301話 ルピナスの想い -1-

「ごめんよ、カーチャン」

「ごめんな、オッカサン」


 タイタとデリアが地べたに正座させられている。

 腕を組んで二人を見下ろすルピナス。


 おっかねぇ……

 ベルティーナとは違うベクトルの……つーか、ダイレクトに怖ぇオッカサンだ。

 これ、アレだな。

 他所の子だろうが全力で叱ってくる友達のお母さんみたいだな。


 しかし、まさかデリアに弱点があるなんて。

 この人、なんでもっと前に会いに来てくれなかったんだろう。何回か「誰かデリアの暴走止めてー!」ってシーンあったぞ?

 遅くない、登場が?


 え、なに?

 物語後半で手に入る戦闘を楽にしてくれるアイテム的ポジションなの?

 序盤で欲しかったなぁ、このアイテム。

 出来れば、ゴミ回収ギルドで交渉しに行く前とかに欲しかったよ。


「悪いね、兄さん」

「いえ、とんでもございません! お好きにどーぞ!」

「あははは! なぁ~に固くなってんだよぉ~! 男が硬くなるのは【自主規制】」

「ド下ネタぁぁあー!」


 あれ!?

 今、レジーナ通った!?

 それとも、俺の服にレジーナウィルスでも付いてたかな!?


「カーチャン……若ぇヤツの前でそれはやめろって」

「あらっ、ヤだよ。私ったら! あははっ、ごめんなさいねぇ、兄さん!」


 ばっしばっしと俺の肩を叩いて、オバハン丸出しな品のない声で大笑いするルピナス。

 ……こいつ、本当に元貴族か?

 オルキオみたいに、微かにでも貴族の片鱗残してれば納得も出来るんだが……詐欺じゃね? ここまで綺麗さっぱりなくなるものなの、貴族の片鱗?


「今日はな、アンチャンに足つぼ受けさせたいんだ! あたいがどんなに言っても『大袈裟だ』って言って信じてくれないんだよぉ……店長の足つぼのエグさ」


 エグさときたか。

 どこでそんな言葉覚えたの、デリア?

 あんまり使わないよね、そういった系統の言葉。

 あれ? ジネットとケンカとかした? 大丈夫? ちゃんと仲いい?


「いくらなんでも、親方の拳骨より痛いは言い過ぎだろ、デリア。カーチャンの拳骨でさえ、親方には届いてねぇってのにさ」

「ホントなんだってばぁ! なぁ、ヤシロぉ~。ヤシロからも言ってやってくれよ~! 店長の足つぼには慈悲も情けもないって」


 いや、待って待って!

 デリア、あれ? ジネットのこと、嫌い?

 割といい娘だよ、あの娘? 仲良くしてやってね?


「あらあら、甘えた声出しちゃって。こんなデリア、初めて見るわね」

「あぁ、確かにな。本当に兄妹みたいだ」

「えへへ~、アンチャンは特別なんだぁ~」


 デリアはタイタに物凄く懐いているようだ。

 最強の父親に次ぐナンバー2だからな。

 もしかしたら、今デリアが認めている唯一の男かもしれない。


 見た感じ、男女の情は抱いていないようだが、ブラコンな妹のようではある。

 一緒に居るのが嬉しそうだ。

 タイタが四十二区に来てくれれば、オメロたちももう少し救われるんだろうけどなぁ……タイタは三十五区の川漁ギルドのギルド長らしいからそれは無理か。

 残念だな、オメロ。諦めろ。


「んふふ。そうじゃないわよ」


 甘えるデリアを見て笑みを深めていたルピナスの細い指が俺のアゴにそっと触れ――



 グイッ!



 と、すげぇ力で強制的に顔の向きを変えられた。

 首っ!

 今、首が「ぐきゅ!?」って!


 アゴ先を細い指で拘束され、ルピナスの顔の真正面で固定される。


「あ・な・た・に、対してよ? ねぇ、ヤシロ君?」


 なんだろう、背骨が……寒い。


「どういったご関係なのかしら? これからどういうお付き合いをしていくつもりなのかしら? デリアのことどう思い、どう考え、どんな風に接しているのかしら? ……じっくりと、話を聞きたいわ?」



 オオバヤシロは逃げ出した!

 しかし回り込まれてしまった!

 オオバヤシロは逃げ出した!

 しかし回り込まれてしまった!

 オオバヤシロは逃げ出した!

 しかし回り込まれてしまった!

 オオバヤシロは逃げ出した!

 しかし回り込まれてしまった!

 オオバヤシロは逃げ出した!

 しかし回り込まれてしまった!


 お前、ボスか!?

 ボス戦か、これ!?

 絶対逃げられない仕様!?

 もしかして負けイベント!?

 ゲームしてて「あ、絶対勝てない。これ負けイベントだ」って負けたら普通にゲームオーバーになって「レベル足りてないだけだった!?」みたいなことあったんだけど、それじゃないよね、これ!?

 俺、生き延びる道、まだ残されてるよね!?


「私も、足つぼに興味あるわぁ~……あなたが、担当してくださる?」

「……ィャデス……」

「え? なぁ~に?」

「はい、よろこんで」

「まぁ、嬉しい。やっぱり、若い男の子は素直な方がいいわねぇ。とっても可愛いわ」


 おい、誰だ!? こいつを俺に紹介したヤツ!?

