309話 薬を学ぶ -4-
「む、難し過ぎて、理解が追いつきませんっ」
「じゃあ、フィルマン。リベカが毒薬にやられた際は薬学に詳しい館の執事(もちろん男)にリベカの看病をしてもらうんだな」
「死ぬ気で頭に叩き込みます!」
「ちなみに、次期領主はん。時には、マウス・トゥ・マウスで毒を吸い出す必要もあるんやで」
「死んでも覚えます!」
フィルマンには難し過ぎる薬学ではあるが、リベカが他の男に体中調べられて看病されるとか、あまつさえマウス・トゥ・マウスとか、あるかもね~と囁いてやると物凄くやる気になってくれた。
目が血走ってるぞお前。
で、ドニス。マウス・トゥ・マウスと聞いてなんで俄然やる気出ちゃってんの、お前まで?
「毒を持っとる蛇に噛まれた場合、傷口から毒を吸い出す必要もあるんやけど、これは応急処置やから、恥ずかしがったらあかんで。たとえそれが――おっぱいやってもな!」
「先生! 実習がしたいです!」
「うるさいよ、そこのエロの権化~ズ! 真面目にやって!」
実践は何物にも代えがたい学習だというのに!
机の上で必死に覚えたことだって、いざ実践となるとうまくいかなかったり、その状況状況によって対応を変える必要があったりするというのに!
「エステラ。実践を疎かにすると、いざおっぱいを毒蛇に噛まれた時に困……あ、噛まれないか」
「誰が噛もうとしても空振りする真っ平か!?」
「エステラ様、確実にそう思っていたであろう顔はされていますがヤシロ様はそのような発言はされていませんよ。確実にそう思ってはいたでしょうけれども」
現在、薬の知識――特に毒物が体にもたらす変化やその対処法を口頭で教わり、各々がノートにまとめた講義内容を再度自分で見つめ直しているところだ。
分からないことは今のうちにバンバン質問してもらう。命に係わることだからな。
「先生、質問をよろしいですか?」
カンパニュラが手を上げてレジーナを呼ぶ。
「先生やあらへん……女王様とお呼び!」
「先生でいいだろうが!」
「子供相手に病気を遺憾なく発揮しないでくれるかい!?」
「いやほら、幼気な瞳で見つめられたら、ちょこっと穢したくなるやん?」
「同意を求めないように!」
エステラがレジーナの襟をぐいぐい締める。
あ、カンパニュラ、「では、女王様」とか言い直さなくていいから。
お前は、『馬鹿な発言は聞き流す』ってことを身に付けた方がいい。
「えっと、……先生」
悩んだ結果、カンパニュラは『先生』を選択した。
ガキに気ぃ遣わせんな。
「毒が体内に入ってから、その効果が出るまでの時間はどれくらいなのでしょうか?」
すぐに毒が効くなら、解毒は迅速に行わなければいけない。
人を助けるために与えられる猶予を知っておきたい。
そんな決意にも似た感情を覗かせてカンパニュラは尋ねる。
だが、レジーナの答えは当然ではあるのだが、カンパニュラの望むものではなかった。
「毒によるわ」
即効性の毒もあれば遅効性の毒もある。
だから、猶予なんてもんはあってないがごとし。いや、ないものだと思っておく方がいい。
「そこのひょろっと長い、エロそうな大工はん、ちょっと手伝ってくれへんか?」
「ぼ、僕ですか? ひどいな、エロくないですよ、僕は!」
と、エロそうな顔をしてグーズーヤが不満を垂れる。
「名前なんやったかいな?」
「グーズーヤですよ。覚えてくださいよ、レジーナさん」
「ほな、グゥ~ズゥ~ヤッはぁ~ん……手伝ってくれへん?」
「喜んでお手伝いします!」
「エッロ」
「エロい顔だね、グーズーヤ」
「ヤシロさんはともかく、エステラさんまで!? 酷いですよ~!」
いや、今のは誰が見てもエロい顔だったろうが。
「それで、僕は何をすればいいんです?」
「何もせんでえぇで。というか、どうせ何も出来へんし」
言いながら、懐から取り出した
房の中から桃色の粉末が霧状に飛散して、その粉を吸い込んだグーズーヤがノータイムで眠りに落ちた。
「ずごがしゃ!」と、周りにあったイスやテーブルを巻き込んで騒々しく床に倒れ込む。
「即効性やと、これくらいすぐに効ぃてまうんや」
「あの、先生……これは、毒、なのですか?」
「死にはせぇへんけど、まぁ毒の一種やな。強力な睡魔に襲われ、抗うことも出来ずに眠りに落ちてまう」
麻酔に似ているが、この世界では毒物に分類されるようだ。
なんでもこの植物は、生き物が房に触れるとこの眠りの粉をまき散らして、根元で眠った生き物に根を張り、その養分を吸い尽くしてしまうのだとか。……怖っ!? この世界の魔草、ホントシャレにならねぇな!
