317話 絆があれば -1-

 ナタリアと合流し、書類を揃え、その日の夕方、俺たちは情報紙発行会編集部へとやって来た。


 メンバーは、俺、エステラ、ナタリア、タートリオ、ハビエル、マーゥルとおまけのゲラーシー。

 領主とギルド長は権威の上乗せだ。

 ルピナスは、もともと宿泊の予定ではなかったので昼過ぎに帰っていった。

「また来るわ、近いうちに」と言っていたので、本当に近いうちにまたやって来るだろう。

 念のため、デリアに送らせた。


 現在陽だまり亭はマグダとノーマに守ってもらっている。

 ちょっと大きく事を動かすということでメドラにも連絡を入れてある。


 こっちの護衛はナタリアとハビエルでなんとかなるだろう。

 カーラにも、現行犯で捕まった被疑者として同行してもらっている。彼女は証人だ。

 情報紙発行会のあり得ない違法行為の数々を証言してもらう。


「とりあえず、乗り込むのはボクとナタリアとヤシロで行きます。みなさんはここでしばらく待機していてください。声が聞こえるようにドアは開けておきます。必要があると思われた時に入ってきてください」


 最初は軽く泳がせる。

 いきなりこのメンツで乗り込めば全面戦争かと身構えられてしまうからな。

 ハビエルを護衛兼見張りとして残し三人で編集部へと入る。


「責任者はいるかい?」


 発行会編集部へ乗り込み、エステラが入り口で大きな声を出す。

 中にいた者たちがざわつき、数人がバタバタと走り去る。

 発行会に貸しているのはこの建物一棟だけだ。記者たちの寮もこの建物の中にあるのだろうし、見られて困る物を大慌てで隠蔽しに行ったようだ。


 まぁ、無駄だけどな。


「ちょっと、なによ!? 不法侵入じゃない、これって!」


 奥から、ダンダンと足音を響かせてド三流記者――バロッサが肩を怒らせて出てくる。

 ほぉ、随分といい服を着ているじゃねぇか。

 以前陽だまり亭で会った時はもっと庶民的な服を着ていたと思うが、ほんの数日で見違えるほど偉くなったんだな、お前は。


「不法行為を行ったのはそちらだろう、発行会チーフデスクのバロッサ・グレイゴン」

「は? 何か証拠でもあるわけ? 言いがかりはやめてほしーんですけどぉ?」

「カーラ、入ってきてくれるかい」

「……は、はい」

「――チッ。愚図が」


 俯くカーラがおずおずと前に出てくると、バロッサははっきりと舌を打ち、誰にも聞こえないような小さな声で悪態をついた。

 まぁ、俺には聞こえたけどな。

 耳を鍛えておくと、こういう時に役立つ。

 人は、咄嗟の時に本音をぽろりする生き物だからな。


 相手に騙されないようにするにも、相手を騙すにも、その『ぽろり』を聞き逃さないのが強みになる。だから俺の耳は鍛えられてんだよな。


「で、そいつが何かしたわけ?」

「彼女は、街道で違法に情報紙の移動販売を行っていたんだ」

「はぁ? 何やってんの、まったく。勝手にそんなことされると迷惑なんだけど?」


 バロッサはエステラではなくカーラに向かって言葉を発する。

 お前のせいで自分たちが迷惑を被っていると、全身全霊でアピールしている。

 あくまで自分は関係なく、寝耳に水だと。


「で? そいつが違法行為をしていて、なんで乗り込んでこられなきゃいけないんですかぁ?」

「同じような違法行為が恒常的に行われていないか、関係者に聞き取りをするのは当然のことだろう?」

「あ、そう」


 言って、バロッサは後方を振り返りながらデカい声を張り上げる。


「この中で違法行為してる人いるー?」


 バロッサの声に応える者は誰もいない。

 みな視線を逸らし、身動き一つ取らなかった。


「いないってさ。分かったら帰って、仕事の邪魔だから」

「それで帰れるほど、簡単な仕事じゃないんだよ、領主というのはね」


 エステラはあくまで笑みを絶やさない。

 たくましくなったものだ。

 まぁ、バロッサが小物過ぎるからかもしれないが。


「だったら、全員に『精霊の審判』でもかければどーですかぁ?」


 編集部内の空気が張り詰める。

 恐怖に引き攣る声がいくつか漏れ聞こえてきた。

 この中には、カーラ以外にも違法移動販売を行った者がいる。

 そりゃいるだろうな。売らなきゃ金にならないんだ。飯すら食えない。背に腹は代えられない。


「まぁ、アタシはここにいるみんなを信用しているし、違法行為をした人なんていないはずだけど、……もし、嘘を吐いている人がいたとしたら、それはその人個人の責任であって、アタシたち発行会がとやかく言われる筋合いじゃないですよねぇ? 違いますかぁ?」


 違法移動販売はあくまで個人の責任。

 おそらく「売ってこい」とは言っていないのだろう。「お金がないなら売ってくれば?」的な、強要になり得ない脅迫に留めているはずだ。

「まさか本当に売るなんて思わなかった」ってスタンスでな。


 このド三流がそこまで小癪なことを考えられるはずもないから、でっぷり会長のテンポゥロか、もしくはウィシャートの関係者にでも「そう言え」と吹き込まれているのだろう。

 自分より上位の者の言う通りに動いてその成果を享受している者は、「自分は守られている」と尊大になり、バックの大きさを過信するあまり自分が崩れかけの崖の上に立っていることにも気が付かないことがある。

