290話 情報紙発行会の言い分 -2-

 少し時間は前後するが――


 発行会の連中が来る前、陽だまり亭に集まっていた各区領主とギルド長&リベカたちと話をした際、このようなことを聞いていた。


「情報紙は寄付で大部分を賄っているとはいえ、寄付がなくなっても即倒産ということにはならないであろう。まして、寄付をしていた一部の者が手を引いたくらいではビクともしない。……まぁ、多少は焦るだろうが、だからといってこちらの要求を唯々諾々と聞き入れることはないだろう」


 とは、ドニスの談だ。

『BU』の他の領主を始め、『BU』内にいる多数の貴族たちが情報紙発行会に寄付を行っている。

 一般に発売されるよりも早く情報紙が手に入るというのが『BU』では大きなステータスなのだ。


 なにせ、流行の最先端を先取りできるのだ。

 見栄と面子の権化たる貴族たちにとって、これ以上魅力的なことはない。


 他人より一歩早く流行を取り入れることで、さも自分が流行を発信しているかのような錯覚を味わえる。

 他人の後塵を拝するのが我慢ならない貴族連中は、少しでも早く情報紙を手に入れようと、競って寄付を行っているのだろう。


「麹工場が大口と言っても、全体の5%~8%程度じゃろうかのぅ」


 全体の5%でもすげぇけどな。

 月に一億円の寄付があるとすれば、リベカだけで五百万円寄付していることになる。

 他の寄付者がどれだけいるのか知らんが、他のヤツらが五万円、十万円、えぇ~い十五万円だ! とか言っている横で五百万円を「ほい、いつものヤツね」ってぽ~んと出せるのだから大したもんだ。


 だが、替えは利く範囲だな。

 麹工場がなくなろうと、他で穴埋めが出来ない訳ではない。

 そしておそらく連中には、これだけあからさまな行動を起こした『見返り』があるのだろう。


 オールブルーム随一の税収を誇る三十区と、そのバックについている三等級貴族から、大層美味しい『エサ』をもらったから、情報紙発行会はほいほいと釣り上げられたのだ。

 正直、寄付の打ち切りを武器に連中に打撃を与えるのは難しいだろう。


 それどころか、下手に反発すれば『圧力をかけ記事に干渉してくる権力者たち』なんて記事を出されかねない。

 ここまで来れば、明確に敵対関係にあると言えるだろう。


 で、そんな情報紙発行会の連中を見てみたら、ま~ぁ敵意剥き出しの「は? 俺がなんか悪いことした?」状態だったわけだ。


 一人ぺこぺこ頭を下げている編集長にしたって、顔と言葉は「申し訳ない」と言っているが腹の中では「こうして謝っとけば文句ないんだろ?」って感情が見え隠れしている。

 こっちの話を遮るように「いやぁ、すいませんすいません」って言ってる節もあるしな。


 誠意のない謝罪はいくつかの型があるが、オーソドックスなのは次のようなパターンだ。

 まず、「あなたのおっしゃるとおりです」と相手を肯定する。

 そして「こちらの不手際で迷惑をかけました」と自分の非を一部認める。

 その流れで「本当はこういう意図があったのですが、結果的にこのようなことになってしまって申し訳ない」と『不幸な行き違いがあった』と主張する。

 謝っているのは、『望まない結果になってしまったこと』に対してであり、根本的な自身の非は認めない。有耶無耶にして明言を避ける。


 食中毒を発生させた飲食店であれば、「衛生管理は万全に行っていたが、今回何かしらの理由でチェックが十分ではなかった。ご迷惑をおかけした方には申し訳ない」という具合に、『衛生管理が杜撰だった』ということは決して認めない。

 今回、たまたま、運悪く、ミスが起こってしまったというスタンスで『今回のミス』を謝るのみだ。


 窃盗事件なら「つい魔が差して」と同じ言い逃れだ。

 場当たり的で、上っ面だけの、口先でさえずる軽ぅ~い言葉だ。


 いつもはこうじゃない。

 本当はもっとちゃんとしている。

 今回はたまたま、今回だけ、どういうわけか今回に限り、ちょっと悪い結果になってしまった。ホントこっちもびっくりなんだけどね。いやぁ、こんなに悪い偶然が重なることってあるんだねぇ、怖いねぇ、気を付けようね、お互いね。ってなもんだ。


 これを「反省している」と受け取れるヤツは、まぁいないだろう。


 それでも、こっちサイドとしては、最初は「とりあえず向こうの出方を見よう」ということになってたんだぞ?

