310話 情報紙の歴史を知る -1-

 薬学講習が終わり、各区の領主や給仕長が帰り支度を始める。


「今日はとっても面白かったのじゃ! 先生よ、次の講習はいつなのじゃ?」

「え、なにこのウサ耳幼女はん。ウチに死ね言ぅてはんのん?」


 これ一回きりなつもり満々なレジーナだが、今回やったのは基礎中の基礎だけだ。

 本気で薬学を広めようと思えば、あと数回講習を開く必要がある。

 ……が、レジーナの方がもちそうにないな。今日一日でカッサカサに干からびてるからなぁ、あいつ。


「ウチ、講習が進むにつれ、着てるもん一枚ずつ脱げていくタイプの講師やねん」

「どこの脱衣エロゲームだ」


 ステージ進むごとに服が脱げていく謎仕様がとっても素晴らしいと思います。


「ウチがお嫁に行けへんようになったら、責任取ってくれるんか?」

「大丈夫だ、レジーナ。お前はもう、ちょっとやそっとのことじゃ嫁には行けないから、結果一緒だ」

「失敬やな、おっぱい魔人はん。脱いだ瞬間貰い手殺到するわ」

「それで殺到するような人でいいのかい、君は?」


 丸めたノートでぺきょりとレジーナの頭を叩き、「もう少し別な拒絶のセリフはなかったのかい?」なんて分かりきった問いを口にするエステラ。

 そんなもん「なかった」に決まってんだろうが。レジーナだぞ?


 それはそうと、「一枚ずつ……ごくり……次の講習はいつなのであろうか。いや、決してやましい意味ではなく、人道的な理由で、薬学を学びたいという純粋な気持ちでだよ、あはは」とかそわそわわくわくしている外周区のオッサン領主ども、右から順に『精霊の審判』をかけていってやろうか? ん?


「先生、薬の作り方も、そのうち教えていただけるのでしょうか?」


 真面目な顔でソフィーがレジーナに問う。

 こいつ、スタミナが極端に少ないミケル(モコカの兄)に惚れてるから、出来ることならそいつに薬を作ってやりたいとか考えてるんだろう。

 でもな。


「薬草は、使い方ひとつで薬にも毒にもなるねん。付け焼刃の知識で手ぇ出したら、人を殺してしまいかねへん。素人には教えられへんわ」


 薬を作るためには、こんな講習じゃなくて本腰入れて薬学を学び、何年にも及ぶ経験を積む必要がある。

 今、この場にいる者たちに教えられるのは、応急処置の仕方と、薬の正しい使い方くらいだ。

 薬は、プロが作った安全な物を使ってもらうほかはない。


「そうですか……」

「なんや、ウサ耳美少女はん。好きな男の薬にこっそり惚れ薬でも仕込みたかったんか?」


 からからといつものように冗談を飛ばすレジーナ。

 だが、それはいつもの相手にだから通用するもので、馴染みのない相手にそんなことすると――


「そんなことが可能なのですか!?」


 ――って、真に受けられるから気を付けろよ。

 ほ~らみろ、真剣な眼差しにぐいぐい詰め寄られてる。


「ちょっ、冗談や冗談。惚れ薬なんかあらへんって」


 と、普通に否定してしまえばそれで済む話なのだが……


「あるとしたら、相手をちょこっとムラムラッとさせる薬くらいやなぁ」

「「「もうちょっと詳しく!」」」

「なんなん!? この街の給仕長、肉食系多ない!?」


 顔見知りから見慣れない顔まで、給仕長がわさっとレジーナに詰め寄っていった。

 ……そんな薬飲ませて、誰に何をする気なんだ、この街の給仕長たちは。

 いや、詳しくは聞かないけども。おっかないから。


「冗談もほどほどにしないと酷い目に遭うという好例だね。少しは反省したまえ、レジーナ」


 呆れ顔のエステラが、もみくちゃにされてみるみるHPをすり減らしているレジーナに苦言を呈する。


「だいたい、そのような相手の意思を無視する類いの薬物は使用も所持も持ち込みも禁止されているはずだよ。……まさか、持ってないだろうね?」

「あらへんで」


 ホントか?

 お前、昔そーゆー薬作って俺に飲ませようとしたよな?

