294話 信者の行進 -2-

 まずは、ドーンと目に飛び込んでくる美しい街並み!

 もともと、元スラムには家がほとんどなく、ニュータウン開発当初からウーマロが総合的に設計していたこともあって街並みは綺麗に整っている。

 大きな通りに面したレンガ造りの美しい建物。華やかな植栽。

 どこを切り取っても、街全体が一枚の絵画のように映える景観。


 そこをさらに一手間かけて『映え』をブラッシュアップしたのだ。


 そんな街角に美女が一人佇むだけで――


「ご機嫌よう、みなさん」

「きゃー! イメルダ様。今日もお美しいです!」

「お洋服も素敵です!」

「髪型だって!」

「メイクだって!」

「うふふ。あなた方も、もっと美しくなれますわ。そう、この街にいらっしゃればね」

「「きゃー!」」


 彼女らは、イメルダが四十区にいた時からイメルダに憧れていた生粋の四十区っ娘たちだ。

 四十区での美のカリスマだったイメルダ。

 四十二区に転居して以降も、彼女たちは折に触れイメルダのファッションを見ては、ウクリネスの服屋へ寄ってお揃いの衣装を買って帰っているのだそうな。


 この街のファンは、平気で区をまたいで移動するからなぁ……


 とかなんとか言ってると、ほらほら、そこのオシャレなカフェに注目してみろ、綺麗なお姉さんが優雅なひとときを堪能してるだろう?


「ふぅ……、風が心地いいさねぇ」


 急遽誕生した、ラグジュアリーのオープンテラスでそよ風に遊ぶ髪を押さえて、優雅に紅茶を嗜むノーマ。向かいにはナタリアがいつものメイド服を脱ぎ捨ててオシャレなワンピースドレスを身に纏って座っている。

 こちらは優雅にケーキを食べている。


 おぉっと、よく見れば向こうの席にはオシナがいて、一人静かに読書を嗜んでいるじゃないか。

 なんて映える光景なんだ!?

 女子なら憧れずにはいられないオシャレスポットではないか!


「お客様。当店の新作、ストロベリーパフェでございます」

「アラアラ~、ありがとなのネェ~」


 巨大なグラスに美しく盛り付けられたイチゴパフェがオシナの前へと運ばれてくる。

 そのパフェには、贅沢な、造形美溢れる、高級グラスを器として使用しているのだ。

 窓ガラスでさえ高級で買えないってご家庭が多い中、こんな意匠を凝らしたグラスを使う飲食店はそうそう存在しない。

 これは、相当な高級感だ。一般家庭や酒場なんかで使用される器は木製か陶磁器がほとんどだからな。


 だが、そこは貴族の常連を数多く抱えるラグジュアリー。

 少々無理をいって買わせてやった。

「パフェには高級グラスが不可欠だ」と。


 オーナーシェフ兼責任者のポンペーオは値の張るガラスの器に難色を示していたが、実際完成品を見た直後に「これは高級グラスでなきゃダメだね!」と納得していた。


 それもそのはず。

 細く、高い、すらっとしたシルエットはそれだけで美しいが、それ以上に白と赤のコントラストが目を引くのだ。

 生クリームの白とイチゴの赤。それがグラスの底からずずい~っと天辺まで続いている様は圧巻で、これがグラスではなく陶磁器や木製の器では魅力が半減してしまっていただろう。

