307話 未来を担うお子様 -2-
「かにぱんしゃー、これは? これは?」
「これはですね――」
ランチを過ぎた昼下がり。
客が途絶えた店内で、カンパニュラがテレサとお勉強をしている。
「なんや? お勉強中かいな?」
人がいなくなったタイミングを見計らったかのように、ひょっこりとレジーナが陽だまり亭へ顔を出す。
「はぁはぁ……、お嬢ちゃんたち、なんの勉強してんのん?」
「なんでわざわざ変質者要素ぶち込むんだよ」
普通に聞けよ。
「これは、『BU』で収穫された特産品の推移を表した表です」
「とくしゃんひんのせーげんを、てっぱいしたちょくごからね、しゅうにゅうがグゥーンってのびてぅんだよ!」
「……え、なんの勉強なん?」
「社会科です」
「しゃかいか!」
「……もっと、子供らしい可愛らしいもん想像しとったんやけど……」
レジーナがドン引きしている。
俺も、絵本の読み聞かせとかほんわかするお勉強風景を見てみたいんだが、この二人だからなぁ……
シェリルは豆よりトウモロコシがいいと帰ってしまったが。
「じゃーね? にじゅうよんくは、おマメつくぅのヤメて、かこうするこーじょーたくさんのほうが、りえきは、あがぅ?」
「そうですね。現在畑としている土地を買い上げて工場を作れば純粋な利益は上がるでしょうが、区には様々な人が住んでいます。農業が好きな方もいますし、その方々に工場勤務を強要するのは領主としては三流だと言えると思います」
「りぇきより、そこにいきてるヒトが、たいせつなんだね」
「そうですね。そこに暮らす人々は、何物にも代えがたい区の宝だと言えますね」
「かにぱんしゃー、しゅごーい!」
「テレサさんも、とてもお利口さんですよ」
「え、なんなんこれ? 宗教? 怖っ」
うん、若干話が壮大過ぎて、話してるお子様たちの年齢とのギャップに背後の胡散臭い組織を疑ってしまうが、それはそいつらが自発的に始めたことなんだ。
幼い子を洗脳して大人の思い通りに操ろうとかいう企みじゃないんだ。
「レジーナさんも頭いいですから、昔はこんな感じだったです?」
「ウチはもっと普通の子やったで」
「いや、さすがにそれは信じられないですけど」
「さらっと酷いなぁ、普通はんは」
まぁ、レジーナが普通の子だったなんてこと、あり得ないもんな。
「これくらいの年齢やったころは、そうやな……薬学と性教育に夢中やったかな」
「惜しいです! 片方なければ尊敬できたかもですのに!」
「あぁ、でも、舌っ足らず幼女はんくらいのころは性教育一筋やったで?」
「あぁ、残念です! やっぱりレジーナさんはレジーナさんだったです!」
そっちじゃない上に、お前五歳から性教育に夢中だったのかよ。
どんだけ英才教育されてんの、お前のエロス?
「ま、好きなことやったら年齢に関係なく、楽しぃ学べるわな」
レジーナは、きっと子供のころから薬学に夢中だったんだろうな。
「ほんで、なんで『かにぱん』なん?」
「テレサがどーしても『カンパニュラ』って言えなくてな」
しまいにカンパニュラが「かにぱんでいいですよ」って。
いいのかよ、かにぱんで。
「なんや、ウチはてっきり――」
「違ぇよ」
「カニ柄のパンツ穿いてんのかと思ぅたわ」
「違うつってんだろ! 止めろよ、否定された時点で!」
お前の言いたいことくらいすぐ分かったわ。
「というわけで、あたしも『カニぱーにゃ』と呼ぶことにしたです!」
「いや、なんで?」
「かわいいです!」
「……せやろか?」
「俺に同意を求めるな」
ロレッタの感性は独特なんだよ。
マグダっちょにモリリっちょにミリリっちょだぞ?
