでござる!」
「『きゅっ!』って我慢したらなんとかならない?」
「落下を我慢で乗り切れる人はたぶんいないでござるよ!?」
「よっ! パイオニア!」
「その道を切り拓く自信がござらん!」
なんかぎゃーぎゃーと、若干反発気味に反論されてるが、一応報告の義務は果たしただろう。
「じゃ、よろしくな」
「何をでござるか!? 一切内容が分からないでござるよ!」
「よし、あとはウーマロか」
「待ってくだされ! 拙者との案件、終わってないでござる! せめて何をやらされるのかだけは聞かせてほしいでござる!」
「だって、教えたら断るじゃん」
「そんな内容のことを告知なく強制するつもりだったでござるか!?」
「そんな顔すんなって。俺たち、赤の他人だろ?」
「そこは『友達』と言ってほしいところでござる! 友達といえど許容できぬこともあるでござるけども! で、『そんな顔すんなよ』はおそらく拙者側の立場の者が言うセリフでござらんか!?」
もう、うっせぇなぁ。
分かったよ。説明してやるから来いよ。
面倒だが説明してやることに決め、ベッコを会場の端へ連れて行く。
道中、通りかかったウーマロの首根っこを掴んで。
「じゃ、本題に入るが――」
「その前に、オイラなんで連れてこられたか説明してほしいッス!」
「なんだよ、お前ら。似たようなことばっか言って」
「そう思われるなら、是非今一度ご自分の言動を省みてほしいでござる!」
「ん? ……俺、なんかしたか?」
「ヤシロさん、それをマジで言ってるッスからね……」
「なぜ誰にも刺されていないのか、最近は少し疑問に思うようになったでござる……」
なんだよなんだよ。
隙あらば夜道で刺そうってのか?
とんでもねぇヤツらだ。
「ウーマロは一ヶ月マグダ禁止!」
「死んじゃうッス!」
「ベッコは一ヶ月呼吸禁止!」
「それは比喩ではなく確実に死ぬでござる!」
それが嫌なら協力しろ。
な~に、四十二区のためだと思えば、お前らはなんだって出来るだろう?
「実はな……かくかくしかじか、ぱいぱいゆさゆさ……というわけでな」
「真面目に教えてほしいッス」
「ヤシロ氏は真面目な顔でふざけてくるので、対応に困るでござる」
ちょっとしたお茶目なのにブーイングの嵐だ。
遊び心のないヤツらめ。
「ウィシャートを丸裸にするための道具を作ってほしいんだ」
「丸裸……ッスか?」
「それは……」
ウーマロとベッコがゴクリとつばを飲み込み、同時に口を開く。
「「レジーナさん(氏)案件ッスか」でござるか?」
「そうじゃねぇよ」
マジであのオッサンを裸にするんじゃねぇよ。
お前らがタッグを組めば、かなりいい物が作れると踏んでいるんだ。
「ちなみにベッコって、夜目は利く方か?」
「それには少々自信があるでござる。お金がなかった時分は、夜は暗闇の中で創作活動を行っていたでござるからな」
「遠くのものは見えるか?」
「暗い上に遠いとなると、細部までは難しいかと……」
「んじゃあ、明け方にするか」
「……えっと、ちなみに、どこで何を見せられるでござるか?」
「おぉ、そうか! 花火を上げて注意を逸らしてみるか」
「いや、あの、拙者の質問に――」
「ゲラーシー辺りに、何か祝い事を作ってもらえばいいか。二十九区なら近いし」
「ヤシロ氏!?」
「大丈夫だ! 花火の費用はエステラが持つ! 何も心配すんな!」
「拙者の心配、全然そこら辺にはないでござるよ!?」
「諦めるッスよ、ベッコ。あのすっとぼけた顔を見れば分かるッス。……オイラたちに拒否権はないんッスって」
さすがウーマロ。物分かりがいい。
よし褒美に、怖い思いをするのはベッコだけにしておいてやろう。
「ノーマぁ~! ベッコを閉じ込められる檻とかないか?」
「何やらされるでござるか、拙者!?」
「あと、マーゥル。ゲラーシーに言って許可をもぎ取ってほしいんだけどさ~」
「姉上を介さず私に直接言え、オオバヤシロ! 姉上の権力を当たり前のように使うな!」
ベッコとゲラーシーが物凄い勢いで迫ってくる。
つか、ゲラーシー、足速いなぁ。そんなにマーゥルに介入されるのが嫌なのか? 怖いのか? え、嫌いなの?
