288話 貴族というもの -2-

「えっと、お兄ちゃん。つまり、三十区はその『偉い人に告げ口マン』と繋がっているから、下手に手を出さない方がいい……ってこと、ですか?」

 

 なんとも釈然としていないような顔でロレッタが質問を寄越す。

 まぁ、平たく言えばそうだな。


「たとえば、『とっても美味しいグーズーヤたこ焼き』という店があったとしよう」

「うわ、なんか胡散臭いですね」

「酷いっすよ、ロレッタちゃん!? 僕だって、やる時はやるんですから!」


 なんか、変にやる気になったグーズーヤが前へ出てくる。

 じゃあまぁ、キャラとして使うか。


「噂を聞きつけてロレッタが買いに来る」

「グーズーヤさんたこ焼きくださいです」

「はいよ、美味しいよ!」

「ところがタコが一個も入ってない」

「どーゆーことですか、グーズーヤさん!?」

「えっ、えっ!?」


 おたおたするグーズーヤに代わって、俺がグーズーヤのセリフを言ってやる。

 お前は俺のセリフに合わせて口パクしてろ。


「変な言いがかりを付けんじゃねぇよ。入ってたのをテメェが食っちまったんだろうが」

「そんなことないです! 確かに入ってなかったです!」

「証拠はあんのか? 雑に座ったせいでスカートの裾に変なシワがついてるねーちゃんよぉ!」

「ほわぁあ!? ホントです!? 変なシワ付いちゃってるです!?」


 ロレッタがスカートのシワに気付いて涙目でジネットを見る。

 自分で直せないのかよ。アイロンくらい覚えとけよ、いい機会だから。


「で、ロレッタは言い負かされたんだが、どうしても許せず、権力者にチクりに行くんだ」

「おぉ、なるほどです! 偉い人に叱ってもらうですね!」

「というわけでウーマロに助けを求めたロレッタ」

「なるほど、これが『後ろ盾がある』ってことなんですね。ちょっと強気になれるです」


 こらこら、それでお前が横柄な態度を取ったらウィシャートと同類になるぞ。

 全然可愛いもんではあるが。


 ロレッタが、ウィシャート側に立とうとしているので、それを改めさせる。

 腹の立つヤツが後ろ盾を持っているってことの面倒くささを体験してもらうのが目的だ。


「ところが、ウーマロが出てくると察知したグーズーヤは、事前に助っ人を呼んでいた。それが、マグダだ」

「……ウチのグーズーヤに、何かクレームでも?」

「とんでもないッス! なんでもないッス! マグダたんは正義ッス!」

「むはぁぁああ! それは卑怯です!」


 ウーマロはあっさり陥落する。


「こうなったら、もっと権力のある人を呼んでくるです」

「……ロレッタ、待って」


 意気込むロレッタに、マグダが待ったをかける。


「……これ以上事を荒立てるなら、こちらも本気を出す」

「本気、ですか……ごくり」

「……エステラと、ナタリア、メドラママとデリア、そして、ヤシロを投入する」

「ズルっこいです! そんなの、もうどうやったって勝てないじゃないですか!?」

「……これが、後ろ盾」


 まぁ、こんな極端な事例はそうそうないだろうが……


「グーズーヤは、いざという時には助けてくれる後ろ盾がいるから、アコギな商売を堂々と行ってるんだ。そして、周りの者はその後ろ盾が出てくることを恐れて、グーズーヤのアコギな商売を見て見ぬフリをしている。なるべく関わらないようにな」

「むむむぅ! グーズーヤさん、最低です!」

「寸劇っすよ!? あくまでフィクション!」


 グーズーヤが否定するが、そうはさせない。


「その最低なグーズーヤは、クレームを入れたロレッタを逆恨みして、ねちねち嫌がらせを始めるんだ。干している布団に水をかけたり、トイレに入った瞬間外からノックをし続けたり、夜中窓の外で歌って踊ったり!」

「性根が腐りきってるですか、グーズーヤさん!?」

「なんで追い打ちかけたんですか、ヤシロさん!?」

「おまけに、こっそりとスカートに変なシワを付けたり!」

「このシワ、グーズーヤさんの仕業だったですか!?」

「違うっすよ!? どんだけヤシロさんの言うこと信じてんっすか!?」

「だが、その嫌がらせをやめさせようと、グーズーヤを撃退すると――俺が出てきて、グーズーヤ以上の、本気の嫌がらせを始める」

「お兄ちゃんの本気の嫌がらせなんか、心が折れるです! 絶対耐えられないです!」


 ロレッタが力なくへたり込み、寸劇は終わる。

 それを見たエステラが一言。


「うん……まぁ、かなり極端に脚色されているけれど、現在はそんな感じなんだよ、ロレッタ。……いや、そんな感じなの、かな?」


 うん、悪い。

 途中から楽しくなって脱線したせいで、俺もちょっと自信ない。


「なかなか楽しいであろう、四十二区は」

「あはは、まぁ……賑やか、ですね」


 ルシアがオマールに同意を求めるが、オマールは乾いた笑いを浮かべるのみだ。

 賛同は得られなかったらしい。

 ……ま、そのうちお前もトルベック工務店と一緒になって「わはは~い」するんだろうけどな。


 見よ! これが四十二区の感染力だ!