「先生。グーズーヤ様は一体どれくらい目覚めないのでしょうか?」
「吸うた量がちょこっとやったさかい、半日くらいやろか。いや、でもエロい顔しとるから三日くらいかもしれへんなぁ」
「顔つきで効果が変わるのですか?」
「変わるわけないから、しょーもないことは覚えなくていいよ、カンパニュラ。あと、レジーナは自重して」
エロい顔のグーズーヤがエロい顔で眠りこけている。
この寝顔は、カンパニュラやテレサのような幼い少女には目の毒かもしれない。
「レジーナ、気付け薬持ってるか?」
「あるでぇ~、改悪……もとい、改良版が」
以前レジーナのところで「めっちゃ臭くてめっちゃ酸っぱい地獄の味で意識を引き戻す」という極悪な気付け薬を見かけたのだが、それの改悪版があるらしい。
どんなものだろうか。
被験者が俺じゃないのでわくわくが止まらない。
「ほい、鼻の下に一滴」
「ひぅっぎう!? え、なに!? 痛っ!? いたたたた! なんか、目の奥が痛い!? 染みる!? なにこれ!? いったっ!?」
グーズーヤが飛び起きた。
「凄まじい毒だな」
「こっちは、毒ちゃうんやで?」
いや、毒だろ、これもう。
「このように、即効性の毒はすぐに人体に影響が出てまう。せやけど、だからって諦める必要はあらへん。……どんなに症状が進もうが、もう助からへんように見えようが、最後のその一瞬までやれることはあるんや」
その言葉は、レジーナの生き様が反映されているような、実にレジーナらしい言葉だった。
自身を見上げるカンパニュラの目を覗き込んで、その頭に手を乗せる。
水まんじゅうみたいな目を覗き込んで、レジーナは、おそらく一番伝えたいのであろう言葉を発する。
「人は死ぬまで生きとるんや。生きてるなら、救える可能性がある。それが、ウチの信じとる薬学や」
最後の瞬間まで諦めない。
それがレジーナ流だ。
「そうやって、私のことも助けてくださったのですね、先生。心より感謝いたします」
「せんでえぇよ、感謝なんて。折角助かった命や。これから先の長ぁ~い人生、存分に楽しんでくれたら、それで十分やわ」
相手が幼い少女だからか照れも見られず、らしくもなく素直な笑みを見せるレジーナ。
その笑顔は、ベルティーナにも劣らない慈愛に満ちていた。
「……やべぇ。レジーナさん、綺麗っす」
グーズーヤがちょっと発症した。
節操がないな、お前は。
そういや、デリアのことも最初は怖がってたっけな。
何、お前そういうギャップが好きなの?
すっげぇどーでもいーけど。
「逆に、体内に入ってからじっくりじっくりと害を及ぼすような遅効性の毒もあるんや」
そいつは厄介で、自覚症状が出にくいことが多いらしい。
「ちょっと具合悪いな」くらいの軽微な症状が続き、本人が自覚した時にはもう手遅れになっている――そんなことも多々あるのだとか。
「中には、一年、二年と時間をかけて体を蝕んでいく毒もある」
カンパニュラに盛られた毒は、そういうものだったと、以前レジーナは言っていた。
遠い区で、病弱なガキがある日死んだ。
その咎が黒幕に及ぶことは、まずないだろう。
遅効性の毒は、黒幕を隠すのにうってつけだ。証拠が残りにくい。
その反面――
「正しい知識と、確かな技術があれば無効化できる」
思わず口をついて出た言葉に、レジーナは目を丸くし、しばらく呆けた顔をさらした後で口角を「くるん」と丸めて笑った。
「せやね。知識が広まったら、助けられる命はその分増える。折角の機会やさかい、みんなよう勉強して帰ってや」
「「「はい」」」
表情を引き締め直した給仕長たちが声を揃えて返事を寄越す。
そんな反応に、レジーナは驚き、照れて、俯いた。
「な、なんや、こーゆーんは、こそばいなぁ。あ~、お尻の割れ始めがむずむずしてきてもぅたわ。誰か手ぇ空いてる人、掻いてんか?」
「それがなきゃ、君は本当に尊敬される人間なんだけどねぇ」
「まぁまぁ、エステラ。とりあえず立候補してくるから、あとよろしく」
「ナタリア。被疑者の確保を!」
「はい、もうすでに」
こうして、レジーナの考えに共感した給仕長たちの想いを華麗に裏切り、残念女子としての認知度を高めたレジーナ。
この後もレジーナの講義は続き、その間俺は――会場にいたべルティーナにこんこんとお説教されたのだった。
なんか、理不尽じゃね?
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