300話 大キャラバン隊が行く! 午後の部&二日目 -1-

 キャラバン出張イベント午前の部で、エステラが盛大に痴態をさらしたことで、ナタリアからエステラの使用にNGが出た。

 さすがにあれだけ大勢の前で、『微笑みの領主』として知名度が上がっているエステラが「あはん」だの「うふん」だの色っぽい吐息をまき散らすのはマズいと判断されたようだ。

 ナタリアは、エステラの将来と、クレアモナ家の未来が不安になってしまったのだ。


「ただでさえ乳がないというハンデを背負っているのに」と。


「誰の乳がハンデか!?」

「乳なき娘」

「よぉし、ケンカだ! 今日こそその主を主とも思わない性根を叩き直してやる!」


 とかなんとか、賑やかにじゃれ合っていた。


 というわけで、午後の部では別の美女にデモンストレーションをお願いすることになった。


「……なんか、妙に視線が刺さるさねぇ」


 すらりと美しいノーマの足が湯を張った桶から持ち上げられると、その場にいたオッサンどもの視線が一点に集中した。

 視線をはっきりと感じるレベルのガン見が辺り一帯から注がれる。


「まったく……しょうがない生き物さねぇ、男ってのは」


 それを、照れるでなく、かといって安っぽく見せつけるでもなく、なんとも妖艶にあしらうノーマ。

 すげぇな、男のあしらい方が大ベテランじゃないか。彼氏いたこともないのに。


「ヤシロ、……痛くしたら、お仕置きさよ」


 う~む。

 それはそれで楽しみなような……

 まぁ、こっちは『気持ちいい足つぼ』をアピールするチームだからな。

 オモシロリアクション部門は、泣きが入ってリタイアしたリカルドに代わり、キャラバンの護衛に駆り出されていたグスターブに任されている。


「イーターイー! もーおーやーめーてーくーだーさぁぁーい!」


 甲高い声が、今日はさらに1オクターブ高くなっている。

 薄いガラスなら超音波で割れそうだ。


「ひゃはっぁああああ!? ぴきゃぁぁあああ!」


 生まれたてのプテラノドンみたいな声だな、あいつ。


 ただ、悲しいかな、オッサンどもの視線は絶妙なS字のラインを見せつけるように椅子に腰掛けるノーマに釘付けだけれど。


「じゃあ、ノーマ。軽めで行くぞ」


 確認を取って、優しく足つぼを開始する。

 軽くこりをほぐして――


「ぁ…………んん。気持ちいいさね」


 ぐっすり眠れるように、腸関連のつぼを押して――


「そっ……こ、は…………ちょっと、痛い……さね……っ!」


 そして、最も疲労が溜まっているであろう、肩、首、眼精疲労のつぼをじっくりと丹念に揉み上げる。


「んんっ……くっ…………くふぅ……んっ」

「「「ノクタァァァァアーーン!」」」


 今ここに存在するすべてのメンズの心が一つになった。

 言葉の意味はよく分からんが、なんとなくそう叫びたくなる瞬間だった。




 ――みたいなことがあり、俺はエステラとナタリアに呼び出しを喰らった。


「風紀が乱れる」


 お叱りを受ける俺。

 俺はまっとうに足つぼをしているだけなのに。


 叱られる俺を見つめる瞳は、「まぁ、仕方ないよなぁ」みたいな同情が四割。「大丈夫、それでもオレたちはお前の味方だぞ!」みたいな熱い視線が六割くらいか。


 一通り足つぼを終えた後だったので、俺のマッサージを受けた女性たちも「あんな卑猥なの、許せないわ!」みたいなことは言わなかった。

 ちょっと我慢できずに声を漏らして赤面してしまった女性客もいたしな。

 一応、俺に悪意がないことは、この場にいる者たちには伝わっているだろう。


 だから、叱られているとは言っても、非難されているのではなく、何か対策が必要だと言われている、そう見えているだろう。


「まぁ、足つぼをされると、思わず声が出ちゃう気持ちは分かるけどね」

「「「ですよね!」」」

「いや、君たちのは声が出るっていうか、悲鳴を上げてただけだから、ジャンルが違うよ……」


 エステラの言葉に全力の同意を示したのは、ジネットの手によって人生で初めて級の激痛を味わわされた男たちだ。

 筋肉ムキムキのマッチョメンが目尻に涙の粒を浮かべている様はなかなかにシュールだった。


「冷え性や便秘に悩んでいる女性は多いからね、足つぼは是非やってもらいたいところだけれど、こんな大勢のいる前で艶っぽい吐息を聞かれるのは恥ずかしいんじゃないかな?」

