307話 未来を担うお子様 -3-

 翌日。


 二日続けて陽だまり亭にいてくれたデリアだが、カンパニュラが思ったよりも早く陽だまり亭に馴染んでくれたのを受けて、川漁ギルドの仕事へと戻ることになった。

「なんかあったら呼んでくれよ。すぐ駆けつけるから」と言っていたが、まぁ大丈夫だろう。

 今は普通に川漁ギルドの仕事がある時期だからな、いつまでもギルド長を独占するわけにはいかないのだ。せいぜい美味い鮭でも獲ってこい。カンパニュラの好物みたいだしな。


 そして、朝食の寄付を終えた陽だまり亭の前に、五人の美女が並んでいた。


「では、ヤシロさん。陽だまり亭をよろしくお願いします。なるべく早く帰ってきますから」

「店のことは俺に任せて、ゆっくりしてこい」

「……女に磨きをかけてくる」

「生まれ変わったロレッタちゃんに乞うご期待です!」

「行ってまいります、ヤーくん」


 今日は、ジネットたちが素敵やんアベニューへ行く日だ。

 四人とも『リボーン』を持ってにこにこしている。

 日頃の疲れを、しっかりと癒してくるといい。

 以前約束していた通り、向こうでイネスと合流するそうだが、やはりこの面子では不安なのでナタリアを護衛に付けることにした。


「ナタリア、悪いがみんなを頼むな」

「お任せください。その代わり、こちらの面倒をお願いします。噛み付きはしないと思いますが少々気性が荒いので取り扱いは慎重に。トイレは一人で出来ますのでご心配なく」

「猫を預けるみたいに言わないでくれるかい、ナタリア」


 ナタリアを護衛として借り受ける代わりに、陽だまり亭で預かることになった『こちら』ことエステラ。

 そうかそうか、一人でトイレが出来るのか、偉いな。


「エサの与え過ぎにはご注意ください。なんでも食べますので」

「エサって言うな!」

「風呂は一日何回入れればいい?」

「入れなくていいよ! 自分で入るから!」

「ベッドで寝ていると潜り込んでくることが――」

「なぁーい! もう、いいから早く行けば!? ジネットちゃん、ごめんね。きっとすごく騒がしいと思うけど、仕事だけはちゃんとするから」

「はい。ナタリアさんとのお出かけは楽しいので、大丈夫ですよ」

「この身をかけてお守りいたします、我が主」

「君の主はこっち! ボクだよ、ボク! ほら、こっち見て! その目に焼きつけて! そっぽ向くなぁ!」


 朝からテンションが高いエステラ。

 その生き方、寿命を縮めないか心配だな。

 ……あ、だからとある部分が他のヤツより栄養不足なのか! なるほどなぁ。


「お土産買ってきますからね~」


 大きく手を振って、ジネットたちが出かけていく。

 四十一区のお土産って……プロテイン?


