300話 大キャラバン隊が行く! 午後の部&二日目 -2-
三十五区に着く頃には、空はすっかり真っ暗だった。
「長旅お疲れ様です! みなさんのために足湯を用意しておきました。どうぞ、ゆっくりと疲れを癒やしてください」
三十五区の大工たちが協力して巨大な足湯を作ってくれたらしい。
水の重さに耐えられるように、いくつかに分かれてはいるが、これだけデカけりゃ全員で足湯を堪能できるだろう。
「ようこそ。歓迎するぞ、カタクチイワシ以外の諸君!」
「あ、ごめん、お湯跳ねちった」
「ぅお!? 貴様! お出迎え用のちょっと高級なドレスが濡れたではないか!」
わざわざ俺の前まで来て俺だけを除外するからだ。
そんなに構ってほしいのか、お前は。
今回はさすがに領主の館というわけにはいかず、宿泊施設が多く軒を連ねる区画に程近い広場を貸してもらっている。
キャラバンの馬車は今日から一晩ここに置いておく。
狩猟ギルドのメンバーが寝ずの番で見張ってくれることになっている。
「ふむ。ミズ・ロッセルは必ず来ると思っていたのだがな」
「メドラなら、港の警護をしてくれてるよ」
「ヤシロのお願いじゃ、断れないもんね」
横からエステラが口を挟んでくる。
今回のキャラバン隊に同行するつもりでいたメドラだが、……メドラと一緒に外泊とかちょっと怖過ぎたので、うまいこと四十二区に縛りつけておいた。
「俺やエステラがいない間にウィシャートが港を強奪、または破壊しに来ないとも言い切れない。こちらの面子を潰すためなら、ヤツは何をしでかすか分からない。すごく危険なお願いになるが、メドラ、俺たちのいない四十二区を託せるのはお前しかいないんだ!」――てな。
「そうしたら、メドラさん、泣きながら二つ返事でOKしてくれてさぁ……ヤシロ、女性を泣かせるのは罪だよ? きちんとお礼をしておくようにね」
「四十二区も港の工事もお前の管轄だろうが。お前が好きなだけ労っとけよ」
俺はただ、自分の身の安全を守っただけだ。
文句を言われる筋合いも、クレームを受ける謂れもない。
メドラが同行しない代わりに、キャラバンにはアルヴァロとグスターブが同行している。
街の中ではそうそう目立ったことも出来ないだろうが……暗殺とか怖いからな。ちゃんと見張っててもらわないと。
「領主とギルド長家族は我が館に宿泊してもらうとして、他の者たちはこちらが用意した宿に分かれて宿泊してもらうことになる。各宿には、持てる力のすべてを出して誠心誠意もてなすよう言付けてある。どうか、長旅の疲れをゆっくりと癒してほしい」
「ありがとうございます、ルシアさん。皆を代表して感謝を申し上げます」
「よい。当然のことをしたまでだ」
「感謝の、ダイレクトパスやー!」
「むはぁあ! ハム摩呂たんからのプロポーズ、きたぁ!」
「違うですよ、ルシアさん!?」
「おい、いいのか? お前のとこの大工たちがドン引きしてるぞ?」
ハム摩呂からの感謝に、痴態MAXなルシア。
普段三十五区ではそんな姿を見せていないんだろうな、足湯を作ってくれた大工たちがドン引きしている。
お前らは知らないかもしれないけどな、アレがルシアの本性なんだぞ。
もしかしたら、素の自分を晒すことで領民との間の溝を埋めようとし始めているのかもしれないが……それにしても最初から飛ばし過ぎだ。それじゃ、溝が埋まる前に高い壁が出来ちまうっつーの。
「エステラに憧れてんじゃないか、ルシアのヤツ?」
「領民との関係については、よく言われてるよ。『どうすればそこまでフレンドリーになれるのだ?』ってね」
「ですので私が『乳ない弄りの賜物です』とお教えしたら、エステラ様にめっちゃ叱られました。理不尽な主に辟易です」
「辟易はこっちのセリフだよ、ナタリア!?」
まぁ、確かに。
ここ最近ではご近所のおば様や幼い女の子たちにさえ「今日も体操お疲れ様」とか「おおきくなるといいねー」とか言われてるらしいしな。
ただ、不思議と男子に弄られているという話を聞かない。
……あぁ、そうか。ナタリアがそばで睨みを利かせてるからか。男でそんなことをすれば、もれなくナタリアからキツイお仕置きが課される。――俺以外は。
なんだろう、この特別扱い?
素直に喜んでいいものなのか?
「おい、オオバ。なんかいい匂いがするが、これは何の匂いだ?」
なんでか俺の隣にいるリカルドがまるで知人かのように気楽な感じで話しかけてくる。
やめてくれる? 知り合いだと思われるから。
「ゼラニウムだよ」
「聞いたことねぇな。でも香りはいいな」
「香りだけじゃねぇぞ。ゼラニウムは皮脂調整作用があるからスキンケアによく使われるんだ。あと、抗菌や止血剤として使われることもあるな。香りにはリラックス効果が望めるから、ポプリにして枕元に置いておくとぐっすり眠れるかもしれない。……ただ、残念ながら豊胸作用はない」
「その情報必要ないよね!?」
リカルドと反対隣のエステラから文句が入る。
……なんで俺、領主に挟まれてるの?
「お前は花なんかにも詳しいんだな。生花ギルドに惚れている女でもいるのか?」
「三つ聞きたいんだが、お前はなんでそうデリカシーないの? なんでそんなにガサツなの? で、なんで俺の隣にいるの?」
今回は四十一区の連中も大勢来てるんだからそっちに行けよ!
