289話 物事は水面下で動く -4-

 陽だまり亭に入ってくるなり、イメルダは傲岸不遜な顔で胸を張り契約書をテーブルに叩きつけた。

 それは、寄付打ち切りの手続きのようだった。


「『事実と異なる情報しか載せないような情報紙など必要ない』と、言ってまいりましたわ」


 どうやら、イメルダは情報紙を発行している本部へ乗り込んでいったらしい。


「どこにあるんだ、本部?」

「二十三区ですわ」

「じゃあ、二十三区の貴族も協力してる可能性が――」

「あの記事を書いたのは二十九区の記者らしいですわよ」


 なるほど。

 本部の連中は裏取りを怠っただけの、ただの無能集団ってわけか。

 コンプライアンスのちゃんとしていない企業の末路は悲惨なものだってのに。

 どんなものでも、どんなことでも、やるべきことはちゃんとやるってのが、長く続けるコツなんだけどなぁ。


「邪魔をするのじゃ! 我が騎士はおるかの!?」


 バッターン! と、でかい音を立ててドアを開け放ち、長い両耳を「ピーン!」と立たせたウサギっ娘、リベカがお付きのバーサを伴って入ってくる。


「おぉ、我が騎士よ! 見たのじゃ、この酷い記事を!?」

「私、怒りで全身の震えが止まりませんでしたとも」


 テーブルに例の情報紙を叩きつけて肩を怒らせるリベカに、ぷるぷると小刻みに震えるバーサ。

 ……バーサのは加齢が原因の震えじゃないの? 違うの?


「本部に乗り込んで事情を聞いたところ、『記者が見たままを書いた』などと抜かしおっての。事実と異なるのじゃと詰め寄れば、『記者が未熟だったのだろう』などと苦しい言い逃れをしおったのじゃ!」


 情報紙本部の対応は概ね予想通りといったところか。

 それが、記者を庇ってのことなのか、責任逃れのためなのか、はたまた本部ごとグルですっとぼけているのかは分からんが、どんなアプローチをしようとそれ以外の言葉は引き出せないだろう。

 不祥事を起こした大手企業の言い訳なんか、「監督不足」か「個人のミス」くらいしかないもんな。


「あまりに腹が立ったので、その場で寄付の打ち切りを宣言してやったのじゃ!」


 リベカもかよ!?


 たしか、リベカの麹工場はかなりの大口寄付してたんじゃなかったっけ?

 そこを切られたのは相当痛手だろうな。

 今頃、大慌てで役員会議でも開いているかもしれない。


 とかなんとか言っていると、荒々しい蹄の音がガラガラという車輪の音と共に近付いてきた。

 ……うん、嫌な予感がする。


「邪魔をするぞ。おぉ、ヤシぴっぴ。おったか」

「ドニス……まさか」


 リベカのように荒れ狂ってはいないが、確実にぶち切れていると分かる目つきでドニスがフロアへ入ってくる。

 そして、懐からぐっしゃぐしゃに丸められた情報紙を取り出す。

 読み終わった瞬間に丸めたんだろうなぁ、あれ。


「『ワシが協力している港の建設を邪魔するのが貴様らの狙いか』と一喝してきてやったわ」


 やっぱ本部行ってたかぁ。

 っていうか、ドニスも情報紙に寄付してたんだな。

『BU』の領主として一応やっとくかって感じか、……もしくはマーゥルのとこで給仕をしているモコカがイラスト提供してるから、マーゥル繋がりで寄付するようになったのか……


「ドニスも寄付してたんだな」

「まぁ、一応『BU』の領主としてな」


 あぁ、よかった。

 まともな方の理由でだった。


「あと、大切な人の関係者が世話になっていると聞いて、寄付金を増額したところだった」


 あー残念。

 ダメな方の理由もだった。


「だが、今回のことで寄付は打ち切りだ。知らぬ存ぜぬを押し通そうとする編集長に『その目で真実を見てこい』と言っておいた。責任を持てぬ流言を広めることは精霊神様の意思に背く行為であるとな」


 ずぴぃー! と、鼻から息を吹き出してドニスが一本毛を揺らす。

 相当ご立腹な様子だ。

 こりゃあ、しばらくは怒りが収まらないだろうなぁ……と、思っていると。


「あら、さすがですわ、DD」


 マーゥルがたおやかな足取りで現れ、手弱女然とした笑みを浮かべる。


「義を重んずるあなたらしいお言葉だわ」

「マ、マーゥ……ミズ・エーリン!」


 マーゥルに褒められて、一本毛が嬉しそうにぴょっこぴょっこ揺れる。

 機嫌直っちゃったよ!?

 奇妙な感情表現をするな! 抜くぞ、その一本毛!