「何を買ってくる気なんだ? その気になれば一日に何往復も出来るような距離で」

「まぁまぁ。働く君を残してリフレッシュしに行く心苦しさを緩和するためでもあるんだよ。快く受け取ってあげなよ」

「『領主様名言集』だったらお前にやるよ」

「それはちょうどいい。種火に使う紙が欲しかったところなんだ。竈のそばに置いておくよ」


 その火で炊いた飯は、さぞや胸焼けするんだろうなぁ。


「さて、不安だからノーマを呼ぼうか」

「まぁ、ね。ウィシャートに睨まれている状況で、カンパニュラまで抱き込んだ君が、一人でいれば危険だよね」

「ノーマなら、身の安全と料理のクオリティを守ってくれる」

「目に余るトラブルも起こさないしね」


 デリアは今日川漁ギルドに戻ったばかりで頼みにくいし、護衛として優秀だからといってメドラを呼ぶのも……他の心配が増えるしな。主に俺の身に関する危険がな。


 その点ノーマは優等生だ。

 料理も出来るし、いるだけで客も喜ぶし、歩く度に揺れるし、暴漢からも守ってくれるし、守りながらも揺れるし! あぁ、言い忘れた。料理中も揺れてるZE☆


「えーゆーしゃ」


 守りを固めるため、ノーマを呼びに行こうかと思っていると、テレサが一人でやって来た。


「かにぱんしゃは?」

「カンパニュラなら出かけたぞ。夕方くらいまで戻らないと思うが……」

「……そっか」


 しょんぼりとするテレサ。

 よっぽどカンパニュラが気に入ったようだ。


「エステラ。テレサを連れてジネットたちを追いかけてくれるか?」

「そうだね。今からなら追いつけると思うし」

「ぇ? ぁ、いぃよ。だいじょうぶ。あーし、へいき、よ?」

「ガキが遠慮なんかすんな。お前の分の料金は、ナタリア経由でエステラが出してくれるから」

「また勝手なことを……。まぁ、そういうわけだから、カンパニュラと一緒に遊んでくるといいよ」

「ぅうん、ちぁうの! あーし、きょうも、おべんきょ、したかった、の……」


 なるほど。

 仕事をしている俺たちとは違い、カンパニュラは付きっきりで勉強を教えてくれたもんな。

 気になっても「仕事中に話しかけると悪いし」なんて遠慮しちまうテレサ的には、カンパニュラみたいな先生が嬉しいわけだ。


「どうしようか?」

「エステラ、お前が何か教えてやれよ」

「え……。テレサに教えるって、ハードル高くない? ボクより物知りかもしれないし……」


 さすがにそれはないだろう。

 まぁ、数学で挑むのはやめておいた方がいいけどな。


「テレサはなんの勉強が好きなんだい?」

「ぜんぶー!」

「そ、そう、全部かぁ……」


 とはいえ、何を教えても喜ぶってわけじゃないんだろうな。

 下手に農業とか教えると、何の要素が植物の成長を促進して、どの成分が虫除けになるのか、なんてことまで聞かれかねない。

 俺も、理科は苦手だ。カリウムとかリンとかそういうのは受験用に詰め込んだだけだからな。


「一番の候補はレジーナなんだけど……テレサが汚染されそうで怖いんだよね」


 うん、分かる。

 穢れのない子供には、あそこの毒素は強過ぎるよな。

 特に、二人っきりにするとか、絶対ダメ。


「では、私が勉強を見てやろう」


 突然ドアが開き、ルシアが入ってくる。

 ……って、馬車の音がしなかったぞ? 徒歩で来たわけじゃないよな?


「馬車なら、イメルダ先生のお宅に預けてある。馬の扱いが丁寧なのでな」

「う……悪かったですね、ウチの馬番は馬の扱いが悪くて」


 エステラが拗ねた。

 そりゃあな? ハビエルのもとで馬を育てていた馬番と、お前んとこのしょぼい『ナイチチスカスカ号』を育てた馬番じゃあ信用の差が雲泥だよな。


「それに、ゴロツキが減って、随分と歩きやすくなったしな」


 街門前広場にたむろしていたゴロつきは、その数をぐっと減らした。

 まだゼロになったわけではないが、か弱い女性やお子様が一人でぷらぷら歩いても問題ないくらいに治安は回復している。


「そういえば、途中で情報紙を売りつけられそうになったぞ。移動販売を許可したのか?」

「いいえ、そんな話は聞いていませんよ」


 情報紙、売れなくなって足を使い始めたか。

 売り歩くのは違反だが、現行犯でない限りは検挙が難しい。

 街道付近の警備をしているのは狩猟ギルドと木こりギルドだから、違法販売の取り締まりまではやっていない。


「今度、視察に行ってみますよ」

「まぁ、顔の割れたエステラを見かければ、素知らぬ顔で通行人に擬態するであろうがな」

「なんだエステラ。お前、尻だけじゃなくて顔まで割れてんのか」

「うるさいよ!? レディに向かってあるまじき発言だよ、それは!」


 尻くらいみんな割れてんだろうが。


 くつくつと笑うルシアは、違法販売に関してあまり危機感を持ってはいないようだ。

 というか、ついにそこまで追い込まれたのかと愉快そうだ。……腹が黒いなー。


「それで、何をしに来たんだ、お前は? 薬の講習会は明日だし、講習会に参加するのは給仕長だからな? お前は三十五区で三角座りでもしてろ」

「ふふん。ギルベルタが出席するということは、すなわち私が出席するということだ」


 まったく意味が分かんないんだけど、とりあえず論破してやったみたいな顔やめてくれる?


