295話 民よ、生まれ変われ -3-
情報誌『Re:Born』は、オシャレなランチメニューや美味い酒の特集。間もなく誕生する美を生み出す街『素敵やんアベニュー』の詳細など、盛りだくさんの情報に加えて、様々な店で使用できる割引クーポン券が付属している。
クーポン券は最大で200Rbの値引きも可能な太っ腹仕様だ!
日本円に換算して2000円引きだぞ!? すごくないか!?
しかもこのクーポン、割引分は店側の負担なのだ!
自腹で2000円引き! 誰がそんな暴挙に出たと思う?
ジネットだよ。
俺は10Rbくらいでいいって言ったんだが、「折角ヤシロさんとエステラさんが進める新しい企画ですから。微力ながらお力になりたいんです!」だとよ……
まぁ、今回のクーポンのシステム的にはアリな判断と言えなくもないが……100Rbでもよかったんじゃないかなぁ……
今回のクーポンは、特定のメニューにのみ使用できるタイプにした。
なので、何にでも使用できる金券とは異なる。
陽だまり亭で2000円分好きに食べられるってわけではない。
陽だまり亭では、その高額な値段故に滅多に注文が入らない『陽だまり亭懐石~彩り~』を選出した。
定価250Rb。
それが、クーポンを使えば50Rbで食べられるのだ。日替わり定食二食分で! ……うっ、胃が……っ!
ジネットの技術費や人件費は言うまでもなく、材料費すら回収できないっ! ……うっ、小腸が……っ!
まぁ、クーポン券は一冊に付き一種類一枚しかないからそこまで大量に注文されることはない。なので、クーポンによる割引破産なんてことにはならないだろう。
ジネットは例外だが、割引を強いられる店側にもメリットはある。
ちゃんと美味しい餌を用意してあるのだ。だから、結構食いつく店が多かった。
ジネットは例外だが!
まず、クーポン券がある店は、紹介記事が掲載される。
店までの地図や、おすすめ料理のレビュー、店員からのメッセージなどがベッコのイラストを交えて分かりやすく紹介されている。
日本で売っていたガイドマップみたいに、「あ、ここ行ってみるか」という気にさせてくれる。
クーポン券が使われなければ懐は痛まないので、無料で宣伝広告が出せることになる。
クーポン券を使われたとしても、多少の割引だ。それで新規顧客が獲得できるなら安いものだろう。クーポン券を使うってことは、店を利用するってことだしな。
一度行ったことのある店には行きやすくなる。そのメリットはデカい。
もっとも、常連がクーポン券握りしめて押し寄せてきたとしてもなんの旨みもないんだけどな。
だから、その辺空気読めよ? 分かってるよな、常連ども!
……陽だまり亭では、常連のクーポン券使用を禁止してやろうかな。
飲食店では、陽だまり亭にカンタルチカ、檸檬にラグジュアリーにオシナの店サワーブも参加している。
あとは、本店はまだオープンしていないが、四十二区ニュータウンに支店を出している美容教室なんかが参加をしている。
割引価格で一回体験してみて、気に入れば今後もよろしくねという感じだ。
ちなみに、クーポン券は偽物を防ぐための細工が施されている。
クーポン券には、複雑な模様をしたフレームが描かれている。クーポン券をぐるっと一周取り囲むように描かれたそのフレームは一見すれば草花を模したイラストに見えるが、各店舗に配布した台紙に載せれば、その草花を模したフレームと店側の台紙に描かれたフレームがピタリと合わさり、あら不思議『ホンモノ』の文字が上下左右、四辺すべてに浮かび上がるという仕様なのだ。
クーポン券だけだと文字には見えない。
そっくりな偽物を作ろうが、ピタリと一致することはまずないだろう。
そして、この情報誌はベッコがせっせと木を削って作成した木版画で出来ている。
顔料はベッコとレジーナの合作で、素晴らしい発色だ。
現在はベッコとお手伝いハムっこによって大量生産されている。
ほら、ベッコのヤツ、大衆浴場作った後暇そうにしてたし。
「日刊にする?」って言ったら「さすがに死ぬ気がするでござる!?」とかよく分かんないことを言っていた。
死ぬ気がしても死んでないならよくない? ねぇ、よくない?
