310話 情報紙の歴史を知る -4-
「さすがマーゥルだ。まるで見てきたような語り口調だったぞ」
「聞いた話よ。私の曾祖母からね」
「ね」と言いながら手の甲をつねられた。
んだよぅ、年の功だって褒めたのに。
「ベルティーナだったら、当時のことを本当に見てたかもしれんぞ」
「シスターは、貴族の社交界になんて興味を示さないよ。きっと知らないんじゃないかな」
確かに、エステラの言うとおりだ。
ベルティーナは長生きだが、自分から進んで情報を集めるようなことはしない。
ごく限られた狭い世界で生きているような人物だ。
……なんてもったいない。
いろんな物を見て記録しておいてくれれば、後年になるほど価値が出てくるものだってあったろうに。
「俺がベルティーナくらい長生きできるなら、絶対いろんな情報を書き記しておくのに」
「歴代巨乳図鑑になる未来しか見えないよ、君の場合はね」
ばかもの!
それはそれで物凄く価値があるだろうが!
「しかし、今の話を聞く限り、まったくの乗っ取りだな」
ルシアが呆れたように息を吐く。
あとからライバル心剥き出しで首を突っ込んできた二十三区のセリオント家。
そのセリオント家が、現在情報紙の全実権を握っているのだ。
ホイルトン家は運営手形を放棄してしまったし、コーリン家は手形はあれど運営に口出しできない状況に追いやられた。
そりゃ面白くないだろうな。
土作りから始めて、ようやく果実が実るようになったと思ったら果樹園の運営権を握られ追い出されたような気分だろう。
これが、セリオント家が放棄してホイルトン家が実権を握っていたのなら、また印象も変わっただろう。
もともとホイルトン家VSコーリン家の争いだったのだから。
あとからやって来たセリオント家に乗っ取られたってのが、タートリオ・コーリンが荒れている原因なんだろうなぁ。
「ルシアは、タートリオ・コーリンとは面識はないのか?」
「現当主の方となら、何度か会ったことはあるぞ」
現当主は、タートリオ・コーリンの息子だ。
ルシア曰く、現当主は情報紙には一切関与していないらしい。
誰が言い出したわけでもないが、その三家では当主を引退したのち、老後の娯楽のように情報紙の役員の座に就くのがお決まりなようだった。
だが、セリオント家現当主、テンポゥロだけは野心を剥き出しに当主でありつつ情報紙の役員の座にも就いてしまっている。
引退したジジイを相手に、当主だから振りかざせる力を振りかざして幅を利かせていたようだ。
「その現当主に聞いた話なのだがな、『先代は曾祖父の生まれ変わりのような人だと、祖父がよく言っておりましたよ』だそうだ」
曾祖父ってのはひい爺さんだから……情報紙を作った初代役員のコーリンってことか。
それの生まれ変わりってことは……
「なんでも、新しい物好きで凝り性、おまけに嘘や
新しい物への嗅覚が鋭く、一つの記事を仕上げるにもこだわりを見せ、嘘や偏向、他者を陥れるために読者を先導することもないとなれば、記者にはうってつけの存在だな。
もしかしたら、そんな性格だからあのでっぷり役員テンポゥロ・セリオントはコーリン家を排除したがったのかもしれないな。
あのでっぷり役員がやりたがっていることに真っ向から反対しそうだ、ルシアの言葉が真実ならな。
「なんにせよ、曲がったことが大嫌いな御仁らしい」
「じゃあ、今の曲がりまくった情報紙には、さぞ業を煮やしていることだろうな」
「うまく引き込めそうか?」
「さぁな。会ってみないとなんとも言えねぇな」
「なら、せいぜい好印象を抱かせるために、貴様のその曲がりくねったヘソを少しでもまっすぐにしておくのだな」
誰がへそ曲がりだ。
「まぁ、俺が嫌われようが問題はない。こっちにはエステラがいる」
明日、タートリオ・コーリンと会うのは俺だけではない。エステラも一緒だ。
「こいつほどまっすぐな女はそうそういまい!」
「うるさいよ、ヤシロ!」
「おっしゃるとおりです、ヤシロ様!」
「ナタリアもうるさい!」
「エステラさん、あなたがナンバーワンですわ」
「あぁ、もう! ここうるさいのしかない!」
エステラが一人で騒いでわーきゃーやかましい。
楽しげにイメルダと口論をして、絶妙なタイミングで余計な合いの手を入れるナタリアを叱る。
そんな様をぼ~っと眺めていると、小さな手に袖を引っ張られた。
「ヤーくんは、情報紙を取り潰すおつもりなのですか?」
カンパニュラの水ようかんのような瞳がこちらを見上げてくる。
微かに、不安げな雰囲気に瞳が揺れる。
そうか。カンパニュラは知らないんだよな、連中が四十二区と今どういうことになっているのか。
話の断片から物事を推測できるカンパニュラだ。俺たちが寄って集って一つの組織を潰そうとしていることに不安を覚えているのかもしれない。
「カンパニュラは、情報紙が好きか?」
「読んだことがありません。母様も父様も購読されておりませんので」
まぁ、あの夫婦なら流行とか他人に合わせるなんてことに興味を示しはしないだろうな。
どっちかって言うと、自分が好きなことをやって周りを巻き込む、自ら流行を発信していくタイプだ。
「情報紙がなくなると寂しいか?」
「いえ。お話を伺う限り、情報紙はその伝統から逸脱し好ましくない状況に陥っているように見受けられます。自浄作用というものは組織にとって必要であると思います。それが不可能なところまで来ているのであれば、第三者の介入も致し方ないかと――」
この子の頭の中はどうなっているのだろう。
よくここの話だけでそこまで事実にたどり着いたな。……お前の将来が怖いよ。いい意味で。……いい意味、か?
