316話 情報紙の今 -4-

 カーラの隣にエステラとジネットを座らせ、涙で声が震えるカーラから事情を聞き出す。


「ある日突然、編集部を移転するという話を聞かされまして、それで私たちは寮に入るように言われました」

「通いじゃなくてか?」

「はい……その……四十二区には、えっと……」


 チラリと、畏怖がてんこ盛りにこもった瞳が俺を見る。


「……俺が、なんだって?」

「その……オオバヤシロさんに洗脳された人が大勢いるから……発行会の記者は一人で歩くと危険だと……」


 俺が洗脳したってなんだよ……


「特に、女性は……」

「それを真に受けて、みんな寮に住んだのか?」

「は、はい……その……最初は、……本当に四十二区が恐ろしい非道な街だと思っていましたから……ご、ごめんなさい!」

「いや、仕方ないよ。発行会の中にいたんだから、そちらの意見を信じるのは普通のことだと思うし」


 頭突きでテーブルを破壊するのかのごとき勢いで頭を下げるカーラを、エステラが宥める。


 発行会の狙いは囲い込みだな。

 二十九区からニューロードを通って通われたら、情報紙に書かれている情報がデマカセだとバレてしまう。

 もしくは、外で誰かと交流すれば情報紙にとって不利益となる思考を植えつけられてしまう。

 そんなことを考えたのだろう。


「もともと二十九区にいたのか?」

「は、はい……。そちらの家は、もう引き払ってしまいました。借家でしたので」

「おぉう……なんてこった」


 じゃあ、もう帰れねぇじゃねぇか。

 情報紙をバカの手から取り返したら『BU』に返そうと思っていたのに。


「あの……オオバヤシロさんは、広場で……その……」

「ゴロつきの首を掻ききった極悪人だから怖かった、って?」

「はい……すみません」

「いや、それはいい」


 わざとそう思わせていたワケだしな。

 発行会の連中には、それを事実だと信じていてもらわなければ困っていたところだ。


「それから、その……」

「領主やギルド長を手懐けている侮れない男だと?」

「いえ……」

「じゃあ、デリアのところに襲撃してきたゴロツキを返り討ちにしたのが俺だって言われてたとか?」

「いえ……」


 デリア襲撃という言葉を聞いて、ルピナスが「どういうことなの?」とデリアに詰め寄っている。

「いや、全然大丈夫だったんだけどさ」と、デリアがちょっと困った表情で当時の状況を説明している。

 そして、若干恨めしそうな顔で俺を睨んだ。


 ルピナスはデリアの母のような存在だから、危険なことに関与したなんて言うと怒るのだろう。

 デリアも、怒られるのは怖いらしい。

 悪かったって。今度甘いのご馳走するから。


 それよりも、カーラの言う『それに』に心当たりがない。

 他に何かしたかな? こいつらに怖がられるようなこと。

 足つぼか? それは俺じゃなくてジネットだぞ。


「あの…………オオバヤシロさんは、その……」


 こくっと、小さく喉を鳴らして、震える体を抱くようにぎゅっと自身の肩を掴む。


「一目見ただけで、女性の胸のサイズを言い当てる変態だと」

「誰が変態だ!?」

「事実じゃないか」

「一目で言い当てられるが、変態ではない!」

「いや、それは結構変態だと思うわよ、ヤーくん」

「ルピナス、お前は何も分かってないんだな……そんなもん、男ならみんな出来るぞ」

「ワシは出来ねぇぞ、ヤシロ」

「私も出来ぬ」

「ワシも一目では無理じゃぞい」

「そりゃ、お前らは変人カテゴリーだもんよ」

「「いや、お前だ」」


 ハビエルとゲラーシーが声を揃えて失礼なことを言う。

 修練が足らんのだ!

 ベッコを見ろ!

 あいつは一瞬見ただけで、胸の大きさまで正確に再現してみせるぞ! 今度試しにノーマの蝋像でも作らせてみるか。きっとサイズはバッチリなはずだ。


「ベッコを見習え!」

「ちょっと黙ってくれるかい、ベッコの同類君」


 なんと失敬なことを言うんだ、エステラ。

 今一瞬意識が飛びかけたじゃねぇか! ショック過ぎて!