 初めて会ったあの日に。


 作れるけれど、今店においてなければ「持ってない」は嘘じゃないのか。


「ウチが持っとるんは、相手をムラムラさせるんやのぅて、本人がムラムラして一晩中戦えるようになる元気の素だけや」

「ナタリア、今すぐ家宅捜索して全部没収してきて!」

「「「いや、待たれよミズ・クレアモナ! ここは穏便に話し合いを――」」」

「群がってこないでください、他区の領主一同様方!?」


 くわっ! くわっ! ――と、群がる他区のオッサン領主どもを威嚇するエステラ。

 お~お~、他区の領主相手に一丁前に渡り合えるようになってんじゃねぇか。大した成長だ。……成長のきっかけはすっげぇくだらねぇけど。


 ……っていうか、やっぱり持ってたか、レジーナ。


「そういえば、以前ヤシロにそんな薬を飲ませたとかなんとか言ってたよね。……あの時に没収しておけばよかった。……こんな他区の領主がたくさんいる場で……四十二区のイメージが……ぶつぶつ」


 なんか、外聞をことさら気にして不満顔のエステラ。

 お前自身も、レジーナなら仮に持っていたとしても悪用するはずはないと思ったから放置していたんだろう?

 なら危険はねぇよ。


 とはいえ、法に引っかかるなら話は別だな。


「所持も禁止なんだな」

「へ?」


 レジーナが自作した怪しい薬は違法らしい。

 その辺の線引きがどうなっているのか、一応聞いておいた方がよさそうなのでエステラに尋ねる。


「製造や所持で罰則があるのか?」

「えっと……いやぁ……あのぅ…………」


 他区の領主に牙を剥いていた勇ましい顔とは一変し、エステラは落ち着きなくそわそわきょろきょろし始めた。

 ……んだよ? 違法な薬物に罰則があるのか、倫理的にやめようね~って紳士協定なのか、どっちかを知りたいんだが?


「つまり、その、そのような薬には種類があって、相手の意思を無視する類いのものはもちろん厳しく罰せられるべきものなのだけれども、いわゆる、あの……男性が、その……加齢やストレスで、その………………むぁぁああ! ヤシロは知らなくてよろしい!」

「なんでだよ!?」

「オオバ君、オオバ君。ちょっと、こっちへ」


 半泣きのエステラに「きしゃー!」っと威嚇される俺を、デミリーが部屋の隅へと誘導する。

 ぞろぞろと、先ほどエステラに威嚇されていたオッサン領主たちもついてくる。


「まぁ、知らなかったのだから仕方のないことだけれどね、うら若い女性に尋ねることではないよ、今のは」

「罰則がか?」

「そうではなくてだね」


 困り顔で、顔面の中で数少ない毛のうちの一つである眉毛を曲げるデミリー。


「相手の意思を無視して強引に不埒な行為に及ぶための劇物――媚薬や意識混濁剤などは所持と使用及び製造が厳しく禁止されている。これは分かるね?」

「罰則は?」

「それはもう、重い罰が科せられる」


 なるほど。

 なんだよ、こんな簡単に済む話じゃねぇかよ。

 エステラは何を言い渋っていたのやら。


「ただし、ね」


 デミリー他、オッサンたちが身を寄せ、顔を寄せ合い、広い部屋の中でオッサンだけの密閉空間を築き上げる。

 ……なんだよ、この暑苦しい圧は。


「子孫を残す目的で、合法的に、倫理感に反することのない範囲内で、男性機能の補助をする薬は、決してその限りではないのだよ。事実、薬師ギルドではそのような薬が販売されているし、この中にも愛用している者もいるはずだよ」


 そんなデミリーの言葉に、微かに頬を染めたオッサンが数人。


 あぁ……つまり。


「『強壮剤』はノーカウントってわけか」

「国が認めたものならばね」


 性犯罪に悪用されるようなものはご法度だが、夫婦や恋人同士の営みを補助するお薬はセーフですよ~ってわけか。

 ふぅ~ん、そうかそうか。


「しょーもなっ!」

「なんだと!? 聞き捨てならぬぞ、青年!」

「君はまだ若いからいいかもしれんが、こちらは切実なのだよ!」

「そうだぞ、若者よ! 場所を変えて少し話そうではないか」

「そうだな、説教が必要だ」

「ついでに情報交換も必要だ」

「ちなみに卿は何を?」

「私は鷲のマークの……」


 なんか、俺ももみくちゃにされてる!?

 しかも見渡す限りオッサンおっさんオッサン! 全然楽しくない!


「……だから、発言には気を付けないと酷い目に遭うとボクは言ったんだ……反省したまえ」


 妙に赤い顔でそっぽを向いて、エステラは頬を膨らませる。

 けどそれ、八つ当たりじゃねぇか?

「強壮剤は例外」くらいさらっと言えっつーの。そーゆーことばっかり考えてるから恥ずかしくなるんだよ。まったく、エステラは……


 その後、場所をNTAに移して、オッサンたちの秘密の会合が三十分ほど行われた。

 ……なぜか、俺を巻き込んで。






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