 話を聞いて、記者の暴走なら記者を消して手打ち。

 ……わぁ、表現が怖い。


 記者が未熟故の悪意なきミスなら、訂正文と謝罪文の掲載で許そうという意見も出ていた。

 主に甘ちゃんのエステラと、どのような些細な可能性も潰さずに検討材料として残しておく用心深いマーゥルあたりから。


 だが、結果は真っ黒。

 情報紙発行会は、そのトップから末端まで真っ黒に染まっていた。


 なので、全会一致でお取り壊しが決定してしまった。

 あぁ、残念。まぁ、無念。


 で、俺が居並ぶおっかない権力者たちの後ろから発行会の連中に言葉を向ける。


「一つ俺の提案をのんでもらえれば、今回の件はなかったことにして、元通りここにいる連中が寄付を再開するように働きかけてやってもいい――っていうか、殴ってでも払わせてやるんだが、どうだ?」


 俺の言葉を聞いて、編集長が会長へ視線を向ける。

 会長は訝しそうに眉根を寄せつつ俺を見て、編集長に向かってアゴをしゃくった。


「あなたのご提案はとても魅力的だとは思いますが、内容によりますね」

「安心しろ。慰謝料として一億Rb払えとか、俺を会長にしろとか、そんな無茶なもんじゃねぇよ」

「いちぉく……っ。そ、それは、不可能ですね……」

「だから、そんなバカな話じゃないって」


 驚き過ぎて不整脈でも起こしたのか、編集長は青い顔で心臓をぎゅっと押さえつけた。

 びっくりし過ぎで死ぬなよ? 陽だまり亭を事故物件にするわけにはいかないんでな。


「と、とりあえず、内容を聞かせていただいても?」

「あぁ、その前に、確認したいんだけどさ」


 まずは、提案を断らせないための布石を打っておく。

 到底突っぱねられないような布石を。

 それを突っぱねるなら、完全決裂を『そちら側が』選択せざるを得ない布石をな。


「情報紙に載る記事は、みんな記者任せでノーチェックなのか?」

「いえいえ。各セクションの統括責任者――当会では『デスク』と呼んでいますが、そのデスクがチェックをしております」

「不備があれば書き直させたり、時には没にしたり?」

「そうですね。記者も千差万別。未熟な者の記事は載せられませんから」

「デスクがチェックしているからって理由で、あんたはチェックしないのか?」

「もちろん私もチェックは行っております。最終確認をして承認するのが私の仕事でありますれば」


 情報紙は、記者が記事を書き、デスクが推敲して、編集長が承認して世に出回るらしい。


「じゃあ、例の記事はデスクも編集長であるあんたも確認をして『問題がない』と判断したってことでいいのか?」

「いえ、まぁ、我々としましても、毎回万全を期しているつもりではありますが、今回のような事案も完全に防げるわけではありませんので、今回のことに関しましては誠に申し訳なかったと――」

「謝罪はいいんだ。もう聞き飽きた」


 お前の謝罪は中身がないからな。


「つまり、チェック体制は整っているが、稀にそのチェックを掻い潜って意図しない『誤解を与えかねない未熟な記事』が掲載されることもあり得るって訳だな?」

「まぁ、彼女も申しておりましたが、完璧というものは、目指していてもなかなか難しいものでありますれば」

「そこの、クッソ未熟な、言葉の使い方も知らない、教養がまったく足りていないド三流の記者が書いたようなゴミ以下の記事だって掲載されることがある、と?」

「ちょっと、誰がド三流――!?」


 ぶち切れた記者がツバを飛ばしながら立ち上がりかけたが、それは編集長の腕によって阻止される。

 記者が編集長を睨むが、編集長は黙って首を横に振るのみだった。


「チッ! …………は~ぁ!」


 舌打ちをして、「アタシ、めっちゃムカついてるから!」って言葉をため息で表現して記者がどさっと座り直す。

 お、テーブルを蹴りやがったな。


「おい、テーブルを蹴るな」

「は? 当たっただけですけど?」

「そうか、当たっただけなら謝る必要もないか」

「偶然でしょ? よくあることじゃん! いちいち謝れっての?」

「そうだな。よくあるし、謝る必要はないな」


 笑顔で言って、メドラへ顔を向ける。


「メドラ。ずっと座ってて体がなまってないか? 体操でもしたらどうだ? 近くにあるものに『でっかい音が鳴るくらい思いっきりぶつかっても』それはよくあることで謝る必要はないらしいから」

「そうかい。いやぁ、助かったよ。どうにもアタシはね――」



 ドゥ……ッ!

 と、メドラの正拳突きが空気を振動させ、おっそろしい音を立てる。



「頭を使うより体を動かす方が好きみたいでね」


 メドラがゆらりと立ち上がると、記者は編集長に背中をバシバシ叩かれて焦り気味に口を開いた。


「分かりました、謝ります! 謝ればいいんでしょ!? どーもすみませんでした! これで満足ですか!?」

「謝罪はないようだね。じゃあ、体操を始めるかね」


 謝罪ではない謝罪風の悪態はメドラの耳には届かなかったらしい。

 が、物理的に消してしまっては陽だまり亭が事故物件になってしまう。


 メドラを一旦座らせる。

 どーどー。どーどー。


「――と、ご覧のように、『謝罪の言葉』一つ知らないような無知蒙昧なド四流な記者が書いた記事でも情報紙には掲載されるわけだな?」

「え……あぁ、まぁ……そう、ですね」


 メドラの威圧が心臓に利いたのか、編集長が死にそうな顔色になっている。


「だから、俺からの提案なんだが――」


 これをのんでくれれば、今回の件は水に流してやるよ。




「俺の書く記事を十週、一文字の訂正もなく情報紙に掲載してくれよ」




 さぁ、どう出る? ん? 発行会の会長さんよ?






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る