308話 未熟な部分を見せてもいい -1-

「「「いらっしゃいませ。ようこそ陽だまり亭へ」」」

「何事ッスか、この状況!?」


 昼飯を食いに来たウーマロが、出迎えた領主の群れに目を丸くする。

 いつものように陽だまり亭に来てみれば、ドアの向こうに居並ぶ領主。

 そりゃ驚くわな。


「ヤシぴっぴ。お手洗いのお水汲み、お願いしていいかしら?」

「マーゥルさんまでいるッスか!?」


 そうそう。

 午前中ふら~っとやって来たマーゥルが、領主だらけの店内を見て「やだ、私出遅れたわ」と参戦を表明した。

 そして、ギルベルタの給仕基礎講座を見て、「シンディを呼んでくるわね。年の功も、きっと役に立つわ」と、『とどけ~る1号』を使ってシンディを召喚した。


「いや~、面白いねぇ。水洗トイレの水がなくなりかけると、中庭から『カーン!』って音が鳴るんだね。アレも君のアイデアなのかい、トルベック君?」

「デミリー様までいるッスか!?」


 さらに、たまたまエステラに用事があってやって来たデミリーも、面白がってウェイターをやっている。

 俺の服を貸してやったら、腹回りが入らなくてなぁ。

 仕方ないので、領主の高そうな服のまま水仕事に従事させている。


「って、デミリー様、袖びっちゃびちゃじゃないッスか!?」

「いやぁ、皿洗いって難しいんだねぇ。初めてだから要領を得なくてねぇ」

「ヤシロさん、何やらせてるんッスか!?」


 いやいや、勝手にやりたがって、勝手にやり始めたんだぞ?

 皿洗いの手ほどきをしたのはノーマだし。

 俺、関係なくね?


「じゃ、俺はトイレの水を補給してくるから」

「待ってッス!? こんなカオスな空間に置いてけぼりは御免ッスよ!? ヤシロさんがいなくなったら、オイラ完全にアウェーッスから!」


 俺の腕にしがみついて足を踏ん張るウーマロ。

 それは巨乳美少女がやってこそこちらにメリットがある行為だろうが!

 男にやられても嬉しくないし、ぺったん娘にやられると「なぜ触れない!?」ってもやもやするんだよ!


