299話 大キャラバン隊が行く! 午前の部 -4-
出発前に、俺たちはそれぞれの『隊』を体験していた。
営業の練習という名目で、それぞれの隊ごとに、他の隊の連中を客と見立てて接客を実戦してみたのだ。
ムム婆さんのしみ抜き実演は、当たり前ながらすべて手作業なのだが、すごい技術だった。
スチームも化学洗剤も無しで、よくあそこまでしみが落とせるものだ。
これはもう、長年かけて身に付けた技術と言うほかないな。
ゼルマルも帯同し、移動中や販売中に破損した家具や道具の修繕を行うことになっている。
どうせならと、壊れた道具の修繕を実演して見せることにしてある。
職人の技術は眺めているだけで楽しい。
それから、美容隊。
ウクリネス、イメルダ、マーゥルから厳しい指導を受けたメイクアップアーティストたちの実演は、見た目の華やかさとは裏腹に、うっすらと寒くなるような厳しさが垣間見えた。
女子の「可愛い」って、こういう人たちの血と汗の結晶なんだなぁ。
「マーゥル様。このメイクでいかがでしょうか!?」
「そうね、よく似合っていると思うわ――その方にはね」
「そうですわね。でも、女性は千差万別、同じ人など二人といませんわ。『その人』を一番輝かせるメイク、ヘアスタイル、ファッションをその場で見抜き、瞬時に提供できなければキャラバンでの成功はありませんわ!」
「そうねぇ、あなたはちょ~っと時間がかかり過ぎですねぇ。じゃあ、次は年齢も雰囲気もガラッと違う、この方を変身させてみましょうか」
「は、はい!」
マーゥルだけでなく、イメルダもウクリネスも、なっかなか及第点を出しゃしない。
見てて気の毒になったよ。
ただ、その甲斐あってか、美容隊のメンバーは物凄くグレードアップしてたけどな。
素敵やんアベニューの名付けの際に、とんでもない厚化粧で陽だまり亭に乗り込んできていた彼女らと同レベルの者たちだったとは、とても思えない。
あの厚化粧隊の内の一人も、美容隊の中にいてすげぇ叩き上げられてたな。
今では、メイクしていないように見えてバッチリ印象アップなナチュラルメイクの名手と言われるまでになっている。
……イメルダ先生たちの前では、怖くてそんな二つ名名乗れないようだけれど。
仲間内でな。こっそりとな。それくらいいいじゃん。な?
「……マグダは何を着ても可愛いから、難易度は低め」
「そんなことないわ、マグダちゃん」
「そうですわ。何を着ても似合う人こそ、メイクを施す者の腕が問われますのよ?」
「自分のセンス、個性、才能、そのすべてをかけてオンリーワンでナンバーワンの『可愛い』を表現したいものなんですよ」
なんか、あの三人は似たような美意識を持っているのだろうか。
お料理隊では、パウラやオシナ、ポンペーオなんかが自慢の腕を振るっていた。
陽だまり亭チームは、ロレッタ率いるヒューイットシスターズが大活躍だった。
お~、ついに陽だまり亭がハムっ子に占領された。
「……あら、ブースに埃が……ふっ」
「マグダっちょ、小姑みたいなことやめてです!? ちゃんとマグダっちょの場所あるですから! モデルしてない時は是非助けに戻ってきてです!」
「……そういうことなら。まったく、ロレッタは、世話の焼ける娘……ふふ」
ウクリネスとイメルダからの熱烈な推薦でマグダは美容隊のメンバーになっているが、やっぱり陽だまり亭が一番なんだな。
我らが店長さんは「キャラバンではクレープのみですし、ここはロレッタさんにお任せしましょう」って、足つぼに夢中なのにな。
――というか、マグダが代理店長をやることは度々あったが、ロレッタが代表者になるのはそうそうないもんな。
そばに居られて、それでいて店を任せられる機会があれば、経験させてやりたいと思うのが店長だよな。
本当に、いつかあいつらが巣立つ時が来るんだろうなぁ。
全然想像できないけど。
そして、我らが健康隊。
「さぁ、気持ちいい足つぼですよ~! みなさん、是非寄っていってくださ~い!」
にっこり笑うジネットの周りに、ぽっかりと大きな空間が空いていた。
……そりゃまぁ、四十二区でジネットの足つぼはもう有名だしな。
つい先日、「木こりギルドの総大将ハビエル敗北!」ってニュースが出回ったところだし。
「あの、みなさ~ん! 足つぼ、気持ちいいですよ~!」
結局、練習の時は客が来なくて、俺が被験者を買って出たんだけどな。
――と、そんな練習があったので、俺たちは各ブースがどんな感じなのかを把握している。
自分のブースを持ちながら他のブースを見て回るのは不可能だからな。
なにせブースが多い。スペースが広い。見物客も含めると人が多い。
ブース間を行き来するだけでも大変だ。
そんなことを考えていると、ごった返す人混みをかき分けて、ヒューイット姉弟の次女が俺たちのブースへやって来た。
