308話 未熟な部分を見せてもいい -4-

 夕食を食った後で大衆浴場へ行くことになり、陽だまり亭は早々に店じまいすることに――


「陽だまり亭は何があろうと営業するのであろう? なら、カタクチイワシ、貴様は残って店番をしておれ」


 ――あ、ならないらしい。

 へーへー、俺は残って店番してますよーっだ。


「いえ、それではヤシロさんが可哀想ですよ……四十一区にも行かれてないわけですし」

「気にする必要はないのだ、ジネぷー。そもそも、こやつは一人であちらこちらへ行っているようだし……たまには待つ者の気持ちを考えるのも必要だ」


 アホめ。

 俺があっちこっち行っているのは大抵面倒な仕事関連だっつの。

 一人で遊び歩いたことなんぞないわ。


「なるほど、上に立つ者は下の者の気持ちも体験し理解する必要があるということですね。勉強になります、ルシア様」

「カンパニュラよ」

「はい」

「ルシアお姉たま、だ」

「……はい?」

「お姉たま、だ!」

「えっと…………はい」

「九歳児に空気読ませてんじゃねぇよ、腐れ領主」


 カンパニュラは利発な可愛らしい少女だが、獣人族じゃねぇぞ。病気発症させてんじゃねぇよ。

「獣人も人間も差別しない公平な領主なんです」って? やかましいわ。


「では、カンパニュラさん。私のことは、『ミセス・クレアモナ』と――」

「とんでもないことを吹き込もうとしないでくれますか、トレーシーさん。出禁にしますよ?」

「では、『ミスター・クレアモナ』と!」

「そこじゃないです、引っかかってるポイント!」


 クレアモナの名を諦めるつもりがないらしいトレーシー。出禁になる日も近いだろう。


「エステラ姉様はすごいです。こんなに大勢の領主様に慕われて」

「え、ボク? ……それ、ボクのせいに見えてる?」


 いや『せい』もなにも、この面倒くさい権力者が四十二区にわらわら群がってくるのは、お前の『せい』だろうが。誰にでもいい顔するからさぁ。


「四十一区と二十九区の領主にも懐かれてるよな?」

「それは君だろう、ヤシロ。傍目から見ていると親友のように見えるよ?」


 やめて。

 名誉毀損で訴えるよ? 訴えた上で法外な慰謝料勝ち取るよ?


「四十一区の領主様は、キャラバンでお見かけしました。父様のようにたくましい体つきに精悍なお顔立ちで、権威を鼻にかけるわけでもなく気さくに民とお話をされていて、まだお若いのに多くの方に慕われている理由がよく分かりました」

「カンパニュラ、そんなにムリに褒めなくていいんだよ? アレはただの筋肉バカだから」

「権威を鼻にかけてないんじゃないんだぞ、カンパニュラ。あいつには、権威なんかそもそもないんだ」

「気さくに話しているというか、なんか向こうから必要以上に話しかけてくるので、たまにイラッてするですよ、リカルドさん」

「……筋肉が付いていようと、マグダなら二秒で倒せる」

「あの、皆様、どうしてそのように必死に否定を?」


 エステラに続き、俺、ロレッタ、マグダからの訴えにカンパニュラが目をくりくりと丸くする。

 必死にもなるさ。

 あんまり褒めるとな――懐かれるぞ?


「では、二十九区の領主様はどのような方なのですか?」

「偉ぶろうとしているバカだな」

「『BU』のリーダーっていう肩書きにがんじがらめになっていた感は否めないよね」

「綿菓子の人です」

「……マグダ的には、あまり記憶に残っていない……」

「みんな、素直なのはいいことだけれど、身内の前では控えてほしいわ」


 身内のマーゥルが微妙な表情をしている。

 なら、批判されないような領主にさっさと育てあげてくれ。

 最悪、いちいち四十二区に遊びに来ないように。

 あぁ、それはムリか。お手本たるマーゥルがことあるごとに四十二区に来てるんだし。


「綿菓子の人……ですか。お会いしてみたいです」

「それじゃあ、教育が終わったら私が紹介するわ」

「ありがとうございます、マーゥル様。一日も早くお認めいただけるように、そして領主様の前に出ても失礼のないレディになれるよう一層励みたいと思います」

「ううん、違うのよカンパニュラちゃん。再教育が必要な、人前に出すと恥ずかしいのはうちの弟の方なのよ」


 ゲラーシーの再教育が済むまでは、カンパニュラには紹介できないよな。

「……あ」って思われるもんな。恥ずかしいよな、実の姉として。


「……今会わせると『見ろ、俺の綿菓子を』とか言いそう」

「確実に言うですね! それくらいしか自慢できるものないですし!」

「実の弟の評価が辛辣で、つらいわぁ」

「マグダ、ロレッタ。ボクも自分の発言を反省するから、それくらいにしてくれないかい?」


 マーゥルが微かにイラついている。

 あんなんでも弟なんだなぁ。


「綿菓子、見てみたいです」

「なら、アタシが作ってあげるさね。綿菓子の機械の製造者として、きちんとマスターしたからね」

「えっ!? ノーマ姉様があの機械を作られたのですか!?」

「ま、まぁ、今は金物ギルドで量産しているけどさ、初号機はアタシが作ったんさね」

「すごいです! ノーマ姉様、尊敬します!」


 おぉ、ここ一番のテンションだな、カンパニュラ!

