316話 情報紙の今 -2-
「すまんぞい、店長さんや」
タートリオが穏やかな声でジネットを呼ぶ。
「この店で一番硬い食材はなんぞい? 出来れば、黒パンよりも硬い物がいいんじゃが」
「え? えっと……食べられる物ですと……」
「多少食えなくてもよいぞい」
「えっ? …………えっと、では、カニ、とか、でしょうか?」
「おぉ、カニか! カニはえぇのぅ。では、そのカニを軽ぅ~く茹でて持ってきてもらおうかの。なるべく急ぎで頼むぞい」
「は、はい。少々お待ちください」
意味が分からないまま、ぺこりと頭を下げてジネットが厨房へ入る。
「すまんぞい。話を続けるぞい。発行会の現状はどうなっとるんじゃぞい?」
「え……あ、はい。現状はセリオント……様が、すべてを指示されています」
「苦痛なら、様なんぞ付けんでもえぇぞい」
「いえ……さすがに、それは」
陰では呼び捨てにしていそうだ。
まぁ、するよな、ムカつくバカ上司なら。
「今では、記事を書くのはほとんど『彼女』で、イラストも――モコカさんには断られてしまいまして、今は記者の中で絵心のある者が持ち回りで……」
そのイラストも、出来はイマイチ、イマニ……イマハチくらいらしい。
しかも、OKを出しておいて、情報紙が売れないと『イラストが悪いせいだ』と詰られるのだとか。
はは……、ド三流は相変わらずド三流なようだ。
「なぁ、その情報紙一部見せてもらっていいか?」
「え……あの……」
売り子女子こと、カーラは非常にばつが悪そうな顔でおろおろと俺とタートリオを交互に見ている。
明らかに止めてほしそうだな、タートリオに。
「金なら、ちゃんと払うぞ」
「い、いえ! そんなこと……申し訳なくて……」
カーラは俯き、胸を押さえる。
ずっと苦しそうな表情をし、つらそうな彼女を見てここまで我慢してきたが……
結構大きいんだよなぁ。
Fか……いやあれはGだな。きっとここ数日まともな食事を取っていないのだろう、彼女の持つポテンシャルから推測し得る最高値よりも若干しぼんで見える。
が、それはそれとして……
「……ぎゅんむり」
「全部買わせればいいよ。なぁに、遠慮はいらない。これは罰だからね」
こら、エステラ。
口にするだけで数万Rbも取られる効果音なんか聞いたことねぇぞ。
効果音は全人類の共有財産だろうが。
「いえ、あの……みなさんは、ご覧にならない方が……とくに、オオバヤシロさんは……」
泣きそうな顔で訴えかけてくるカーラ。
ってことは、俺たちの悪口が所狭しと書き連ねられているのだろう。
大丈夫だ。
俺は便所の落書きなんかいちいち気にしない。
本人の目の前では批判すら言えないヘタレが、別の場所で偉そうにふんぞり返っていても滑稽なだけで腹も立たない。
その手の連中は、批判することで相手の上に立てたと勘違いしているだけだからな。
詐欺師なんて生業を長く続けているとな、憶測で好き勝手記事を書かれることもあるものだ。
正体も分かってないくせに、こっちの人格を決めつけ知った風な口でご高説を垂れるバカを、俺は腐るほど見てきている。
まして書いたのはあの浅慮でバカで品のないド三流記者だろ?
そんなもんで怒ってやる方がもったいない。
それだけの価値もねぇよ。
「ほい、50Rb」
代金を支払い、没収しているバッグから情報紙を一枚抜き出して記事に目を通す。
そこには、『最近流通し始めたくだらないメディアがあるが、アソコに書かれているのはインチキで信憑性がなく、あんなものを信じるヤツはバカである。あんなものを読んでいると人格が歪みバカになる。そもそもアレを生み出したヤツが今世紀始まって以来の腐れ外道で、目つきは悪い、顔は悪い、口は悪い、手癖は悪い、その上態度も姿勢も悪くていいところを探すのに五十年は有するような最低男なのだから、そこに書かれた記事の有害さは語るまでもないだろう。情報紙の有用性を理解している一部の優れた者たちで、ただ騒がしいだけのバカどもを駆逐しなければこの街は終わってしまうだろう。そもそも、割引券などという貧乏くさいものに釣られるヤツはド底辺の落ちこぼれに違いないし、金をばらまいて人気を得ようなどという浅ましい考えが出てくる時点で人間として終わっている。欠陥品だという証左である。性格の悪さが顔にまでにじみ出しているあのOオバYシロとかいうクズは正真正銘のクズであり、アレに比べればヌメリ虫の方が遙かに清潔感があるというものである。だいたいアイツのあのファッションときたら(笑)よくあんなダッサイ格好で人前に出られるなと、その豪胆さだけは唯一褒められるところであろう。まぁ褒めないけど(笑)』みたいなことが延々と書かれていた。
……こいつ、バカなんじゃねぇの?