 信頼しきっているバックの大物は、あっけないくらいにあっさりとリスクを切り捨てるなんてこと、考えもしないで。


 エステラに目配せをすれば、あらかじめ俺が言っておいた通りの言葉を口にする。


「では、君にも『精霊の審判』をかけさせてもらえるということだね?」

「えぇ、別に構わないわよ。アタシは違法な移動販売なんかやってないし。どーぞ、好きなだけかければいいじゃない。たーだーし、それでアタシが無罪だったら……分かってるよねぇ?」


 邪悪な笑みを顔面に貼りつけて、領主であるエステラに脅しをかけるバロッサ。

 本来ならナタリアがさっくりと排除するような行為ではあるが、ナタリアは若干感心したような表情で成り行きを見守っている。

 ちらりと一瞬だけこちらを向いた目は、「まさかここまで的確に言い当てるとは……」という驚きと賞賛が込められていた。


 こいつらには、事前に説明しておいた。

 バロッサにこういう言い方をすれば、こういう反応を返してくるから、そこでこんなセリフを言って、こういう言動を引き出してくれ――と。

 とりあえず、ここまではドンピシャ予想通りだ。

 予想が当たり過ぎて、エステラがちょっと笑いかけている。

 笑わずに、次のセリフを畳みかけろよ。


 この次で、ド三流の笑顔は二度と見られなくなるんだからよ。


「何か勘違いしているようだから敢えて訂正させてもらうけれど――ボクは君に『違法な移動販売をしたかどうか』なんて問うつもりはないよ?」

「……え?」


 不穏な空気を感じたのか、バロッサの表情が曇る。

 あぁ、残念。もう笑顔が消えてしまった。二度とお目にかかれないあの勝ち誇ったような笑顔が。


「君は先ほど、『この中に違法行為をした者はいない』と言ったね? そこで確認なんだけれど、『この中』というのに君は含まれ、違法行為はしていないと胸を張って宣言できるのかな?」


 バロッサが固まる。

 言葉が出てこないようだ。

 ほれ、エステラ。次のセリフ言ってやれよ。


「もし君が、『もちろん自分もここにいる者たちと同様に違法行為なんかしていない』と言うのであれば、そう宣言してくれたまえ。『精霊の審判』をかけさせてもらうから」

「い、いや……それは」

「もし君が、『この中』に自分は含まれない――つまり、違法行為をしていると自白するのであれば、領主として君を拘束し罰を科す」


「違法行為をしてません」と言えば『精霊の審判』をかけるし、「違法行為をしてます」と言えば『精霊の審判』は免れるが普通に罰せられる。

 さぁ、バロッサ。好きな方を選ぶといい。


「そ、それって、ズルくないですか?」


 ほほぅ、まだ悪足搔きをするか。


「アタシだって人間だから、生まれてから今までの中で一回や二回は違法なことをしたかもしれないじゃない? それを盾に取ってそういうこと言うのって、単なる脅迫っていうか、感じ悪いですよねぇ? それが領主のやることなんですか~って感じ」

「そうだね。ボクも完璧な人間なんていうのは数人しか見たことがない。君のように普通に生きていれば、幼心の冒険心から、少々法を逸脱した行為があってもおかしくはないし、それを咎めようとは思わないよ。だからね、はっきりと言ってあげるよ――君は、情報紙発行会の一員として、チーフデスクという役職に就く者として、法に背き他者の利益と尊厳を踏みにじるような非道な行いはしていないかい? ほら、期間は限定された。イエスかノーで答えておくれよ」


 小賢しい言い逃れをすることは目に見えていた。

 なので、正論で追い詰めるように言っておいた。

 やるなエステラ。なかなかいいアドリブだったぞ。


「そ、そんなの、罠かもしれないのに、軽々しく答えられるわけないじゃない。それ命令じゃなくて任意ですよね? ならお断りします。それとも領主の強権を振るうんですか? ただのか弱い一般市民相手に? それって非道ですよね?」

「答えないのかい?」

「答えるわけないじゃないですか。答える義務はないですから」

「そうか……残念だね」


 呟いて、エステラはバロッサに指を向ける。

 腕をまっすぐに伸ばして、『精霊の審判』の構えで。


「なっ!? 何する気よ!?」

「さっき君は言ったじゃないか、『精霊の審判』を『好きなだけかけていい』と。なのに今、『精霊の審判』への協力を拒んだ。これは、ボクとの間の約束事を反故にしたことになるよね?」

「か、かけていいとは言ったけれど、きょ、協力するなんて言ってないじゃない!」

「そうか。では、とりあえず一度かけさせてもらうよ。『精霊の――』」

「待ちなさいって言ってんじゃないのよ!」


 ガラスが割れそうなほどの金切り声を上げ、バロッサがエステラに飛びかかる。

 だが、その指がエステラに触れる前に、ナタリアによって床に組み伏せられた。


「領主への暴行は重罪ですが……、それくらいご存じですよね?」

「そいつが悪いんじゃないのよ! アタシを罠に嵌めようとするから!」

「ボクが君を罠に? 具体的に、どんな罠だと言うんだい?」

「それは……っ!」


 言えないよな。

「違法な行為を隠しているのに暴こうとしている」なんて、言えるはずがないよな?


 さぁ、どうする?

 正当な理由もなくエステラに牙を剥いたお前はどのみち重罪だ。

 今ここでエステラに『精霊の審判』をかけられるか、ナタリアにしょっ引かれて合法的に裁かれるか、どっちがいい?

 あぁ、分かってる。どっちも嫌だよな?

 往生際が悪いお前は、どっちも受け入れられないよな?


 だったら、やることは一つしかないだろう。

 ほら、早くやれよ。

 お前がすがれるのは、もうそれしかないだろう?



「会長! テンポゥロ会長、助けてっ!」



 そうだ、三下。

 お前ごときを潰しても意味がないんだからよ、さっさと黒幕をおびき出してくれよ。な?






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