307話 未来を担うお子様 -1-
教会への寄付を終え、食事の後の小休憩中。
「シスター様、この度は朝食をご一緒する機会をくださり感謝いたします」
「まぁ、とてもお行儀のよい子ですね。でも、カンパニュラさん。ここではもっと自由にしていいのですよ」
「よし、おっぱいカーニバルだ!」
「ヤシロさんはあとで懺悔室です」
「自分、なんで見えてる地雷をわざわざ踏みに行くん?」
早朝だというのに、教会にやって来たレジーナ。
今日は朝昼夕と三回カンパニュラを診察するらしい。
朝の診察の後、何やら無数の数値をノートに書き込んでいた。
「ヤシロ兄ちゃん! ぐるんぐるんしよー!」
「しねぇよ」
ガキを抱えて回転する遊びは終わりがないので地獄なのだ。
やりたければマグダに頼め。マグダかデリアに。
「……けど、マ、マグダちゃんは、女の子だし……」
ほほぅ、このガキ(十一歳)は一丁前に照れてるわけか。
女の子に抱きかかえられて、肌が密着して、嬉し恥ずかしドッキドキって?
「マグダー、こいつエロいから気を付けろ」
「それはヤシロ兄ちゃんだろ!?」
「……エッチ」
「ふぐっ、ち、ちがうもんー!」
ふふん。可愛いもんよのぅ、思春期男子。
「あの、皆様」
カンパニュラがすっくと立ち上がり、その場にいる者の注目を集める。
立てた人差し指を口の前へ持ってきて、そっとジネットを指さす。
「ジネット姉様がお休みになっていますので、少しだけ声の大きさを抑えめにお願いできますか?」
なんだか大人しいと思ったら、ジネットは談話室の壁にもたれて眠っていた。
まぁ、昨日はほとんど寝てなかっただろうし、懐石が出まくって仕事もはりきってたしな。
「あらあら、ジネットったら」
ジネットの寝顔を見つめて、ベルティーナが微笑む。
「二階を借りていいか?」
「はい。では、男子部屋へお願いします」
教会の二階には男子部屋と女子部屋がある。
通常時、男の俺は女子部屋への立ち入りを禁じられている。
なので、ジネットを寝かせるのは男子部屋になる。
女性が男子部屋に入るのは許されるらしい。そうしないと、ベルティーナや寮母のオバチャンたちが男子部屋に入れないからな。
眠るジネットを起こさないように、そっと抱き上げる。
……軽っ。
「……ジネットの体重って、半分がおっぱいの重量なんじゃ?」
「ヤシロさん、懺悔室延長です」
えぇ……まだ入ってもいないのに?
本当なら、デリアかマグダに頼むのが安全で、女子部屋にも入れるのでベストなんだろうが、残念ながらデリアは今、二歳のガキに飯を食わせてやっている。
口の周りをベッタベタにしながら、飯以外のことに興味を惹かれて落ち着きなくふらふら動き回ろうとするガキの世話は本当に大変で、あんなもんよくやれるなと感心する。
俺なら断固お断りするのだが、デリアは文句も言わず、むしろ楽しそうに世話を焼いている。
何気にガキの扱いがうまいデリア。自身も子供が好きなのか率先して手伝いをしている。
で、マグダはというと、ガキどもに捕まって『ぐるんぐるん』の真っ最中なのだ。
役割の交代は絶対嫌だ。アレは疲れる。
っていうか、カンパニュラの「静かに」って願いを聞き入れて、マグダも、回されるガキも、みんな静かだ。
無言でガキが振り回されている。……いや、怖ぇよ!