 透明なグラスだからこそ、その存在感はいや増し、贅沢な高級感が遺憾なく発揮されるのだ。


 こいつは、陽だまり亭で出すのはもうちょっと後になるだろうな。

 ポンペーオに買わせたグラスをいくつかパクって帰ればすぐにもメニューに加えられるんだけど。


「ん~っ! 見た目も可愛いけど、味もサイコ~ネェ☆」


 ノーマが大急ぎで作ってくれた細く長いスプーンでパフェを食べ、「ん~!」と幸せそうに破顔するおっとり系美女に、情報紙購入ツアーご一行様は目が釘付けになっていた。


 見たこともないような華やかなスイーツを、なんとも優雅なカフェで、幸せそうに食べる美女。

 それはもはや、異空間とも呼べる非日常として一行の目に映ったことだろう。


 何気に、この街にはオープンテラスが少ない。

 陽だまり亭が窓を全開した時とか、トムソン厨房が庭にテーブルを出しているくらいだが、トムソン厨房の焼き肉は『オープンテラス』って雰囲気じゃないしな。

 もっと上の区に行けばあるのかもしれないが、この付近じゃ外の景色なんかたかが知れているので、わざわざ外に出て茶を飲むことに価値がないのだ。


 だが、この整ったニュータウンなら話は別だ。

 美しい景色を眺めながら紅茶を嗜むのもよし、紅茶を嗜みながら自分自身がこの美しい風景の一部になるもよし。

 なんともオシャレに過ごせる空間に早変わりなのだ。


「とにかく、情報紙を買いに行きましょう」

「そ、そうですわね」

「それが目的でしたものね。ね、みなさん」

「そうですね」

「そうです、そうです」


 ソフィーが移動を促すと、他者に引っ張られやすい『BU』っ子たちがそれに便乗してカフェの前から移動を始める。

 ペンギンみたいな習性してるな、こいつらは。


 だがしかし、ソフィーが向かった先には小洒落たブティックが建っていた。

 素敵やんアベニューにイケてるファッションを流通させるべく、ウクリネスのもとで修行していた四十一区の服飾ギルドの女性たちが仮のオーナーを務める服屋だ。

 ここで練習をして、ゆくゆく素敵やんアベニューで店をオープンさせる段取りになっている。

 この店は、支部として四十二区に置いておくらしいのだが……おそらく、ウクリネスの服を仕入れて売る小売店になるんじゃないだろうか。

 四十二区ではウクリネスの影響力が強過ぎるからな。

 じゃんじゃん弟子を育てて、流行を細分化させてもらいたいものだ。


「見て見て~。新作買っちゃった~」

「私はちょっと大人な雰囲気にしてみたよ」


 そんな小洒落ブティックから二人の美少女が真新しい服を着て出てくる。

 ふんわりと軽やかなワンピースを身に纏ったパウラと、すらりと長い脚のラインが映えるパンツスタイルのネフェリーだ。

 二人とも、服以外にも、靴や小物にもこだわっているようだ。

 あのコーディネートはルシアの好みっぽいな。きっと口を出しているのだろう。ウクリネスが嬉しそうにネタ帳にメモを取っている姿が思い浮かぶぜ。


「な、なぁ……、アーシの服、変じゃないかな?」

「そんなことないよ、バルバラ。すごく可愛いって」

「けどさぁ……アーシ、こういうのは……」

「な~に言ってんのよ! オシャレの可能性は無限大なのよ。いつだってチャレンジして、もっと素敵な自分にならなきゃもったいないでしょ」


 ばきゅん☆――と、なんとも昭和なジェスチャーでバルバラに発破をかけているネフェリー。そんな姿も様になっているから不思議だ。


 バルバラはなんともガーリーなファッションに身を包み、確かにバルバラのイメージとはかけ離れているが、それはそれで『アリ』な仕上がりだった。


「おねーしゃー! おそろいー!」

「うはぁ! テレサ、可愛過ぎっ!」


 随分と可愛らしい服だと思ったら、テレサとお揃いだったっぽい。

 テレサは言うまでもなく、すこぶる似合っている。


「お揃いファッション、可愛いよね」

「じゃあ、お前らもお揃いにするか?」

「ううん。私たちは私たちのオシャレをするよ」

