289話 物事は水面下で動く -3-

「今の情報が一番びっくりした」


 俺の反応を見て、ルシアが嬉しそうにほくそ笑んでいる。

 嬉っしそうに……


「この情報を言いたくて馬車で駆けつけたのか?」

「ふふん。貴様の間抜け面にそこまでの価値があるものか。ついでの余興だ、その馬鹿面はな」


 その割には楽しそうじゃねぇかよ。


「オルキオさんって、あのオルキオさん……ですよね?」


 ジネットも、急に知り合いの名前が出てきて驚いているようだ。

 直接自分に関係なくとも、知り合いの話題が上がるとドキッとしてしまうことがある。

 落ち着かせようとしているのか、ジネットは自身の大きな大きな、それはもう雄大な胸を両手で押さえている。めっちゃこぼれてるけどな。

 その様は、さながらアルプス山脈をハンドタオルで覆い尽くそうとするかの如し。無謀な行為なのだ。


「オルキオさん、そのようなこともされていたんですね」

「オルキオの家は、そこまで大きいわけではなかったが、三十五区でも有名な家だったからな」


 三十五区を思い出したのか、ルシアがブイヤベースの中のムール貝をスプーンで突く。

 ムール貝がスープの中でくるりと反転する。


「オルキオの家では、三十五区に住む獣人族――当時、亜人や亜種族と呼ばれていた者たちを統括していたのだ」


 職のない亜人たちを集め、その身元引受人になる代わりに上前をはねる。

 人材派遣会社のようなことをしていたらしい。

 ……というか、人身売買に近いのかもな。


 派遣された亜人たちはキツい肉体労働や、危険な門番などの仕事に就いていた。

 想像だが、おそらくゴロつきにやらせるような荒事にも従事していたのだろう。

 貴族には必要な人材だからな。

 労働環境は、おそらくさほどよくなかったのだろう。


 汚れ仕事を引き受けてくれるところは必要だ。

 誰しも、汚れ役は担いたくない。

 とはいえ、あまり距離を取り過ぎるといざという時に頼りにくい。


 一番いいのは、直接関係はないという立場を取りつつ、秘密裏に、それも強力に、且つ迅速に影響力を発揮できるパイプを持つことだ。

 それには、家を出た令嬢を嫁がせるなんてのが最も効果的だろう。


 ギルベルタの父親が門番をやっていたって言ってたが、そういうのも、オルキオの実家が取り仕切っていたのかもしれないな。

 獣人族や虫人族のパワーが桁違いなのはもはや語るまでもない。

 しかし、『亜人』と蔑んでいる者たちに守られる、頼む、頼るってのが出来なかったのだろう、その当時の貴族たちは。


 だから、中間管理職が必要だった。


 実際は獣人族たちが守っているのだが、オルキオの実家がその間に立つことによって貴族が守っているという言い分が成り立つ。

 獣人族を使って街を守る貴族。

 貴族たちはその貴族をフィルターにして、獣人族の存在を見ないフリが出来る。


 ……気分の悪い話だ。


「オルキオさんは、そのようなお仕事をされていたんですね」


 驚きからか、それとも話の内容からか、ジネットが少し不安げな表情を見せた。

 なので、俺なりの解釈を口に出しておく。


「ラッキーだったかもな」

「ラッキー、ですか?」

「だって、オルキオだぞ?」


 まぁ、取り仕切っていたのはオルキオの実家のヤツなのだろうが――


「オルキオなら、獣人族や虫人族を悲しませるようなことはしなかったよ。なにせ、アゲハチョウ人族のシラハを愛し続けた男だからな」


 ウェンディの母親やニッカやカールたちが抱いていた人間への不信感を見るに、その派遣業はあまりいい待遇ではなかったのではないかと推測できるが……

 ジネットがそんなことを気に病む必要はない。


 お前は、お前の見た世界に生きていればいい。


 もし仮に、オルキオがその家の当主になっていたなら、絶対待遇の改善に取り組んでいただろうしな。

 亜人差別反対派の女領主とタッグを組んで。


「そうですね。オルキオさんなら……きっと、そうだったのでしょうね」

「まぁ、若いうちに家を追い出されたみたいだから、その仕事に従事していたかどうかも分かんないけどな」

「そうですね……でも」


 ふわっと、ジネットの口がほころぶ。


「きっとそうなんだろうなって、そう思わせてくれる人ですよね、オルキオさんは」


 信頼できる。

 それがもう答えでいいのではないかと思う。

 その人間の生きた時間が、今のその人格を形成するのなら、オルキオは間違いなく正しい時間を生きてきた善人だと言える。


 だからこそ、実家と衝突してしまったのだろうが。


「今度、オルキオに話を聞いてみるか。その時の教え子について」


 ウィシャート家の令嬢。

 可能なら、接触を図ってみる価値はある。

 女児は問答無用で外に出されるという風習の家なら、詳しい情報は得られないかもしれないが。

 というか、ウィシャートの血を色濃く受け継いだ女なら、接触することすら危険かもしれない。

 その辺をオルキオから聞いて判断してもいい。


「今頃は、旅行中でしょうか?」


