288話 貴族というもの -4-
「ちょうどルシア様――いえ、ここではルシアさんとお呼びする方が喜んでいただけますか――ルシアさんもいらっしゃいますし、少し私の話を聞いていただけますか? そうですね、食事でもいただきながら」
アッスントの言葉に、ルシアとエステラは視線を交わし、俺たちのテーブルへと戻ってきた。
人数が増えたのでテーブルをもう一つ追加して大きくする。
ジネットがいそいそとブイヤベースを皿によそい、各人の前へと配っていく。
グーズーヤとヤンボルドはちょっと離れた席に座り、こちらの様子を見守る構えだ。まぁ、何か気になれば口を挟んでくるだろう。
ナタリアとギルベルタは、引き続き書類制作をしつつ、こちらの話を聞くらしい。器用なこった。
ウーマロとオマールも、ナタリアたちのテーブルに残ったままだ。
俺、エステラにルシア、マグダとロレッタ、そして配膳を終えたジネットが同じテーブルを囲む。
そこへ、アッスントが腰を下ろす。
アッスントの前にも、出来立てのブイヤベースが置かれた。
「アッスント」
ブイヤベースを見て「これはまた、見事ですね」なんて言っていたアッスントの前に、手のひらを差し出す。
「80Rb」
「いや、まぁ……これだけの料理で80Rbならお安いと思いますが……」
なんで勝手に無料だと思い込んだんだよ。
「流れ的に」って?
甘いわ!
80Rbは日本円で800円。お安いもんじゃねぇか。
「大丈夫ですよ、アッスントさん。これは賄い料理ですから」
店員でもないヤツがいっぱいいるんだが?
賄う範囲広いなぁ、この店の賄い。
「あ、ではこうしましょう。試作品のモニターになってください」
俺が指摘すると、ジネットはくりっとした目でそんなことを言い出した。
言い訳がうまくなったじゃねぇか。どこで覚えてくるんだ、そんな言い回し。
「うふふ。ヤシロさんを参考に勉強していますから」
屁理屈なんか勉強すんじゃねぇよ。
「いつも見ていますからね」
無防備な顔で、まぁ……
「それは奇遇だな。俺もよく見ているぞ」
「視線が悪い子ですよ、ヤシロさん」
谷間をガン見しながら言ってやると、鼻をつまんで顔を持ち上げられた。
なに、その鼻技、エステラに教わったの?
そんなもんまで吸収しなくていいと思うよ。
「んふふ。珍しいものを見せていただきました。他所ではなかなか見られない、陽だまり亭ならではの光景でしたね」
にこにこと、若干不快になる笑みをこちらに向けているアッスント。
微笑ましそうな顔で見んじゃねぇよ。
「そんなに谷間が珍しいか? あ、奥さんぺったんこだったっけ? だからってあんまりガン見するなよ、アッスント」
「ちょっ!? 『
どうやら、アッスントの嫁は拗ねやすいようだな。こんな必死にフォローするあたり。
「面白いオモチャを見つけた気分だ」
「……やはり、ぽろっと零した一言が命取りになるんですね、ヤシロさんのそばにいると。今後は一層注意を払って発言します……エナが見ているなんて言わなければよかったですよ、まったく……」
迂闊な一言がぽろりするなんて、お前、なまったんじゃないか? ん?
「このぽろり大好き人間め」
「ヤシロさんでしょう、それは」
「ヤシロだね」
「……間違いない」
「お兄ちゃんです」
「しょーもない男だな、カタクチイワシ」
寄って集って非難轟々だ。
なんて連中だ。
うっかりぽろりしちゃいそうなファッションを流行らせるぞ、コンチキショウ。
「さすがジネットさんですね。これはとても美味しいですよ」
「ありがとうございます」
ブイヤベースを一口食べて、アッスントがえびす顔になる。
お前の言ってる「美味しい」は儲け的に、だろ?
「港が完成すれば、海の幸の需要が上がるでしょうねぇ。今から楽しみです」
……な?
