293話 最低な一日 -4-

「お、おおばくんっ!? だ、だだだ、大丈夫なのかい!?」

「あぁ、いい! 動くな! ワシが医者に連れて行ってやる!」


 遅れてやって来たデミリーが俺の全身を不安げにペタペタ触り、業を煮やした様子でハビエルが俺をお姫様抱っこする。

 えぇい、降ろせ。

 オッサンの分厚い胸板が不快で仕方ない!


「偽物だ、この『傷跡』は!」

「えっ!? これがか!? ……どう見ても本物だな」

「私にも見せてくれるかい、スチュアート?」

「ほれ、見てみろアンブローズ」

「いや、先に降ろせよ!」


 お姫様抱っこのまま「ほら、ここ」じゃねぇんだよ!

 俺は子猫か!?


「うふふ。ヤシロさん、大切にされていますね」

「オモチャにされてる気分だよ、俺は……」


 ジネットが偉いさんがひしめく各テーブルを回ってお茶を出している。

 しっかり料金を請求しとけよ。

 こいつら、陽だまり亭を占拠してやがるからな。一般の客が遠慮して入ってきにくい空間にしやがって。貸し切り料金を別途請求してやろう。個別に。


「あ、こんにちわっす~。今日も盛況ですねぇ。あ、僕焼き鮭定食」

「オレ、カルボナーラ、ナーラ抜き」

「いや、ヤンボルドさん、それ結局なんなんっすか!?」

「この居並ぶ偉いさんたちを見ても、大工さんたちは普通に入ってくるですね」

「……この面子は陽だまり亭では見慣れた顔ぶれ。緊張も遠慮も必要ない面々」

「ちょっと待って、マグダ。その認識は改めようか」


 グーズーヤとヤンボルドに続いてどやどやと大工が飯を食いにやって来る。

 結構長く話し合いをしていたようで、気が付けば時刻は昼飯時になっていた。


「うはっ! 微笑みの領主様だ! ラッキー!」

「ぅきゃ~! こっち見た! まぶしいっ! その微笑み、100万ボルト!」

「エステラ、ここ飲食店だからさぁ……」

「ボクのせいじゃないよね!?」

「その前に、ウチの大工を不衛生みたいな扱いやめてくれるか?」


 オマールが俺に文句を言ってくる。

 エステラに言えばいいものを、俺に。


 トルベック工務店とカワヤ工務店の大工たちはすっかり打ち解け、信頼し合い、一緒の釜の飯を食って過ごしてきたかのような連携を見せている。

 誰とでもすぐ仲良くなれるとか、お前らはガキか。


「じゃ、ニュータウンに支部を三棟ほどよろしくな」

「「「「ちょっと待って!? なんのことかまったく話が見えないし、何を三棟!?」」」」


 カワヤ工務店の大工たちは声を揃えて驚いているが、トルベック工務店は違う。「あぁ……またなんかそーゆー感じかぁ」みたいな諦め顔をしている連中がほとんどだ。さすがだな、トルベック工務店!


「港の工事、今日の進捗はどうッスか?」


 今日は朝からこっちのミーティングに参加しているウーマロがヤンボルドたちに話を聞いている。


「ひ・み・ちゅ☆」

「グーズーヤ、説明するッス」

「問題ないですよ」

「おいおい。ナンバー2が完全無視されてるけど、アレが普通なのか?」


 オマールが戸惑い顔を晒しているが、……慣れろ。アレがトルベック工務店のナンバー2だ。


「ゴロつきはどうッスか?」

「もう全然平気です。仮に変なのがやって来ても、グスターブって人が物凄く怖い顔で辺りを見回りしてるんで、何も出来ないと思いますよ」


 マーシャの役に立ちたいグスターブが張り切っているらしい。

 じゃあ、しばらくは大丈夫か。


「グーズーヤ。お前、オマールと協力して港の工事をまとめられるッスか?」

「えっ!? なんで僕なんですか!? 棟梁とヤンボルドさんは!?」

「素敵やんアベニューの完成を急がなきゃならなくなったッスから、ヤンボルドは向こうの陣頭指揮を任せるッス」

「あぁ、女子受けはウチで一番ですもんね……」

「俺、女子力に、自信、ある」


 あるのかよ。

 まぁ、お前のデザインは女子受けするけど。


「オイラはニュータウンの再開発を進めるッス」

「え、それって棟梁がやらなきゃいけないんですか? 後回しでも……」

「ルシア様に『月の揺り籠』級のマンションを求められてるんッスよ!? オイラ以外の誰がやるんッスか!?」

「あぁ……ルシア様、ヤシロさんで薄めないと単体だと強烈ですもんねぇ……」


 ルシア、俺のいないところでどんなことしてんだよ。

 ……で、俺で薄めるってなんだよ?