 以前、ドニスにもらった『月の揺り籠』の宿泊券をプレゼントしたのだ。

 ムム婆さんたちも、今ちょうど二十四区旅行に行っているらしいし、オルキオも行ってるかもな。

 ゼルマルとか、うるさいジジイを避けるために敢えて日付をズラしてる可能性はあるが。

 ……いや、オルキオはそういうことをしないタイプか。

 シラハが「絶対嫌!」とでも言わない限りはな。


 シラハが一番で揺るがないが、四十二区のジジイどものことはその次くらいに気に入っているようだし。


「ふぅ……」


 話が一段落し、エステラが長い息を吐いた。


「いろいろな情報が一気にやってきて、頭が凝ったよ」

「揉んでやろうか?」

「結構だよ」

「なんでだよ。ちゃんと頭も揉んでやるぞ?」

「頭『も』って言ってる人には頼めないよ!」


 なんだよぉ、人の親切をさぁ。


「……今もたらされた情報をまとめると」


 じっと黙って話を聞いていたマグダが、静かな声で言う。


「……ウィシャートは頃合いを見てぶっ飛ばす、ということでOK?」

「ちゃんと聞いてたかい、マグダ!? 何か行動を起こす前には、ボクに一言相談してね!?」


 OK。

 マグダがウィシャートにイラついていることはよぉ~く分かった。

 隣で「うんうん!」と力強く頷いているロレッタもな。


「こほん」と、咳払いをして、アッスントが人差し指を立てて聞きやすい声で話し始める。


「三十区領主は二十二区領主と繋がっている可能性が極めて高く、二十九区にいる貴族が協力している。二十九区の貴族の狙いは領主の座である――かもしれない。三十区領主はガードが堅く情報が入ってきにくいが、意外なところでこちらと懇意な人物と接点があったので後日何か情報が得られないか接触してみましょう――ということですね」

「なるほどです。で、まずは二十九区の貴族をやっつけるですか?」

「よし、ロレッタも一回落ち着こうか」


 鼻息の荒いロレッタを諫めるエステラ。

 これ、エステラが「テメェら、もう容赦しねぇぞ!」ってぶち切れたら、四十二区総蜂起なんてこともあり得そうだな。


「気持ちは分かるからさ、もうしばらく穏便に行動してくれるかい? 大丈夫。最終的にはボクがちゃんと落とし前を付けさせるから」

「……エステラの落とし前は、激甘」

「店長さんの次に甘いのがエステラさんです」

「でも、そこがエステラさんのいいところだと思いますよ。優しいエステラさんが、わたしは大好きですよ」

「あぁ、ジネットちゃん! マジ天使! すごく癒やされる!」


 エステラがウーマロ病を発症している。

 ターゲットが違うからウーマロ病の亜種だな、アレは。


「エステラ様。一部確認をしていただきたいところがあるのですが」


 ナタリアが、書類を持ってエステラのもとへ歩み寄る。

 手にした書類をエステラに向け、該当部分を指さして説明をする。


「『今後、組合が調子に乗ったことをした場合、問答無用でぶっ潰す』という項目なのですが、決起するのは四十二区と三十五区の連合軍ということで問題ないですか?」

「問題しかないよ、その一文! 削除しといて!」

「分かりました。文末に『なんちゃって』と付けておきます」

「ちゃんと削除して!?」


 穏便に済ませたいのは、どうやらエステラだけらしい。

 ルシアも愉しそうに肩を揺らしている。


 まぁ、現実問題として、こうも貴族が多く絡んできている案件で「知るかコラァ! 上等じゃボケェ!」と大暴れするなんてことは現実的ではないが、心情的にはみんなそれくらいのことを思っているのだ。


「……ボクだって、別にウィシャートの味方をしたいわけじゃないよ……でもね、ボクには領民を、みんなを守る義務があるからさぁ……だから、仕方なく…………嫌々だからね、穏便な案は!」


 あまりに賛同が得られないからか、エステラが涙目になっている。

 あ~ぁ。ジネットが立ち上がって慰めに行ったよ。

 いいなぁ。俺もあの膨らみの間に顔を「むぎゅっ!」ってしてみたいし、されてみたい。


「……エステラも苦心しているのは分かった」

「エステラさんの涙に免じて、今回はおとなしくしているです」

「オイラも、降りかかる火の粉は払うッスけど、こちらから特に何かするつもりはないッスよ」


 マグダとロレッタの怒りの理由はトルベック工務店への嫌がらせが大部分を占めている。

 その代表であるウーマロがそう言っているので、とりあえず今は拳を収めるだろう。


 まぁ、何かする時には大暴れすりゃいいさ。

 ただ、その『何かする時』までは、向こうに勘付かれないようにおとなしくしておけってこった。


 そんな感じで話がまとまりかけた時、そいつはやって来た。

 それはもう、とっても素敵な――



 攻撃的な笑みで。



「ご機嫌よう、皆様。ワタクシ、情報紙への援助を打ち切ると通告してまいりましたわ!」



 ……いたよ。ここにも一人、怒れる領民が。






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