「お揃いが似合うのはバルバラとテレサの仲良し姉妹だからだよ。あたしはあたしの、ネフェリーはネフェリーのオシャレがあるから」

「そうそう。誰かと同じじゃつまらないでしょ? 自分に合ったオシャレをじっくり探すの。だって、私は私だし、誰かに自分って人間を決めつけられるのはイヤだもん」

「あたしはこうなんだー! って、自分をアピールするの。誰とも比べられない、自分だけのオシャレでね」

「あっ! アーシそれ知ってるぞ! アイアンメイデンって言うんだろ!?」

「うん、言わない」

「アイデンティティだよ、バルバラ」


 きゃっきゃと、自分たちのオシャレを見せ合って楽しむ女子たちを見て、ご一行様は自身の衣服をチラリと顧みる。

 量産されたようにみんなして同じ雰囲気、同じ色、同じ型の服装。

 きっと、情報紙に載っていたのだろう。「今はこういうファッションがオシャレ」だと。


『BU』っ子たちは、きっと自分たちの服を見せ合ったりはしないのだろう。

 そのファッションを身に纏うことが正しくて、それ以外は間違っている。そんな考えなのだから。

 たとえ、そのファッションが自分に似合おうと似合うまいと、『その他大勢』には逆らえない。


「あぁ、ウェンディ。君は今日も素敵だよ」

「ありがとうセロン。あなたもとっても素敵よ」

「僕はなんて幸せなんだろう。世界中で君というたった一人の女性とこうして出会えたんだから」

「私も、何千、何万という人の中から、あなたというたった一人の男性と出会えた幸せ者だわ」

「ウェンディ!」

「セロン!」

「爆ぜろっ!」

「……ヤシロ。まだダメ。隠れていて」


 首根っこを思いっきり「ぐぃーん!」って引っ張られて草むらに引きずり込まれた。おかげでご一行様には目撃されていないだろう。仕掛け人たる俺の姿は。

 ……ふぅ、ヤバかった。

 まったく、セロンたちのせいで……


「なんだか……さ」


 ご一行様の中で、一人の少女が重い口を開いた。


「……楽しそう、だね」


 そのつぶやきに返事はなかった。

 だが、その場にいた者たちはみな同じ思いを胸に抱いていただろう。

 目がそれを物語っている。


「……いい天気。そして、そよ風が心地いい」


 さっき俺を草むらに引きずり込んだマグダがふわふわと舞うような足取りで通りを歩く。

 すると、目の前にアリクイ顔の兄弟が現れて二人して同じ色合いの花束をそれぞれ差し出す。


「Hi! マグダたん!」

「素敵なフラワー、受け取ってプリーズ」

「……まぁ、素敵」

「オフコース! この花束は今流行っているからね!」

「ビコーズ! 情報紙に載っていたのさ☆」


 そう。

 情報紙には『女性はこうやって口説きましょう』なんてバカ丸出しな記事まで掲載されていたのだ。

 アリクイ兄弟が持っているのはそこで紹介されていた花束だ。


「……流行っているから、マグダに?」

「「イエス、ウィーキャン!」」


 だが、マグダの表情は冴えない。

 いや、変化はほとんどないが、冴えない感じなのだ、アレで。

 と、そこへ、キツネ顔の重症患者が現れる。


「マグダたん! オイラ、マグダたんのためにこの花束を選んできたッス!」

「……マグダのために?」

「マグダたんに似合う花は何かって考えて選んだッス!」

「……まぁ、嬉しい。これは、マグダのための、マグダだけの花束。その感動、プライスレス」

「喜んでもらえて光栄ッスゥゥウー!」

「オーゥ、ノォ~! 僕たちはなんて浅はかだったんだ!」

「浅はかブラザーズDA・ZE!」


 ……うん、まぁ。絵面はアレなんだが、要するに、「誰かに言われた通りの行動って味気ないんじゃねぇの?」ってことだ。


 その訴えは、『BU』っ子たちにも刺さったようで……

 さて、そろそろ頃合いか。



 それじゃあ、ひっくり返してやろうかね。

 連中の心に根を張った、頑固な価値観ってヤツを。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る