289話 物事は水面下で動く -2-
アッスントが持ってきた情報で、胡散臭い区があぶり出された。
ウィシャートの後ろについている三等級貴族は二十二区か。
……なんの情報もねぇな。
「どんな区なんだ、二十二区って?」
「素晴らしい区ですよ」
と、アッスントが素敵な笑顔で言う。
ってことは、金持ちぶった連中が多いいけ好かない区なのだろう。
俺もチラッと歩いただけだが、妙に小綺麗に整っていて、ハイソぶった連中が行き交っていたって印象だな。
あぁ、分かる分かる。アッスントの表情の理由。
そこに住んでるヤツらは、お高くとまってこっちを見下してくるんだろ?
分かったから、その気味の悪い素敵な笑顔やめてくれる?
二十四区でもここまでどす黒い顔はしてなかったのにな。相当だな、二十二区。
あれかね?
高級住宅街に住んでいるセレブマダムの言動がいちいち鼻につくみたいなもんか。
助走つけて殴りたくなりそうだから、しばらくそこらの住人とは接触しないようにしよっと。
「二十二区の領主はどんなヤツなんだ?」
「品行方正で、領民に愛される穏やかな方ですよ」
「そうだな。私もそのような印象を持っている」
アッスントの言葉をルシアが肯定する。
エステラを見れば、あまり面識がないのか、自信がなさそうに「ボクもそんな感じかなぁ」と答えるに留めていた。
「そのような方が、悪事に手を染められるのでしょうか?」
ジネットが不思議そうに首を傾げる。
お前の見ている世界には、いい人そうに見える悪人なんか存在しないからな。
俺のことを『いい人』だと言って憚らないその感性では、どんな極悪人も聖人君子だと誤変換されていることだろう。
「極悪人ほどいい人のフリがうまいもんなんだよ」
「君が言うと説得力があるよね」
「だろ? だから、今後俺にいい人キャラを押しつけるな」
「ボクは見たままを口にしているだけで、押しつけているつもりはないよ」
くっ、いい笑顔で憎たらしいことを。
揉むぞ!?
……ってのは、無理だから突っつくぞ!?
「まぁ、とても評判のよい領主様ですよ。……表向きは」
アッスントの言葉の裏には、『そのレベルの貴族は、いい人では務まらない』という言葉が隠れている。
その通りだろうし、その評判のいい領主様とやらも例に漏れない人物なのだろう。
正直、エステラは四十二区以外では領主をやってられないだろう。
すぐ潰されて、引きずり下ろされる。
逆に見下されていてよかったのかもな。
この区に他の貴族がいたら、とうの昔に領主の座を奪われていただろう。
「二十二区領主の内情も調べてみたかったのですが、やはりそう甘くはありませんでした」
お前、この短期間に攻めたなぁ。
あんまり派手に動いて消されるなよ?
後任で変なのが来たらまた行商ギルドと敵対しなきゃいけなくなる。そんな面倒は御免だぞ。
「ですがまぁ、港の建設に関して、二十二区は直接口を出してこないでしょう」
「ボクもそう思うよ。手紙でも『四十二区の発展を願う』ってスタンスだったし。四十二区が何をやろうが自分たちに影響はないって思ってるんじゃないかな」
港の建設に関しては、王族に報告をした後で各区の貴族宛に手紙を送ってある。
そのほとんどが『あっそ。好きにすれば?』というスタンスだったそうだ。
食いついてきたのは、力関係がひっくり返されそうで焦った外周区と、「四十二区のやることには一枚噛んでおこう」って考えの『BU』と三十五区までの顔見知り領主たちくらいのものだった。
「だが、利益を共有する関係にある三十区が潰されそうになればしゃしゃり出てくることは十分考えられるがな」
あまり派手に三十区を突っつくと藪から怖い三等級貴族が飛び出してくるらしい。
あくまでこっそりと。それと分からないように。圧倒的な力で。
「こちらの勝利条件はなんだと思う?」
エステラに問う。
この中で一番の穏健派。
どんなに恨みを募らせようと、相手を苦しめるような罰を科そうとはしない甘ちゃん領主。
上位の貴族を刺激しないように今回の件を収束させようと思えば、エステラの案に乗るのが一番穏便だろう。
「そうだね。現在かけられている圧力を撤廃して、二度と四十二区の邪魔をしないように釘を刺せれば御の字かな」
現在のマイナスをゼロに戻し、今後ちょっかいをかけないように関係を構築する。
相手への攻撃はせず、相手へ不利益を与えることはない。
「拳を収めてくれれば、今回のことは水に流すよ」という甘々の判断だ。
「まぁ、それが一番無難であろうな」
「繋がれた狂犬は、こちらが手を突っ込まなければ噛みついてきませんしね」
ルシアもアッスントも、エステラの意見には一定の理解を示す。
「腹の虫が治まらない」と突っかかっていけば、取り返しのつかない段階にまで進んでしまいかねない。
繋がれた狂犬か。うまいたとえを言ったもんだ。
そもそも、エステラは『BU』の時も不当な圧力を撤廃させることを目標に掲げていた。
ぶっ叩いて二度と刃向かえないようにしようなんて、これっぽっちも考えていなかった。
それが、エステラというヤツだ。
領主としてはそれが正しい。
……だが、俺は領主じゃないんでな。
「なんにしても、情報が欲しいな」
みんなで仲良く、協力し合って苦難を乗り越えよー!