「店長さ~ん、救助要請~!」
「どうしました? 消化不良で寝付きが悪いんですか?」
「違うぞ、ジネット。次女は足つぼをしに来たわけじゃない。陽だまり亭の助っ人要請だろう」
「そうなんですか?」
「うん。フルーツがとにかく足りなくて、行商ギルドさんが買い足しに言ったんだけど、この広場が混雑し過ぎて荷車が通れなくて、すごく到着が遅くなって、お姉ちゃんと三女だけじゃもう無理ぽーなの!」
フルーツを綺麗に切れそうなのはロレッタと次女三女くらいか。
あとは売り子とレジは出来るけれど――って妹たちだな。
「じゃあ、ジネット行ってやってくれ。お前が行けば、三十人分くらい一分で終わる」
「さすがにそこまでの速さは……」
いやいや、ジネットならやりかねん。
陽だまり亭懐石~彩り~の大量生産で包丁技術がレベルアップしてそうだし。
「でも、わたしが抜けて大丈夫ですか?」
「「「大丈夫です! もっと訓練して、いずれリベンジさせてくだされば、それで!」」」
うん。
今のレベルじゃ歯が立たないもんな。
けど、きっとしばらくこの街では「お前、あの方の足つぼ受けたか?」「え、お前受けてないの!? 損したなぁ! アレを一度味わうと……魔獣の攻撃が子猫にじゃれつかれてるレベルに感じられるんだぞ?」みたいな噂話で持ちきりになるのだろう。
面白おかしく尾ひれを付けて語られるか、「俺は受けたぜ!」って武勇伝として語られるか。
とにかく、これで「足つぼの本場は陽だまり亭」というイメージが付いただろう。
……それはそれでどうなんだろうな?
いつの日か――
ゴロつきや悪代官が悪行の限りを尽くしてこの世の春を謳歌していると、どこからともなく『足つぼチェア』が登場してさ。
悪代官「あ、あなたは、まさか!?」
ジネット「押しちゃいますよ☆」
悪代官&ゴロつき~ズ「「「「ひらにご容赦を~!」」」」
――なんて、ひれ伏す未来が来たりしてな。ははっ。
「あ~、しかし、本当にちょっと頭がぼ~っとするな。嫌な感じはしないんだけど」
椅子の数は少ないので、あぶれて地べたに座る者が数名いる。
本人たちは気にしていないようだが、午後の部では何かしら対策が必要だな。
で、地べたに座っている男が頭を左右へと揺らして首の筋を伸ばしている。
血流がよくなると、一時的に血圧が下がる。
血圧が急に下がると貧血のような症状に襲われめまいが起こる。
めまいや血圧の低下は体にほんのりとしたダルさをもたらす。
こればっかりは休憩する以外の治療法はない。
大丈夫。悪いものではないから。少し休めば回復する。
でも、それまでは暇だよな?
じゃあ――
「休憩中に楽しめる、こんな雑誌はいかがかな?」
お値段ちょっと上がりまして20Rbとなりましたけれども、それを損だと感じさせないくらいに内容量が「ぎゅぎゅぎゅむ~!」っとアップした『リボーンvol2』だ。
「20Rbだが、この雑誌に付いているクーポン券の総額は1000Rbだ。断然お得で、さらに面白い記事も目白押し。買わない手はないだろ?」
ぱらぱらっと中身を見せてやれば、その内容の充実ぶりに男も女も興味を示す。
「なになに……『高貴な女性を誘い出す、スタイリッシュなデートの誘い方10選』!?」
スタイリッシュゼノビオスの記事だ。
一読すれば「あ、それスタイリッシュかも!」って思えるような、バブル期ジャパンを彷彿とさせるようなロマンチックでエレガントな演出やデートプランなんかが記されている。
いわば、モテ男になるためのハウトゥ本みたいなものだ。
無骨で硬派そうな男連中がその記事に食いつく。
あんま、女慣れしてそうにないもんな。学びなさい、学びなさい。
ただ、悲しいかな……
ゼノビオス、そのスタイリッシュな誘い方で一回もイメルダを誘えてないんだよなぁ。百回誘って百一回断られてるような状況だしな。
ま、言わぬが花、知らぬが仏だ。
そして、女子たちに刺さったのはウクリネスのファッション提案第二弾と、ミリィに聞いた話をまとめた『お部屋に小さな花園を作るフラワーアレンジメント』の記事だ。
日本では当たり前だった、観葉植物や寄せ植えなど、部屋に置いてそれを楽しむ方法や簡単な手入れの仕方、しおれてきた後からでも間に合うポプリの作り方なんかが書かれている。
そのうち多肉植物なんかも流行らせてみるか。
「買います。20Rbなら安いわ」
「私も!」
「オレもだ!」
「オレは家族の分も買っていくぜ! このクーポンで噂の『焼肉』ってのを食いに行くんだ」
そんな感じで、『リボーンvol2~二号なのにいきなり増刊スペシャル~』は飛ぶように売れてくれたのだった。
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