295話 民よ、生まれ変われ -2-
人間とは、陰謀論が大好きな生き物だ。
いや、大嫌いだからこそ気になってしまう――と言うべきだろうか。
それは一種の防衛本能とも言える。
巨悪に飲み込まれないように、怪しいモノ、危険なモノには過剰なまでに警戒をしてしまう。
自分を守る術を持たない一般人たる我々は、きっと何かこちらが想像も及ばないような狡猾で悪辣な手段をいくつも隠し持っているのであろう強大な組織の前ではあまりに無力だから。
だからこそ、信じない。騙されない。疑いを捨てない。
そうして、巨大な組織の裏にはきっと想像を超える巨悪がいるのだと思い込む。
それが陰謀論の始まりだ。
ただ、悲しいかな。
無知なる我々民草は、その陰謀論を流布している者の裏に隠れている陰謀までもを見抜くことが出来ないのだ。
悪人「あいつ、悪人なんだぜ」
一般人「そうなの!? 気を付ける!」
――なんて風にな。
人間とは、どこまで行っても純粋な生き物なのだ。
なので俺は、そんな純粋な『BU』っ子たちに伝えておく。
「そういえば、このお店や、この通りを作ったトルベック工務店の悪評も、時を同じくしてどこからともなく発生したんだよなぁ……。可哀想に、それでトルベック工務店は土木ギルドの組合から出て行かざるを得ない状況に追い込まれたんだよな……もしかしたら、四十二区も…………よよよ……」
しなを作って泣き崩れてみせれば、同情的な視線が集まってきた。
「そういえば、俺も親方から聞かされたな――トルベックって連中が競合する大工たちの悪評をバラ撒いてるから気を付けろって」
『BU』っ子の中に大工がいたようだ。
やっぱり結構広い範囲でトルベック工務店外しは行われていたらしい。
「ちなみに、青年。その『トルベック工務店』がバラ撒いたという悪評ってのはどんなのだ?」
「え? ……いや……さぁ? 俺が聞いたのはトルベックの悪評ばっかりだったなぁ」
「じゃあ、こういうことか? 『あいつがお前の悪口言ってたぞ。どんな悪口言ってたかは知らないけど、でも悪口言ってたから』――と、そんな話を信じたのか?」
「え、いや……」
『BU』っ子大工は言葉をなくし黙ってしまった。
じゃあ、もう一押し。……マグダ、出番だ。
「……ちなみに、情報紙にも書かれている」
マグダが指さしたのは、情報紙が最初に四十二区に仕掛けてきた、マーゥルや権力者たちを怒らせた
白昼堂々乱闘騒ぎが起こり流血沙汰になったというあの記事だ。
その後半には、土木ギルド組合の関係者が「トルベック工務店は最近よくない噂が絶えない」と語っている記述がある。
疑惑を持たれた二つの巨大な組織が重なる時、そこに陰謀論が生まれる。
「もしかして、土木ギルド組合は情報紙発行会とグルになって四十二区を潰そうとしてる……のか?」
誰かのそんな言葉に、その場に衝撃が走る。
まさかそんな……でも、もしそうだとしたら辻褄が合う。
辻褄が合えば、妄想は際限なく膨らんでいく。
そうして、ありもしないくらいに肥大化していくのが陰謀論で、たった一つの真実にたどり着くのが推論だ。
陰謀論と真実はよく似ている。辿るルートは意外と同じだったりする。
もっとも、世間的に『陰謀論だ』と言われていることだって、真実を覆い隠せなくなって言い訳すら出来なくなった権力者が力任せに「デマカセだ!」と喚いているだけだったりもする。
今回の件に関して言えば、これは陰謀論でもなんでもなく、純然たる事実だ。
……ここまでは、な。
「ってことは、だ」
そして、ここからが『あり得ないくらいに肥大化した陰謀論』の始まりだ。
陰謀論の種を蒔けば、それは自然と発芽し、花を咲かせる。
「もし、貴族や権力者が情報紙や土木ギルド組合に力を貸していたり、何かの見返りを与えていたりすれば……そいつらはズブズブの関係だってことになるのかな?」
疑問文ですよ~。
嘘じゃないですよ~。
俺は聞いただけ。「そうに違いない!」という結果に到達するのは本人たち次第、本人たちの勝手だ。
「貴族がお金を渡して四十二区を攻撃してるの?」
「でも、なんで?」
「ほら、アレじゃない? 港!」
「あぁ、そうか! 新しい港を乗っ取りたいんだ!」
「そういえば、最近妙に港の工事の記事が多くない?」
「あっ! それ私も思ってた! なんで『BU』で出回る情報紙なのに港の記事ばっかりなんだろうって」
「そういうことだったんだ……」
「え、どういうこと?」
「だから、港が欲しいどこかの貴族が……」
「貴族とは限らないんじゃないかな? 権力者だったらギルドのさ……」
近場の者、親しい者たちとひそひそと自身の推論を語って聞かせ合う『BU』っ子たち。
ここで交わされているのはあくまで個人の感想であり、特定の誰かを悪意を持って貶めることを目的としたものではない。
である以上、決して名誉毀損には該当しないのである。
さて、もう一服、遅効性の毒を盛っておくか。
「情報紙とズブズブなら、情報紙に載ってる流行のファッションとか、絶対着てると思わないか?」
はい、疑問文~!