なんて、そんな会に参加した覚えもない。
俺の腹の虫が治まる方法を、俺は個人的に取らせてもらうつもりだ。
繋がれた狂犬ってのが、誰のことなのか――まぁ、そのうち分かるだろうよ。
エステラの発言から、不穏な空気は感じ取れない。
それでほっとしたのがジネット。
少々不服そうなのがマグダとロレッタ。
しかし、この二人も「ウィシャートを血祭りに上げろ!」とまでは思っていない。
せいぜい、「ウーマロに謝れ! 誠心誠意、心から!」くらいのものだろう。
それくらいなら、こいつらに見せてやってもいいかな。
『領主的な幕引きの演出』として。
物語ってのは一件落着で終わるものだが、――悪党の結末は、その後が悲惨なものだからな。
桃太郎に退治され宝を奪われた鬼は、その後どうなっただろうか。
仲間の鬼に「このボスは頼りない」と反旗を翻されたかもしれないし、桃太郎の活躍を聞いたその地方の侍が蜂起して絶滅させたかもしれない。
なんにせよ、悪事を働いた者には相応の結末というものがお似合いなのだ。
……ま、俺は人のこと言えないけどな、
「とりあえず、ウィシャートの情報を集めてみるか」
「それは、かなり骨が折れると思うぞ」
ルシアがうんざりした顔で言う。
「ヤツの家系は特殊だからな」
「特殊?」
「うむ。エステラも聞いたことがあるであろう? ウィシャート家の異常な風習を」
「えっと……異常な風習、ですか?」
「うむ。直系であろうと傍系であろうと、生まれた男児には例外なく試練を受けさせ、合格した者以外を身近には置かぬのだ、あの一族は」
「あ、それなら聞いたことがありますよ。たしか、当主に認められないと他所の貴族のもとへ仕官に出されるとか」
出来の悪い身内は実家から遠ざけているのか。
屋敷の改装時にトラブルが起こった際も、ウーマロたちは館への接近を禁じられていたし、よほど外に知られたくない秘密があると見えるな。
「その風習の影響で、ウィシャート家は優秀な執事を輩出する一族としても名を上げたがな」
もともと領主一族として育てられた貴族だ。
教育も行き届いているのだろうし、それが執事になるなら優秀なのも頷けるか。
「事実、あの屋敷に近付けるのは当主に認められたごく一部の人間だけのようですよ。私などは、門前払いされるでしょうね」
徹底した情報統制。
デイグレア・ウィシャート個人が、というよりウィシャート一族が用心深いのか。
「男児は試練を受けさせられるってことは、女児は試練を受けないのか?」
「女児は問答無用で外へ出されるのだ。力のある貴族の妻としてな」
そうして、様々な貴族と太いパイプを作るのか。
なんとも、貴族らしい貴族だな。
「三十五区にも行儀見習いをしに来る令嬢がいたのだぞ」
かつて、三十五区に住む貴族のもとへウィシャート家の令嬢が行儀見習いの名目で預けられたらしい。
貴族らしい振る舞いやマナーを身に付けさせ、貴族の妻として嫁がせるために。
「行儀見習いなどというのは建前で、本音は預けたその家に娘をもらってほしかったのだろう」
家で預かれば触れ合う機会も増える。
その過程で見初められればラッキーってところか。
「もっとも、その貴族がとある理由でお家取り潰しになったせいで、ウィシャート家の思惑は潰されたがな」
……ん?
三十五区の貴族でお家取り潰しになった家って…………
「もしかして、それって、オルキオの家か?」
「家も何も、その令嬢の教師役をしていたのは、そのオルキオだ」
ぅおぉお!?
思ってもみないところにウィシャート家の関係者がいた!?
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