294話 信者の行進 -1-

 そのニュースは、瞬く間に世間に広がった。


『四十二区、悪夢の大乱闘!』


 何かと話題の絶えない港の工事が進む四十二区で信じられないような悲劇が起こったことを伝えるニュースだ。

 白昼堂々と見学に来ていた住民たちに襲い掛かり、そしてついには人死にを出した凄惨な事件。

 首を掻き切られた住民を目撃した者は多く、鮮血が飛び散った現場は目を覆いたくなるような惨状だったと、その記事は伝えていた。

 まるで写真かのような似顔絵付きで。


『BU』に住む者たちは、そのセンセーショナルな記事に度肝を抜かれ、同時に四十二区への恐怖を募らせた。

 特に二十九区に住む者たちは、ニューロードという新たに生まれた通路で繋がってしまったばかりに、夜も眠れぬ恐怖の日々を過ごすことになった。


 そうして、あのあまりに凄惨な事件を引き起こした犯人の顔を、しっかりとその目に焼き付けたのだ。万が一にも街の中で見かけた際には、すぐに逃げ出せるように。

 大切な者を、決して近付けさせないように。


 被疑者オオバヤシロの似顔絵もまた、写真のごとき鮮明さで情報紙に掲載されていた。



 信じられない事件が起こり、『BU』の者たちは恐怖した。それと同時に、その事件の続報を待ち望んだ。

 犯人がどうなったのか。

 港の工事がどうなったのか。

『BU』は、自分の住む区は安全なのか。

 我が区の領主は、そんな危険な四十二区と提携などしていないだろうか。


 恐怖は、人々の『知りたい』という欲求を肥大化させる。

 知らないことによる恐怖から逃れるために。


 だが、そこで一つ問題が起こる。


 凄惨な事件を伝えた情報紙には、もう一つ見逃せない情報が掲載されていた。



『情報紙発行会、本部移転のお知らせ』



 内容は……まぁ、長々と遠回りな表現で書き連ねられているが、要するに、『BU』の領主が結託して情報紙発行会を追い出したので本部を四十二区に移転することにした。

 四十二区になんか行きたくもなかったのだが、軋轢を生むきっかけを作った四十二区の領主自らが「是非に」と言うから仕方なくそこを借りてやることにした。

 そのせいで『BU』に情報紙を持ち込む際に法外な税金をかけられることになったが、それはすべて悪辣な『BU』の領主と、原因を作った四十二区のせいなので情報紙発行会には一切の責任はない。

 情報紙が値上がりするのは仕方がないことなので、クレームはすべて『BU』の領主と四十二区へ言え。


 ――と、そんな内容だった。


 二十三区領主へ会長自らが暴言を吐いて追い出されたという記述は、どこを探しても見つからなかった。

 まぁ、どうせこんなことだろうとは思っていたが、思った通りの記事に仕上がっていた。


 で、大層ご立腹な『BU』の領主たちは、この悪意をバラまく情報紙に重い税をかけることを多数決で可決し、即日実行した。


 情報紙を『BU』へ持ち込む際、一部につき45Rbの税を課す。


 もともと5Rbだった情報紙が、税金分きっちり上乗せされ50Rbで売られることになった。

 日本円に換算すると、50円だった物が500円になったのだ。

 ……高っ!? 俺なら絶対買わない。

 だって、紙一枚だぞ? 雑誌ならともかく。

 しかも、情報紙は不定期発行。月に一枚とか週に一枚とかではないのだ。


 今回のように、続報に価値がありそうな場合は毎日発行もあり得る。

 というか、発行会は今回の件を毎日発行で詳細を伝えている。


 上記の記事が載った発行再開第一号だけは従来通り5Rbでの発売となったが、その続報が載っている次号からは税金を上乗せした50Rbでの販売になるということだ。

 あぁ、分かる分かる。

 すげぇ気になる情報が載っている再開第一号だけ安く売って、値上がりする次号からも買わせようって腹積もりなんだな。

 最初だけ安く買わせて次から値を吊り上げるのはよくある手法だ。


 つーか、税金分まるごと上乗せすんのかよ。

 少しくらい自社で負担しようって気持ちはないのか?