素敵やんアベニューの状況とか、今回のイベントの感触とか課題とか発見とか、いろいろ話を聞くいい機会だろうが!
「ふふ、カタクチイワシよ。貴様はいつも領主に囲まれているな? 権力者に名を連ねるつもりにでもなったのか?」
「こいつらが勝手に寄ってくるだけだよ」
そんな寝言をほざくルシアを含めて、左右と前方を領主に囲まれている。
背後にはナタリアとギルベルタ。
えぇい、息苦しい! 圧がすごいんだよ、お前らは。
「ナタリアは足湯に入らなくて平気なのか?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、今は警戒を怠るわけにはまいりませんので」
まぁ、怪しいヤツもいたしな。
「なんだ? 両隣に女を侍らせていないと不満なのか、カタクチイワシ? ギルベルタは貸さぬぞ」
「んなこと言ってねぇだろうが」
「顔に書いてあるぞ」
「え、マジか? エステラ、俺の顔に『リカルド暑苦しい、もうちょっと向こう行けばいいのに』って書いてあるか?」
「うん、書いてあるね」
「話変わってんだろうが!? ったく、これでいいかよ」
冗談なのに、ちょこっと距離を空けるリカルド。
そのちょこっと空いた隙間に、ルシアが割り込んできやがった。
狭ぇよ!?
「どうだ? 嬉しいだろう?」
「そうだな、ここが足湯じゃなく混浴風呂だったら喜びの舞でも踊ってやるよ」
「裸でか? それは見苦しいな」
楽しそうに笑い、ルシアはギルベルタに靴を脱がせてもらっている。
マジで入るつもりかよ……三十五区の大工があわあわしてるぞ? いいのか?
「……で、どうだった?」
靴を脱ぎながら、小さく、それでいてとても鋭い声でルシアが言う。
あぁ、そうかい。それが目的だったわけか。
「……いたな。少なくとも、情報紙の関係者が一人」
「では、もう一人や二人は潜り込んでいるであろうな、ウィシャートの子飼いが」
「だろうな」
「手は打ってるのか?」
「まぁな」
「なら、よい」
ひとしきり情報を聞き出し、ルシアが何事もなかったかのように湯に足を浸ける。
「あぁーごくらくごくらく!」
「オッサンか!? 声、太っ!?」
あ~ぁ、三十五区の大工が白目剥いてらぁ。
「そうそう。ジネぷーよ」
「はぁ~い!」
ジネットは、俺たちとは違う桶で、マグダやロレッタと一緒に足湯に浸かっている。
今日一日離れたところにいたから、三人で互いに甘え合っているのだろう。
陽だまり亭のブースを手伝ってくれていたハムっ子たちも一緒だ。
「シラハがな、今夜は是非とも陽だまり亭の者たちを招待したいと言っておったぞ」
「本当ですか。嬉しいです。では、みなさんでお邪魔させていただきます」
「うむ。そうすればシラハも喜ぶであろう。――ただし貴様はダメだ、カタクチイワシ!」
「なんでだよ」
ぐるんっと、こちらに般若のような顔を向けるルシア。
「あれだけの女子が宿泊する場所に、貴様のようなケダモノを放てるものか! 我が屋敷で厳重に拘束してくれる! 貴様と、ハム摩呂たんを!」
「ギルベルター! このケダモノ、厳重に拘束しといてくれるか?」
「心得た、私は。その命令を」
お前だ、危険なのは。
――と、いう体で、俺はシラハの館へ宿泊しない理由を作る。
シラハの館にはオルキオがいる。そこに俺が宿泊すれば、何かしらの情報を聞いたかもしれないとウィシャートに悟らせてしまう。
あくまで、明日ルピナスと会うのは偶然であると装う必要がある。
下手に勘繰られそうなことはことごとく潰していった方がいい。
「俺は、まぁ、しょうがないからお前の館に泊まってやるが、ハム摩呂はシラハのところに預けるぞ」
「なぜだ!? 抱っこしてはすはすくんかくんかしながら眠りたいというのに!」
「だからだよ!」
変態が正体をさらけ出し、三十五区の大工が泡を吹いて倒れたところへ、ちゃぷちゃぷ~っとのんきな波音を立ててハム摩呂が泳いできた。
「はむまろ?」
「なんで足湯に全身浸かってんだよ、お前は?」
「あったか~い!」
「そんなところに浮かんでると、踏むぞ~」
「ぅきゃ~!」
足を持ち上げてゆっくり踏みつけようとすると、ハム摩呂がするする~っと泳いで逃げていく。
エステラも面白がってハム摩呂を踏む素振りを見せる。というか、この桶にいる者みんながハム摩呂を踏もうと足を持ち上げる。が、ハム摩呂は器用に足の間を潜り抜け逃げ回る。さすがロレッタの弟。泳ぎが気持ち悪いくらいにうまい。
「うはぁあ! ハム摩呂たん! あれは捕まえたら持って帰れるのだな!?」
「そんなルールはねぇし、捕まるのはお前の方だ!」
ドレスの裾をびっしゃびしゃに濡らして足湯の桶の中を、ハム摩呂を追いかけて右往左往していたルシアが、ギルベルタに首根っこを掴まれて強制退場させられていく。
三十五区の大工たちは、ピクリとも動かなくなっていた。
今日が、ルシアのもう一つのバースディかも、しれないな。
よかったな、変態領主。
それで領民とフレンドリーになれるかどうかは、知らんけどな。
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