294話 信者の行進 -4-

 数時間後。


「おぉ、みんな見違えたな」


 型に嵌めたように同じファッション、同じ髪型、同じメイクをしていた女性たちが、それぞれの個性を伸ばすような衣装にモデルチェンジしていた。

 男連中も、まだまだ着せられている感はありつつもすっきりスマートな仕上がりになっている。

 おぉ、髪型変えたヤツは思い切ったな。『BU』に戻ってもやり直し効かないぞ、それ。

 まぁ、その分魔法が解けるのを防いでくれるか。


 こいつら、『BU』に戻った途端、またオシャレをやめて元のハンコファッションに戻る可能性もあるからな。

 まぁ、それならそれでしょうがないが……楔は打ち込めただろう。



 オシャレをすれば自分は変われる。

 他の誰とも違う、特別な自分に。



 その成功体験は、こいつらの中に残り続け、そして右へ倣えのコピペ流行に違和感を覚えるようになる。

 自分が目指したいオシャレは本当にこれなのか、ってな。


「見ろ、メンズたち。お前らの街の女子たちはこんなにも可愛いんだぞ。知ってたか?」

「あ……いや……えへへ」


 何を照れているのか、メンズたちは美しく変貌を遂げた女子たちを前に、もじもじ照れ照れしている。

 えぇい、はっきりしろよ、メンズども。

 どっちを向いても同じ顔した女子たちばっかりだったこれまでと、今目の前にいる『一人として同じ者はいない』華やかな女子たちと、どっちが魅力的なんだよ。

 口に出さなくても顔にはっきり表れてるぞ。

「やだ、女子たち、マブい!」って。


「き……綺麗、ですね」


 一人の男子が勇気を振り絞ってささやかな称賛を漏らす。

 途端に、女子たちの間にぱぁっと喜色が広がり、きゃあきゃあと近くの者と手を取り合って飛び跳ねる。

 おーおー、はしゃいじゃってまぁ。


 そんなはしゃぐ女子たちを見て、また男子たちはデレッとした表情をさらす。


 これで、情報紙に載ってる『オシャレ女子』のコピペがまやかしだって気付く者が増えればいいんだけどな。

 そうだな。よし、もう少し深く印象付けておくか。


「それじゃあ、折角オシャレに変身したんだし、オシャレなカフェで、オシャレなスイーツでも堪能していくか?」

「え、でも……私たちなんかが……」


 ほんのちょっと背中を押されて背伸びしただけ。

 服を脱げば元通りの自分に戻る。

 今だけ、ちょっと特別な格好をしているだけ。


 そんなお試し感覚が抜けきっていない『BU』っ子一同。

 軒先を覗いているだけで、思いきって踏み込んでいこうという勇気はまだ出ないようだ。

 だったら引っ張り込むまでだ。


「でも、折角みんなでオシャレして、みんなこんなに綺麗になったんだぞ?」


『みんな』を強調してやれば、全員が自分の周りの者たちをきょろきょろと見渡す。

 目に映るのは、ここへ来た時とは見違えるくらいに垢抜けた知人たち。

 みんながオシャレしているのだ。

 自分だけがオシャレに否定的ではいられない、そう、『BU』っ子ならね。


「みんな、オシャレなカフェでオシャレなひとときを過ごしたいと思ってるんじゃないのかな? なぁ、みんな?」

「「はい!」」


「みんながそう思っているんなら……実は私も!」――な、心理を突いてまんまと全員の賛同をもぎ取ることに成功した。

 まったく、困ったまでの同調意識。

 ま、一朝一夕で人間性までは変えられないよな。


 当然、全員で同じ店に入るのは無理なので、何店舗かに分かれて入ってもらう。

 あとは、連中がうまくやってくれるだろう。


 ラグジュアリーを始め、四十二区の飲食店からも手伝いを要請している。

 今、この場所にはありとあらゆるケーキが集まってきているのだ。


「カンタルチカの、オトナなケーキ『タルトタタン』はいかが?」

「陽だまり亭のプリン・ア・ラ・モードは、人生で必食の一品ですよ!」

