294話 信者の行進 -3-

「よいっしょ、よいっしょ……ふぅ、左腕が使えないと荷物が一層重く感じるなぁ」


 神がかった演技力で颯爽と登場したイケメン。その名をオオバヤシロという。


「……ヤシロ。大根芝居にもほどがある。マグダを見習って」

「お前を見習ったら、台詞が全部棒読みになるだろうが」


 どこに自信を見い出してるんだよ、マグダ。

 お前こそ、俺の芝居心を見習えっつーの。


 と、そんなやり取りを小声で交わしていると、『BU』っ子ご一行様から「どよよっ!」っとどよめきが起こった。


「ど、ど…………」


 俺を指さし、青い顔をする少女。


「……どよよっ!」


 おぉーっと!?

 気が動転し過ぎてどよめきが口を突いて出ちゃったか!?

 どんな感情の発露なの、それ!?


「あの男……っ!」

「そ、そうよ……間違いないわっ!」

「ぃ…………ぃやぁああ!」


 絹を裂くような悲鳴が上がり、辺りが騒然とする。

 俺たちも悲鳴のする方向へと顔を向ける。うま~いこと連中の死角になるようにしていた左腕の傷をこれ見よがしに見せつけながら。


「待って! ……彼、怪我してる」


 と、騒ぎ始めた一同を沈めたのはソフィーだ。

 続いてフィルマンが――


「おかしいですね。情報紙によれば、彼は一方的に無抵抗な住民に襲いかかり惨殺したということでしたが……」

「無抵抗な住民に襲いかかった人が、果たしてあのような怪我を負うでしょうか?」


 フィルマンに続いてネネが疑問を呈する。

 右へ倣えの『BU』っ子たちはそれには答えず、ただじっと俺の傷を見つめている。

 そしておそらく、頭の中で自問自答しているのだろう。


 何が真実なのか、と。


 絶対的に正しいと思われていた情報紙の情報。

 それが、微かにだがほころびを見せた。

 その微かにほころんだ信頼は、ひょんなきっかけで引っかかり、引き裂かれ破れてしまう危険をはらむ。

 たとえばそう、不信感を決定づけるような覆しようもない事実なんてものが突然目の前に現れたりしたら――


「ヤシロさ~ん! 追加の生クリーム、店長さんからもらってきました~!」


 そう言いながら長髪をなびかせて駆けてくる男は、情報紙の紙面を賑わせたあの事件の犠牲者、情報紙がはっきりと『惨殺された』と公表した長髪のゴロつき、その人だ。


 ちなみに、名前はゴロッツという。冗談のようなホントの話。

 名前を聞いた時は「偽名使うな、ゴルァ!」と怒鳴ってしまったが、「ち、ちちち、違うんです! これが本名なんです! 僕、孤児だったんですけど、名前が刻まれたプレートを首にかけていたらしくて、この名前だけが、僕が両親と繋がっていたって証拠なんです! 信じてくださいヤシロ様!」――と、涙目で必死に訴えられたものだ。

 ……ん? 口調が気になる?

 まぁまぁ、更生には必要な手順ってのがいくつかあってな? その途中だったわけだよ。


 まぁ、ゴロッツ自身は金をもらって四十二区をうろうろしていただけだし?

 特に被害らしい被害は出てないし?

 ……っていうか、俺を傷付けたってマグダやメドラやデリアやその他大勢にめっちゃ圧をかけられて四~五回失神してた可哀想な男でもあるし、何より心より改心してこの一週間『無給無休』で働き続けているし、まぁ、これくらいの軽い罰で許してやってもいいかなって思っているところだ。

 無給無休。経営者的ポジションで見ると、なんともいい言葉である。


 とにかく、死の恐怖から錯乱していたこいつと、ちょこっと二人っきりで話し合って、心の底から改心させて、こうして売り子に仕立て上げたというわけだ。

 な~に、そう大したことはしてない。

 ほんのちょっとガスライティングで『お前の味方は世界でオオバヤシロだけだ』と信じ込ませたに過ぎない。

 そこらの三流詐欺師でもやっている入門編みたいなしょっぱい詐術だ。今さら語るような内容じゃない。


 それはさておき、ゴロッツには「真面目に働く方が確実にお得だ」と教え込んだ。

 上下関係や得手不得手で悩むことや悔しい思いをすることがあるかもしれない。

 だが、それ以上に得るものは大きい。

 ゴロつき人生を送ってきて、何か一つでも大切だと思えるモノがお前にあるのか?