聞いただけ~!
断定はしてませ~ん!
ははっ、どーよ、精霊神?
お前の魔法、スッカスカだな。
エステラの胸元といい勝負なんじゃねぇの?
どっちがゆるゆるか勝負してみたらどうだ?
「ねぇねぇ、二十九区の貴族様でさ……」
「あぁ~、いるよね。いっつも情報紙が発行されるより前に流行のファッションで全身決めてる人!」
「二十三区にもいるよ、そういう貴族様」
「二十六区なんかさぁ――」
「いやいや、二十七区にはもっとすごい人がいてさ――」
そんな情報交換がなされる。
さぁ、これでもう、ここにいる『BU』っ子たちは二度と情報紙のファッションを参考にはしなくなったぞ。
仮にその『流行のファッション』を着ようものなら「お前、ズブズブか!?」って言われるし、何よりファッションは心を『アゲる』ためのものだ。
こんなケチがついたものなんか、誰が好き好んで参考にするかよ。
そして、ファッションに流されない者が増えれば、右へ倣え一色だった『BU』に革命が起こる。
ここにいない者たちは『流行のファッション』に身を包むかもしれないが、徐々に流行に流されない者が増えていく。
そして、各人が個性的でオリジナリティのあるオシャレを楽しむようになれば、面白みのない右へ倣え症候群の連中だって「……じゃあ、自分もやってみようかな」って考えが変わるだろう。
そうなれば、見向きもされない『流行のファッション』を押しつけてくる情報紙なんか、誰も買わなくなる。
しかも十倍に値上がりしてるしな。
さらにさらに!
『BU』の一般区民たちが情報紙の流行に興味を示さなくなれば、我先にと『最新の流行』を取り入れて見せびらかしたかった貴族たちにも変化が起こる。
そりゃそうだろう。
高額の寄付をしてまでわざわざ先んじて手に入れている情報紙の『流行』が全然流行ってないのだから。
しかも、その『最新の流行ファッション』を身に着けて表に出れば「あの人、ズブズブじゃね?」とひそひそされるのだ。
これは堪らんぞぉ~?
見栄の塊である貴族には耐えられないだろうな。
流行ってると思ってドヤ顔で見せびらかしていたファッションが見向きもされないどころか、その後誰も追従しないなんて状況は。
さぁ~て。
そんな貴族たちは、一体いつまで情報紙に高額の寄付を続けてくれるだろうな?
販売部数も減り、寄付も打ち切られ――
お前らはいつまで生き残れるかな?
さて、そんなこんなで情報紙がなくなって、一つ心配なのが『情報紙ロス』だ。
これまで当たり前に生活の中に存在した物が消失するというのは、結構ストレスがデカい。
毎朝の日課にしていたヤツもいるかもしれない。
イラストを模写して勉強していたヤツがいるかもしれない。
家族の団欒に欠かせないという家庭だってあるだろう。
それが完全になくなってしまうと、ふとした時に「出来ない」というストレスがかかる。
そのストレスは、八つ当たりだとしても、なくなる原因を生み出した者へ向きかねない。
なので、諸君たちには代替品をご提供しよう。
さぁ、ロレッタ! 例の物を!
「さぁさ、みなさん! そんな真偽の怪しい情報紙なんて『ぺぃっ!』と投げ捨てて、こちらにご注目くださいです!」
ロレッタが高々と掲げているのは、四十二区With近隣の偉いさん方~ズが作成した情報誌!
情報紙ではなく情報誌!
第一号は豪勢な16ページ仕様だ!
「オシャレになりたい女性も、自分をもっと磨きたいメンズも必見、必読、必入手の一冊ですよ! なななんと! 各お店や教室で使用できるお得なクーポン券付きで、創刊号はたったの5Rbです!」
とってもお得な情報誌『Re:Born』創刊である!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます