300話 大キャラバン隊が行く! 午後の部&二日目 -3-

 さぁ、細工は流々。

 あとは仕上げを御覧じろ――と、さっさと眠りにつくはずだったのだが。


「起きろ、カタクチイワシ」

「せめて『起きてるか』と聞いてほしかったよ」


 ルシアが、俺の寝室に侵入してきやがった。

 気心が知れた面子しかいないとはいえ、ハビエルやリカルドなんかも泊まっている館で、夜中に男の部屋に忍び込んでくるんじゃねぇよ。

 お前はそういうの人一倍敏感に防いでいかなきゃいけない立場だろうに。


「随分大胆な夜這いだな」

「ふん。寝言は寝てから言え」

「じゃ、おやすみ」

「寝るな!」

「どっちだよ!?」


 眠いんだよ、こっちは。

 一日中歩き続けて、働き続けてたんだからな。


 まぁ、こんな夜中にわざわざ人目を忍んで会いに来たということは、何か伝えたいことがあるってことなんだろうけれど。


「ウィシャートの件で何か情報でも掴んだのか?」

「いや、特にはないな」

「じゃあ、何しに来たんだよ!?」

「眠れないので恋バナでもしようかとな」

「修学旅行か!?」


 修学旅行がどんな言葉に翻訳されたのか知らんが、ルシアは笑ってベッドのそばまでやって来た。

 残念ながら、桃色な雰囲気など微塵も感じさせない空気で、な。


「足つぼというのは、大層気持ちがいいらしいな」

「あぁ。明日、ジネットにやってもらうといい」

「ハビエルが泣いたと聞いているぞ」


 ちっ!

 誰だ、情報を漏洩しやがったヤツは!?

 ルシアが泣き叫ぶところが見られたかもしれないのに!


「貴様はうまいらしいな、カタクチイワシ」

「痛くも出来るぞ。泣かしてやろうか?」

「そうすれば、給仕と衛兵がここに駆けつけるだろうな。不本意ながら、三十五区の領主として迎え入れることになるぞ」


 そう思うなら、不用意な行動は控えろと言いたい。言い聞かせたい。


「日頃の感謝を込めて私を労える、そんな機会を貴様にくれてやろう」

「素直に『興味があるからやってください』と言えんのか、お前は」

「ほれ、無駄口を叩いていないで、早くするのだ」


 ……ったくもう。


 足つぼをやるまで絶対帰らないと踏んで、俺はベッドから這い出す。

 ……ちっ。寝間着を見てもうろたえる素振りすら見せやがらねぇ。立場上、そういう隙は見せないように訓練されてるんだろうな。


 椅子に腰かけ、こちらへ向かって足を差し出すルシア。

 う……、めっちゃ細くてめっちゃ長い。肌も白くて綺麗な脚だ。くるぶしからふくらはぎにかけて「べろぉ~!」って舐めたら投獄だろうか? ……極刑だろうな。


 足つぼのために、ルシアの前に片膝をついてしゃがむ。


「ふふん。こうして貴様に傅かれるのは悪くないな」

「言ってろ」


 持ち上げられたルシアの足を太ももへと乗せ、足首を回して筋を伸ばしてやる。

「お、……ほぅ」と、感心したような声を漏らすルシア。

 こうして筋を伸ばすだけでも結構気持ちいいだろ?


「足つぼは悪い部分のコリをほぐしていくんだが……残念ながら『性根』のつぼはないんだよなぁ」

「必要なかろう。そこは悪くないのでな」

「お前、もうちょっと自分のこと見つめ直せよ」

「自慢になるが、第三者からの評価も上々でな」


 口の減らないヤツだ。

 だが、それでいて結構気は遣っているようで、胃腸付近がゴッリゴリに凝っていた。

 ストレス抱えてるなぁ、こいつ。

 ここを『ぐりっ!』っとしたら、ルシアの絶叫が聞けるのだろうが……衛兵につまみ出されるのは御免だ。今日は疲れたからベッドで朝まで寝たい。


「じゃあ、始めるぞ」

「うむ」


 少々癪だが、真面目に、気持ちのいい方の足つぼをしてやる。


「ほぅ…………ん、……なかなか……」


 何か、余裕をもったコメントをしようとしていたっぽいルシアだが、徐々に口数が減り、「うん」とか「ふむ」しか言わない時間がしばらく続き、最後にはただ呼吸の音がするだけになっていった。