「ではヤシロさん。こちらへ」
ベルティーナが先導してくれる。
ドアの開閉もあるしな。
廊下に出て、二階へ続く階段を上る。
ここの二階に来るのは、ガキどもが全員寝込んだアノ大雨の時以来だな。
「あの時……」
ベルティーナが男子部屋のドアを開けながら呟く。
「特効薬の材料となる貴重な香辛料を譲ってくださった方がいたそうですね」
「…………」
それに、俺はなんと答えていいのか分からず、無言を選択した。
「なんでも、息をのむような絶世の美少年だったとか」
くすくすと、ベルティーナが肩を揺らす。
なんだよ、その冗談を楽しむような言い草は。信じろよ、一次ソースを。
「もし、その方を見かけたらお伝え願えますか」
ドアを背にこちらを振り返るベルティーナ。
まだ薄暗い二階の廊下で、ベルティーナの微笑みは淡く輝いて見えた。
「心より感謝をしていますと」
すべてを知っていて知らない振りをしてくれている。
なら、知らない振りのままやり過ごそう。
「伝える必要ないんじゃないか。そう思っているだけで十分だろう」
「それと、もう一つ」
胸の前で手を組み、祈りを捧げるようにベルティーナが言う。
「もし、その方が過去の罪に思い悩み、心を苦しくされることがあるのなら、私はその苦しみの半分を受け取り、共に懺悔をいたします――と」
ベルティーナは香辛料の出所を知っているのだろうか。
知っていて、その上で言っているのだろうか。
罪を憎んで人を憎まずと、そんな都合のいい逃げ口上を、ベルティーナはよしとするのだろうか。
それを認めれば、『大勢を救うために一人を犠牲にする』ことですら、肯定されることになるかもしれない。
「ヤシロさんは、優しい方ですね」
ふわりと、前髪を撫でられた。
知らず、俺の顔は俯いていたようだ。
「あなたは罪を憎み、ご自分に厳しい。あなたはこれまで、他人の罪を数多く赦してきましたよね?」
果たしてそうだろうか。
俺は、悪人は等しく叩き潰して――
「どうか、その慈悲を、ご自分にも向けてあげてくださいね」
こちらの返事は聞かず、ベルティーナは室内へ入ってしまった。
開かれたドアの向こうから、布団を敷くような音が聞こえてくる。
教会は、いつ住人が増えるか分からない。
だからベッドではなく床に布団を敷いて寝るスタイルなのだ。
今、ジネットのための布団が敷かれているのだろう。
その音を耳にしながら、俺はしばらくドアの前で立ち尽くしていた。
自分に慈悲を、か……
「本人が気付かない状況でなら、少しくらい突っついても……」
「布団の用意が出来ましたよ、ヤシロさん」
……くっ、絶妙のタイミングで!
ジネットを布団に寝かせ、そっと布団を掛ける。
小一時間くらい寝かせてやって、開店準備は俺たちで済ませるか。
そんなことを考えながら部屋を出ると、先に出て俺を待ち受けていたベルティーナに腕を掴まれた。
「では、懺悔室へ行きましょうか」
「いや、俺はほら、開店準備が……」
「大丈夫です、すぐ済みますから」
「嘘だ! 絶対一時間くらいかかるもん!」
「ジネットの仮眠にはちょうどいい時間ですね。では、参りましょう」
ここまで地味に蓄積された懺悔案件が満期を迎えてしまったらしい。
もういっそのことずっと積み立てたままこの世を去りたかった。掛け捨てでいいのになぁ。
まぁ、利息が付かなかっただけマシだと思うか。
結局、みっちりと一時間懺悔させられた。
ちょっと寝坊したジネットと軟禁状態だった俺が遅れて陽だまり亭に戻れば、マグダとロレッタがしっかりと開店作業を終えていた。
「みんなもお手伝いしてくれたですよ」
「おてちゅらぃー!」
「シェリルも、したよー!」
「マグダ姉様とロレッタ姉様が分かりやすく説明してくださいましたので、問題なく作業を終えることが出来ました。デリア姉様も、とても頼りになりました」
「まぁ、あたいはベテランだからな」
ちんまい幼女たちが諸手を挙げて成果をアピールする中、ちょっと大きなカンパニュラが先輩三人を立てている。
なんて愛されキャラ。
なので、デリア。お前も謙遜を覚えよう。
「みなさん、ごめんなさい。眠ってしまって」
「いいえ、ジネット姉様は私のために寝不足になってくださったようなものですし」
「そんなことはないですよ。少し疲れていただけです」
「では、なおのことお休みしてください」
「もう十分休ませてもらいましたよ」
「てんちょーしゃ、おつかれなの?」
「平気ですよ。今日は一緒に、お店やりましょうね」
「うん!」
「シェリルもー!」
「やる気の、源泉掛け流しやー!」
「どっから出てきたです、ハム摩呂!?」
「はむまろ?」
なんかちんまいのが一人増えた。
「……店長、ヤシロ、ロレッタ。今回のクーポン券はコーヒー無料券。コーヒーが多く出ると覚悟しておいて」
「はい。副店長」
「任せてです、あたしのコーヒーを飲んで虜になるといいです!」
「じゃ、俺は楽しよっと」
「お兄ちゃんもちゃんと手伝うですよ!?」
そうして、若干ちんまい店員の多い陽だまり亭は開店した。
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