誰に向けた記事だよ。
つか、記事じゃねぇよ、これ。ただの愚痴だ。
こんなもん、日記か、それこそ便所の壁にでも書いていろって話だ。
ホント、くっだらねぇ……
「エステラ」
「ん?」
「レジーナに頼んで火力が強烈な花火(=爆弾)を三つ四つ用意してくれ」
「ちょっと待ってヤシロ!」
「なぁに、大丈夫だ。あんな建物一棟なくなっても、ウーマロなら半日で建て直せる!」
「煽り耐性ゼロなのかい、君は!?」
「はぁ? 別に? 全然怒ってませんけど!? ただ、なんでかな、腹が立ち過ぎて手がぷるぷる震えて止まんねぇんだよねぇ!」
「めっちゃキレてるじゃないか! マグダ、ロレッタ、ヤシロを止めて!」
エステラとマグダに両腕を、ロレッタに腰を掴まれ、俺の動きは封じられた。
くふぅー! くふぅー!
バラバラに引き裂いてやる!
許さんぞ、ド三流記者!
きしゃーっ!
「ボクもチラッと目を通したけど、あんなものは考慮するに値しない、ただの放言だよ。構ってやるだけバカを見るだけさ」
「お前も読んだのか?」
「まぁ、チラッとね」
「金も払ってないのにか?」
「いや、だって……違法販売の証拠品だし、領主であるボクがお金を払っちゃマズいだろう?」
「俺は払ったのにか?」
「いや、それは君が――」
「お前が全部買わせるとか言ってたのに? 俺だけ払ったのに? 俺だけが!」
「分かったよ! 払えばいいんだろう! もう!」
エステラが俺から離れてカーラの座るテーブルに50Rbを置く。
「まぁ、これは特別な措置だからね。許可されたなんて勘違いしないように」
「…………ぁ」
何かを言おうとして、言葉を飲み込むカーラ。
その前に、50Rbが五つ積み上げられる。
「……マグダも読んでおく」
「あたしも、お兄ちゃんの怒りを共有するです」
「私も見せてもらうわ。カンパニュラには見せられないような内容のようだけれどね」
「ワシも確認させてもらうぞい」
「私も見せてもらうぞ」
マグダにロレッタ、ルピナス、タートリオ、ゲラーシーが情報紙を購入する。
マーゥルは情報紙に1Rbたりとも支払いたくないようで、ゲラーシーの情報紙を横から盗み読みしている。あ、さらっと目でなぞってすぐ視線を外した。
読む価値がないと分かったらしい。
「呆れたぞい。こんなものが…………はぁ」
ため息と共に情報紙を丸め、ぐっと瞑ったまぶたに手を押し当てるタートリオ。
「こんなものが、今の情報紙なのかと思うと…………泣けてくるぞい」
震える声と共に、目頭からじわりと雫が溢れてくる。
「これは、記事とは呼べないわね」
ルピナスも情報紙を丸める。
「……エステラ」
「エステラさん」
情報紙を持ったマグダとロレッタがエステラの前に立ち、その顔をじっと覗き込む。
「「レジーナ(さん)に言って火力が強烈な花火を十個、二十個ほど……」」
「殺傷能力上がってるよ!?」
マグダとロレッタも『リボーン』の発行には随分と関わっているし、何より『リボーン』も四十二区も大好きだからな。
マグダに至っては、ニュータウンの陽だまり亭出張所へ向かう途中にふらっと発行会編集部に寄り道して、そこを更地にしてしまうことだって可能だ。
ここは止めなきゃな。
「まぁ、待てマグダ」
「……止めるの、ヤシロ?」
「あぁ。発行会は……俺が爆破する!」
「爆破しない方向で話し合おうか!?」
「エステラ」
「エステラ」
「あ、ノーマにデリア。ちょっとみんなを落ち着かせるのを手伝って――」
「アタシらが加勢すれば、花火なんかなくてもヤレるさよ」
「おぅ、手伝うぜ!」
「君たちが四十二区を大好きでいてくれることはすごく嬉しいから! 一回落ち着こう!」
エステラが入り口前を陣取って両手両足を広げる。
俺たちを誰一人通さないつもりか。
「これでおっぱいが大きければ隙間がなくなっていたところだ」
「……けど、今はすっかすか」
「通り放題です!」
「よぉし、上等だ! 表へ出たまえ!」
「エステラ姉様、表へ出してはダメだと思います」
「りょーしゅしゃー、おちちゅいて」
大人げないエステラが幼女たちに慰められている時、「……すんっ」と鼻を鳴らす音が聞こえた。
音のした方を見ると、カーラが俯き、テーブルに積み上げられ並ぶ50Rbを凝視している。
「お……金…………ぐすっ…………お金、だぁ……」
それだけ言うと、声を上げて泣き出してしまった。
うわぁ……これはまた。
随分と危険水準まで行ききってしまっているようだ。
時間がねぇみたいだな、マジで。
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