センスの欠片もないことは百も承知だろう。
「まぁ、えぇわ。ほならカニパンツはん。一区切りしたら診察やで」
「パンツじゃねぇつってんだろ」
「分かりました」
「分かっちゃったよ、カンパニュラ……」
たまには否定していいんだぞ。
「テレサさん。少し離席しますので、次は『BU』各区の役割に関して考察してみてください。立地と、周辺区の特産品などを参考に、どの区がどのような戦略で生き残ってきているのか、想像してみてくださいね」
「ぁい! やってみましゅ!」
テレサが生き生きしている。
最近、教会での勉強では物足りなくなってるみたいだからな……
つか、カンパニュラもどえらい課題を与えるな。
俺、五歳のころに「考察してみてくださいね」なんて言われたことねぇよ。
「お待たせしました、レジーナ様」
「ほなら、カニパンはんにはウチがとっておきの性教育を――」
「叱れ、カンパニュラ」
「ダメですよ、そんなことを言っては! 反省してください!」
「うわぁ、怒った顔、萌えるわぁ……何このサービス? 別料金なん?」
「反省してくださいましたか?」
「いや、まだもうちょっと反省が足りへんから、追加で頼むわ」
「反省してください! むぅ! むぅ!」
「うわぁ~、癒やされるなぁ、これ」
だったら、お前もご祝儀懐石頼んでけよ。
ほれ、250Rbだ。
「ほなら、上で診察しよか。自分、部屋借りるで」
「おう、自由に使えよ」
「あの、お風呂場でも大丈夫ですよ。ヤーくんのお部屋を借りるのは悪いですし、その……異性のお部屋に入るのは、やはり、なんといいますか……」
そんなところ照れるんだ。
ルピナスの教育なのかな。貴族なら、異性の部屋に入ったりしないんだろうが…………あぁいや、遠慮なく男のベッドで眠りこける結婚前の貴族令嬢知ってるわ、俺。木こりギルドのお嬢様なんだけどな。
ってことは、これはカンパニュラの資質かな。
「じゃあ風呂場で見てやってくれ。ちゃんと中から鍵かけられるから」
「さよか? ほなら全裸で診察やな」
「いい加減に摘まみ出すぞ、卑猥薬剤師」
「冗談やんか~、この摘まみん坊」
不名誉なあだ名を付けるな。
「そういうたら、店長はんは?」
「今はニュータウンの出張所だ。今日はロレッタが店待機組なんでな」
「あたしは今日、本店でコーヒーを振る舞う係です!」
「あぁ、なんやったっけ? く~ぽぃん券やったっけ?」
「違うですよ!?」
「そうそう、く~ぽぃん券だ」
「違うって言ったですよ、あたし、今!」
「それでタダで飲めるんやんな?」
「お試しでな」
「成果はどないなん?」
「いまいちだな」
無料コーヒーを注文する者は多かったが、やはり初めて飲むコーヒーというのは衝撃が大きいようで、「コレ、うま!?」となる客は皆無だった。
祖父さんはどうやって常連客を軒並みコーヒー好きにしたんだろうな?
やっぱ、客の前で美味そうに飲み続けるのが効果あるのかな?
「あとでウチももらおかな? クーポン……あ、違ぅた、くぅ~ぽぃ~ん券あらへんから定価で買うことになるけど」
「違わなかったですよ!? なんでわざわざ言い直して間違えるです!?」
そんなもん、レジーナだからに決まってんだろうが。
「じゃあ、終わったら俺がご馳走してやるよ」
「いやっ、どないしたん。おっぱい魔神はんがご馳走やなんて。珍し過ぎて、明日おっぱい降るんちゃうか?」
「マジで!? やったぁ!」
「ないですよ!? あぁ、もう! 早く誰か帰ってきてです! この二人の相手、あたし一人には荷が重過ぎるです!」
ロレッタがむきーっと騒がしい。
テレサの勉強の邪魔すんじゃねぇよ。
「ほな、行こか?」
「はい。よろしくお願いします」
「かにぱんしゃ……」
カンパニュラが行こうとすると、テレサが不安そうな声を出す。
「ぉからだ、わぅい、の?」
「大丈夫ですよ。心配いりません。元気になるためにレジーナ様に診察していただくんですから」
「げんき、なぅ?」
「はい。すぐにでも」
「……ぅん」
テレサはカンパニュラが気に入ったようで、少しの間離れることを寂しがっているようだった。
「レジーナ、テレサも一緒にいいか?」
「かまへんで。カニパンはんがよければな」
「私は構いません。一緒に来ますか、テレサさん?」
「ぅん!」
両手を広げてカンパニュラのもとへ走っていくテレサ。
完全に懐いてるな。走る速度がバルバラに向かっていく時と同じだ。
「ほな、ついでに勉強もしよか?」
「ぉべんきょー!」
「ウチ、プロやさかいな、いろいろ教えたるわ」
「ありがとー、れじーなしゃ!」
「ほな、みんな仲良く性教育を――」
「だと思ったよ!」
レジーナの首根っこを掴み、割と強めにつむじをぐりぐりしておく。
いいか、よく聞け?
お前を量産するな。
感染者を増やすな。
道を踏み外させるな。
以上のことを復唱させ、レジーナを送り出した。
……ったく、あいつは。
「天才とナントカは紙一重とはよく言ったものだな」
「でもお兄ちゃん、レジーナさんの場合は――ナントカな天才ですよ?」
紙一重じゃなくて、両方の性質を持ち合わせてるのか、あの『ナントカ』は。
「天才的な変態だな」
「あぅ、それ喜びそうだから言わない方がいいですね」
二人で酸っぱい顔をしながら、客の来ない陽だまり亭でコーヒーの練習をした。
レジーナにコーヒーを出してやると「苦っ!? 自分の汁、苦いなぁ~」とか抜かしやがったので叩き出してやった。
あ、カンパニュラの状態はいいみたいだった。
夕方にもう一度診察して、それで問題がなければ投薬とマッサージで治療していくことになる。
で、レジーナから薬学を軽く教わったテレサは――
「えいゆうしゃ! あーしも、こーしゅーかい、でたぃ!」
後日行われる、給仕長プラスアルファの薬学講習会への参加を表明していた。
間違いなく最年少だな、テレサ。……で、なんとなくトップクラスの成績を叩き出しそうで怖いよ、お前は。
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