「……メンズは、気になるあの娘を誘って、クレープを食べ歩くべき」

「さぁ、レディたち。我がラグジュアリーの新作スイーツ、ストロベリーパフェをご堪能あれ!」


 押しの強い連中もいれば、檸檬の爺さんのようにのんびり構えている者もいる。

 俺が発信して、各店舗で進化を遂げたケーキたちが『BU』っ子たちを「これでもか!」と誘惑する。


「え、えっと……みなさん、どれを食べますか?」


 おっと!

 多数決はさせないぞ!


「どれを食べたっていい。これだけの種類があるんだ。自分がこれだと思ったものを食べればいいんだよ。そして、互いに感想を言い合えば違うケーキの味も想像できて二倍も三倍も楽しいぞ」

「二倍も、三倍も、ですか?」

「まぁ、もっと気楽に、好きなように過ごしてみればいいさ」


 俺が背中を押すと、『BU』っ子たちは恐る恐るではあるものの、各人が興味をそそられた店へと向かって歩き出した。

 何も警戒する必要はない。

 普段だって普通に買い物をして、好きなものを食っているはずだ。

 それが、ちょっと特殊で、これまで見たことがない、アウェーに来ただけだ。緊張する必要はない。食いたいと思ったものを食えばいい。


『BU』っ子が周りと合わせたがるのは、孤立することに対する恐怖からだ。

 自分一人だけ失敗したくないという思いが人一倍強くなってしまっているのだ。


 だが安心しろ。

 ここにある物はみんな本物だ。

 どれをとっても「失敗した!」なんてことにはならないからよ。


「あぁっ! 出遅れてしまった!」

「もう席が空いてないわ」


 幼馴染なのか顔見知りだったのか、綺麗に変貌した彼女をもじもじ照れ照れ誘っていた男が、人で埋まったテラス席を見て焦りを見せる。

 誘われた彼女も、自分たちが座る席がないことに悲しそうな表情だ。

「みんなが座っているのに座れない……」とか思ってないか?

 だから、そんなもんは考える必要がないんだっつの。


「おぉ、ラッキーだったな」


 不安げなご両人の肩をポンっと叩いて、ロレッタが待機する陽だまり亭出張所を指さす。


「あの店は、四十二区最新スイーツを置いてるんだ。この街を散歩しながら、好きな場所で食べられるスイーツだぞ。これはきっと、他の区でも流行る! 本当か嘘か、その目と舌で味わってみてくれ」


 そうして、二人を陽だまり亭出張所へと誘う。


「いらっしゃいです! トッピングは自由自在! どれを選んでも外れ無しの、絶品ニュースイーツです! こっちのイラスト見ながら、どんなトッピングにするか選んでです」

「あの、これはなんて名前のスイーツなんですか?」

「これは、クレープっていうです! きっと、今日を境に忘れられなくなる名前です!」


 売り子からササッとシェフの顔に変わるロレッタ。

 ジネットから猛特訓を受け、ついにクレープをマスターしたロレッタの顔には、自信が満ち満ちている。

 クレープに関しては、マグダよりも先んじている。ロレッタの得意料理がここに誕生したのだ。


 あれこれと話し合い、ロレッタからアドバイスをもらい、初々しいカップルはそれぞれに色鮮やかなクレープを手にする。

 ハビエルが製紙工房に話を付けてくれたおかげで、クレープを包む紙も手ごろな値段で手に入るようになった。

 湿気でヨレることもなく、硬過ぎて嵩張ることもない。

 絶妙な厚さと柔らかさの包み紙。こいつの誕生によって、クレープはそのポテンシャルを最大限に発揮できるのだ。


「さぁ、それを食べながら街を散歩してきてです! きっと、見る景色みんなが輝いて見えるですよ!」


 初々しいカップルを見送り、元気に手を振るロレッタ。

 カップルはロレッタに手を振って、二人揃ってクレープを齧りながら店を出ていった。


「……爆ぜろ」

「お兄ちゃん、お客さんの前ではよく堪えたですけど、全カップルを爆発させようとするのはよくないですよ!?」


 いっちゃいちゃしやがって! けっ!