「要するに、だ」


 とっ散らかった会話を、ルシアが一言でまとめる。


「ウィシャートを潰すなら、差し違える覚悟が必要だということだ」


 三等級貴族に目を付けられて潰されないように――な。

 ……まったく。だから馬鹿に権力を持たせるなってんだよ。


「エステラさんも、下手に手出しはしない方がいいって思ってるですか?」

「うん。そうだね。折角四十二区がいい方向へ動き始めているんだ。邪魔はされたくないっていうのが正直な気持ちだよ」

「そう、ですか……」


 まっすぐなロレッタには、悪者がのさばっている世の中が許せないらしい。


「ロレッタだって、『ウチの弟妹を差別するな!』って各ギルドに殴り込みにはいかなかっただろう?」

「それは……だって…………あぅ、そう、ですね……なるほどです」


 理不尽を正すのは、武力ではない。


 それが分かっていても、モヤモヤするんだよなぁ。


「でもね、もしボクの大切な領民に危害を加えるようなら、その時はボクだって黙っちゃいないよ。全面戦争だ、とは言えないけど、一言くらいモンクを言ってやるさ」

「……はい。そうですね、エステラさんは、それくらい甘々な方がエステラさんっぽいです」

「甘々じゃないよ? ガツンって言ってやるから、こう、ガツーンって!」


 まったく迫力がないぞ、エステラ。


「もしそうなったら、お兄ちゃんを派遣するです」

「いや、ヤシロなら確実に事態を大事にしちゃうから、気軽に派遣しないでね」

「……けど、ヤシロなら三等級貴族すらも撃退できそう」

「出来そうだから怖いんだよ。撃退されると困るんだよ、マグダ」


 ウィシャートもろともバックの三等級貴族までぶっ潰せ、とか言い出しそうなマグダをエステラが諫める。というか、どさくさに紛れて頭を撫でている。

 こういうのを痴漢とは言わないのだろうか?

 なら、俺も落ち着かせるためにおっぱいをつんつんくらいしてみたいんだが?


「三等級貴族は、何かしらの分野でこの街に必要不可欠な存在なんだ」

「……替えが利かない?」

「そう。さっきルシアさんも言っていたことだけど、この街に必要な――たとえば魔獣避けの石なんかがなくなったら、この街は立ち行かなくなるだろう? そうなれば、今度は王族が出てきちゃうんだよ。そうなったら、さすがのヤシロもお手上げだろうね」


 いや、王様を一発シバいて言うことを聞かせてやればいいんじゃないかな。


「うわ、お兄ちゃんが『王様を一発シバいて言うことを聞かせてやればいい』みたいな顔してるです」

「……危険、それは確かに危険」


 お前ら、俺の表情読むのうまくなり過ぎだぞ。

 ちょっとは遠慮しろ。


「とにかく、ウィシャートを黙らせるにしても、もう少し時間がかかりそうだよ」


 事を起こすにしても、まだ全然準備が足りていない。


「組合に関しても、これから対応を話し合っていく段階だからね」


 トルベック工務店が抜け、続くようにカワヤ工務店が抜けた。

 組合は、意地になってこちらに嫌がらせをしてくるだろう。


「でも、グーズーヤにちょっかいを出したゴロツキは放っておかない。すぐにでも対策を立てるよ。あと、情報紙もね」

「手を出せるところからやっつけていくですか?」

「う~ん……というか……なんて言えばいいかな、ヤシロ?」


 ロレッタ的には、さっさと頭を叩いて終わりにしたいのだろうが……


「マグダ。巨大な魔獣を狩る時、お前ならまずどこを狙う?」

「……大きさにもよる」

「20メートル級だ」

「……それなら…………まず、脚を狙って動きを封じる」

「そういうことだ」


 頭や心臓を潰せば簡単に終わる。

 ――と言われても、その『簡単』に至るまでが大変なのだ。

 デカいヤツはとにかく脚を潰して動きを封じなければ危険だ。下手に手を出すと踏み潰されてあっけなく終わる。


「頭を潰すのは、手足を潰して身動きを取れなくした後だ」

「なるほど……難しいんですね、なんか、いろいろと」


 ロレッタは今回の一件に対し、とても腹を立てている。

 弟妹の恩人であり、居心地のいい住処を作ってくれたトルベック工務店には、並々ならぬ思い入れがあるようだ。

 だからこいつは大工に人気があるのかもな。尊敬の念が滲み出しているのかもしれない。


「なぁ、ロレッタ。下手に手を出せないから諦めろとか、ましてや許してやれなんて言うつもりはない。ただ、焦るな。自分のせいで誰かを巻き込んでしまったなんて顔を、お前にはさせたくない」


 あの手の連中は、他人を苛立たせるのがうまい。

 そんなちんけな策略にハマってやる必要はない。


「エステラやルシアがなんとかしてくれる。お前は、あまり考えずに、いつものロレッタらしく笑って毎日を過ごせ。ムカつくヤツのことを考えて一日の大半を無駄にするなんてもったいないだろ?」

「……はい。そう言われると、そんな気がしてきたです」


 こいつは、ジネットやマグダと一緒に、陽だまり亭で穏やかに過ごしていればいい。


 連中を潰す情報なら、俺が集めてやる……



 俺も、連中を許すつもりはないからな。






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