300話 大キャラバン隊が行く! 午後の部&二日目 -4-

 三十五区の大通り近くの広場に所狭しと様々なブースが設置され、イベント会場は近隣区の領民を含めた大勢の人で賑わいをみせる。

 早朝の準備の段階から、すでに物凄い人だかりが出来ていた。

 聞けば、昨日イベントを見た者たちも、もう一度参加したいと遠路はるばるやって来たらしい。

 なんなら、四十区から三十五区までの領民がここに押しかけている状況だ。


 ……あ、訂正。

 三十四区と三十三区、二十四区の連中も来ている。


 こんな近くまで来ているのにトレーシーがエステラに会いに来ていないのは、ジネットの足つぼブースがあるおかげかもな。


「「「師匠ぉ~! 再戦、お願いしますっ!」」」

「あ、みなさん。どうですかぁ~? 昨日はよく眠れましたかぁ~?」

「「「はい! ここ十数年で一番の心地よい目覚めでした!」」」

「それはよかったです」


 昨日、足つぼに悶絶していた大男たちが暑苦しい熱量で詰めかけている。

 ジネットは「やっぱり、足つぼは健康にいいんですね」なんて満足そうだが――いや、『再戦』って言われてるからな?

 健康にいいマッサージは『戦』じゃないから。

 なんだろう、都合のいいところしか聞こえてないのかなぁ?


 ねぇねぇ、ジネットさん?

 なんで足つぼ関連になると『闇』が濃くなるの?


 今回は、デモンストレーション要員は必要ないかと思ったのだが――


「今日はオレが挑戦するだゼ!」


 アルヴァロがめちゃくちゃやる気になっている。

 まぁ、あと数分もすれば悲鳴を上げていることだろう。


 まぁ、いいか。そんなに待たせる必要もない。

 今回は順番待ちのドMな顧客がたくさんいるようだし、見物客も多い。

 サクサク消化してしまおう。


「ジネット。まだちょっと早いけど、今日は客が多いし、俺は夕方には帰りたい。さっさとアルヴァロを葬ってやれ」

「葬るだなんて。くすくす」


 いやいや、ジネットさん。

 それを冗談だと思っているのはあなただけですからね?

 俺だってちょっと敬語になっちゃってるしね。


「では、アルヴァロさん。こちらへどうぞ」

「あ、そういえば今日からは室内なんだっけな。じゃあお前ら、ちょっと待ってるだゼ! オレは、勝って戻ってくるだゼ!」


 なんでそんな嘘吐くのかねぇ……

 メドラ、ちゃんと指導してやらないと、有能な若手を失っちまうぞっと。



「ぅにゃぁぁぁあああああっ!」



 初めて聞くような、『に』に濁点をいくつも付けたみたいな悲鳴が個室から響いてくる。

 ネコ踏んじゃってもそんな悲鳴は出さねぇだろってくらいの絶叫だった。


「…………オレ、調子に乗ってただゼ……もっと、修行、頑張るだゼ……」


 アルヴァロが鼻から下をネコ化させて、耳をぺたーんと寝かせて個室から出てきた。ドアのそばで膝を抱いて、まるくなってしくしく泣いている。

 なんだ、お前のそのへこみ方は!?

 わざとか!?

 ほらみろ、狙ったかのように女子たちにグッサグサ刺さってんじゃねぇか!

「やだ、あの子可愛い~」とか言われてんじゃねぇか!

 ズルいぞ、お前!

 もともとショタ心をくすぐりそうな少年顔のくせに、泣く時は獣化するとか! 剣道の試合で拳銃使うくらい卑怯だろ、それ!


「ママ、マグダ、軍師に続いて、オレが越えなければいけない人が出来ただゼ……その日まで、姉さんの身はオレが守るだゼ!」


 おぉ、なんか物凄ぇ頼もしいボディーガードが誕生したな、ジネット。

 そいつに餌付けしてみろ。絶対忠実な騎士になってくれるから。

 しかも、マグダ情報によれば、アルヴァロは恋愛とかさっぱりなタイプらしいし、うんうん、戦いと狩りに夢中なお子様なんだな。

 よし、ジネットの護衛を許可する。

 今回個室だからちょっと心配だったんだ。しっかり守れよ。


 あと、お前が手を出そうものなら……メドラとマグダをけしかけるからな?


「あの、アルヴァロさん、大丈夫でしたか? 飛び出していかれたので驚きました」

「あぁ、大丈夫だゼ! ちょっと、ママの拳骨に匹敵する痛さに驚いただけだゼ」


 えぇ……そんなになの?

