310話 情報紙の歴史を知る -3-

 情報紙を作った三貴族は、それぞれ二十三区と二十九区、少し離れて二十五区にいる。

 二十九区はマーゥルのいる区だし、二十三区は二十九区の隣だ。

 二十五区は三十五区の隣になる。

 なので、この二人なら何か情報を持っているんじゃないかな~っと思ったわけだ。


「コーリン家に関しては、多少知っているが、他の二家に関してはまるで聞いたことがないな」

「大丈夫よ。その二家なら、私が多少は知っているから」


 やっぱり、こいつらは頼りになる。


「よかったよ、残ってたのがゲラーシーじゃなくてマーゥルで」

「うふふ。ウチの弟の信用、ほとんどゼロなのね」


 マーゥル、身内贔屓もほどほどにしとけよ。

 ほとんどじゃねぇよ、完璧にゼロだっつの。


「明日タートリオ・コーリンと会うことになった」

「ふむ。噂によれば、相当怒りを溜め込んでいるようだな」

「それはそうよね。祖父の代から引き継いだ貴重な手形の価値がなくなったようなものだもの」


 マーゥルは情報紙の運営方法を知っているようだ。

 三貴族がそれぞれ、均衡が壊れない程度に売り買いをしていた情報紙の運営手形。

 その三分の一を有するコーリン家だったが、ウィシャートの介入によってホイルトン家が運営手形のすべてを譲渡したせいでその価値がなくなってしまったのだ。


 現在、情報紙運営手形の三分の二を有している、陽だまり亭に来てふんぞり返っていたでっぷり太ったあの貴族、テンポゥロ・セリオントが情報紙をいいように操作する権利を有している。

 コーリンは残り三分の一の手形では運営に口を挟むことも出来ず、さらにその手形を売って金に換えることも出来ないでいる――というのが、ここ最近起こった『情報紙の乱』の概要だ。


「ほんと、まんま乗っ取りだよな」

「そうねぇ」


 ほふぅっとため息をついて、マーゥルが呟く。


「セリオント家は、遅れて後から加入した貴族だもの、コーリン家にしてみれば、本当に乗っ取られたという気分でしょうね」


 それは初耳だ。


「最初はコーリン家とホイルトン家の二貴族で運営していたのか?」

「運営というほどのことじゃないわ。……まぁ、そうね。まずは情報紙誕生の歴史を知るのはいいことかもしれないわね。話してあげるわ」


 一度紅茶に口を付け、マーゥルが語り始める。

「もっとも、私も聞いた話だということを念頭に置いておいてね」なんてことを前もって言って。


「始まりは、本当に些細なことだったそうよ。今の役員――タートリオ氏たちの祖父の代に遡るわ」



 当時、オールブルームは獣人族たちとの戦争を終え、街がどんどん発展して、随分と落ち着きを取り戻したころだったらしい。

 街が落ち着けば、外から商人がやって来る。

 外界との交流は新たな文化の流入と、外貨の獲得、新たな発展などの恩恵をもたらす。


 当時も、外からやって来る行商人の主なルートは陸路と海路だった。

 陸路の者は三十区の、海路の者は三十五区の街門を使ってこの街、オールブルームに入ってきていた。


 そうすると、街門を通って入ってきた商人は道中でも商いを始める。

 街門を有する区は当然のこととして、それに次ぐ恩恵を受けたのが隣接する二十九区と二十三区、そして二十五区だった。


 街門を通って入ってきた珍しい品々を積んだ馬車が連日連夜区を縦断していくのだ。

 王都へ向かう前に近隣の区で商いをしようという商人は多くいたようで、通り道になっていた区では、異国の特産品が飛ぶように売れていたらしい。



「ある日、とある領主のパーティーに参加したホイルトン家とコーリン家の当主は互いの区に入ってきた異国の品々の自慢をお互いにし合ったそうなのよ」



『我が区にはこのような珍しい品が入ってきたのだ』

『なんのなんの、我が区にはなんとも美しい宝石が――』

『卿は知らぬであろうが、あの料理の美味さときたら――』

『ではこのような果物をご存じかな? 死ぬまでに一度は口にしなければ未練が残るとまで言われた異国の果実でな――』



「二人はムキになって、取っ組み合いのケンカになったそうよ」


 呆れ顔でマーゥルが言う。

 まるで見てきたような顔だ。

 ……まぁ、いい年したオッサンがお国自慢で取っ組み合いのケンカをしている様を想像すれば、自然と乾いた笑いも漏れるよな。


「二人は年齢も近く、何かと顔を合わせる間柄だったそうよ」


 それは腐れ縁とも言える関係で、区は離れていても二人はことあるごとに顔を合わせ、話をし、張り合っていたらしい。

 親友だな、そこまで行くと。


 で、話を戻して、名産品の自慢合戦はさらに熾烈を極めていくことになる。

 マーゥルの表情を見る限り、しょーもない争いだったのだろうが。


「別の社交の場にね、ホイルトン家の当主が絵画を持ち込んだのよ。コーリン家の当主に自慢するために」


 招待されたパーティーに、招待した館の主に贈るでもないデカい荷物を持ち込んで自慢だけして持って帰ったのか……相当頭のイタイヤツだったんだな、ホイルトンの当時の当主は。