 ルシアか!? きっかけはルシアか!?

 オルキオも止めろよ、こんな危険人物だと知っていたならば!


 ジネット、ちょっと助けてくれないか!?


 と、ジネットの方を窺うと、個室の中から「これはむりー!」というタイタの悲鳴が聞こえてきた。

 ……こっちがロックオンされてる時にのんきに足つぼ受けてんじゃねぇよ、旦那!? お前の配偶者でしょ!? 死ぬ気で止めて!

 あと、ジネット! すべての悪意を無効化するお前のほんわかオーラ、今こそ必要なんだけど!? 出てきて、プリーズ!


「じゃ、行きましょう?」

「…………デリア」

「おう! オッカサンのことよろしくな、ヤシロ!」


 ……ダメだ。

 あの娘とは目と目で通じ合うとか、夢のまた夢だ。

 デリアとのアイコンタクトって、ボナコンに火の輪くぐり教えるより難易度高いと思う。


 結局、俺はルピナスに引きずられるように個室の中へと入っていった。


「さて、と……」


 ウーマロが今朝のうちに作ってくれた足つぼマッサージ用の個室。

 女性の悩ましい吐息が漏れ聞こえないようにという観点から、防音にはことさら気を遣っている。

 当然、外から中を窺い見ることも出来ない。

 ランタンの淡い光が室内をぼんやりと照らし、ベッコとレジーナ共作のアロマキャンドルがラベンダーの香りを漂わせている。


 こんな密室にルピナスみたいな美女と二人きりってのは、いささか緊張するシチュエーションのはずなのだが……今は別の意味での緊張が大き過ぎてそれどころではない。……く、食われる。


「そんなに震えなくていいわよ。取って食いやしないからさ」


 折りたたみの椅子に深く腰をかけ、長い脚をすっと組む。


「この小屋、内緒話には向いているのかしら?」


 ルピナスの目つきが変わった。

 デリアには詳細を伝えていない。

 情報漏洩を恐れたと言うより、デリアのド直球な物言いではルピナスを誘い出せないかもしれないと危惧したからだ。

 なので、オルキオに手紙を書いてもらった。


 オオバヤシロという男がお前に会いたがっていると。

 今回のこのまどろっこしい作戦の詳細とともに。


 どうやら、きちんと理解した上でここまで来てくれたようだ。


「あぁ。この部屋の中では、どんなにエッチなことを言っても懺悔させられない!」

「あんた、いっつもそんなことばっかしてんのかい? 呆れた男だね……」


 手すりに肘を乗せて嘆息するルピナス。


「それじゃあ、本題に入ろうじゃないか――」


 ルピナスが静かに息を吸い、俺を睨み上げるように見つめて核心を突く質問を寄越してくる。


「デリアとはどこまで行った?」

「それ本題じゃねぇから!?」


 あっれぇ!? 話伝わってないのかなぁ!?


「私はね、ウチの亭主が大切にしているあの娘のことを、本当の妹のように大切にしてきたんだ。少々誤解されやすい娘ではあるけどね、まっすぐないい娘なんだよ、あの娘は! だからね――泣かせたら、【自主規制】を【自主規制】して【自主規制】出来なくしてやるからね?」

「エロじゃない方の年齢規制!?」


 怖ぇよ!

 密室でそーゆーのやめて! マジで泣きそう!


「デリアとは、何もねぇよ。信頼の置ける友人関係だ」

「友人……ねぇ?」


 油断なく俺を見つめる瞳。


「あの娘の態度を見るに、それだけじゃなさそうだけれど……まぁいいだろう。信じてあげるよ。本当に、悪さしてないんだね?」

「あぁ」

「『精霊の審判』」

「信じてねぇじゃねぇか、コノヤロウ!?」


 助けてー!

 一切の躊躇いを見せなかったよ、このオバハン!?

 美女? ふざけんな! オバハンで十分だ、こんなヤツ!


「ふふ、まぁ、デリアが認めた男なら、コレでどうこうなるとは思ってなかったけどね」

「……万が一どうこうなってたらどうするつもりだったんだよ?」

「は? そんなもん、悪さした方が悪いに決まってんだろう?」


 こいつ……そんなところで貴族の片鱗見せてんじゃねぇよ。


「けどまぁ、あんたは信用に足る男らしいね。今、私もそう確信したよ」

「そりゃどうも……」


 俺は、警戒レベルをMAXまで上げたけどな。


「すまないねぇ。今の私には、大切なものが多過ぎるんだ。家族もそうだし、川漁の連中も、バカばっかりだけど、みんな大切な連中さ」


 ルシアの言っていたとおり、ルピナスは情に深い人物らしい。


「これだけのことをされてもまだ、私を信用してくれるってんなら、話してあげるよ、あんたの望んでいるものをね」



 逆に言えば、これだけの代償を払ってようやく話を聞いてもらえる場所に立てたってわけか。

 それだけ、ウィシャートは厄介な相手なんだな。

 執拗で、ねちっこくて、嫌なヤツなんだろうな。


「それじゃ、いろいろ聞かせてもらおうか。足つぼでもしながらな」



 デイグレア・ウィシャートの実の姉。

 ルピナス・オルソーとの会談は、こうして始まった。






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