309話 薬を学ぶ -3-
準備を整え、俺たちはイメルダの館に集合した。
……いや、ここが一番広くて豪華な場所だったんだよ。
今後のことを考えると、どこか適当な場所に迎賓館的なものでも作っておかなきゃいけないかもなぁ。
NTA(なんかあった時にとりあえず集まる場所)は、大勢を呼んで講習会を開くには向いてないんだよ。狭いし、みすぼらしいし。
エステラの館でもよかったんだが、あいつの家よりイメルダの家の方が新しいし、何よりトルベック工務店製作なので使い勝手がいい。
あと、馬番が優秀。
というわけで、イメルダの家になったわけだ。
「もう、イメルダに領主の座を渡しちまえよ」
「嫌だよ。こんな自分のことが一番の人間に領主は務まらないもん」
「こちらこそお断りですわ。そんなナイチチの呪いがかかった役職など」
「かかってないけど!?」
「ではなぜ『そんな』なんですの!?」
「こっちが聞きたいし、君はとても失礼だ!」
領主と家主が睨み合っている。
仲良くしろよ、他所からわんさか客が来るんだから。
「あ、そうだヤシロ。手紙が来たよ」
「お、どうだった?」
「とりあえず、会ってくれるそうだよ」
「そうか、そりゃよかった」
結果を聞いてほっ胸を撫で下ろした俺を見て、イメルダが興味深そうに聞いてくる。
「何カップの人ですの?」
「興味の場所が間違っているよ!?」
エステラがイメルダに突っ込む。
イメルダも、自然とそーゆー発想になるヤツなんだよなぁ。
でも、残念ながら男だ。
本当に残念なんだがな。
「タートリオ・コーリンって爺さんだ。二十五区の」
「聞いたことがありませんわね」
まぁ、遠い区だし、イメルダに興味を持って口説いてくるような年齢でもないしな。
「情報紙を作った三貴族の中の一角だよ」
「そうなんですの」
そして、今回のことで一番の被害を受けた人物でもある。
価値のあった運営権がすべて無価値になってしまったのだ。
情報紙に対し――いや、情報紙を乗っ取ったあの肥満体の発行会会長こと、テンポゥロ・セリオントに対しては並々ならぬ怒りを抱いていることだろう。
その怒れるタートリオ・コーリンに、情報紙潰しに参加してもらおうって魂胆だ。
出来れば、コーリン家総出でな。
「明日以降なら、時間を作ってくれるそうだよ――『リボーン』の創始者にね」
現在、情報紙を追い詰めている新しい情報発信メディア『リボーン』の噂は耳にしているだろう。
それをエサに約束を取り付けられたようだ。
……ただ、俺を創始者として担ぎ上げるのは勘弁してほしいがな。
「じゃあ明日会いに行こう。二十五区でいいか?」
「いや、向こうからこちらに来たいって。たぶんだけど、『リボーン』で紹介された店や街並みを見てみたいんじゃないかな?」
情報誌の記事の信憑性というか、正確性を確認に来るのか。
『リボーン』がデタラメな雑誌かどうか、記者の血が騒ぐとでもいうのだろうか。
まぁ、好きにしろ。嘘は書いていないし、見られて困ることなどない。
むしろ、向こうから来てくれるなら好都合だ。
「分かった。じゃあ、明日もまたここに集合ってことで」
「さすがにそう連日はお貸しできませんわよ!?」
ダメなのか。ちぇ~。
「ここのお菓子美味しいのになぁ~」
「「是非お越しくださいませ、オオバ様」」
イメルダの背後から、給仕たちが声を揃えて歓迎の意を伝えてくれる。
最近めきめきと料理の腕を上げてきたようで、今は褒められるのが嬉しくて堪らない時期なのだ。
「主を差し置いて勝手なことを! 慎みなさいまし!」と怒るイメルダに萎縮しながらも、どこか嬉しそうに肩をすくめている給仕たち。
今日のおやつタイムは豪勢なことになりそうだな。
「それで、レジーナさんはどこですの?」
「あれ? そういえば……一緒に来たはずなのに」
「レジーナなら、ほれ、部屋の隅のカーテンの裏だ」
「アカン……部屋ん中、めっちゃきらきらしとる……眩し……目ぇ抉れてまうわ」
「何してんのさ、レジーナ!?」
「あぁ、湿気と日陰が恋しい……」
「あの方、新種のキノコですの?」
「伝説のキノコかもしれんぞ」
真新しさが皆無で、相当根深いからな、あいつの病気は。
「あれで、人前に出られますの?」
「最悪の場合は、首に縄を付けて――」
「それ以外は真っ裸で」
「――引きずり出すから……って、ボクの台詞の間におかしな言葉を挟み込まないでくれるかい!?」
「いややわぁ、領主はんのエッチ、スケッチ、ナイチッチ」
「誰がナイチチか!?」
「エッチを否定しませんでしたわね」
「ツッコミのキャパオーバーなんだろうよ。そこまでこだわるとテンポが悪くなるからな」
「何にこだわっているんですの、あのナイチッチさんは?」