「それが相当悔しかったようで、今度はコーリン家が豪華な甲冑を持ち込んだらしいわ。でも、ホイルトン家はそれを読んでいて大量の酒樽を持ち込んで多種多様なお酒を自慢したの」

「主役、食われまくりだな」


 主催者は嘆いただろうな。

 自分の館に招いて、調度品や料理、美しい自分の娘なんかを自慢しまくるためのパーティーで、ただの招待客が館の主以上に目立ちまくるんだからな。


「そんなことがしばらく続いてね――」

「続いちゃったのか……」


 なんて残念なんだ、当時の当主たち。


「二人は社交界から閉め出されたの」


 だろうな。

 そりゃそうなるわ。


「それで、必死に謝って、なんとか社交界に舞い戻ったのだけれど、それでも異国の珍しい物、自分しか知らないような美味しい物は自慢したい――それで、自慢したい物を紙に書いて互いに見せ合うようになったのよ」

「……自慢をやめろよ」

「それがやめられないのが、貴族というものなのよ」


 ホント、バカしかいないよな、貴族ってのは。


「そこに、セリオント家の当主が割って入ってきたのよ。『三十区から王都へ続くメインストリートを有する我が二十三区を差し置いて、輸入品を自慢し合うなど愚の骨頂ではなかろうか』ってね」


 三十区から王都へ続くデカい道は二十三区を通っている。

 とはいえ、全員が全員二十三区を通るわけではない。

 通行税の税率も異なるし、周りの環境も異なる。


 二十三区の大通りの周りには宿や商業施設が多く、二十九区の通りはすぐ裏に畑が広がっている。

 売りたい物によって、通るルートが変わることは想像に容易い。


 なので、二十三区と二十九区という隣り合った区であっても入ってくる商品には結構差があったらしい。


「それで、三者による自慢大会がはじまったの。それはもう、どこのパーティーに行っても、三人で特産品のリストを持ち寄り、どの商品がどのように優れているか自慢し合っていたそうよ」


 そして、そのうちその場では話し足りないと、リストにその物品がいかに優れているかを書き込むようになり、他の二人より上位に立とうと書き方、見せ方に工夫を凝らすようになっていった。


「そうしてある時、その三者以外の貴族がそのリストを見せてほしいと言ってきたそうなの。そこには、街門を通ってオールブルームに持ち込まれた商品のとても詳しいレビューが書かれていてね、その貴族はそのリストを是非譲ってほしいと、三者に大金を渡したのよ」


 情報というものは、何物にも代えがたい武器になる。

 まして、まだよく知られていない未知の物の情報なら、時には大金が動くこともある。貴重なものなのだ。


「三者は自慢するために、自区へ入ってくる商品をすべて購入して試していたから、情報は正確だったそうよ。ただ、散財が過ぎて家計は苦しかったみたいね。だから、リストが売れたことは三者にとっても喜ばしいことだった。そして、さらに奇跡が起こるのよ」

「リストを買った貴族から情報が出回り、三者のリストはとてもいい情報源であると認知されるようになったんだな」

「えぇ、そうね。是非自分にも売ってほしいという貴族が後を絶たなかったそうなの。過去に作ったリストにさえ高額の値が付いたそうよ」


 三者はそれに気をよくしてリストを量産しようとした。

 だが、一人で作っていては自区に入ってくる物品の情報だけに偏ってしまう。

 何より、各区で競い合う対立関係が読み手にはウケていた。


「そこで、三者は協力して外からの物品の情報が分かる情報紙を作るようになったのだそうよ」


 そんな歴史を辿って、情報紙は生まれたのか。

 ただのオッサンの自慢が、大金を動かすビジネスになった。


 まぁ、見かけるが買うには二の足を踏んでしまう、そんな物を実際に使って感想をレビューしてくれる存在はありがたい。

 何より、いい年したオッサン同士のケンカも、文章に昇華してエンターテイメントにしてしまえば面白くもなる。


 情報紙は、その当時のニーズにピタリとハマった事業だったのだろう。



 でも、だからこそ、今回の乗っ取り行為は許せないんだろうな。






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