 ルシア・オレか。……誰が牛乳だ。


「四階建ては後日でいいぞ。とりあえず支部を三棟でいい」

「ヤシロさん、さらっと『でいい』とか言ってますけど、鬼ですからね、その発言?」


 グーズーヤがなんか言っているが、所詮グーズーヤなので気にしない。

 ウーマロが出来ると言えば出来るのだ。

 もしそれでも反論があるようなら……


「あれ、グーズーヤ。なんか声変じゃないか?」

「ぎゃー! ガスライティング!? ヤシロさんのはえげつないですから勘弁してください!」


 何がえげつないんだよ、失敬な。

 ……そういえば、ベッコを最近見てないけど……あいつ、元気、だよな?

 あれ? なんか不安になってきた……


「お邪魔するでござる。頼まれていた似顔絵が出来た故、確認をお願いしたく参上つかまつったでござるよ」

「なんだよ、ベッコ! 元気なのかよ!?」

「拙者、何かしたでござるか!? すこぶる元気でござるけど、怒られる理由が分からぬでござるよ!?」


 めっちゃ元気そうだった。

 もう一回二回くらいガスライティングをしかけても平気そうだ。


「まぁ、本当にそっくりねぇ。すごい技術だわ」


 ベッコの似顔絵を見て、マーゥルが感心したように言う。

 ベッコには、例の首を掻き切られた(と、思われている)長髪のゴロつきの似顔絵を描いてもらったのだ。

 ……あれ? マーゥル、いつ見たのあいつの顔?

 あいつ今、牢獄だよな? 見に行ったの? どんだけ情報に貪欲なの?


「じゃあ、これはモコカに渡して、うまく情報紙へ提供させるわね」

「えぇ。お願いします」


 被害者(と、思われている長髪のゴロつき)の似顔絵は、うまいこと情報紙発行会の手に渡るだろう。

 被害者の似顔絵があると、一層凄惨さを演出できるからな。


「ややっ!? やややっ!?」


 マーゥルたちのやり取りを見ていると、ベッコが俺の前へ詰め寄ってきた。

 暑苦しい。


「どうしたでござるかヤシロ氏!? 酷い怪我でござる! レジーナ氏のもとへお連れするでござる!」

「落ち着け! 背負おうとするな!」


 あぁ、もう! 今日、なんだかオッサンとの触れ合いが多い!

 イライラする!


「ごきげんよう、諸君! 四十区、いや、オールブルームで随一のお洒落カッフェ~、『ラグジュアリー』のオーナーシェフにして、ヤシロ君のバディ、私だよ」


 俺のイライラがマックスになりかけた時、イラッとする声を発しながらポンペーオが陽だまり亭にやって来た。……呼んでねぇよ。


「そろそろ陽だまり亭に新作のケーキが登場している頃合いだと踏んでね、教わりに来てあげた次第だ」


 来んじゃねぇよ。

 今それどころじゃねぇんだよ。

 つか、教えねぇよ。


「ん!? んんん!? どーしたんだい、ベストフレンド!? 腕はシェフの命じゃないか!? その腕を怪我するなんて!? オーマイ、ディアフレンド……」


 と、泣きながらハグされて、イライラがマックスを振り切った。


「ポンペーオ。新しいスイーツ教えてやるから、今から一週間四十二区で支店出せ。大丈夫。どっちの区の領主もここにいるから許可はすぐ下りる。……俺がいいと言うまで、四十区へ帰れると思うなよ……?」

「な、なんだか知らないけれど、君の腕の代わりを出来るのは私だけだということだね? 分かった、協力しよう、マイブラザー!」


 くそぅ、腹立つほどポジティブだ!


「オオバ君はアレだね……人たらしだね」


 デミリーが、なんか悟ったような顔でうんうん頷いていたが無視を決め込む。

 オッサンどもに懐かれても嬉しくないっつーの!



 昨日と打って変わって……


 今日という日を総括すれば、最低な一日だったと言えるだろう。……けっ。






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