306話 守りを固める準備 -4-
早朝。
ジネットは寝坊せずに起きて、厨房で元気に働いていた。
「ジネット。代わるから、カンパニュラが起きるまでそばにいてやってくれ」
「ふふ。大丈夫だと思いますよ」
昨晩のこともあったので不安だったのだが、ジネットは自信ありげに言う。
「彼女は、とても強い娘ですから」
その言葉に反応する前に、中庭から廊下に入るドアが開かれた。
マグダにしては早い。
ロレッタはもっと足音が騒がしい。
まさか。
「おはようございます、ジネット姉様。ヤーくん」
「もう起きたのか?」
「はい」
「起こしてしまいましたか?」
「いえ。ジネット姉様が起きた時はまだ寝ていました。でも、毎日これくらいの時間には起きていますから」
川漁ギルドの朝は早いんだな。
仕事に行く前に、両親とちゃんと会話して一緒に飯を食うためなのだろう。
「デリアは?」
「デリア姉様はまだ夢の中です」
あれ?
川漁ギルドの朝って、そんなに早くないのかも?
まぁ、マグダもまだ寝てるし、デリアも寝かせておいてやるか。
「じゃあ、カンパニュラ。ジネットの手伝いを頼めるか?」
「はい。何をすればよいですか?」
「では、お野菜を洗ってください」
「はい」
店長と従業員と言うにはあまりにほんわかした空気感。
母の日に力を合わせて料理を作る姉妹のように見える。
「じゃあ、俺はちょっと出かけるな。すぐ戻るから」
「どちらへ行かれるんですか?」
「ヤップロックんとこだ。今日は一日テレサを借りる」
カンパニュラは頭がいいからな。四十二区随一の天才少女に会わせてみたかったのだ。
昨日のうちにハムっ子をお使いに出して知らせておいたから、今日一日は空けておいてくれるだろう。
「もしかしたら、シェリルも来るかもしれないが」
「大歓迎ですよ」
「バルバラは、断固として置いてくるから」
「そんな、可哀想ですよ」
いやいや、あいつがいるとうるさいから。
あいつはトウモロコシ農家を手伝っていればいいのだ。
「ヤーくん、お外暗いから、気を付けてくださいね」
「おう。サンキュウ」
礼を述べると、カンパニュラはきょとんとした顔を見せた。
ん? なんだ?
ま、いいか。
「じゃ、行ってくる。カンパニュラ、怪我しないように注意しろよ」
「はい。……さんきゅう。……えへへ」
躊躇いがちに言って、恥ずかしそうにはにかむ。
で、ジネットのスカートの後ろに身を隠した。
なんだ。マネしたかったのか。
『強制翻訳魔法』ではどんな翻訳がされたのかは分からんが、若干乱暴な言葉に聞こえていたようだな。
俺のマネなんかして、口調を乱すなよ。
今の堅苦し過ぎる言葉は、もうちょっとなんとかした方がいいと思うけどな。
「ジネット、そっちのかくれんぼ少女をよろしくな」
「はい。お気を付けて」
「あぁ。帰ったら手伝うから」
「はい。さんきゅう」
「……お前もかよ」
「うふふ」
俺のマネなんかするんじゃねぇよ。
俺みたいなのが増えるのはちょっと嫌だからな。……誰が増えると胃にもたれる系男子か!?
……はぁ。行こ。
で、ヤップロックの畑に着いた。
「おはようございます、英雄様!」
にっこにこ顔のゴロッツに出迎えられてしまった。
……しまった。ここに放り込んだらゴロッツの病気が悪化してしまった。
「……ヤップロック」
「なんでしょうか、英雄様」
「…………なんでもない」
朝からそのきらきらした視線、胃が重たくなるわ。
「ほら、新人! ぼさっとしてないで肥料を運びなさい」
「はい、先輩!」
ゴロッツが日も昇る前からいい声で返事をして、全力で駆けていく。
向かった先にいるのは、バルバラだ。
「トウモロコシは生きてるんだから、一秒だって適当な世話をしちゃダメなんだよ。分かった?」
「はい、先輩!」
……なんか、バルバラがまともなことを言っている。
っていうか、なにその口調?
「バルバラちゃんね、ちゃんと先輩としてお仕事を教えてあげているんですよ」
「最近は口調も丸くなってきましてね。なんでも、ウエラーの口調をマネしているそうなんです」
「うふふ。嬉しいですけど、ちょっと恥ずかしいですね」
後輩が出来た途端張り切るヤツとかいたなぁ。
バルバラはそのタイプだったのか。
「英雄」
ゴロッツが肥料の入ったでっかい袋を担いで畑へ向かったのを見送った後、バルバラが俺のもとへと駆けてくる。
「今日はテレサとシェリルを連れて行くんだって?」
シェリルは予約してないんだが……まぁ、いいだろう。
「あぁ。お前もついてくるとか言い出すなよ?」
「悪いけど、アーシは仕事があるから」
……へ?