「あまりに荒唐無稽で呆れてしまったわ。ダメね、こんな記事を書く記者も、こんな記事を採用する責任者も」


 リベカやドニスほど声量はないが、他の誰よりも恐ろしい怒気を纏っている。

 めっちゃ怒ってんじゃねぇかよ、マーゥル。

 そして、マーゥルの後を追うようにもっと怒りのオーラを発しているモコカが陽だまり亭へ入ってくる。


「ウチのモコカにも、当面は寄稿を自粛してもらうことにしたの」

「大将に言われるまでもねぇぜですよ! こんな馬鹿げた話があるかってんだ、コンコンチキさんめ! 私のイラストは見る人を幸せにするために描いてんだっつーんですよ! 人を不愉快にさせるところになんかイラストを載せたら、師匠に向ける足がねぇってんだですよ!」

「目上の人に向けるのが顔で、向けて寝られないのが足よ、モコカ」


 ことわざをいまいち理解していないらしいモコカ。

 だが、言いたいことはなんとなく分かるし、ベッコになら別に足を向けて寝てもいいと思うぞ。


「師匠が草葉の陰で泣きやがらぁですよ!」

「そっか、ベッコ死んだのか」

「亡くなってませんよ!? モコカさん、言葉は正しく使わないとダメですよ」


 おろおろと、ジネットがモコカの間違いを訂正してやっている。

 別にそのままでもいいと思うけど。

 つか、言葉の前に言葉遣いを直せって話だよな。相変わらずけったいなしゃべり方しやがって。


「港が完成すれば、ニューロードで四十二区と接する二十九区の税収が上がるもの。それを邪魔立てするというのであれば、領主の家に連なる者として黙っていられないわ」


 そう言われれば、情報紙の本部も返す言葉がなかっただろう。

『BU』内で他区領主への攻撃がなされたとなれば、本部が存在する二十三区が対応に追われることになる。

 最悪、二十三区は情報紙本部へ立ち退きを命じるかもしれない。


『BU』は共同体だ。

 その中で不和を生む存在は、どこの区にも受け入れてはもらえないだろう。

 じゃあ、『BU』以外の区へ本部を移すか?

 そうした瞬間、『BU』へ持ち込むのに税金がかけられて値上げを余儀なくされるがな。

 あの影響されやすい若者が多い『BU』でこそ一番売れる情報紙だというのに。

 マーゥルとドニス、それに『BU』の収入源のうち、かなりの割合を占める麹工場の最高責任者を怒らせたのは痛いな。

 情報紙本部は、何かしら対応を迫られることになるだろう。


 もし、ここで三等級貴族がしゃしゃり出てきたら……

『BU』と外周区の領主を強引に引きずり込んで同盟を組ませることが出来るんだけどな。

 被害が四十二区以外にも拡大するから。「明日は我が身」と思わせられれば「あ、お前んとこ協力しないんだな。それでいいんだな?」って追い込める。


 問題が大きくなればなるほど、三等級貴族は身動きが取れなくなる。

 こちらと同じ状況へ誘い込むことが出来る。


 ……まぁ、そうなるのが目に見えているからしゃしゃり出ては来ないだろう。

 三等級貴族にしてみれば、情報紙での偏向報道などたかが嫌がらせの一つに過ぎない。

「別のやり方に変えろ」と言ってしまうのが一番簡単で被害が少ない。

 ウィシャートだって、それに逆らってまで偏向報道を続ける気はないだろう。


 これで情報紙の問題は収束するだろう。

 本部は打撃を受け、信用に傷を付けた。

 まぁ、倒産とまではいかないのだろうが、しばらくは経営が苦しくなるだろう。

 捏造の事実が広まれば、読者離れも起こすだろう。

 情報紙の影響力は一気にしぼんでいくことになる。


 まぁ、それくらいが妥当な落としどころか。

 情報紙に携わる者の中には、今回の件とまったく無関係の者も多くいるだろうし、そいつらを無視して倒産させると不幸の連鎖が起こりかねない。


 まぁ、紙面にでっかく謝罪文でも書かせればそれでいいだろう。



 ――と、思ったのに。


「とりあえず、あの記事を書いた記者の詳細を問い合わせてあるから捕まり次第連れてくるわね。どんな意図であのような偏向をしたのか、自身の口で語って聞かせてもらいましょう。もちろん、嘘を吐けばこの街のルールによって裁かれてもらうことになるわね」


 うふふと、上品に笑うオバハンが、めっちゃ怖い……

 あぁ、この人は逃げ道を一個ずつ確実に潰してから追い込むタイプの人なんだ……仲違いしないように気を付けよ。



 なんというか、俺以上に周りが怒ってるから、怒るタイミングを見失いつつあるんだよなぁ……






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