「あぁ……そうだね。給仕長を呼べば、ついてきそうな領主は結構いるよね」

「エステラの幼馴染と、エステラのストーカーだな」

「いちいちボクを絡めるの、やめてくれないかな?」


 残念だったな、エステラ。

 そこら辺は、絶対来るから。

 縁って、なかなか切れないもんなんだぜ。


「やって来た、私は。陽だまり亭に」

「よぅ、ギルベルタ。主が一人歩きしてたから、ちゃんと鎖で繋いどいてくれな?」

「検討しておく、私は、友達のヤシロの提案を」

「しなくてよいぞ、ギルベルタ! 貴様も、ろくでもない提案を寄越すな、カタクチイワシ!」


 お前がピンで来るといろいろ面倒なんだよ。

 ちゃんとギルベルタを帯同しておけっつの。

 むしろ、ギルベルタだけでいいのに。


 と、ギルベルタが俺にすすすっと寄ってきて紙の束を渡してくる。


「調査結果、頼まれていた件の」

「あぁ。毒物の流通は?」

「なかった、表向きは」

「そうか。ありがとう、あとで読ませてもらうよ」


 依頼しておいた調査結果を持ってきてくれたようだ。

 内容はおそらく、イネスたちにもらった結果と大差はないのだろうが。


「るしあしゃ、ぎぅべったしゃ、こんちちわ」

「むはぁ! かわいい! 早速いろいろ教えてしんぜよう! ささっ、近ぅ寄れ!」

「いいや、近付くな、この犯罪者め」


 危険な顔つきでテレサに突進するルシアの首根っこを掴んで引き離す。

 幼女に近付く際によだれを垂らすんじゃねぇよ、お貴族様がよぉ。


「ギルベルタ。悪いが、テレサに勉強を教えてやってくれないか?」

「問う、私が? と。」

「あぁ。ルシアに任せるのはレジーナに任せる以上に危険だからな。ルシアはエステラが面倒を見るから、テレサの面倒を頼む」

「えぇ……ボクには荷が重いよ……」


 嫌がるな。

 お前が仲良くするからルシアの四十二区滞留時間が増えてんじゃねぇか。

 責任を取れ、責任を。


「分からない、何を教えていいか、私には」

「なんでもいいんだが……」


 ギルベルタが一番得意なのは……やっぱ、給仕長としての所作か。


「じゃあ、給仕を育てるつもりで基礎的なことを教えてやってくれるか?」

「給仕になるのか、この幼い子は?」

「いや。でも、小さいうちからいろいろ経験するのはいいことだ。テレサなら、どんなことからでも何かを学び取るだろう。どうだ、やってみるか、テレサ?」

「ぁい! おねがぃしましゅ、ぎぅべったしゃ!」

「そう……」


 ギルベルタは、一度じっくりとテレサを見つめ、ゆっくりと頷いた。


「了解した、私は。やってみる、指導を、先輩がしてくれたように」


 こうして、ほんの軽い気持ちでテレサに給仕体験をさせることにした。

 いくらテレサといえど、一日やそこらで給仕の基礎をマスターすることは出来ないだろう。

 あくまで体験だ。

 興味を持ったなら、また後日教えてもらえばいい。


 もしかしたら、職業体験が出来るようなテーマパークを作れば一儲けできるかもしれないな。

 ガキどもが職業体験を出来る小さな国――『キッズブルグ』とか言ってな。


 ……ま、メンドイからやらないけどな。






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