 生きててよかったと思えた瞬間があるのか?

 そう問えば、ゴロッツは言葉に詰まった。


 ないんだよ。

 心底「幸せだ」と思える瞬間なんて。

 そういう生き方をしちまっていたんだよ、こいつは。


 だから、俺が、そうこの『俺が』、光の下へとゴロッツを連れ出してやったんだ。

 鬼か悪魔かと恐れていたオオバヤシロは、なんということでしょう、本当は天使だったのです。



 いや~、崇められたねぇ。



 今や、ゴロッツは俺の言うことならどんな理不尽なことでも「はい!」と素直に聞くよい子に変貌したのだ。

 ……この呪文は、追々解除するけどな。依存されると面倒くせぇし。

 そうだな。ゴロつき更生施設でもあるヤップロックのトウモロコシ畑にでも送りつけるか。

 うん、それがいい、そうしよう。

 カワヤ工務店で手が空いているヤツに簡易的な小屋でも作らせて、そこに寝泊まりさせればいいんだし。わぁ、名案!


 というわけで、臨時バイトのゴロッツは、額に汗を光らせて爽やかに労働に勤しんでいる。


 そんな彼を見て、『BU』っ子ご一行様はみんなあんぐりと大きく口を開けている。

 生きてるじゃん!? みたいな顔で。


「え……っと。人違い……かな?」

「いや、あの顔、どう見ても本人だと思わない?」

「じゃあ、情報紙が間違った人の顔を掲載した、とか?」

「えっ!? じゃあ、情報紙が嘘吐いたの!?」

「いやいやいや! そんなこと言ってないよ!? ただ……その…………ちょっと、間違いがあった……とか?」


 この街で誰かを「嘘吐きだ」と言うのは、その人物の人生を左右しかねない危険な発言だ。

 事なかれ主義の『BU』っ子はそんな重い責任を負いたがらない。

 だが、嘘でないならなんだというのか。


 考えられるのは一つ――



 情報紙の情報が間違っていた。



 つまり、誤報だ。

 真実のみが載っているはずの情報紙に、誤った情報が載っていた。


 たった今、情報紙の権威は失墜した。

 この場にいる誰もが思っただろう。

「情報紙は、すべてがすべて正しいというわけではないんだ」と。


 そして、そうなってくるとこんな考えが浮かんでくる。




 本当か嘘か分からない情報に、わざわざ金を払うのか?




 金を払って得た情報が、まるっきり間違っている可能性がある。

 情報紙をいち早く手に入れて、情報をゲットし、それを他人に教えてやる。

 それがステータスであった『BU』っ子たち。

 でも、その情報は嘘かもしれない。


 白昼堂々と行われた惨殺事件。

 そんなセンセーショナルな大事件が、真実ではない――かもしれない。

 事実、加害者と書かれていた男は左腕に目を背けたくなるような大怪我を負っていて、被害者として書かれていた長髪の男はこうして生きている。

 あまつさえ、加害者と言われている男と親しげに会話をしている。


 あの記事が事実なのだとしたらあり得ない光景だ。



 つまり――





 情報紙はデマカセを掲載した。





 そんなもんを、今後十倍の値段で売ると言っている。

 そんなもんを買うために、自分たちは遠路はるばる四十二区にまでやって来た。

 殺人鬼がいるかもしれないという恐怖と戦いながら。


 だが、実際来てみたらどうだ?