「そんなにマーゥルが嫌いか?」
「ばっ!? ちがっ! あ、姉上を煩わせるようなマネは慎めと言っているだけだ!」
「……ぷっ、シスコン」
「誰があんな老女――!」
「え、何か言ったかしら、ゲラーシー?」
「ひぃいい!」
ゲラーシー、お前さぁ、老女はないだろう老女は。
しょうがない。マーゥルが不機嫌だと周りの人間が萎縮するから機嫌でも取っておいてやるか。やれやれだぜ。
「むしろ、マーゥルは幼女だ」
「それは言い過ぎだわ、ヤシぴっぴ」
あっれぇ~。全然喜んでないな~。
若ければいいんじゃねーのかーこーゆーのはー。
「マーゥル。少しバタバタすると思う。迷惑をかける」
「あら、どうしたの改まって。もう、覚悟の上よ」
三十区で騒動が起これば、隣の二十九区は確実に被害を受ける。
なにせ、四十二区と三十区に挟まれてるんだからな。
「それに、それを乗り越えた先に楽しい未来を用意してくれるんでしょう。ヤシぴっぴなら」
「そうなればいいがな」
正直、どうなるかまだ分からん。
だが――
「これは、現段階では俺の個人的な意見なんだがな」
こいつには話しておいていいだろう。
「やっぱ、ウィシャートは潰さないとダメだという結論に至った」
アイツを野放しにすれば、この先ずっとバオクリエアからの侵略の危険が付き纏う。
ことあるごとに難癖を付けられ、その度に誰かが危険な目に遭うなんざ真っ平だ。
領主を潰せばその反動は計り知れない。
とはいえ、それで俺が泣き寝入りしなければいけない理由にはならない。
揺り返しが来るのだとすれば、そんな制度にした王族が悪い。
そうなるまで放置した近隣の領主も悪い。
ほら、俺に非なんぞ一欠片もないじゃねぇか。
「幸い、俺にはと~っても仲良しな領主のお友達がい~っぱいいるから――な☆」
と、ラーメン試食会場の貴族専用スペースを振り返ると領主のオッサンどもが一斉にこちらに背を向けやがった。
……ほほぅ。
「ラーメンのレシピと、無料講習会でどうだ?」
背を向けた領主たちの肩がピクッと動く。
「事態が解決したら、大衆浴場なんかもいろいろなところに作れるようになるんだけどなぁ~」
ゆ~っくりと、領主たちがこちらを向く。
全員の視線がこちらを向いたことを確認して、俺はにっこり笑顔で手招きをした。
はい、領主さん、全員集合。
ラーメンの試食だけしてさっさと帰るつもりだった?
残念だね。
中には無駄な抵抗をする者もいたが、渋々ながらもこの場にいた全領主が俺の周りに集まった。
ラーメンや大衆浴場など、欲しいと思っている物が手に入るかもしれない期待感と、何をやらされるんだという不安が内包する複雑な表情。
そんな強張った顔つきの領主をぐるりと見渡し、俺は声を潜めて口を開く。
「バオクリエアの現国王が病に倒れた。継承権第一位の第一王子はウィシャートを使ってオールブルーム侵攻を企てている危険人物だ」
場の空気が張り詰める。
「『湿地帯の大病』も、バオクリエアから持ち込まれた細菌兵器が原因だった」
「それは……っ!」
大声を出しかけたリカルドを一睨みして黙らせる。
領主以外には、まだこの話は伏せておくんだよ。声を落とせ。
「……それは、本当なんだな?」
俺の視線の意味を理解して、リカルドは声を落とす。
「あぁ。証拠を出せというなら出せるが、今は時間が惜しい。とりあえず信用してくれ」
無茶なことを言っているとは思う。
だが、信じてもらうほかはない。
信じてもらって、現在の危険な状況を把握させなければ。
「ウィシャートと繋がっていたゴッフレードが証言しました。その内容は、ボクたちが個人的に調べて行き着いた答えと合致していました」
ゴッフレードの話に出てきた細菌兵器や第一王子の思想は、レジーナに聞いたものと合致していた。
信用できる情報だろう。
「ウィシャートが……バオクリエアと繋がっていた、と?」
三十九区あたりの領主が鼻にシワを寄せる。
「ウチの三十七区も、ゴッフレードにかなり荒らされたが……ウィシャートの差し金だったとは」
「ウィシャートは、ゴッフレードを使って自分にとって都合の悪い相手を攻撃していたそうです」
「あぁ、なるほど。ウチの区にはウィシャート家との縁談を断った家があった。船を多く所有する貴族なのだが、港へ対するウィシャート家の執念のようなものを感じて断ったと言っていた。その途端、ゴッフレードが暴れるようになって……」
ウィシャートは、バオクリエアの船がこっそりと入港できる港を欲しがったのかもしれない。
それで、四十二区に新たに出来る港にも興味を示していたのか。
「ルシアのところは大丈夫だったのか?」
「ゴッフレードが暴れていたことはあったが、まぁ、なんとか退けたというところか」
ルシア相手に強引な手には出られなかったのかもしれないな。
下手に手を出すと噛みつかれるからな、ルシアの場合。
「……バオクリエアが攻めてくる、のか」
「その可能性は高いです」
誰かの呟きを拾って、エステラが現在の危機的状況を分かりやすく説明する。
「バオクリエアは薬学の最先端を行く大国です。侵略には毒物を使用する可能性が高いです。……皆様の区で、『湿地帯の大病』が再来する可能性もあり得ます」
その言葉は、領主たちの顔を青ざめさせるだけの威力があった。
「それをさせないために――どうか、力を貸してください」
他区の領主に向かって頭を下げるエステラ。
それを突っぱねる領主はいなかった。
ただ、今すぐ答えは出せないと保留にする者がほとんどだった。
即決したのはリカルドとルシアとデミリー、そして、トレーシーだけだ。
……ゲラーシーよ。
まぁ、マーゥルに言って強引に協力させてやる。
そして、もう一人。
「……という切羽詰まった状況だから、協力よろしくな、ベッコ」
「くぅう……なぜ領主様の話し合いに拙者が混ざっているのかと思っていたでござるが……絶対に断れない状況に追い込まれたでござる……っ!」
そうして、ウィシャートご退場に向けての第一歩が大勢の領主の見守る中、力強く踏み出された。
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