 ようやく子供っぽい一面が見えてちょっと嬉しいぞ。

 あと、ノーマ。澄ました顔してるつもりだろうけど失敗してるからもう諦めろ。尻尾がお祭り騒ぎしているしめっちゃ嬉しいのがバレバレだぞ。


「ヤシロ」

「なんだ?」

「この娘、めっちゃ可愛いさね!」

「そんな全力で言わんでも……」


 チョロいな、ノーマは。

 老若男女問わず、チョロッと丸め込まれるんだから。ちょっと心配になるよ。


「みなさん、準備が整いましたよ」


 こっちで話をしている間に、ジネットが人数分の入浴セットを準備していた。

 ナタリアとギルベルタ、シンディとテレサまで手伝ったらしい。

 デミリーのとこの執事は男性ということで手伝いを断られたようだ。

 女性の入浴セットの準備を男がするのはマズいのだろう。


「はい、ヤシロさん」


 入浴セットが配られる中、ジネットが俺にも入浴セットを渡してくる。


「いや、俺は留守番だろ?」

「デミリーさんもいらっしゃいますし、ご一緒してあげてください」

「あはは。本当に店長さんは気が利くね。エステラの親友が、こんなにいい娘だと、私も安心だな」


 二人分の入浴セットを執事に持たせ、デミリーがにこにこしている。

 その顔は、俺に「ここまで言われたんだから、ね?」と語りかけてきていた。

 ま、ここまでされて断る理由はないわな。


「はい、かにぱんしゃ。たおぅ!」

「ありがとうございます、テレサさん」

「ちぁうよ。てれさ、だぉ」

「へ? 言い間違っていましたか?」

「んーん! さん、なぃ、ぉ。てれさ、でいいぉ」

「どうしてですか? テレサさんは私と対等なお友達ですから、きちんと礼節を持って接したいと思っていますよ?」

「ぁのね……」


 テレサが、とっておきの秘密を暴露する時のようなわくわくした嬉しそうな顔でカンパニュラを手招きする。

 顔を近付けたカンパニュラの耳に口を近付けて、満面の笑みで言う。


「あーしね、おっきくなったら、かにぱんしゃの、きゅーじちょー、なぅの」


 テレサはカンパニュラの給仕長になりたいらしい。

 カンパニュラが好きで、今日の給仕長講習がよほどお気に召したようだ。


 給仕長に求められるものはかなりハイレベルだからな。

 明確な正解はないくせに、些細な気の緩みで大失態に繋がる。一瞬たりとも気を抜けない過酷な職業だ。

 きっと、ナタリアでさえまだすべてを学べたとは思っていまい。


 ストイックというか、これまで金もなく視力も弱くなっていたころに何も学べなかった時代の反動か、テレサは自分の限界を超えたものを学ぶのが好きだ。

 給仕長というのは、もしかしたらテレサにとっては天職なのかもしれないな。


 なんてことを漠然と考えていたんだが……あれ? なんか、妙に室内が静かになってるんだけど?


「そういうことか、カタクチイワシ」

「ん?」


 俺を呼んだルシアはもとより、なんか、みんなが俺を見ている。

 え、なに、この空気?


「ルピナスからカンパニュラを預かり改革が進む四十二区に連れてきたのは、旧体制に凝り固まった他の区の施政ではなく、これから広がるであろう四十二区の柔軟な施政を肌で感じさせるため――だったのだな?」


 なんか、ルシアが緊張した顔をしている。

 額に汗なんか浮かべちゃって、どしたの、お前?


「そして、ギルベルタにテレサたんの勉強を見るように言ったのも、それが目的だったのか」


 自身のヒジを抱き、アゴを摘まむように掴む。


「テレサたんに給仕長としての基礎を覚えさせれば、神童であるテレサたんが給仕長に興味を持つのは自明の理――確かに、この組み合わせは面白い」

「そうね。私も、この二人なら面白いことになると思うわ」


 マーゥルがルシアに同調し、並ぶカンパニュラとテレサを見つめる。

 そして「もっとも、もう少し大人になったら、だけれどね」と、なぜか俺に視線を向ける。



 あれ?

 たぶんだけど、俺……妙な勘違いされてない?


「カタクチイワシ、貴様――」


 そして、その大いなる勘違いがルシアの口から明言される。



「デイグレア・ウィシャートを潰して、カンパニュラに跡を継がせるつもりなのだな?」

「そんな大掛かりな大改革は考えてねぇよ!」



 なんか、俺が領主下ろしを真剣に画策していると思われたらしい。

 いや、マジで、たまたまだから。マジで!

 全然狙ってないし! マジでだっつってんだろ!



 一応弁明はしてみたが……まぁ、完全には信じてもらえなかったよね。


 ……くそっ。

 日頃の行い、一回リセットさせてくれねぇかなぁ?

 信頼ってヤツが影も形も見えねぇや。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る