 四十二区は穏やかで、そればかりか、自分たちが知らないようなオシャレな生き方を楽しんでいる。

 誰かに言われた流行ではなく、自分だけのスタイルを誇らしげに。


 今、彼ら、彼女たちの胸に飛来する感情はいかなるモノか……


「ん? なんだか、素敵なお客さんがたくさんいるみたいだな」


 俺が笑顔でそう話しかけると、『BU』っ子たちは一様にビクッと肩を強張らせた。


「あはは。悪いな、こんな傷があっちゃ怖いよな?」

「すみません、みなさん! この傷、僕のせいなんです! ヤシロさんはとってもいい人なので怖がらなくていいんですよ」


 人畜無害そうな笑みを浮かべて俺が言えば、ゴロッツがすかさずフォローを入れる。

 ゴロッツはよく躾られたいい子。

 ただし、こいつが嘘、大袈裟、紛らわしい表現を使用して誰かにカエルにされたとしても、当方は一切の責任を負わない所存です。

 ……洗脳済みのゴロッツの目には、本当に俺が聖人君子に見えてるようだけどな。

 …………マジで引き取ってくれねぇかなぁ、ヤップロック。


「え……っと、あの……お二人は、仲がよろしいんですか?」


 恐る恐る、『BU』女子が尋ねてくる。

 俺はこんなロン毛のニーチャンと仲良しとか死んでも認めたくないのでゴロッツに肯定させておく。


「はい! 尊敬してます!」


 ……うん。ヤップロック、早く来て。


 ただ、ゴロッツの発言はガラス玉を地面に落としたように「バッ!」っと『BU』っ子たちの間に広がり衝撃を与えたようだった。


「けど、もったいないな」


 ざわつく『BU』っ子に向けて、俺はこんな言葉を送る。


「なんでみんな同じ格好と同じ髪型してんだ? 君はもっと明るい服を着た方が似合うだろうし、そこの彼はもっと髪をさっぱりさせた方が格好よくなるだろうに」


 俺がそれぞれの伸ばすべき長所と、その結果を話して聞かせると『BU』っ子たちはお互いを見つめ合い、「そうかな?」「ホントに?」とざわざわする。

 このざわざわは、不安が二割。残りの八割が期待だろう。声音が若干明るいのがその証拠だ。


 変わってみたいんだろ?

 ここで見てきたもんな。情報紙には載っていないのに、自分たち自身が「あ、この人素敵だな」って認めてしまった人物たちを。

 情報紙が言っていないだけで、自分は思っちゃったもんな。

「あんな風になれたらいいな」ってよ。


「時間があるなら、ちょっと寄っていったらどうだ? きっと面白い体験が出来るぞ。特に――」


 にこやかに言って、そばにいた一人の女子の髪をさらりと撫で、ここ一番の決め顔で言う。


「――女の子は、ちょっとしたきっかけで見違えるほど綺麗になれるんだぜ」


 あ、ごめん。

 ちょっと全力出し過ぎた。

 マグダ~、ちょっと来て~。女子一名腰抜けちゃったみたい。

 そうだよなぁ、右に倣えの『BU』っ子は、情報紙に載ってない口説き方とか免疫ないもんな。事前告知無しじゃ心の準備も出来ない初心っ娘たちなんだよな。


 悪い悪い。

 刺激が強過ぎたな。

 あ、大丈夫大丈夫。俺、結婚詐欺だけはやらないって決めてるから。

 別に口説いてたわけじゃないからね~。

 だからさ、マグダ。「……自重するべき」とか、ぽそっと耳元で囁かないで。

 悪気ないから。マジで。


「ど、どうかな? 綺麗に変身して、四十二区最新のスイーツを堪能してみては?」


 取り繕った。

 俺は悪くないと証明したくて。


 腰砕けになった女子を始め、綺麗になりたい女の子たちと、女子を腰砕けにする破壊力を手に入れたい男子たちは、まんまと――って言うと言い方悪いか――すんなりと、俺の言うことを受け入れ、四十二区体験をしていくこととなった。


 は~い、ご一行様、ご案内~!



 忘れられない体験をさせてやるぜ☆






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