290話 情報紙発行会の言い分 -1-

 事が起こってから、連中の行動は早かった。


「この度は、当紙の記事によりご迷惑をおかけしたようで、誠に申し訳ありません」


 情報紙を発行している組織は『情報紙発行会』という、そのまんまの名前で、ギルドではなく会社のような形態を取っているようだ。

 有力者からの寄付と情報紙の売り上げで運営している。

 株式会社というより慈善団体に近いのかな、寄付が屋台骨になっているようだし。

 ただ、慈善活動は一切してないけどな。


 まぁ、最新の情報を素早く発信するってのは慈善事業に当てはまる……か?


 とにかく、団体の維持には有力者からの寄付が不可欠だ。情報紙の売り上げだけで今の規模をキープするのは不可能だろう。

 だから、今回のように大口の寄付をしている有力者を一遍に怒らせるのはタブー、自殺行為……の、はずなのだ。


 怒鳴り込んだリベカやドニスとは異なり、マーゥルは『そちらから出向いてこい』と通達をしていた。

 二十九区と二十三区の軋轢をチラつかせて。

 二十九区と二十三区が衝突するなんてことは、二十三区側が必死に回避するだろう。なにせ二十九区は、これから港が出来るぞって盛り上がっている四十二区とニューロードで繋がっているのだ。

 数ヶ月後には利益が爆上がりすることは目に見えている。


 そこと仲違いしてもいいことなど何一つない。

 特に、二十三区領主のイベール・ハーゲンは、マーゥルの恐ろしさを知っている世代でもあるしな。


 二十三区が保身に走るなら、情報紙発行会の本部を二十三区から叩き出すという選択を取るだろう。

 発行会としては、それだけはなんとしても阻止したいのだろう。連中はマーゥルからの呼び出しに素直に応じたようだった。



 そんなわけで、マーゥルたちが抗議をしてから数日後。

 発行会の取締役会長と情報紙編集長、そしてあの記事を書いた記者が揃って陽だまり亭へとやって来ていた。


 いや、だからなんで陽だまり亭だ!?


「マーゥルんとこでやれよ、こういう暑苦しいのは」

「あら? 約束したじゃない。記者が見つかり次第連れてくるって」


 確かに言ってたけども。

 会長と編集長なんて偉そうなのが二人もついてきてんじゃねぇか。


「今回、あの記事に憤りを感じたのは私だけではないもの。きちんと全員に説明をした方がいいと思うわ」

「はいっ。ミズ・エーリンのお心遣いに感謝いたしますです、はい!」


 編集長がハンドタオルで汗を拭き拭き頭を下げている。


 陽だまり亭は開店しているが、朝食のピークを過ぎ、ランチのピークまでもう少し時間がある。

 なので場所を貸す分には問題ない。

 だがまぁ、気ぃ利かせてなんか頼めよ、金持ちども。陽だまり亭懐石とかどうだ?


「あぁ、そうそう。このお店は、私が個人的に気に入っているお店なのよ。今回は『私のわがままで無理やり場所を提供してくれただけ』だから、不当な怒りを向けたりしないでちょうだいね?」

「はい、それはもちろんっ。あの、場所をお貸しいただいて、ありがとうございますっ」


 編集長がジネットにぺこぺこと頭を下げる。

 コメツキバッタのような編集長だ。腰が低いというか、とにかく全部謝っとこうみたいな頼りなさと気の弱さが全身から迸っている。

 ただまぁ、その謝罪の言葉はことごとく軽く感じるけどな。

 とりあえず全部謝っとけ感とでもいうか、何を言っても「はい、すみません」って感じだ。


 テーブルを二つくっつけ、入り口に背を向けるように会長、編集長、記者が座っている。

 マーゥルがそのように座らせた。下座だ。自分たちとの立場の違いを明確に知らしめている。


 発行会の連中の前には、マーゥルとドニスが座り、ドニスの隣にはリベカ、ルシア、エステラが座っている。

 バーサ&給仕長はそれぞれの主の後ろに立っている。

 マーゥルの隣にはイメルダが尊大な態度で座っている。

 そして、誰が呼んだのか、イメルダの向こうにマーシャとメドラが並んで座っている。


 ハビエルは「こんだけ恐ろしいメンツが揃ってるなら、優男のワシは必要ないだろう。ワシは街門周りの警戒を強めておく」と言って欠席している。

 ハビエル家では、優男と書いてヒゲだるまと読むらしいな。……誰が優男だ。


 そんな恐っろしい面々に睨まれて、編集長だけが萎縮している。

 そう、編集長だけが。


「まぁ、しかしあれですな」


 でっぷりと太った会長が横柄な態度でホホ肉の余った口を開く。


「当会の情報紙は様々な情報を扱っておりますのでな、すべての記事がすべての読者様の意に沿うということは……ふふっ、これはあり得ないことだということもご承知おきいただきたいものですな」


 ……なんで途中で笑いを入れた?