「それで、寮に住んで――それで貯金を使っちゃったのかな?」

「いえ、確かに入寮費は取られましたが、まだ蓄えはありました。ですが……」




『情報紙が売れなくなったのはあんたたちが無能だからよ! あんたたちの責任なんだから、売れ残った情報紙、みんなあんたたちで買い取りなさい!』




 そう言われ、大量の在庫を押しつけられたのだそうだ。

 あのド三流記者、バロッサ・グレイゴンに。


 ……いや、どう考えてもお前のせいだろうが。


「反論しろよ」

「しました! ……というか、した人がいました。その時、私たちはもうほとんど記事を書かせてもらえなくなっていましたから」


 記事も書いていないのに売れなくなった責任を問われるのはおかしいと、男気溢れる記者たちが声を上げたらしい。

 彼らはベテランでとても頼りになる先輩記者だったらしい。

 先輩記者たちは五人でチーフデスクという地位にまで上り詰めていたバロッサに抗議をしたのだそうだ。


 ……アイツ、デスクの中のチーフにまで上り詰めてたのか。

 つーことは、あいつの記事はデスクがチェックなんてこと、当然のようにしてないんだろうな。あいつ自身がデスクなんだから。


「ですが、抗議をした五人のベテラン記者は、その日のうちに解雇されました」

「なんて酷いことを!? それを、編集長や会長が許可したのかい?」

「はい……むしろ、会長が大変お怒りになって……」




『私の意見に逆らうということは、最大スポンサーであるウィシャート様に逆らうことと同義であるぞ! 貴様ら、三十区領主様に敵対行為を取るつもりか!』




「それで、他の記者に迷惑をかけたくないのであれば、今すぐ退職願いを置いて消えろと……そうでなければ、彼らと近しい者たちも反乱の意思有りと見なして首を切ると脅されて……」


 仲間を道連れには出来ないと、男気溢れたベテラン記者たちは発行会を去ったらしい。

 カーラたちは、それを止めることは出来なかった。

 守られていると理解しながら、追い出される者たちを守れなかった。


「それから、情報紙が余る度に残った記者で分担して買い取りを強要されて……」

「全員が貯金を切り崩して購入していたんだね」

「はい……」


 しかし、彼女らの不幸はそれだけでは終わらなかった。


「『お前らは記事も書いていないんだから給料なんかもらえると思うな』と……」



 ド三流よぉ……

 一番やっちゃいけないことだぞ、それは。


 人は金のために仕事をしているんだ。

 やり甲斐や夢、誇りやプライドのためって側面もある。

 だが、それはあくまで『側面』だ。

 金が発生しないのであれば、それは仕事ではなくなる。

 趣味だったら、必要以上の圧力に耐える理由なんかなくなるんだぞ。



 何より、自分たちで記事を書けない状況へ追いやっておいて、「記事も書いていない」だなんて、記者たちの尊厳を踏みにじる発言は最悪中の最悪だ。


 端からOKを出すつもりがない時に、その理由を相手の責任にして非難してはいけない。

 会議や企画で、最初からダメを出すつもりでいるヤツはダメにする理由をこじつける。

 最悪なのは「なんか違う」とか、「これでいいと本当に思ったの?」など、具体的な理由を言わず「お前の技術不足が原因だ」と突き放す言い方だ。


 それをすれば、やられた方はやった人間を一生信用しなくなる。

 断言してもいい、『一生』だ。


 様々なエサで釣ろうとしてこようが、その信用は『一生』回復しない。


「これが通れば出世間違いなしだ」

「お前には期待していたから厳しくしていたんだ」

「社長がお前を褒めていたぞ。だからもう一回頑張ろう」

「特別ボーナスを出すぞ」


 それに対するアンサーは一つ。


「テメェには何も言われたくねぇんだよ」



 それを恥ずかしげもなくやってのけるド三流は大したもんだ。

 嫌われるためにこの世に誕生したんじゃねぇのか、あいつ?


「それで……さすがにお給料がなければ働けないと……これも、私じゃないんですが……訴えた人がいまして……そうしたら……」


 編集長はなんともビックリな解決案を提示してきたらしい。



「今後は、現物――情報紙を給与として配布する、と」



 だから、好きに売ってじゃんじゃん稼げばいい。……だってよ。


 販売する場所なんか、どこにもないのに。

 個人で行商ギルドと取引できるはずもないのに。


 なるほどな。

「発行会は売れない情報紙を、記者たちに売らせているわけではない」と言い張る準備は万端ってわけだ。

 金に困った記者が勝手に法を犯して売っていただけだと。


 これは、もう、救いようがねぇな。

 そんな状況に追いやられていたら破綻は免れない。


 ただ思うんだよな。




 破綻するのは虐げられているカーラたちじゃなくて――その元凶どもだろうが、ってな。




 俺と似たような気持ちだったのだろうか、タートリオが粉みじんになったカニの殻を口いっぱいに頬張り、「バリィッ!」っと盛大に噛み砕いていた。






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