 結構気持ちがいいらしい。

 やっぱり、相当疲れが溜まっているようだ。腰も肩もガッチガチだ。

 何よりストレスで内臓がいじめ倒されているようだ。


 こいつも、結構骨を折ってくれてるしなぁ……


 労いの気持ちがほんのわずかだが芽生え、一層丁寧にコリをほぐしていく。

 じっくり、ゆっくり、たっぷりと――


「ぁ、そこ…………ん…………ふ……んんっ!」


 思わず大きな吐息が漏れ、その瞬間「ばっ!」っとルシアの足が引っ込んでいく。

 顔を上げれば、ルシアは両手で口を押さえ、首から上を真っ赤に染め上げていた。


「も、もうよい! ……十分だ」


 勢いよく立ち上がり、スカートの裾を払い、足早に窓辺へ向かって真っ暗な空へと視線を向ける。

 室内の明かりに照らされ、窓ガラスにはルシアの顔が映り込む。

 ガラスに映ったルシアの瞳が、ちらりとこちらに向けられる。


「……エロクチイワシ」


 お前がやれっつったんだろうが。


「ウチの給仕を数名預ける。しっかりと足つぼの技を仕込むように」

「素敵やんアベニューに行け」

「そこのマッサージ師は貴様の弟子であろう? なら、腕のいい方に教わるのが効率的というものだ」

「こっちの負担が増えるんだよ」

「教えなければ、貴様の部屋に忍び込むぞ」

「淑女が使う脅し文句じゃねぇよ、それ」


 危険なメンズならウェルカムしちゃうぞ。


 なんにせよ、足つぼは気持ちよかったらしい。

 もっとじっくり味わいたいようだ。

 ジネットに講師をやらせてみるか。被害者はルシアだけに限定されるし。うん、そうしよう。


「はぁ……。ところで」


 一呼吸のうちに、また雰囲気をがらりと変えるルシア。

 まだ若干熱の残る頬を完全無視して、きりっと表情を引き締める。


「準備は万端なようだが、うまく誘い出せるのか?」


 ナタリアからギルベルタへと情報は伝達され、ルシアにも作戦は伝わっているはずだ。

 ルピナスと自然に会うために、敢えて俺をオルキオから遠ざけ、足つぼは小屋の中で行なうよう『俺以外の者からの指示』で決定された。


「受け入れ態勢が出来ていようと、肝心のルピナスが足つぼに興味を示さなければ、貴様の前には現れまい?」

「その点は大丈夫だ。ちょっと伝手があってな、そいつがきちんと連れてきてくれるはずだ」

「ほぅ? それは私の耳には届いておらぬな。確かなのであろうな?」

「あぁ。ルピナスの旦那が、ちょうどいいポジションの人間だったんでな」


 調べてみたら、なんとビックリ、四十二区に縁の深い人物だったのだ。

 なので、打ってつけの特使を送っている。明日には、きちんと連れ出してきてくれるだろう。


「そうか。なら、よい」


 ルシアも心配性だな。

 それが気になって、わざわざ夜中にこんなところまで出向いたのか。


「会うだけ会って、情報が得られればラッキー。なきゃないで、別の手を考えるからそれでもいい。そんな軽い気持ちでいるから、そう心配すんな」

「ふん、心配などしておらぬ」


 いつもの強気な表情がこちらを向いて、――らしからぬ柔らかい笑みを浮かべる。


「貴様なら、どうせうまくやるだろうからな」


 ……他区の領主に変な期待を背負い込まされるのは不本意なんだがな。


「うまく丸め込むのだぞ。なんなら、たらし込むでもよいぞ、得意だろう?」

「誰が……。人のもんには手を出さない主義でな」


 人妻は倫理的にアウトだし、……その人の旦那さんは、俺の情報が確かなら相当ヤバい人物だ。

 逆鱗に触れれば――洗われ・・・かねん。くわばらくわばら。


「何度か会ったことがあるが竹を割ったような気持ちのいい人間だぞ、彼女は」

「俺も、似たような情報を得てるよ。もっとも、情報提供者はルピナスの素性をまったく知らなかったみたいだけどな」


「えっ!? オッカサンって、貴族だったのか!?」って驚いてたな。


「ルピナスが、デイグレアに取って代わって三十区領主になってくれれば、こちらとしては理想的なのだが……彼女はダメだな。領主の器ではない」

「素行に問題でもあるのか?」

「いや。身内びいきが過ぎるのだ。オルキオの廃嫡の影響もあるのだろうが、家族を捨てるという行為に嫌悪感……憎悪と言ってもいいくらいの感情を持っておってな。そのせいか、家族に注ぐ愛情がいささか重いのだ。娘は苦労しておるだろうな」


 苦笑するルシア。

 愛情の重い母親か……確かに大変そうだ。


「故に、ルピナスは領主には向かぬ。おそらく領民よりも家族優先になってしまうだろうからな。それでは街は回らぬ」


 資質ってのは、割と重要だったりするからな。


「そういう意味では、オルキオの方が領主に向いておるかもしれんな」

「オルキオが?」

「うむ。自己の殺し方も知っておるし、駆け引きもうまい。何より――ゆずれないものを一つ、しっかりと持っておる。そういう人間は、いざという時に強さを見せつける。まぁ、年齢が年齢ゆえに、今から領主になるのは無理だろうがな」


 惜しい人材だと、ルシアは言った。

 オルキオって、貴族的には評価が高いんだな。

 だから、ウィシャート家も娘の教師役に選んだのかもしれないな。


 ただ、オルキオはゆずれないものを絶対にゆずらない性格ゆえに、実家と摩擦を起こしてしまったけれど。

 領主に向いていると言っても、あくまで『ルピナスよりかは』って一文が頭に付くのだろう。


 そう考えると、エステラはよくやってるよな。


「大変なんだな、領主って」

「あぁ。代わってやろうか?」

「いらんわ」


 誰がそんな面倒ごとを好き好んで抱え込むかっての。


「私が知る中で、一番領主に向いているのは貴様なのだがな」

「領主権限で、上半身裸ん坊政策を推し進める所存だが?」

「はっはっはっ! 残念だったな、三日で打ち首か。貴様らしい最期だ」


 領主クビどころか、クビ跳ねられちゃうのかよ。

 恐ろしいな、領主ってのは。絶対ならねぇ。


「まぁ、しっかりやれ」

「おぅ。お前もな」


 立ち上がり、ドアへ向かいかけたルシアがこちらを振り返る。


「『お前もな』? 私に何を頑張れというのだ」


 分かっていないルシアに、親切な人の仮面をかぶって教えてやる。

 ドアの向こうを指さして。


「怖ぁ~い給仕長からの、お・仕・置・き☆」

「守ってほしい思う、節度を、ルシア様には」


 ドアの向こうに、ギルベルタが立っていた。

 ルシアをしっかりと拘束するための荒縄を持って。


「待て、ギルベルタ!? これは違う! 誤解だ、ギルベルタァー!」


 深夜、館中に響くルシアの声を子守唄に、俺は朝までぐっすりと眠った。






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