マーゥル的な意味で。……うん、こっちの方がしっくりくるな。
「――ただ、大きな組織は崩壊の際に周りを巻き込みます。その反動は、働きかけを行った者たちに跳ね返ってくることが多いと聞きます」
小さな手が、俺の手の甲に触れる。
「ですから、行動を起こす際は、くれぐれもお気を付けてくださいね」
これ、ジネットやベルティーナに言われそうな言葉なんだが、この娘、九歳なんだよね。
向こうで「誰が地面と垂直をキープしてるガールだ!?」とか言って走り回っている領主系女子。ちょっとでいいから見習え。
「大丈夫だ」
不安げに遠慮がちに俺の手に触れるカンパニュラの手を、反対の手で包み込んでやる。
「明確な敵意を向けられた以上放置は出来ないが、だからといって責め苦を味わわせていたぶるようなつもりはない。こちらに牙を向けないようにしっかりとその牙を抜くことが出来れば、あとは好きにさせておくさ」
こっから先はリップサービスだ。
真に受けないように。
「四十二区の穏やかさは、俺のお気に入りだからな」
だから、なんも心配するな――と、カンパニュラを見ていたら、室内が妙に静かになっていた。
……さっきまでぎゃーぎゃーと走り回っていた連中が立ち止まって、静か~にこっちを見てやがる。
騒いどけよ、お前らは、いいからさぁ。
「ヤシぴっぴ」
名を呼ばれ、嫌々顔を上げるとマーゥルがにっこりと笑っていて、その瞳がそっと横にスライドする。
視線を追えば、その先にはエステラが立っていて――
「ぁ、ぁう……っ」
真っ赤な顔をして、アホ面を晒していた。
……別に、四十二区を気に入っていると言っただけで、お前を好いているなんて言ってないだろうが。なんでそんな真っ赤な顔してんだよ。
え、なに? お前は四十二区の化身なの? 一心同体?
どうりで最近この街の道が歩きやすいと思った。フラットって素敵だね。
昔は雨や馬車の轍でところどころ抉れてたもんなぁ。エステラも成長したわけだ、うんうん。
……いい加減、顔を元に戻せよ。いつまで茹だってるつもりだ。
「言葉って、とってもすごい力を持っているものよ?」
以後気を付けろとでも言いたいのか?
んなもん、俺が気を付けるんじゃなくて、エステラを鍛えた方が早いだろうが。
どうせ、自分が頑張って守り続けてきた四十二区をひねくれ者でへそ曲がりな俺が素直に褒めたのが嬉しくて、なんだか自分の努力が認められたような気がしてちょっと泣きそうになってるんだろう、あの赤い顔は。
そんなもん、エステラの発想が飛躍し過ぎているに過ぎず、俺の発言にそのような意図はなかった。
だから、気を付けるべきは発想を暴走させ、あまつさえそんな感情をありありと表情に出してしまうエステラの方で……えぇい、全員でこっちを見るな!
にやにやすんな!
「ヤーくん」
やり場のないモヤモヤした感情に苦慮していると、カンパニュラが俺の前髪をぽすぽすと撫でた。
「ヤーくんのそういう素直なところ、私は素敵だと思いますよ」
カンパニュラ。
それ、慰めになってないから……
なんだかどっと疲れ、俺はその日早々にベッドへ潜り込んだ。
あぁ、くそ……タートリオ・コーリンに会う日、明後日にしてもらえばよかった。……明日、どんな顔して会えっつーんだよ。
っていうか、あいつはどんな顔をしてやって来るのか……
あぁ、くそぅ、えぇい、くそぅ……
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