310話 情報紙の歴史を知る -2-

 暑苦しいオッサン領主の群れから解放され、這々の体でNTAから這い出すと、見慣れた顔がずらりと並んで俺を出迎えた。


「よぅ、災難だったな」


 にやにやと、俺を見捨てたリカルドが話しかけてくる。

 すーん、無視。


「あっ、テメェ! 無視すんじゃねぇよ!」

「え、なに? 『エステラはぺったんこ』?」

「言ってねぇよ!」

「……リカルド、いい度胸だね」

「だから言ってねぇつってんだろう!? つか、お前今、隣で聞いてたろう!?」


 お前の主張などどうでもいいのだ。

 こういう時は、なんとなくムカつくヤツを非難するものなのだ。

 俺もよくやられている。



 ……え、俺ってムカつかれてるの? えぇ……ショックぅ……



「リカルドのせいでへこんだ……」

「だから、なんでだ!?」

「あはは。なんだか、随分と仲良くなったよね、君たちは」


 デミリーが笑いながら見当違いなことを言う。

 俺的には、今まさに埋めようがないほど溝が深まったつもりでいたのだが?


「なんにせよ、お疲れ様だったね、オオバ君」

「まったくだ……なんで領主ってのは人の話を聞かねぇんだろうなぁ」


 自分が言いたいことだけ言って満足そうに帰っていきやがった。

 オッサン密度が濃過ぎてどのオッサンがどこの領主だったのか、イマイチ把握できなかった。

 けどまぁ、軒並み外周区の領主どもだろう。

 よし、今度絶妙に嫌な気分になる嫌がらせをして回ってやろう。

 嫌がらせ行脚だ。


「まったく。エステラがさっさと教えてくれれば、あんな面倒な目に遭わずに済んだのに」

「ばっ……い、言えるわけないじゃないか、そんな……あんなこと。しかも、君にさ」

「別に照れるような内容じゃないだろうが」

「そうやで、領主はん。はっきり言ぅたったらえぇねん。『自分が愛飲しとるもっこしドリンクは合法やから安心しぃや~』って」

「……ね? 卑猥になるだろう?」

「こいつは例外中の例外だろうが」


 何がもっこしだ。


「……とうもっこし」

「やめろ! テレサがいるんだぞ」


 思いついた卑猥な言葉をなんでもかんでも口にするんじゃねぇよ。


「えーゆーしゃ。とうもっこ……」

「それで、今日はどうだった、テレサ? いい勉強になったか?」

「はい! とっても、たのしかった、ぉ!」


 ふぅ……

 危うくテレサの口が穢れるところだった。

 早急に隔離施設を建設しなければいけないかもしれないな。

 ウーマロ、四人くらいに増えないかなぁ。


「あ、そうだ。ルシアとマーゥルはいるか?」


 しょーもない案件で時間を食ってしまったから、もしかしたらもう帰ってしまったかとも思っていたのだが、二人ともまだ四十二区に留まっていた。

 今はイメルダの家でアフタヌーンティーをいただいているらしい。

 ……助けに来いよ、俺が困ってたんだからよぉ。


「それじゃ、もう一回イメルダのところに邪魔させてもらうか」


 エステラを呼んで、イメルダの館へと向かう。

 ……と、なんでかリカルドとデミリーもついてきた。

 デミリーはいいけど、リカルドは帰れよ。

 お前からは、どーせなんの情報も得られないんだからよ。

 え、なに? お前、暇なの?


「ヤーくん、お疲れではありませんか?」


 レジーナの隣に立ち、カンパニュラが疲れた顔をした俺を労ってくれる。

 こういう素直な労いが心に沁みるんだよなぁ。


「カンパニュラこそ、その変態の隣にいて憑かれなかったか?」

「はっはっはっ、なんでやろ? 今、字ぃが違ぅた気がしたわぁ」


 笑いながら、小型のカミツキツツジみたいな凶悪な植物を取り出す。

 お前のカバン、危険物入り過ぎだろう。

 日本だったら銃刀法違反か何かで捕まってるぞ。っていうか捕まえろよ、自警団。あぁ、関わりたくないって? まったく、怠慢だな。この街の治安は悪化の一途を辿るかもしれないなぁ。