 じゃあ、ジネット、魔獣を足つぼで倒せるじゃん。


「うふふ。大袈裟ですよ。でも、痛いのは不健康だからなんですよ。まずは、食生活を改善しましょうね」

「はい! するだゼ!」

「たまには陽だまり亭にも食べに来てくださいね」

「通うだゼ!」

「「「待て待て待てぇ~い、白トラ! 師匠の微笑みを独占しようなんざ、許されざる行為だぜ!」」」


 列に並んでいたドMガチムチメンズたちがアルヴァロの周りに詰め寄り抗議する。

 いつの間にこんなにファンを作ったんだよ、ジネット。


「うふふ。みなさん、足つぼを気に入ってくださったようで、嬉しいですね、ヤシロさん」


 いやいやいや……

 すごいなお前の目。曇りガラスでも一枚噛ませてるの? なのに世界がキラキラ輝いて見えてるんだね。

 えっと、まぁ……明日以降、マグダとロレッタにしっかり見張っておいてもらうようにしよう。


 あぁ……明日、客が増えそうだ。



 俺たちのフライング気味な足つぼでの絶叫を合図に、他のブースでも「じゃあこっちも始めるか」と営業が開始され、待ち詫びていた客が一斉になだれ込んでくる。

 やはり、人気はスイーツとファッションやメイク関連だ。


 そんな中、人混みをかき分けてこちらへ一直線に駆けてくる一行がいた。


「おぉ~い! ヤ~シロ~!」


 光を反射させる紫の長い髪を揺らし、デリアが駆けてくる。

 その後ろには、デリアよりもデカい大男がついてきている。

 短く刈り込まれた茶色い髪の中から、白くもこもこした耳が覗いている。

 クマ人族……いや、キツネ人族か?

 獣特徴が薄めな大男は少し不安そうに、先行するデリアの背中に見守るような視線を注いでいる。


「紹介するぞ。これがあたいのアンチャンだ!」

「あ、初めまして、だな。あんたがヤシロさんか。デリアが世話になっているようで、ありがとうな」


 シロ耳の大男は、耳と同じ色の白い眉毛とアゴヒゲを生やしており、彫りが深くてたくましそうに見える。

 そんなたくましい顔を不安げに歪ませて優しげな笑みをこちらに向けてきた。

 なんというか、クラスで恐れられてるヤンチャな男が、妹には弱い――みたいな雰囲気だな。

 デリアは『アンチャン』と呼んでいるが、本当の兄妹ではない。デリアは一人娘だしな。


「オレは、タイタ・オルソー。デリアの兄貴じゃなくて――」

「聞いてる。デリアの親父さんの弟子なんだって?」

「あぁ。親方には死ぬほど世話んなった。恩人なんて言葉じゃ足りない。オレの細胞のすべてが、親方の意志を引き継いでるんだ」


 すげぇ心酔ぶりだ。


「だからこそ悔やまれる。なんで親方があんな最底辺の区でくすぶって、あんな若さで――っ!」


 バチコーン! と、手のひらに拳を打ち付けて恐ろしい音を鳴らすタイタ。

 ……うん、悪気はないはずなんだ。はず、なんだが……最底辺って。


「ヤシロ。アンチャンは弟子じゃないぞ。一番弟子なんだ! あたいより強いんだぜ! な、アンチャン!」

「おぅ! 今でもデリアには負けねぇぞ!」

「じゃあ、手合わせするか!?」

「おう! 来い!」

「「やるならよそでやれ!」」


 デリア×2のパワーで暴れられたら、ここら辺一帯が更地になるわ!

 と、二人を止めようとした言葉は、俺とは違う女性の声と綺麗にかぶった。


 声を上げたのは、デリアに似た鮮やかなパープルの髪をした、美しい女性。

 年齢はそれなりに重ねているが、その時間の積み重ねが老化としてではなく熟成という感じで美しさに深みを出している――そんなことを思わせる美女だった。

 野性味溢れる力強い眼光と、ただ立っているだけで圧倒されるほどの気品を併せ持つ不思議な魅力を纏っている。


 この人が――ルピナス。


「あんた。デリア」


 張り上げた先ほどの声とは違い、静かな、それでいて鼓膜にはっきりと伝わる声でルピナスが二人の名を呼び――


「ふんぬっ!」


 ゴッ! ガッ! と、二人の脳天に拳骨を一発ずつ喰らわせた。




「周りの迷惑考えろって、なんべん言わせりゃ気が済むんじゃい!? 学習せぃ!」




 その怒号は、周りに居た関係ない者たちにまで『気をつけ』を強要するくらいに迫力満点で、かくいう俺も思わず「ぴしー!」っと気をつけしてしまった。


 っていうか、身長差をカバーするためなんだろうが……めっちゃ飛んだよな、今、あの貴婦人!?



 これが、ルピナス・オルソー――旧姓、ルピナス・ウィシャートとの出会いだった。






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