 あぁ、そうか。

 こいつらにとって読者なんてのは「ウチの情報紙を売ってやっている」相手に過ぎないのか。

 どうせ欲しいんだろ? なら金出せよ。ってなもんか。


 だがしかし、『BU』を縛り付けていた豆ルールが撤廃され経済が回り始めたと言っても、その恩恵はまだ一般区民にまでは行き渡っていない。

 50円が500円になって、「仕方ないか」なんて言えるようなヤツは今の『BU』にはまだいない。

 内容は同じなのに料金が十倍に膨れ上がり、しかもそれが毎日発行されるのだ。欲しくても買えない、買うのを躊躇う者は多い、いや、ほぼすべての者がそうだろう。

 出資している貴族連中へは無償で届けられるらしいから、十倍の金を払わされるのは貴族ほど金を持っていない一般区民たちだ。

 貴族しか手に入れられないなんて、なんて贅沢品なんだろうな。



 それでも、凄惨な事件の続報は知りたい。

 それは命にかかわることだ。自分はもちろん、大切な家族、恋人、友人の。


『BU』の者たちに残された選択肢は三つ。

 生活を切り詰めてでも、十倍の料金を支払って情報紙を購読する。

 複数の人間で金を出し合い、回し読みをする。従来の値段で読みたければ十人ほど人を集める必要があるけどな。

 ただそうすると、読む順番で揉めそうだ。一番目と十番目で、ケンカが起こるだろう。なにせ、流行は誰よりも早く手に入れたいものだからな。

 自分が知りたくてもまだ手に入れられない情報を、先に読んだヤツが「えっ!? うっそ!? マジで!?」とか言ってたら殺意を覚えるだろ?

 そして、人より先に情報を得たヤツは……ネタバレしたくてうずうずするもんだ。

 まだ読んでないヤツに「実はこんなことになったんだよ」なんてしゃべろうものなら、「俺の分の金返せ、こらぁ!」って大喧嘩に発展するだろう。


 というわけで、上記二つの選択肢はあまり現実的ではない。

 まぁ、何人かは上記二つを選択してトラブルを起こしたり、生活が苦しくなったりするのだろう。

 なにせ毎日発行だし。

 十日で5000円、二十日で10000円、三十日で15000円だ。うへぁ~……

 俺なら御免だね、そんな金をどぶに捨てるような行為。


 そこで、最も経済的で平和な、第三の選択肢を提案しよう。

 その選択肢とは――



 四十二区へ買いに行く。



『BU』に入る際にかけられる税金は『売り物』に課せられるものだ。

 私物には課せられない。

 なので、四十二区に来て購入し、自分で持ち帰れば定価で情報紙を手に入れられる。


 そんなわけで、『BU』では『第一回、旅は道連れ一蓮托生! 四十二区へ情報紙を買いに行こうツアー~みんなで行けば全然怖くなんかないんだからね!~』が開催される運びとなった。


 主催は、現役『BU』っ子のモコカと二十四区教会のシスターソフィー。

 癇癪姫ことトレーシー・マッカリーの館の給仕長ネネ・グラナータ。

 そして、二十四区の次期領主候補、フィルマン・ドナーティだ。



 彼女たちは、大々的に素性を知られていない。

 ソフィーが情報紙への寄付を真っ先に打ち切ったリベカの姉であるとか、モコカがマーゥルの家の給仕であるとか、フィルマンがドニスの後継者だということもネネがトレーシー付きの給仕長だということも。