「仕事があるから」? あのバルバラが!?
「新人が入ったからさ、この仕事がどれだけすごくて、四十二区にとって大切かってところを教えてやらないとな」
バルバラの瞳が決意に燃えている。
「ちゃんと教えてやるんだ。父ちゃんと母ちゃんがどれだけ偉大な人かってこと。トウモロコシがどれだけすごい食べ物かってこと」
「そ、そうなのか……」
「あとさ、あいつ……ゴロつきだったんだって?」
「おう」
バルバラは、自分と同じ境遇だったゴロッツを心配するような素振りを見せる。
「ちゃんと教えてやりたいな。真面目に頑張れば、必死に努力すれば、何度だって人生はやり直せるんだって。でも、それはたくさんのいい人が支えてくれてるからなんだって」
どうしたバルバラ!?
お前、本当にバルバラか!?
「アーシは、アーシがしてもらったように、後輩たちにしてあげたいんだ。だからごめんな。今日は遊べない。テレサとシェリルのこと、よろしく頼むぞ、英雄」
「お、おう……」
「せんぱーい! 肥料運びましたー!」
「じゃあ、散布するから鍬を用意してー!」
「はい!」
「あーもう、そっちじゃないって言ってるでしょー! 用具入れはあっち!」
世話の焼ける後輩のもとへと、バルバラが駆けていく。
先輩ぶってる時は口調も変わるらしい。
……え、なにこの鳥肌。怖っ。
「また素敵な人を紹介してくださり、ありがとうございます」
「これで、またトウモロコシの生産量が上がります」
「お、おぅ……まぁ、頑張ってくれ」
ゴロツキ更生施設扱いして押しつけただけなんだが……
「ゴロッツ君に関しては、ニューロードでも売り子も続けたいとのことでしたので、ハムっ子さんたちと同じく様々なお店の手伝いに回らせていただくことになりました」
「へぇ……」
「これもみんな、英雄様のお優しさがあればこそ。本当に英雄様は――」
「テレサとシェリルは起きてるか?」
「はい。もう支度も済む頃だと思います。呼んできますね」
……見当違いな賞賛をされる前にさっさと退散しよう。
で、俺は今後なるべくここへは来ないようにしよう、そうしよう。
知らない間に敷地内に英雄像とか出来ないだろうな。ベッコにキツく言い聞かせておかなければ。
「えーゆーしゃー!」
「やちろー!」
元気なちびっ子たちがてってってーっと駆けてくる。
「おはようごじゃいましゅ!」
「なにしてあそぶー!?」
残念だな、シェリル。
やっぱりテレサの方が若干お利口さんだ。
「今日は、お前らに新しい友達を紹介してやるよ」
「おともぁちー!」
「せかいにひろげよー!」
「ともぁちの」
「わっ!」
「え、どこかで流行ってるの、それ?」
「わっ」っと言いながら、テレサとシェリルは両手で頭上に輪っかを作る。
妙な既視感があるが、きっと気のせいだ。
一瞬テレサがグラサンをかけているように見えたのもきっと気のせいだ。
「テレさ~ん」とか、若手に呼ばれたりしないはずだ。気のせい気のせい。
「じゃあ、一日借りるぞ」
「はい。二人とも、英雄様の言うことをしっかりと聞いていい子にしているんだよ」
「「は~い!」」
「それから、怪我をしないように気を付けてね」
「「は~い!」」
もうすっかりと家族だな。
「英雄様。妹たちをよろしくお願いします」
「トット。お前ももうちょっと子供らしくしとけ、な?」
今年で十二歳になるトット。
どんどんヤップロックに似てきてるんだよなぁ、言動が。
子供のうちから崇拝みたいなことやめさせろよ。未来の可能性を摘みかねない。
思想に囚われずのびのびと育ちなさい、お子達よ!
「えーゆーしゃ、おてて、つないで?」
「シェリルもー!」
「へいへい」
両手をガキに握られて、ちんまい少女に挟まれて歩く姿はさぞ滑稽なのだろう。
背中からヤップロックとウエラーの笑う声が聞こえてきた。
微笑ましいのかよ、そうかよ。
「やちろー、テレサとシェリル、どっちがすきー?」
「おっぱいが大きい方」
「どっちかなぁ?」
「どっちかなぁ?」
そんな微笑ましい絵面のまま、俺は陽だまり亭へと戻った。
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