「エステラ、もやもやする!」

「うっさい。早く水行ってきなよ、男手」


 そうそう、今回俺、珍しく腕力ランキング上位なんだよな。

 ノーマとギルベルタがトップで、テレサは未知数だが幼いので除外すると――次は俺なんだよ。

 エステラやシンディは、技量はあれど力はそこまで強くない。

 この前、ジャムの瓶が開かないとエステラが不貞腐れていたので俺が開けてやった。俺の方が力持ちなのだ。

 領主連中はお話にならないレベルだ。お嬢様方だしな。

 デミリーは、まぁ、そこそこってところだな。だが、腕っぷしより頭脳ってタイプなので、体力は期待できないレベルだ。


 ちなみに、ネネも大したことない。

 以前ナタリアに軽くしごかれて、開始早々音を上げたらしい。

 ナタリア曰く、筋肉が育っていないのだとか。


「ヤシロさん、水汲みお供するッス! で、濃い人がいないところで今日の状況教えてほしいッス!」


 俺の腕にしがみついたまま、美女たちをなるべく視界に入れないようにして中庭の方へと俺をぐいぐい押す。


「なんか、オバケを怖がる彼女と、守ってあげてる彼氏みたいな構図だね」

「縁起でもないことを言うな、エステラ。オバケレジーナが出るぞ?」


 妖怪『はかどり』が「捗るわー!」って街中を駆け抜けるぞ。


「じゃあ、私もお供しようかな。数少ないメンズチームだしね」


 と、デミリーが俺たちを先導するように厨房へと入る。

 しょうがないので引っ付きウーマロを連れてそれに続く。


 そんなウーマロに、新人ウェイトレスのルシアが声をかける。


「キツネの棟梁よ、注文は何にするのだ?」

「おまかせでいいッス!」

「じゃあ、ジネットちゃんの足つぼで」

「それは料理じゃないッスよ、エステラさん!?」


 顔こそ見れないが、声だけはしっかりと反論して、女子ゾーンから逃れるウーマロ。

 緊張し過ぎだろう。


 中庭に出ると、ようやくウーマロが俺から離れた。

 本気で目を閉じて歩いてきたらしい。


「緊張し過ぎだろう? 慣れろよ、いい加減」

「いや、あんなに領主様が揃ってたら、誰でも緊張するッスよ、普通!?」

「領主つっても、ぺったんこにイリュージョンにルシアだぞ?」

「あの、ルシア様に関して、なんかなかったッスか? こう、比喩的な、代名詞的なヤツが」


 ルシアはもう「ルシア」というだけでその残念さが伝わるからいいのだ。


「ふふふ。まるっきり別の意味合いでだけれど、オオバ君と店長さんは私たちを特別扱いしないからね。それが却って心地いいんだよ、この店は」

「やっぱり変わってるッスね、デミリー様は」

「そうかい?」

「トルベック工務店が代替わりした時も、率先してオイラたちの信用を周知してくれたッスよね。あれのおかげで、四代目トルベック工務店は順調な滑り出しが出来たッスよ」


 四代目。ってことは、ウーマロの曽祖父さんが初代か。

 歴史を感じるな。


「トルベック工務店は、木こりギルドと並んで四十区にはなくてはならない組織だったからね。恩に着せて味方に引き込む意図があったんだよ。まぁ、まんまと四十二区に持っていかれちゃったけどね」


 恨みなどこめず、デミリーがからからと笑う。

 ウーマロが四十二区に来ても、本部は四十区にある。

 何より、四十二区と四十区は領主間の関係が他のどの区よりも良好だ。


 そして、ウーマロが四十二区に引っ越したことで、四十区も恩恵は受けている。

 大衆浴場や四十二区街門、港なんかがそうだ。

 新たな技術の誕生。

 新たな仕事の受注。


 四十区と四十二区は実にいい相互扶助関係にある。


「それで、三十五区では何か収穫があったのかな?」


 そして、こんな風に四十二区のことを気にかけている。

 エステラとは血縁関係にはないが、本当に伯父のような存在なのだ。


「収穫するにはまだまだ熟してはいないが、もう少し育てれば変化が起こりそうなもんはいくつかあったな」

「へぇ、そうなのかい」

「エステラから報告は受けてないのか?」

「受けてはいるけれどね、あの子は他人の悪意に鈍感なところがあるから」


 俺の目で見た感想を聞きたいということらしい。

 確かに、エステラは頭から他人を疑ってかかるという態度はあまり取らない。

 せいぜい警戒する程度だ。

 人の好さそうな人物を「腹の裏では何を考えているのか分かったもんじゃない」なんて見方はしない。


 俺は、ウーマロに水を汲ませつつ、キャラバン行脚の最中に起こったことを俺目線で話して聞かせた。

 情報紙の関係者らしき者が偵察に来ていたこと。

 ルピナスと会ったこと。

 そして、カンパニュラを預かるに至った経緯。

 さらに、ウィシャートのお抱え商人が行方知れずになっているという情報と、そのウィシャートの従者ベックマンのこと。


「なるほど。なかなか興味深いね」

「動くと思うか?」

「どうかな。私なら、堪え切れずに腰を上げてしまいそうだけれど、相手はあのウィシャートだからね」


 臆病で狡猾。それがウィシャートを評するのに相応しい形容詞だ。

 臆病だからこそ、行動を急ぎそうな気もするがな。


「オオバ君はどうするつもりなんだい? ルピナスの娘を引き受けたということは、多少なりとも勝機が見えたということかな?」

「いいや、全然だ。ただ単純に、ルピナスがおっかなくて強引に押しつけられただけだよ。脅迫だよ、あんなもんは」


 カンパニュラをかくまったことで、ウィシャートを刺激することになる。

 その危険性は十分理解している。

 その範囲が、こちらの想像をどれだけ超えてくるのか、そこが読みきれなくて薄気味悪い。


「だから、薬学の講習は必須なんだ」

「なるほどね。ウチからも執事を出すよ。私もついでに受けるつもりだけどね」

「領主の参加率が高そうだな、やっぱ」

「ふふふ、いくつになっても勉強というものは楽しいからね。さっきの彼女――テレサちゃんだったかな? 彼女を見て、一層そう思ったよ」


 執事に覚えさせればそれでいい、と思わないのがデミリーだ。

 自分に出来ることがあるなら、こいつは進んで行うだろう。

 薬学の講習に意欲を見せている。


 だが、残念なことに――


「育毛剤の話は出ないんだ」

「期待してなかったよ!? まぁ、もし可能なら別日に是非お願いしたいけどね!」

「でも、髪のつやを出すシャンプーならレジーナが作って……あ、ごめん」

「まぁね!? つやとかいう次元じゃないからね!」

「でも、キャラバンで美容隊は相当鍛えられたから、サロンに行けばオシャレなヘアスタイルに――あ、ごめん」

「もうそろそろ戦争かなぁ!?」

「ヤシロさんも、エステラさんに負けず劣らずデミリー様のこと好きッスよね」


 水汲みを終え、二の腕をさすりながらウーマロが嘆息する。

 あのな、ウーマロ。好きとか嫌いとかじゃないんだよ。


 ……今のうちに弄っておかなきゃ、将来平気で弄れる立場にいられるかどうかなんて分かんないじゃねぇか。

 あぁ、怖い。

 レジーナ、育毛剤の開発とか、始めねぇかなぁ。出来れば、あと二十年くらいの間に。






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