 すごいなお前。

 この状況でさらにケンカをふっかけてくるとか、寄付金なんかもういらないって言ってるようなもんだな。きっとそうなんだろうけど。


「えぇ、そうね。誰かにとって都合が悪い記事もあるでしょうね。それは理解しているし、重々承知しているわ」

「では、此度のことも、ここまで大袈裟に騒ぎ立てなくとも――」

「ただね。許容できるのは、それが事実であった場合だけよ。悪意を持って誤情報を流布されて何もしないのは愚か者だけだわ。……それとも、あなたには私たちが愚か者に見えているのかしら?」


 マーゥルが笑みを深める。

 ……怖っ。


「悪意と言われましてもねぇ……」


 マーゥルからあからさまな敵意を向けられてもなお、会長は態度を変えず横柄に、ややにやけて、記者の方へと顔を向ける。


「お前、悪意があったのか」

「いいえ。アタシはただ得た情報を嘘偽りなく記事にしただけですけどね」


『精霊の審判』では『会話記録カンバセーション・レコード』に記録されない感情部分は裁けない。

 好きなヤツに「嫌い」と言ってもそれを証明できないように、「悪意はなかった」という感情部分は『精霊の審判』では裁けない。

 それを知っているからこそ、これだけ堂々と嘘が吐けるのだろう


 大したタマだ。

 面の皮が多層構造にでもなっているらしい。


 記者は、若い女だった。

 唇を尖らせ、頬を膨らませて、ふてくされ顔が癖になっているのか、入ってきた時からずっとその表情だ。


「嘘偽りはないと、そなたは申すのだな?」


 ドニスが記者を睨む。

 だが、記者は不機嫌そうに眉を寄せドニスを睨み返した。


「信じられないなら『精霊の審判』をかければいいじゃないですか。まぁ、それでアタシがカエルにならなかったら、このこと全部記事にしますけどね。嘘偽りなく、事細かにね」


 嘘偽りはなくとも、大袈裟に誇張して、そして視点を大きく変えて書くつもりなのだろう。

 自分から「『精霊の審判』をかけろ」と言っておきながら、いざかけられると「その領主は問答無用で『精霊の審判』をアタシにかけた」とでも書くつもりなのだ。


「この記事から受ける印象は、ここにいるすべての者が知っている事実と異なっているように読み取れるのだが、それはどう説明をするつもりだ?」

「さぁ? まっ、解釈は人それぞれなんで。アタシはアタシが思った通りに書いただけなんで。それが違う風に受け取られちゃったのかなぁって感じですね。でも、こっちの伝えたいことが100%相手に伝わることなんてないですよね? 100%ですよ? あります? 1%も違わずに、完璧に伝わることなんて? どうです?」

「今はこちらが質問をしているのだ。そなたが質問をする場ではない」

「あ、そーなんですかぁ? じゃ、それアタシには伝わってなかったですよ。難しいですよねぇ、伝えるのって」


 おちょくるように記者は笑う。

 あくまで『伝わらなかっただけ』だと言い張るつもりのようだ。


「でもまぁ、迷惑をかけたんだったら謝りますよ」


 それは謝罪ではない。

『迷惑をかけたのなら』ということは、自身が『迷惑をかけていない』と思っている以上、どのような謝罪の言葉も『でも迷惑はかけてないしノーカンね』ってことになる。


「謝罪なんて意味がないわ。あなたが頭を下げたところで、何一つ利益は生まれないもの。意味のないことに価値はないの。価値もないことをして、やったつもりになられるのは迷惑だわ」


 マーゥルが女記者の詭弁をバッサリと切り捨てる。

 うん、こういうタイプ、マーゥルは嫌いそうだよな。


「じゃあ、訂正記事書きますよ。それでいいですよね?」


 それは当然の処置であって、お前が「それでいい」なんて言っていいことではない。

 最低限やるべきことをして譲歩した風を装うのも、嘘吐きの常套手段だ。


「では、あなたが伝えようとした内容をここで説明してくれるかしら? あなたの解釈が間違っているのなら、訂正記事をどれだけ書いても意味がないでしょう?」

「あぁ、それは出来ないですねぇ。アタシは文章を商売にしてるんで、文章を見て判断してもらう以外無理っていうか、嫌なんですよねぇ。アタシが何を伝えたいかは、文章を読んで感じてください、ってことで」

「その文章が誤解を与えたのでしょう?」

「そこはアレですよね、アタシも完璧な人間じゃないんで、そういうこともありますし。みなさんもありますよね?」


 マーゥルが口を閉じた。

 記者はそれを見て「論破した」と思ったようだ。口角を持ち上げやがった。

 バカだな……


 この一連で、マーゥルは決断したんだよ。


「よく分かったわ」


 にっこり笑うマーゥルの顔がはっきりと物語っている。

「今の情報紙とこの記者は存在することを認めない」ってな。

 もう、有耶無耶な解決は期待できなくなったぞ。


「ヤシぴっぴ。何か言いたいことはあるかしら?」


 マーゥルが俺に話を振った。

 エステラとルシアに、「穏便な解決案が潰えるまでは絶対に口を挟まないこと」と会談前に釘を刺されていた俺に。


 はは、マーゥル。

 領主たちに相談なく決断しちゃったんだな。


 一応、エステラやリベカ、ドニスたちに視線を向ける。

 皆一様に似た瞳をしていた。


「もういいわ」って瞳を。



「それじゃあ、一個だけいいかな?」



 そうして、俺は満面の笑みで語り始めた。






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