「いや、俺はめっちゃ楽しいけど?」

「君みたいな男がいるから恥ずかしいんだよ、女子は!」

「「「オレたちも全然ウェルカムです!」」」

「ごめん、他区の領民でおそらくほとんどの人が今日初対面だけど――うるさいよ、エロスの塊!」

「「「ぃやっふ~い!」」」


 エステラに罵られてオッサンたちのボルテージが最高潮だ。

 ……四十二区より酷いな、このオッサンどもの病気は。


「ヤシロ様、エステラ様。一つ、提案させていただいてよろしいでしょうか?」


 ナタリアが静かに観衆の前に進み出る。

 前に出てきたメイド姿の美しい女性に、男女問わず視線が集まる。


「ぁ……はぁ~ん」


 視線を独占したところで、S字の『しな』を作って艶っぽい吐息を漏らすナタリア。

 男が数名、直撃を喰らって地面に倒れ込んだ。


「簡易的な小屋を作って、外部から見えないようにしてはいかがでしょうか?」

「じゃあ真っ先に君を閉じ込めるよ、その簡易的な小屋にね!」


 この中で一番害があるのは、間違いなくこいつだからな。

 レジーナがいないと際立つなぁ、こいつの暴走ぶりは。


「ウーマロさんもいますし、デモンストレーションは表でやって、お客様の時は個室の中ということにすれば女性でも体験しやすいのではないでしょうか?」

「そうだね。足つぼはもっと広めたいし、一人でも多くの人に体験してほしいんだよね」

「まぁ確かに、子連れや旦那連れだと、艶っぽい声が出ちまうってのは困るか」


 俺が冗談めかして言うと、何人かの奥様が「うんうん!」と頷いていた。

 あの奥様たちは、やってみたいけれど恥ずかしいから今回は見送った連中なのだろう。


「じゃあ、明日は小屋を作ってもらって、その中でやるか」

「その方がよいでしょう」

「じゃあ、今回やってみたかったけど遠慮しちゃったみんなは、是非クーポン券を使って体験してみてね。この『リボーン』を買うと、足つぼが一回無料で受けられるクーポン券の他に、いろいろな割引が受けられるお得なクーポン券がついてるからさ」


 テレビショッピングよろしく、手に『リボーン』を持ってにっこりと売り込むエステラ。


「この商売上手め」

「そのためにここまで来たんだからね」


 そんな俺たちの会話を聞いて、その場にいた者たちが笑う。

 そして、興味を示した者たちが『リボーン』を購入していく。

 おぉ、すげぇ! 飛ぶように売れていく!


「すごい売れ行きですね」


『リボーン』を買う列を捌いていると、口周りがもこっとした毛に覆われている小柄な女性がそんなことを言ってきた。


「おかげさまでな」


 そう返事をすると、小柄な女性は何も言わず、小さく頭を下げて俺の前から離れていった。


「三部もらえるか? 職場のヤツらの土産にするんだ」

「お、もしかして三十八区から?」

「三十九区だよ。午前も見に来たんだぜ」

「そうか。楽しんでってくれよ」

「おう!」


 ――と、そんな会話をしながら、俺はずっと視界の端に先ほどの小柄な女性を捉えていた。


 やっぱり来てたか。


 あの小柄な女性は客じゃない。

 客なら「売れ行き」なんてもんは気にしない。

 言うとしてもせいぜい「すごい人気ですね」くらいだ。

 商品が売れている様を見て利益に思考が飛んでいくのは同業者――その中でも敵対関係、ライバル関係にあるヤツである可能性が極めて高い。

 自分と相手を常に比較している証拠だ。


 そして、俺が「おかげさまで」と言った時の、あの眼。

 あれはどう見ても好意的なものではなかった。


 あの女。

 情報紙発行会の関係者か……ウィシャートの寄越した諜報員か。


 どっちにせよ、こちらの情報は向こうに伝わるのだろう。

 しっかり伝えておけよ、「領主がうっかり色っぽい吐息を漏らしたせいで、三十五区では小屋を作ることになった」ってな。



 エステラが色っぽかったのは計算外だったが、もともとここでのデモンストレーションにはノーマを使うつもりでいた。

 ノーマにもその旨を説明してある。

 だから、今回は必要以上に色っぽくしてもらったのだ。足湯からずっとな。


 そうして、領主とナタリアから注意を受け、上からの命令で簡易的な小屋を作ることを義務づけられる。

 そんな流れだったのだ。




 これで、目隠しを作れる。




 ウィシャートの諜報員が見ている前で堂々と、ルピナスと内緒話をするための目隠しがな。






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