エステラは、自身のツッコミに美学を持っているからな。……知らんけど。
「ヤシロさん。簡易テーブルの設置、完了しました」
「おう、ご苦労だったな、グーズーヤ」
グーズーヤとカワヤ工務店の大工、そして四十一区と四十区からも数名大工を派遣してもらい、イメルダの館内に簡易的な、それでいてしっかりとした造りのテーブルを設置してもらった。
テーブルはともかく、椅子は座り心地にこだわった一品だ。
制作は、キャラバン以降本気で現場復帰を目論んでいるゼルマル率いる家具職人の連中。
それを運び込んで設置するのは大工たちに任せた。設営には慣れているからな。
これまで、イベント会場などの椅子はウーマロたちに作ってもらっていた。
長く使うものではないし、イベントが終われば解体してしまう大道具的な役割だったから。
だが、キャラバンに参加した木工細工ギルドの連中が、「イベントの時の椅子も是非自分たちに!」と猛アピールしてきたのだ。
正直、そこまでのクオリティを求めていない時は、速さと安さを最優先できるトルベック工務店に任せるのが一番だったんだが……
まぁ、今後はウーマロが間に立ってうまくやってくれるだろう。
「無駄に豪華だな、この椅子」
「領主が来るのですから当たり前ですわ」
「来るのは『領主付き』の給仕長だよ」
エステラが釘を刺すように言う。
まるでそう願っているかのように。
願いってのは、儚いもんだよなぁ、エステラ。
「ようエステラ、オオバ!」
「私も来てやったぞ」
「今回は私とて他人事ではないのでな」
と、リカルド、ゲラーシー、二十三区領主のイベール・ハーゲンがにこにこ顔でイメルダの館へやって来る。
はい、残念。領主も普通に参加するようだぞ。
それから、ルシアにトレーシーにマーゥルがやって来て、ドニスに至ってはフィルマンとリベカ、リベカについてきたソフィーとバーバラという大所帯で押しかけてきやがった。
「あぁ、アカン……ウチもう今日分の体力使い果たしたわ」
「まだ始まってもないだろうが」
「なんちゅーか、こう、偉い人ってきらきらしたオーラ全身から出してはるやん? その光を浴びとると、ウチ、体力ガスガス削られていくねん」
「お前は太陽に弱い魔族か何かか?」
「なんやもう、眩しぃてかなわんわ……」
と、そこへデミリーがやって来る。
「いやぁ、出遅れてしまったね」
「あか~ん、眩しっ!?」
「あ~ぁ、デミリー。光魔法で闇属性のレジーナにとどめ刺しちゃった」
「光魔法とか使ってないから! あまり親しくないのに、四十二区の住民はみんなフレンドリー過ぎるきらいがあるよねぇ!?」
「いえ、それは四十二区の中でもヤシロに近しい一部の者だけですよ、オジ様!? みんながみんなそうじゃありませんからね!?」
なんとなく、レジーナと同じカテゴリーに入れられた気がしてヤシロご立腹。
「ヤシロ、不機嫌。ぷん!」
「ジネットちゃんがいないと、誰も君を擁護してくれないよ? 君のその、自分自身の可愛さに対する自信はどこから来るんだい? 理解に苦しむよ」
どこからも何も、ただ事実を述べているに過ぎないじゃないか。
俺は割と可愛いんだよ。
「ヤーくん、お連れしました」
「えーゆーしゃ、おつれしまししゃー!」
「おはようございます、ヤシロさん」
カンパニュラとテレサには、ベルティーナを呼びに行ってもらっていた。
ベルティーナは薬学を習いたいと言っていたので、今回一緒に講習を受けてもらうことにしたのだ。
「オオバヤシロ。なんだ、あの小さいのは? 助手か?」
ゲラーシーが場違いに幼い二人を見て眉を寄せる。
これから自分たちが聞くのは、子供には到底理解できないはずの勉学だ。
あんな幼い子供がこの場にいるのが不思議なのだろう。
だがな、ゲラーシー。
あの二人は、お前より頭がいいからな?
「お前たち用に小さいテーブルと椅子を用意しているから、それを使え」
「はい」
「ありがとうございます、ヤーくん」
「ベルティーナは、途中で腹が減ったら給仕がお菓子持ってきてくれるように言ってあるから」
「ありがとうございます、ヤシロさん! 心からの感謝を述べさせていただきます!」
一番喜んだのはベルティーナだった。
今回、ジネットがいないからお菓子は望み薄だと思ってたんだろうな。
「で、レジーナ」
最後に、俺はレジーナに向けて言葉をかける。
「そろそろ諦めろ」
「ウチ、今日死んだら、一生自分の前に化けて出続けたるさかいな……見えそうで見えへん超ミニスカートで!」
それはそれで、嬉しいような、もやもやしそうな、複雑な脅しだな。
かくして、予想以上に人数が多くなったレジーナの薬学講座が開催された。
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