 さすがに同じ区の者たちは知っているだろうが、ちょっと区をまたげばその顔は知られていない。

 フィルマンはまだ世間にお披露目されていないし、ネネは給仕長という立場である以上に地味っ子なのでそもそも目立たない。

 ウサ耳が目立つソフィーでさえも、麹工場の関係者だとは知られていない。

 そもそも、麹工場のトップがあんな幼女だということ自体、世間には知られていないのだ。


 なので、うまいこと人員を配置し、「みんなで四十二区に行けば、情報紙が定価で買えるよ」という情報を流してもらった。

 若干頼りない面子ではあるが――マーゥルが綿密に計画を練ったようで、その成果は上々。こちらの予想以上の『BU』っ子を四十二区へと招き入れてくれた。


 ……あのオバハン、詐欺師の素質があるな。

 人の心理をよく理解してやがる。


 俺なら、この頼りない面子に働いてもらうために、事細かな脚本を用意して一芝居打たせるところだが、マーゥルは逆に連中の頼りなさを利用しやがった。

「こんな嘘も吐けそうにない頼りない、人を欺くような知能もなさそうな、どっちかって言うと負け組寄りな人が自分たちを罠にかけるわけがない。あぁ、そうか。こいつら、自分が情報紙を買いに行きたいけど怖いから仲間を集めようとしてるのか、なるほどな、しょうがないなぁ、力を貸してやるか。ついでに、自分も情報紙欲しかったし、これってきっとWin-Winだね☆」みたいな心理になるように、頼りない仕掛け人たちを動かして『BU』っ子たちを誘導したようだ。


 陽だまり亭で情報紙発行会と会談してから三日後に噂の『惨殺記事』の載った情報紙が発行され、それからさらに五日後の今日――モコカを先頭に大量の『BU』っ子がニューロードを伝いニュータウンへとやって来た。


『BU』七区からまんべんなく、老若男女が数十名。

 まるで修学旅行のような団体様が四十二区へと降り立ち、そして、そこに広がる光景に目を丸く見開いていた。


「さぁさぁ、今話題の最新スイーツ! 食べて歩けばとってもオシャレ! 恋人と一緒に食べれば恋の味を実感できる、甘い甘ぁ~いクレープですよ~!」


 ニュータウンには、煌びやかに着飾った人々が行き交い、目にも楽しいスイーツを片手に、あちらこちらに笑顔が咲いていた。



 そこには、『BU』内の貴族までもを顧客に持つ有名パティスリー(喫茶店だけど)ラグジュアリーの支店がその名の通りラグジュアリーな佇まいで見たこともないような華やかなスイーツを販売していた。

 そこに群がるのは、美の発信基地である素敵やんアベニューの姉妹店で磨き上げられたオシャレ女子たち。

 華やかさが留まることを知らない!


 メイクにネイルにヘアアレンジ。

 一目見て「この人、ワンランク上だわ!」と認めてしまうハイクラスな美女たち。

 着ている服も、目新しいながらも奇を衒い過ぎず個性的で、華美になり過ぎず華やかで、卑猥になり過ぎない程度にセクシーで。

 どんなに目の曇った田舎者であっても、その洗練されたオシャレさははっきりと理解できるであろう完成されたトータルコーディネート。

 プレゼンティッドバ~イ、オオバヤシロ&イメルダ~フィーチャリング・ウクリネス~だ。

 あ、マーゥルとルシアも監修とかいって一枚噛んでいる。貴族視点で見るオシャレや風格みたいなものが、イメルダにはまだちょっと足りてないんだと。

 まぁ、イメルダは浴衣を超ミニに改造するようなセンスだからな。伝統的な美しさよりも先鋭的な感性を強く持っているのだろう。


「……なに、ここ?」


『BU』っ子の平均的な女子が呟く。

 眼前に広がる、なんとも華やかな――都会的な魅力の溢れる光景に目を奪われて。



 さて、それじゃあ、もっと盛大に驚いてもらいましょうかね。

 そして堪能してもらうとしようじゃないか。



 情報紙には載っていない、本当の最先端の流行ってヤツをな。






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