「レジーナ先生はお優しい方ですよ」

「あぁ、優しいがエロいんだ。こいつのエロさは優しさじゃカバーしきれないレベルなんだぞ」

「そこは否定せぇへんけどな」

「『出来ない』の間違いじゃないのかい、君の場合は」


 講習が無事終わり、講師だったレジーナも、主催者だったエステラもどこか力の抜けた表情をしている。

 おそらくどっちもほっとしているのだろう。

 こんなに領主が集まるなんて思ってもみなかったもんな。


 給仕長たちだけなら、ここまで神経をすり減らす必要もなかったろうに。


「領主って、ホンット、自分勝手な生き物だよな」

「あはは、耳が痛いね」


 デミリーが笑って、俺の背を叩く。

 常識人ぶっていても、こいつも講習会に参加した領主の一人なんだよな。

 執事だけ寄越せばいいものを。


 とはいえ、今回は教わることもあったか。

 エステラでは不足していて、ルシアには聞きにくいことはデミリーが教えてくれる。

 割と役立ってくれている。


「今後は、エステラに聞けないような卑猥なことはデミリーに教えてもらうことにするよ」

「ん~、言わんとするところは分かるんだけれど、そういう言い方されると、『いや、オオバ君に教えられるようなことなんて何もないよ』としか言えないなぁ」


 なんだよ、人をエロの権化みたいに。


「もう教わることなんかないんや? さすがエロの権化やなぁ」

「お前にだけは言われたくねぇよ」


 卑猥が服を着て歩いているような存在のくせに。


「テメェら、小さい子供の前でそういう話ばっかしてんじゃねぇよ」

「ほら、二人とも。リカルドに正論言われてるよ。ムカつくでしょ? じゃあ、自重するように」

「「はぁ~い」」

「どーゆー意味だ、貴様ら!?」


 吠えるリカルドを無視しつつ、イメルダの館へと入る。

 給仕に案内され、講習会が行われた広間とは別の、少し広めの部屋へ通される。

 俺がいつも通される応接室とは異なる、大切な客が来た時用の応接室だ。


「俺が滅多に通されない部屋だな」

「ここは領主クラスの人をもてなす部屋らしいよ。……まぁ、ボクはいつも違う部屋に通されるけどね」


 エステラも、俺と同じ応接室に通される。

 領主なのに、ぷぷぷっ。


「失礼ながら、お二方をいつもお通ししている応接室は、よりイメルダお嬢様の私室に近い、本当に心を許した方だけをお通しするお部屋ですので、むしろこの見栄えばかりがする部屋よりもグレードは上という扱いでございます」


 ぶーたれる俺とエステラに、背後から給仕長がそんなことを教えてくれる。

 へぇ……俺ら、ワンランク上の部屋に通されてたのか。


「ちなみに、私室へお通しする方はもっとぐっと少なくなります。お二方は、そのごく少数の選ばれた方々です。……お嬢様は秘密にしておいでのようですが」


 くすくすと笑って、給仕長がお茶目に舌を覗かせる。


「エステラは親友だもんな」

「えぇ……それは、ちょっと意見を保留にしたいところだね」

「ちなみに、ノーマ様とルシア様は同じベッドで眠る許可が出ております」


 お茶目な給仕長が、そんな情報を追加する。

 ルシアはともかく……ノーマ、懐かれてるな。

 いや、違うな。

 酒を飲んでウザ絡みしてくる二人か。……なぁ、給仕長? それは本当に『許可』なのか? なんか『浸食』されたんじゃないかって気がしてるんだが?


「よぉ、イメルダ。親友のエステラを連れてきたぞ」

「あら? いつからですの? とんと覚えがございませんわね」


 澄まし顔でイメルダが言い放つ。

 まぁ、本人は認めないだろうな。

 でも、お前らはどっからどう見ても親友だよ。好きか嫌いかは度外視してな。


「おぉ、カタクチイワシ。どうであった? 領主連中の話は参考になったか?」


 にやにやと、ルシアが俺をからかう。

 それ、男女逆だったらセクハラだって騒がれるヤツだろ、絶対。


「ごめんなさいね。助けに行ってあげたかったのだけれど、あぁいうお話って、淑女が入れないでしょう?」


 一切助けるつもりなどなかったようにしか見えない微笑みで謝罪を寄越してくるマーゥル。

 よく回る口だこと。感情乗せ忘れてるぞ。


 まぁいい。


「ルシア、マーゥル。お前たちに聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「ふむ、聞いてやろう」

「何かしら? 私で力になれればいいのだけれど」


 ティーカップを置き、体をこちらに向けるルシアとマーゥル。

 給仕に椅子を勧められ、ルシアたちのテーブルに混ぜてもらう。


「情報紙を作った三貴族――セリオント家、ホイルトン家、コーリン家について、知っていることがあれば教えてくれないか?」



 明日はコーリン家のタートリオとの面会も控えているしな。

 少し情報紙の歴史を勉強しておくとしよう。






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