「おもしろ~い! なにこれ?」
「えっ、ねぇねぇ! このお店行ってみたくない?」
「このシェイプアップ体操って、体操して痩せられるの?」
「それより見て! 体型に合わせたコーディネイト提案だって!」
情報誌『Re:Born』を購入した『BU』っ子たちがその内容に食いついた。
ウクリネスが提案するファッション講座が人気なようだ。
「お腹を隠したいぽっちゃりさんはゆったりとしたAラインのワンピースがいいよ~」とか、「白は膨張色だから避けてね~」とか、それ以外でも「敢えて隠すことでセクシーさが増す方法があるよ~」とか、体型や年齢、傾向別に様々なファッションの提案がされている。
もちろん、メンズ編も充実している。
ウクリネスの記事だけで一冊作れるくらいだったが、今回さらっと入門編だけにしてある。
次号以降、もっと突っ込んだ記事にしていく予定だ。
そして、巻末には今回『Re:Born』発行に協力してくれた者たちの名前と宣伝が載っている。
麹工場の新商品みりんは料理の幅を広げる魔法の調味料。
二十四区おすすめの観光スポット懐古酒場で思い出に花を。
二十九区のゲート前公園で草花に囲まれた憩いのひとときを。
三十五区の花園であなただけのネクターを見つけ出そう。
海漁ギルドおすすめ、絶品海鮮料理の作り方大公開!
などなど。
それぞれアピールしたいポイントを聞いてうまく記事に落とし込んだ広告を掲載している。
クレープの紙を作ってくれたハビエルの知り合いである製紙工房が、情報誌用の紙も作ってくれた。
値は張るが、こっちには無駄に金を持っている協賛者が大勢いる。
連中も、情報紙へ出していた寄付分が浮いたので二つ返事でOKしてくれた。
しかもこっちは自区や自社の宣伝つきだ。旨みが違うだろう?
「ん~! なんでだろう。こっちの情報誌は、読んでるとわくわくする!」
「分かる! なんだか、いろいろ考えちゃうよね!」
それは、情報紙に載っていたのが『答え』だからだ。
「こういうファッションが流行です」「こういうやり方をしなさい」「これがマナー、これが正解です」と、情報紙発行会が浸透させたかった『答え』が載っている情報紙に慣れていたせいだ。
読者は考える余地もなく「そういうものなんだ」と理解し、即実行に移していた。
だから、マーゥルのところで見た給仕の面接のような「何も考えていない若者」が量産されていたのだ。
だが『Re:Born』は違う!
ここに載っているのはあくまで『情報』なのだ。
情報を得た後、それをどうするかは個人に委ねられる。
活用するもよし、無視するもよし。
この『Re:Born』には、『答え』なんてどこにも載っていない。
『正解』は、これを読んだ自分が決めるのだ。
『情報』とは、あくまで人生に彩りを与えるための『道具』でしかない。
「ここに書かれているのはシンプルな事実だけだ」
どこに店があって、こんな料理を出していて、それはこんな味ですよ。
そんな事実だけが書かれている。
「それを信じるも信じないも、活用するもしないも、確かめに行くのも、興味ないと無視するのも、全部自由だ」
自由とは、ある意味では不親切であるかもしれない。
だが、それだからこそ面白いってこともある。
「見つかるといいな。誰かに指示されたものじゃない、自分で見つけた自分だけの『お気に入り』が」
そう言ってやると、『BU』っ子たちは瞳をきらめかせて、再び情報誌『Re:Born』に視線を落とした。
ちなみに、雑誌の名前はお察しの通り、敷かれた線路の上を疑問も持たずに走っていただけの『BU』っ子たちに「生まれ変われよ!」というメッセージを込めて付けられた。
それ以外にも、港の完成で四十二区にまた新たな産業が生まれるだろうとか、どんなつらいことがあろうと四十二区の人間はくじけず何度でも蘇るんだなんて暑苦しいスローガン的な意味合いも含んでそう名付けられた。
「やったですね、お兄ちゃん! 売れ行き上々です、『りぼん』!」
「『リボーン』な!? そこの『伸ばし棒』結構重要だから意識して!」
付録がいっぱいついてくる女の子向け雑誌とは何の関係もないし、名前が決まった時に「うわ、似てる」とか思ってないし!
なんにせよ、この『Re:Born』が『BU』の常識を覆し、その名の通り『BU』を生まれ変わらせることになるだろう。
ちなみに、創刊号は5Rbだが、次号から20Rb取るから。
当たり前だろう!?
っていうか、クーポン券の割引分考えたらそれでも十分お得だっつーの!
大体、なんで陽だまり亭懐石~彩り~が200Rbも割引に…………うっ、大腸と盲腸と十二指腸が……っ!
次号からは、俺が割引商品と割引金額を決めよう。きっとそうしよう。
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