「あの、すみません! さっきの人たちが持ってたのって……」

「いらっしゃいませです! それはきっと、このクレープという、時代の最先端を行くスペシャルなスイーツですよ! ささっ、ちょっと中まで来て見ていってです! トッピングは変幻自在、なんでもござれですよ!」


 よく舌が回るロレッタに、客は次から次へと誘い込まれるように増えていく。

 オープンテラスに座れなかった者たちがどんどんと押し寄せてくる。


「ロレッタく~ん! すまないが、少々フルーツを分けてくれないかい? いやぁ~、僕の作るフルーツパフェが大人気でねぇ! あっという間に材料が枯渇してしまったのさ。いや~はっはっはっ、自分の才能が怖いよ。というわけで、フルーツプリーズ」

「ダメですよ!? こっちもこれから材料が枯渇するところですから!? アッスントさんに言って持ってきてもらってです!」

「急いでいるんだよ、ハリープリーズ!」

「しょうがないですね! あんたたちー! お使い行ってきてです!」

「「「ゎははーい! 行ってくるー!」」」


 陽だまり亭出張所の奥から次々と溢れ出してくるハムっ子たち。弟も妹も入り乱れて、元気よく表へと飛び出していった。


 突然の大行進に唖然としていた『BU』っ子たちだったが――


「くすっ! なに、あの子たち? かわいい~」

「ねぇ~」


 一人が笑い出すと、みんなつられるようにして笑い始めた。

 ハムっ子は、見ているだけで癒し効果があるからな。


「ホント、楽しいところね、四十二区って」


 来る前までは恐ろしい場所だと思っていただろうに。

 このわずか数時間で印象が180度変わったようだ。


 そうして、四十二区の印象が『最悪』から『最高』に変わったということは、もともと『最高』の位置にいたある物の印象も同時に180度変わってしまうというわけで――



「……ロレッタ。情報紙の最新号を買ってきた。壁に貼っておくから、あとで見るといい」



 絶妙のタイミングでやって来たマグダが、情報紙の最新号を壁に貼り出して去っていく。


 そこには、情報紙発行会が四十二区に来てから発行した全六部の情報紙が発行順に並べて張り出されている。

 どうやら書きたいことが大量にあるようで、ここ最近は日刊になってたんだよな。いや、一日に二回発行した日もあったか。

 それらすべてを購入し、全部を貼り出してある。

 あぁ、金は要らねぇよ? 好きなだけ見ていくといい。

 クレープだ、ケーキだと金を使って、情報紙を買う金もなくなってるかもしれないしな。


 マグダの登場で当初の目的を思い出したらしい『BU』っ子たちが、貼り出された情報紙の周りへと集まってくる。



『悪辣非道な恫喝の全記録。話し合いに訪れた情報紙記者が、あわや暴行かという状況にまで追い込まれた恐怖の時間を赤裸々に告白』

『人殺しの詭弁。白昼の惨殺魔が不都合な事実を隠蔽せんと情報紙の乗っ取りを画策か!?』

『自由を失った四十二区。言論統制下に置かれた住民たちは、息を潜めて領主の言いなりになるしかないのであろうか――』



 そんな仰々しい見出しがいくつも並ぶ情報紙。

 回を増すごとに四十二区へのヘイトが膨れ上がっている。

 特に俺への個人攻撃がえげつないなぁ。『人殺しのくせに偉そうに!』って論調だ。


 そして、壁際に集まった『BU』っ子たちが各々それらの記事を黙読し……



「「「はぁぁあっ!?」」」



 揃って、素っ頓狂な声を上げた。

 そこに書かれていた、今自分たちが目にしている事実と、大きく乖離した情報紙の内容に。




 ほい。

 情報紙の信頼、崩壊完了っと。






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