「ですので」
と、アッスントがスプーンを置いて静かに息を吸い込む。
「その障害となりそうなものは、排除――もしくは、しっかりと堰き止めておきませんとね」
にっこりと、邪悪な笑みを浮かべるアッスント。
「ゴロつきについて、少し調べてきましたよ」
グーズーヤにちょっかいをかけ、騒動の発端を作ったゴロつきども。
その情報を、アッスントも当然のように得ていた。というか、こいつは四十二区や近隣の区で起こったことは大抵知っているはずだ。
情報収集は商売の基本だからな。
「その筋のことに詳しい知り合いに話を聞いてきました」
「あぁ、そういえばアッスントはゴロつき情報に詳しいもんな、いろいろと」
「いえ、それはまぁ……商売柄、あの、いろいろと……」
かつて、移動販売を開始した陽だまり亭二号店、七号店の営業を妨害してきたゴロつきなんて連中もいたっけなぁ、そういえば。
「あの、ロレッタさん。とても美味しいスイートコーンを大量にいただいたのですが、よろしければ少しいかがですか? 幼いご弟妹に是非」
「え? でもいいですか? かなりいるですよ?」
「えぇ、問題ありません。みなさん、毎日とても頑張っていらっしゃるようですし、友好の証として、是非!」
「ありがとうです、アッスントさん! ウチの弟妹、きっと喜ぶです」
うんうん。
ちゃんと形にしておくことって大切だと思うぞ。感謝と謝罪は。
「それで、話を戻しますが――」
じっとりと汗を浮かべて、アッスントが話を戻す。
エステラが苦笑を浮かべてこちらを睨む。……んだよ。見んなよ。ちょっと思い出してイラッてしただけだよ。
「目撃情報を元に人相書きを作成したんですが、このような男で間違いありませんか、グーズーヤさん?」
「あぁ! そいつです! 間違いないです!」
アッスントが懐から取り出した紙には、見るからに小物臭が漂う人相の悪い男の似顔絵が描かれていた。
……なんか、自分の人相書きを思い出して嫌な気分になるな。
「それで、この男。どうやら二十二区辺りを根城にしているグループの一人らしいんですよ」
「二十二区?」
二十二区は二十九区の向こう側にある区だ。
三十区から中央区へ向かって延びる大きな通りが通っている区の一つだ。
三十区はそこそこ幅の広い区で、二十三区と二十九区の両方と接しており、『BU』を越えると十一区と二十二区へと続いていく。
『BU』の内側は、十一区から二十二区までの十二の区がぐるりと円を描くように並んでいて、その円の始点と終点が三十区から中央区へ延びる大通り部分になっている。
つまり――
「三十区から続く秘密の抜け道でもあれば、『BU』の関税をスルーして私腹を肥やせそうな区の内の一方を根城にしているゴロつきって訳だ」
『BU』を通過するには税金がかかる。
だが、三十区が『BU』を挟んで存在する十一区、ないし二十二区と結託すれば、『BU』の目が届かない秘密の通路を作って脱税し放題になる。
「地下に通路でも掘っちまえば、税金逃れが出来て、浮いた分の金が懐に舞い込んできそうだよな」
四十二区と二十九区の間に誕生したニューロードを、もっと秘密裏にしたような抜け道があれば、いくらでも汚い金が生み出せそうだ。
「さすがヤシロさん。悪党のすることはお見通しですね」
「基本だろ」
「そんな基本、認めたくないね」
エステラが嫌そうな顔をする。
悪党なんて、考えていることは大体同じだからな。手口も自然と似てくるさ。
「三等級貴族と繋がりがあるという噂は絶えなかったが……十一区か二十二区、そのどちらかと繋がっている可能性は濃厚であろうな」
「もしくはその両方と、ですよ、ルシアさん」
「ふん……そうだな」
ルシアもアッスントも、悪党が考えそうなことはなんとなく察しがつくようで、大まかな意見は一致していた。
「少し深く探りたかったのですが、いや、さすがというか、三十区領主はガードが固いようで、うまくいきませんでした」
用心深いと言われるウィシャート。
外部からの詮索には鉄壁のガードを施しているらしい。
「ですので、別のアプローチから予測を立ててみようと思いましてね」
にやりと、あくどい笑みを浮かべるアッスント。
何か情報を握っているようだ。
「トルベック工務店に関する悪評や圧力を誘導していた貴族が浮かんできましたよ」
土木ギルド組合は十数名の貴族が取り仕切る組織で、その浮かんできた貴族ってのはその中の一人なのだそうだ。
組織のトップではないようだが、その貴族の蛮行を見て見ぬフリをするのであれば、トップが容認したも同じだ。組織の中の一部の者が勝手にやったことだと言われようが、今さらウーマロたちが組合を許してやる理由はない。
序列の高い低いは、今となってはどうでもいい。
問題は――
「その貴族は、二十九区の貴族なんですよ」
二十九区に住む貴族。
そいつが今回の同時多発嫌がらせに一枚噛んでいる、つまり、ウィシャートに協力しているということは――
「ウィシャートと繋がっているのは――」
「二十二区、ということか」
「でしょうねぇ」
ルシアが俺の言葉尻を拾い、アッスントがそれを肯定する。
俺たちの中で腑に落ちる解答が示された訳だが、ジネットたちにはその理由が分からないようで、きょとんとした顔をしている。
しょうがない、教えてやるか。
と、思っていると――
「やっぱ、あそこら辺の人、腹黒いと思うんっすけどねぇ」
聞こえないと思っていたのか、グーズーヤが性懲りもなく失言をして、ルシアとアッスントから厳しめの罰を受けていた。
学習しろよ、ばぁ~か。
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